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狼は春を唄う  作者: ほたる
砂敷村(さじきむら)
16/32

2


突き飛ばされて、佑真はナイフを片手に慌てて距離をとった。はっとして顔を上げると、自分が刺した子が今度は自分を刺そうとしていた。勢いよく振り上げられるナイフが自分の顔目掛けて落ちてくる。きらりと反射した刃先に一瞬佑真の顔が映ったような気がした。間抜けに目を見開いているのを見て、ああこれでは殺されるなぁと他人事のように思った。


次の瞬間、佑真の頭の中がすっと冷え渡った。冷静にナイフを避けてその子の懐に入り、腹にナイフを突き刺した。今度は先程よりも強い力で。突き刺さっても尚、力を込め続けた。跳ね返ってきた生温かい血が、顔や手を汚した。


「うっ……!」


その子は佑真を引き剥がそうとしたものの、だんだんと力が抜けていった。そして腹を抑えたまま、横にどっと倒れた。


血が床に流れ出していた。流れた分だけ、この子の命が失われているような気がした。嗅いだことのない臭い匂いが鼻から喉の奥にまで回ってきて吐きそうになった。


部屋の中では他の子供達も殺し合いを始めていた。どこもかしこも血だらけで、同じような匂いがより濃く、蔓延していた。これは血の匂いなのかと佑真は理解した。


このまま立ち尽くしていたら殺されてしまう。


床に倒れて全く動かないその子から佑真はナイフをを引き抜こうとした。硬い。柄が血に濡れていて滑るから、余計に抜けない。少し頑張ってみたものの、上手く抜くことが出来なくて、佑真は諦めた。そして自分の後ろに落ちていた、その子が取り落としたらしいナイフを拾った。そしてまだ立っている子供の背中目掛けて走り出した。



      * *



目を覚ますと、木の天井が眼前に広がっていた。どうやら昔の夢を見ていたらしい。息が少し苦しい。心臓が早鐘を打っていて、耳の奥で脈打つ音が煩く響いていた。


起き上がって部屋を見渡したが、泉桜の姿は何処にもなかった。火の消えた囲炉裏には蓋をした鍋が置いてあった。周囲が明るくなっているところを見ると、どうやら自分が寝過ごしたらしいことが分かった。


泉桜はいなかったが、戸口には十和とわが立っていた。


「よう」


片手を上げて挨拶した彼は起き上がった佑真を見て、顔を顰めた。


「顔色悪いけど大丈夫か」


「問題ない」


全く問題ないようには見えなかった。佑真は土のような顔色をして、胸に手を当てている。が、それを問いただす程の仲ではなかった。佑真は部屋の中を見渡した。


「泉桜はどこへ?」


「泉桜なら川に行った。お前は昨日子供の相手したから疲れたんだろうって。そのまま寝かせておいてあげてって言ってたぞ」


その為、見張りの交代要員として十和がやって来たのだ。


「……川?」


そうだ、と十和は頷いて外を指差した。真っ直ぐに続いている土の道の周りでは、今日も腰を曲げた老木が佇んでいた。弱々しい枝が風に揺れていた。それに混ざって時折萌黄色の葉が震えていた。老木に付き添われるようにして空に手を伸ばす、若木から出たものだ。


「何でも山を再生させたいんだと。行ってみるか」


「ああ」


佑真は立ち上がり、素早く身支度を整えた。


曇り空が山の向こうまで続いていた。灰色の重たい雲も混じっていて、風はじっとりと湿っていた。水を含んだ土の匂いが地面から立ち昇っていた。櫓へ行く時と同じ道を行くのかと思えば、途中で十和は道を外れて、木々の中を分け入って歩き始めた。足場が更に悪くなる。浮き出た木の根を超えながら、2人は縦に並んで歩き続けた。この道を本当に泉桜が歩いたのだろうか。あの小さな体でえっちらおっちらと浮き出た木の根を超えて歩く姿を想像して、可笑しくなった。


15分程歩き続けると、水の音が聞こえてきた。あまり大きな川ではないようで、しっとりと周囲に溶け込むようなささやかな流水音だ。風に含まれる水分が、清涼なものへ変わっていく。疲れ切った老木たちもその音を子守唄に深く眠っているようだった。


分け入っていった木々の向こうに現れた川は佑真の想像した通り、潜って2掻き程すれば向こう岸に辿り着いてしまうような小さな川だった。そしてとても綺麗だった。1滴1滴が透明に透き通っている。それらが寄り集まって山の下まで流れているのだ。川底には大きな石が転がっているのが見えた。


「おはよう」


急に横から声をかけられて、佑真は無意識に構えた。まるで2人が来ることをずっと前から知っていたかのように、泉桜がこちらへ歩いてくるところだった。


「おはよう、泉桜」


連れてきたぜ、と十和が佑真の背を軽く押した。自然と少し前に出ることになった佑真は改めて彼女を見下ろした。立ち上がっても佑真の胸より下に頭の天辺がある。今日も今日とて笑顔の彼女は、果たしてどこまで少年兵の実態を知っているのだろうか。まさか自分が殺し合いの中を生き残って兵士になったとは思っていないだろう。


夢の続きを佑真はよく覚えている。


あの後10人の子を殺して、佑真はあの教室の中で唯一生き残ったのだ。快挙だと先生は興奮していた。そしてその後いつもより豪華な食事がご褒美として与えられたのだ。特別嬉しくはなかったけど、人を殺した後でも平然と食事が出来た自分は、やはり当時から異常だったのではないか。


村の子供達と接してから佑真は特にそう思うようになっていた。


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