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狼は春を唄う  作者: ほたる
砂敷村(さじきむら)
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2


これは本当に人間の子供なのか。


騒ぐ姿は鳥の雛のようだ。立ったまま、されるがままになっていた佑真は子供達の容赦ない歓迎に洗礼を受けていた。まず、意外と力が強い。手を引っ張ってくる女の子達はともかく、よじ登ろうとしてくる男の子(特に葵)は遠慮というものを知らない。


そして何を言っているのか時折分からない。好き勝手、支離滅裂なことを言ってくる子供達は、何をしても動じずじっとしている佑真に憧れのような感情を抱いているようだった。


確かにいくら力強いとはいえ、元少年兵である佑真にはどうということはない。ただ、この無秩序で無邪気な生き物をまとめていた泉桜は、とても凄い人だったのだとそれだけは分かった。


助けを求めて泉桜を見ると、泉桜はくすくす笑って子供達を呼んだ。


「みんなー!そろそろお片付けしましょう」


はーい、と子供達は一斉に佑真から離れて畑に戻って行った。


大きく息を吐いた佑真の横に来て、泉桜はまだ笑いが止まらないようで、肩を震わせていた。


「貴方はよく笑うな」


佑真が疲れ切った表情で言った。


「そう?」


ここまで笑ったのは久しぶりなのだと言う。そうだろうか。何もなくても泉桜はにこにこしていた。また懸念が過った。どうもこの少女は自分を不安にさせる。無防備すぎるのだ。


「子供達に囲まれる佑真くん、大きな木みたいだった」


「木?」


「そう」


泉桜は佑真の後ろに聳え立っている木に手を当てた。


「丁度この木みたいな。昔からずっとある大きな木」


葉をつけず枝を伸ばすばかりの木は、泉桜の家の周りにあるような老木とは違い、しゃんと背中を伸ばして根を張っていた。


「きっと見守ってくれてるみたいで安心するのね」


「そんなつもりはない。貴方はもっと俺のことを警戒した方がいい」


朝に子供達とやって来た女のように。そう言うと泉桜は木に背中を預けて目を閉じた。


「子供達は佑真くんが無害だと思ったからあんなに寄って行ったのよ」


悪意があれば怖がって寄っていかなかっただろう。子供はとても純粋だ。それ故に親や周りの大人達の空気を敏感に感じ取ってしまう。今回はそれがどう作用するかとても不安だった。でも、もう大丈夫だ。


「佑真くんは自分が思ってる程恐ろしい人ではないよ」


あの子達は佑真くんよりも佑真くんのことを分かっていると思うわ。


そう言い残して泉桜は畑へ戻って行った。



      * *



子供があれ程にまで生き生きとしているものだと初めて知った。


自分はどうだっただろう。兵隊として産み落とされ、育てられた自分達は。


佑真の初めての記憶は、先生からナイフを渡されたところから始まる。何もない広くて白い部屋には佑真の他にも大勢の子供が集められていた。歳の頃は同じくらいで、男の子も女の子もいた。


「今からそれで周りの人を殺してもらいます」


先生は淡々と言った。それで生き残った子が合格です、と。


殺し方が分からなかった子供達は、困ってナイフを観察した。柄は木でできていた。真っ直ぐに伸びた刃は蛍光灯に照らされて鋭く光っていた。何処にでもあるような何の変哲もない、普通のナイフ。


「やり方の見本を見せましょう」


先生は床に無造作に置かれていた人形の腕を掴んだ。だらりと力なく持ち上げられた人形の背に向けて、子供達に渡したものと同じナイフを突き立てた。ぼす、と鈍い音がした。ナイフを引き抜くと、切り口から人形の中身が出てきた。


試しに佑真は隣にいた子の腕にナイフを突き刺した。


「……っ」


声もなくその子は腕を押さえて逃げようとした。赤い血がつぅと腕を伝っていた。


硬い。


先生はとても簡単そうに刺していた。ナイフは柄まで埋まっていたのに。思ったよりも刺さらなかった。





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