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狼は春を唄う  作者: ほたる
砂敷村(さじきむら)
14/32

2


身はとても柔らかくなっていた。口に入れると甘いタレの味と魚の脂が絶妙に混ざり合い、舌の上で蕩けていくようだった。


休む暇なく口を動かし続ける佑真に、泉桜は感心しつつ水を渡した。


「よく食べるねぇ」


「今食べないと、次にいつ食べられるか分からないから」


戦場では食料は常に不足していた。いつもお腹を空かせていたため、隊内で食べ物の奪い合いも発生していた程だ。特に少年兵に対しての扱いは酷く、食べ物が与えられないこともままあった。それは周りが彼らを道具と思っていたことと大きく関係したと思われる。いずれにしても食料は貴重なもので、食べられるうち、取られないうちに胃に流し込まなければならない。


「そっか」


泉桜みおも察するものがあって、何も言えなくなった。砂敷村さじきむらとて余裕がある訳ではないが、そこまで逼迫していないのもまた事実だ。特に村長の娘であった泉桜は幼い頃から衣食住に関して困窮した経験は、あまりない。


泉桜は魚の腹の部分を箸で切り取って、佑真の皿に置いた。


「それ、あげる」


面食らって顔を上げた佑真に泉桜は片手でガッツポーズをとった。


「いっぱい栄養つけて、早く元気になってね」


心底そう思っているらしい彼女が不思議で、絶滅危惧種の生き物を見つけた時のような、緊張と感動を覚えた。


午後になると、泉桜は子供達を引き連れて村の中心にある畑へ移動した。一帯の田畑は村のものとされていて、村人達はそこから食料を得られるようになっていた。その田畑の1番端に、子供達用の畑があった。泉桜は畑造りの勉強がてら、子供達に畑の管理を任せていた。


各々雑草を抜いたり、いらない葉を取り除いたり、収穫したりしている。走り回ろうとする子供を年上の子が統率しつつ、和気藹々と仕事が進んでいく。泉桜も子供達に寄り添って、病気になりかけている苗がどうだとか、雑草に見える葉が実は薬になることだとかを教えていた。


その様子を畑の横に立っている木に寄りかかって見ていた佑真の元へ先程とは違う女の子がやってきた。


「これ、あげます!」


真っ赤なプチトマトであった。受け取ると、女の子はスカートの裾を握り締め、上目遣いで佑真を見た。


「あの、それずっと杏が見てきたトマトなんだけど」


「……」


暗に食べて欲しいと言われて、佑真は口の中にトマトを放り込んだ。


「……甘い」


「お、美味しい?」


「ああ」


美味しいよ、と告げると女の子は頬を赤くして走って行ってしまった。その後からも繰り返し女の子達がやってきては、佑真に獲れた野菜を与えて行った。


それに気づいた男の子の1人があー、と致命的な何かを発見したように叫んだ。


「勝手に食べさせてるー!いけないんだ!」


なによ、とつんとした表情で言い返したのは、煮魚を持ってきてくれた子だった。


「葵みたいなやつにはあげたくないけど、お兄さんはいいの!」


「なんでだよ!」


「なんでって……」


頬を赤くしてもじもじした女の子は佑真の顔をチラリと見て、強気に言い放った。


「とにかくいいの!御姫様だって、自分のご飯あげてたもん!」


「2人とも」


泉桜は立ち上がり、腰に手を当てて言い聞かせるように言った。


「葵くんの言う通り、ここの畑の食べ物はみんなのものです。だから勝手に取って誰かにあげるというのは本当はダメなことです」


分かったわね春ちゃん、と言われた女の子はしゅんとして項垂れた。


「ごめんなさい」


他の女の子達もつられて素直に謝った。


でもね、と泉桜は人差し指を立てた。


「誰かにものを分けてあげようってそういう心はとっても素晴らしいことです。佑真くんは病み上がりですし。そういう気持ちはこれからも大事にしてくださいね」


ね、と笑われて女の子達は明るさを取り戻した。はい、と声を揃えて元気に返事をした。


なんだよぅ、と葵は口を尖らせた。


「決まりを守る葵くんもとっても素敵よ」


泉桜は葵の頭を撫でて慰めた。それに些か気を取り直した葵は、羨ましい気持ちで佑真を取り囲む女の子達を眺めていた。本当は葵も突然現れた客人に興味を抱いていたのだ。


「なあなあ御姫様」


「なに?」


「あの人元軍人さん?」


「……」


葵の無垢な瞳には純粋な好奇心だけが浮かんでいた。ただの好奇心は時に悪意より厄介なものになると泉桜は知っていた。でも今はこの純粋な好奇心が、佑真の居場所を作るきっかけになるかもしれない。


「佑真くんに直接聞いてみたら?」


「え?いいの!?」


いいの、と聞きながら走り始めていた葵はあっという間に佑真の元へ辿り着くと、大きな声で泉桜に聞いたことと同じ質問をしていた。答える佑真の声は聞こえなかったけど、かっこいいと興奮している葵の様子を見て安心した。


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