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狼は春を唄う  作者: ほたる
砂敷村(さじきむら)
13/32

2


若菜が帰った後も家の中は奇妙な緊張感が張り詰めていた。騒いでいた子供達も、大人達の異様な空気に気づいているらしい。


さあ、頑張ろう。


泉桜は大きく息を吸うと、くるりと子供達を振り返った。振り返った時はいつも通りの笑顔だった。


「あのね、皆。実はこの村にもう1人お兄さんが住むことになったの」


子供達の丸い目が一斉に泉桜から佑真へ移った。佑真は何故かぎくりとしてしまった。


「お兄さんってこの人ー?」


子供達の中でも1番幼い女の子が佑真を見上げながら言った。そうよ、と泉桜は頷いた。


「佑真くんです」


初めて見る無表情な少年のことを、子供達は不思議そうに、興味深く見上げていた。


「初めて会う人には、皆どうしたら良かったのかな?」


泉桜が戯けて聞くと、ようやく疎に子供達は挨拶を始めた。


「よろしくおねがいします!」


「よく出来ました!」


小さな腕を目一杯広げて子供達を抱きしめた泉桜は、さぁ、と立ち上がった。


「今日もお勉強しようね!皆外に出て!」


その瞬間今までの不安と好奇心は何処へやら、子供達はやんややんやとさんざめきながら、外へ走って行った。


黙ってその後ろ姿を目で追う佑真を、戸口に立った泉桜が振り返った。


「すっごい元気良いでしょう」


「ああ。そうだな」


年頃としては6歳から12歳の子供達だ。


教育機関というものが崩壊してしまったこの世界では、勉強は各々のやる気任せとなってしまっている。その為、字の読み書きが出来ない者や、簡単な計算が出来ない者ばかりになってしまったのである。小さい頃から、学者の父に勉学がどれ程大事なものなのかを常々聞かされていた泉桜は、独自に教育のシステムをこの村で作った。


まず6歳から12歳までの子供達は泉桜の元に集められて、字の勉強や計算の勉強などをする。他にも薬草の見分け方や、危険な生物に関することなど、最低限生きていくのに困らない程度のことを学ぶ。現在この村には、該当する年齢の子供達が10人いて、今日はその全員が集まっていた。


12歳から18歳迄は男女に分かれて違うことを学んだ。女子は主に縫い物や料理だ。これは年老いたり、体が弱くて働けない者達が教えることになっていた。男子は自警団の元で武器の扱い方などを学ぶことになっていた。希望者には、引き続き泉桜が薬草について教えたり、興味のある分野を職としている家で、働きつつ学ばせたりしている。隣町の医者の弟子になった子もいて、この辺りの融通は本人にやる気さえあればいくらでも効くようになっている。


19歳以降は基本的に村の畑で働いたり、男子は自警団に加わったりした。村を出て働く者も数名いた。


「佑真くんは字が読めたり計算が出来たりするの?」


「ある程度」


軍の機関では少年兵達に基礎的な学びの場を与えていた。ある程度の知識がなければ、軍の風紀や、作戦の実行に問題が生じる可能性があったからだ。


「さすがね」


それなら助かるわ、と泉桜はかかと笑って、佑真へ手を差し伸べた。あの夜と同じように。


「これからお勉強会なのよ」


一緒に行きましょう、と日向の方へ連れて行こうとする。逆らう理由もなくて、佑真はその手を取った。


子供達が枝を持っていた理由は外に出てすぐに分かった。


泉桜に出された問題を地面に書いて勉強する為だ。泉桜は落ちていた木の葉を拾って地面に並べた。


「ここに4つの木の葉があります。更に二枚落ちてきたら計何枚になりますか?」


「6!」


1番に手を挙げて叫んだのは、最初に泉桜の家の扉を勢いよく開けた男の子だった。


「葵くん、正解です。では計算式を地面に書いてください」


子供達は熱心に枝で地面に数字を書き始めた。やがて出来た出来たと騒ぎ始めた子供達の足元には『4+2=6』と書かれていた。泉桜は1つ1つ確認してにっこり笑った。


「皆さん、正解です」


泉桜は落ちていた木の実を使ったり、時に地面に図を書いたりして、子供達の興味を引き続けた。年齢に差がある為理解できていない子もいたが、年上の子がフォローして上手く助けていた。


算数の他にも詩文や物語を語り聞かせ、言葉や文字を教えていた。


お昼時になると、料理を習っていた女子達が昼ごはんを持ってきた。今日のお昼は川魚の煮付けだ。甘いタレの香りが空腹感を煽った。


取り合うようにして食べ始めた子供達の間を縫って、女の子がやって来た。


「はい、御姫様」


泉桜に魚を持ってきてくれたらしい。両手に1枚ずつお皿を持っていた。ありがとう、と泉桜は受け取った。女の子は強張った表情で佑真を見上げると、どうぞともう1皿を佑真へ突き出した。


「くれるのか?」


いいの、と佑真が首を傾げた。女の子はこくこく、と必死に頷いている。泉桜の方を見ると、いいよというように頷かれて、佑真は皿を受け取った。皿越しに熱を感じて、手がじんと熱くなった。


「ありがと……」


慣れないお礼を言うと女の子はあからさまに顔を輝かせた。逃げるように子供の輪の中に戻ると、女の子達ときゃっきゃと騒ぎ始めた。


怖がられているのだろうなと佑真は思った。泉桜はここにいて良いと言っていたが、やはり自分は出て行った方が良いのかもしれない。


「美味しそうだね」


笑い掛けてきた泉桜に佑真は小さく頷いて箸を入れた。


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