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狼は春を唄う  作者: ほたる
砂敷村(さじきむら)
12/32

2


この傷意外にも、細かい擦り傷は沢山あった。右手の切り傷はまるで刃物を握り締めたかのようだった。しかしそのどれも原因が思い出せない。この村に来るまでの記憶が欠落している。戦争が終わったことは知っていた。終戦を決定づけることとなった最後の戦いに佑真は参加していたからだ。しかし、そこからの記憶がいまいち判然としない。


この火傷と切り傷は終戦後に負ったものだと佑真は思っている。擦り傷はともかく、これらの怪我を最後の戦いで負った覚えはない。


泉桜は小さな手でてきぱきと薬を塗っていった。薬草から作った塗り薬で、草特有の苦い香りがした。化膿止めや痛みを和らげる効果のある薬草がブレンドされているお陰で、今のところ佑真は傷が原因で苦しんだり、生活に不便を感じたことはない。


ただしこれには少年兵特有の性質もあった。彼らは幼い頃から痛みに強くなるように繰り返し訓練を施されていた。それを知らない泉桜は、


「さすが元軍人さん。我慢強いわぁ」


と佑真へ言い聞かせるように言っている。元気付けようという意図が彼女なりにあったのだ。


包帯を替えて貰うついでに佑真は着替えを始めた。持っている衣類はこの村に辿り着いた時に来ていた軍服だけだった。穴の開いたところを泉桜に繕って貰い、夜のうちに洗濯して朝になれば同じ服を着るということを繰り返している。


布は貴重なもので、最低限しか手に入らない。そしてそれは包帯にも言える。


泉桜は取り替えた包帯を丸めて部屋の隅にある籠の中へ入れた。後で熱湯消毒をし、洗濯をした上でまた使い回すのだ。


扉が勢いよく開いたのは、佑真がシャツのボタンを1番上まで閉めた、丁度その時だった。


「御姫様ー!」


「おはよー!」


高い声で囀るのは、まだ幼い村の子供達だった。男の子は薄い生地のシャツとズボンを着ている。女の子は同じような生地のワンピース姿だった。やって来た10人の子供達は何故か、皆片手に木の枝を持っていた。振り返った泉桜は子供達の姿を認めると、ぱっと顔を明るくした。


「皆おはよう。昨日はよく眠れた?」


「うん!」


「それは良かった」


ふわふわと形にならない不思議な空気を感じて佑真は目を細めた。それは泉桜の方から発せられている気がする。これが何なのか見極めようと、じっと目を凝らした。


「御姫様」


子供達の後ろから若い女が控えめに顔を出した。若い、と言っても泉桜よりはずっと年上のようだった。


「若菜さん。どうされました?」


「最近肩凝りが酷くて。子供達送りがてらちょっと来てみたのだけど……」


「まあまあ!」


こっちに来てください、と泉桜は囲炉裏端に若菜を座らせた。


泉桜の父は元々植物学者であった。もっと言えば薬屋の家系だったのだ。この村に医者はおらず、必要な時に隣町から呼んでくるのが常であった。その為村人達は、体がおかしければ1度泉桜のところを訪れ、泉桜に薬を貰うようにしていた。泉桜もある程度の処置や手当ては出来る。


ひと通り若菜の体を診察した泉桜は、疲れて気が滞ってるのね、と告げた。


「血行が悪くなってるのよ。血行が悪くなると、他のところも次々悪くなるのよね。特に若菜さん、肩凝りが酷くなると喉風邪引くでしょ」


きょとんとした若菜は思い当たる節があったのか、目を見開いて手を叩いた。


「本当だわ」


「でもこの段階で来てくれたからもう大丈夫よ」


はいこれ、と差し出したのは風邪の初期段階で効く薬草だった。慢性的な肩凝りや筋肉痛にも効く。


「ありがとうございます!」


申し訳なさそうに笑う若菜に泉桜は薬草の飲み方を指示して、布袋に包んだ。


「本当にありがとうございました」


戸口に立ってもう1度礼を言った若菜に、泉桜は軽く手を振った。


「またいつでも来てください」


にこやかに帰って行こうとした若菜はふと泉桜の後方を見て、体を強張らせた。日陰に座っている、表情の無い佑真の姿があった。感情の窺えない目でじっと若菜を見ていた。目があうと、若菜はあからさまに険しい顔をした。


「あの、御姫様」


若菜の表情の理由を察した泉桜は、敢えて笑顔を崩さずに聞き返した。


「はい」


何か言おうとした若菜は何度か口を開きかけて、でも結局何も言わなかった。変なことを言って逆恨みされても困る、というのが本音だった。とはいえここには村の子供達を預けなくてはならない。


「……いえ。子供達のこと、宜しくお願いしますね」


佑真から目を逸らしてそう言うと、心配そうに何度か振り返りながら泉桜の家を後にした。



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