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狼は春を唄う  作者: ほたる
砂敷村(さじきむら)
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2


まだ泉桜の祖父母が村長をしていた時代のことだという。足を悪くし、退役となった若い頃の老爺が、身寄りのないまま砂敷村さじきむらに辿り着いた。時は流れ、老爺は自警団の指導役となった。また、村の良き相談役として男達を纏めている。


老爺は少し切なそうな顔で辺りを見渡した。


「この村は優しい人達ばかりじゃ。皆の善意を儂は信じとる」


それに御姫様も何の考えもなく彼を置くことにした訳ではなかろう、と老爺は言う。泉桜は力強く頷いて、言葉を繋いだ。


「村では基本的に私と一緒に行動してもらう。少なくとも皆の信頼が得られるまでは」


「御姫様が駄目な時は、俺が一緒に行動する。他にも協力してくれる人がいれば助かるが……。彼と一緒にいるのが怖いってなら、俺がする」


十和も賛同した。その姿を眩しそうに泉桜と老爺は見上げた。老爺に至っては薄ら涙を浮かべていた。


「俺もいいよ」


「俺も。あいつが眠ってる間は俺だって御姫様の家の見張りをしたりしてたんだ」


「俺だって。ここで怖がってたら何の為の自警団だよ」


若い男達を中心に賛同が広がっていった。年配の男達もその空気に触発されてやってやろうか、という雰囲気になっている。反対の声はもう聞こえなくなっていた。


「皆……!」


泉桜の胸がぐっと熱くなって、床に手を付いて頭を下げた。


「ありがとう」


村人達は慌てて泉桜の元に駆け寄った。頭を上げてください、という言葉を後頭部で聞きながら、泉桜は少しの間動けなかった。己の暮らしている村の人達が素敵な人達で良かったと心の底から思った。


「……ちっ」


緊張が解け飽和した空気の中、立ち尽くしたままの男が舌打ちした。拳を強く握り、恨めしそうに村人達を睨みつけていた。


それに気づく者は誰もいない……。



     * *



「源さん、十和くん」


十和ともう1人の男に支えられて去って行こうとする老爺を泉桜が追いかけて引き留めた。


足を止めた一行が振り返ると、家の入り口で頭を下げる泉桜の姿があった。


「あの、本当にありがとうございます。今日の話し合いが纏ったのは、2人のお陰です」


十和は屈託なく笑って首を振った。


「良いんだよ、泉桜。俺は俺が思ったことをしただけだ」


正式な場以外では、十和は泉桜のことを呼び捨てで呼ぶ。十和としては5歳下の妹のような存在なのだ。


源はゆっくりと泉桜の方へ体を向けるとこちらこそ、と曲がった腰を更に曲げた。


「こちらこそありがとうございます。儂は今日、とても嬉しかった」


源さん、と近寄って体を支えた泉桜を、源は心底嬉しそうに笑って見つめた。つぶらな瞳が三日月の形になる。


「御姫様はこの村の優しさの権化みたいなお方じゃ。御姫様のお心が十和や、他の者にも伝わっておる」


そこで源は言葉を切って、両隣で己を支える2人を順繰りに見た。


「皆良く成長してくれた。辛いことにも負けず、まっすぐに。それが嬉しかった。」


ありがとう。


心の底から湧き上がってきたような、深い声だった。


泉桜は何度も首を振りながら、両手で顔を覆った。泣くなよ、と肩を押す十和の瞳も少し潤んでいた。



     * *



遠くからトンビの鳴き声がしていた。夏の気配を孕んだ生温い風が格子窓から入ってきて、まだ夜の空気が残る家の中を徐々に温めていた。日の光は入ってきていなかったが、空は高く澄んでいて今日も天気が良いのだと分かる。


寝巻きから右腕だけ抜いてはだけさせた佑真は、包帯の巻かれた痛々しい右肩を泉桜の前に晒した。泉桜は慣れた手つきで包帯を剥がしていく。暴かれた肌は赤黒く爛れていた。佑真は数日前にその傷痕を見せられた。そしてその時初めて何処でどうしてこの傷を負ったのか、全く覚えていない自分に気がついたのだった。




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