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狼は春を唄う  作者: ほたる
砂敷村(さじきむら)
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2


仄暗い家の中に大勢の男が集まっていた。部屋の隅に置かれた提灯の中で火が揺れている。安い油の匂いが隙間風に乗って漂っていた。ぼんやりと照らされた人々の顔は、どれも不安そうな表情で上座に座る少女を見つめていた。


「それでは、あの男をこの村に置くと言うのですか!」


壮年の男が嘆くと、上座の少女ーー泉桜みおは頷いた。


「そうです」


「どうして」


受け入れられない、危険すぎる。あちこちから上がる言葉はどれも泉桜を説得するような、嗜めるような響きだった。泉桜は表情1つ変えず、淡々と告げた。


「彼は確かに元少年兵ですが、今は行く当てのないただの流浪人です。そういう人を保護するのも私の役目です」


「ですが!今や各地で鬼の子の被害が相次いでいます。あいつだって何をしでかすか!」


そうだそうだ、と同調する人々を前に泉桜は目を閉じた。皆不信感を抱いているのだ。どうすれば伝わるだろうか。彼は無為に人を傷つけたり殺したりはしないだろう。掠奪も出来るならばとっくにやっている。怪我をしているとは言え、殆ど普通に動けるのだ。


ただ、それを理由に彼を信じてくれと言うのは余りにも難しい話だった。この村はゲリラ兵に襲われた過去がある。本来味方であった筈の日本兵のゲリラだった為、皆兵隊には厳しい目を向けるのだ。この意識を変えるのはとても難しい。


言葉を選びつつ口を開いた時、反対する声を十和とわの声が貫いた。


「俺は良いと思う」


しん、と家の中が静まり返った。


「何言ってるんだよ」


戸惑う声の中十和は立ち上がり、前へ進み出た。驚いて見上げた泉桜に頷いて十和は集まった男達に語り掛けた。


「俺は前にあいつと2人で山を登って御姫様おひいさまの櫓に案内したことがある。その時に少しだけ話したが、あいつはこの村を襲ったゲリラとは違うと思った。ちゃんと話が通じる奴だと」


御姫様、というのはこの村での泉桜の呼び名だ。


「どうしてそう思う」


1番出入り口に近い場所に座っていた男が立ち上がった。苛立ちを隠しもしないその様子は十和に対して向けられたものだった。


「無断で御姫様と人気のない場所で会わせるとは。御姫様に何かあったらどうする」


「約束したんだ。御姫様を絶対に傷つけない、と」


そんな約束をしていたの、と泉桜が呑気に漏らした。


「そんな約束意味があるか!」


あいつらは我々とは違う生き物だ!


吐き捨てられた言葉に泉桜が遺憾の意を示そうとした。遮るように十和が叫んだ。


「あいつは約束を守った!現に御姫様は無事に戻ってきて、こうしてここにいる」


あれから3日が経ったが泉桜は特に何もされていない。


立ち尽くす男は十和の必死な訴えに少しだけ怯んでいた。十和は元来、とても穏やかな青年だ。こうして大きな声を出して誰かに意見するのは珍しいことだった。他の村人も水を打ったように静まり返っていた。


そこへ場違いな程のんびりとした、拍手の音が響き渡った。


音の主は男達の中心に座った老爺であった。白髪と同じ色をした髭が老爺の姿を白く浮き上がらせている。シワだらけの細い手を叩きながら目を細めていた。


「いやはや、こんな立派な若者がいたとは。この村も安泰じゃなぁ」


深みのある低い嗄れた声だ。


「おやっさん」


立ったままの男に呼ばれて老爺はゆっくりと立ち上がった。右足が悪い為、よたよたと危なっかしい。慌てて左右にいた者が支えた。


「冷静に考えてみぃ。御姫様含め村人が特に害されたことはないだろう」


たった3日とはいえ、と老爺は付け足した。


「それに他でもない御姫様の言葉じゃ。今まで御姫様の言葉に従って悪くなったことがあったかえ?」


皆自然と背筋を伸ばして老爺の言葉を聞き入った。老爺の言葉を否定する者は誰もいなかった。


「儂とて元軍人じゃ。それでもこうして皆のお陰でほのぼの暮らさせてもろとる」


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