05 星の導き ①
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05 星の導き
何一つ、傷付ける覚悟を持たない、愚かな子供だと思っていた。
見誤っていた愚か者は、私の方であったのだと。
そう、失いかけて初めて気付いた。
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「君は、見掛けによらず素敵な頭をお持ちのようですね?」
「えぇ、っと……」
思わず背筋をビクリとさせながら、恐る恐る振り返ると、ゾッとするくらい冷ややかな表情でフィニアス師が告げた。
「愚鈍で、浅墓で、薄野呂だと申し上げれば、お分かり頂けますか?」
「ごめんなさいっ!」
バッと勢いよく頭を下げる私に、フィニアス師はたったの二日で何回聞いたか分からない溜め息を深々と吐き出して、パンっと手を叩いた。
「はい、言葉遣いは」
「申し訳ありません、マスター!」
せめて元気よく言い直すと、フィニアス師……もとい『マスター』は、複雑そうな表情で私を見下ろした。
「……まあ、よろしいでしょう。全く、こんなことを教えなければならないなんて、想像もしていませんでしたよ」
疲れたように銀髪をかき上げるフィニアス師に、私は淹れたての熱い薬草茶を差し出した。フィニアス師も、休憩中くらいは心安らかに過ごして欲しい。
「熱いうちに、どうぞ」
「ありがとうございます……こういうところは、細やかに気が利きますね」
困ったような表情で、それでもほんの少しだけ笑ってくれたフィニアス師に、私も嬉しくなってニコニコと笑ってしまう。フィニアス師は、金属のカップに口をつけると、ホッと柔らかく息を吐いて「おいしいですね」と呟いた。
旅に出てからまだ二日、も経ってはいないけれど、もう何回フィニアス師を怒らせたのか数え切れなくなっていた。全部でたったの一週間という短い旅程のはずなのに、私よりもフィニアス師の方が参っちゃうんじゃないかって、今から心配になってくる。
「大丈夫、ですか?」
怒られたばかりなのに、気安く『大丈夫?』なんて言ってしまいそうになり、慌てて取り繕っておく。旅に出てから注意されたこと、その一。目上の人には、丁寧な言葉を使うこと。フィニアス師を『マスター』って呼ぶのも、その一つ。相手を気安く名前で呼ばないのは、学院都市でのルールらしい。
そもそも私には、丁寧な言葉ってものがどういうのか分からなかったけれど、フィニアス師から『私のような言葉遣いを心がけなさい』と言われれば、ナルホドって感じだった。ただ『分かる』と『出来る』は違うんだってことを、思い知らされている真っ最中だけれど。
「君は他人の心配をしている場合ですか。どこの世界に『焚き火を熾しなさい』と言われて、天まで届くような火柱を上げる戯け者がいるんです?ええ、ここにおりましたね?」
「うっ……」
先程の自分の失態を思い返して、思わず縮こまる。この二日間、何度も注意されて来た……感覚で魔法を使うな、という言葉をまた破ってしまった。さすがに、言い訳はできない。フィニアス師は私を『弟子にする』って言葉の通り、ビシバシ私に魔法の指導をしてくれていた。学院に私を送り届けたら、仕事ですぐに学院都市を発ってしまうらしいから、たった一週間の師弟関係だけど。
そんな中で、フィニアス師から厳命されたこと、その二。これからの一週間は、今まで学んできた魔法の使い方をまっさらに忘れて、言われた通りに粛々と従って鍛錬すること。
「何度も申し上げたはずですが、その腐ったリンゴのように中身のない頭には伝わらなかったようですので、改めて叩き込んで差し上げます。已むを得ませんね?」
全く笑っていない瞳でニコリと微笑まれて、コクコクと慌てて頷く。
「魔法・魔術とは知的生命体の内部において、特定の手法によって魔力が処理され発現する事象です。主となる二つの手法について、簡潔に説明を」
「えと……一つ目は意志の力で、自分の中にある魔力をコントロールして、世界に『書き加える』力。自分の中で全ての演算?をすることが必要、です。二つ目は術句や陣を使って、世界に散らばる魔力を借りながら、世界を『書き換える』力。こっちは術式さえ設定できれば、世界が勝手に解いてくれるので、基本的に演算や面倒な手続きが必要ありません」
ほとんどフィニアス師に言われたことを、そのまま繰り返しただけで、全部が理解出来ているかって聞かれれば不安しかない。フィニアス師にもそれは伝わっているみたいで、私の返事を聞くと『まあ、及第点ですね』って感じの表情を浮かべる。
「教科書通りの回答ですが、今はそれで良しとしましょう。かつては前者を魔法、後者を魔術と呼び分けていましたが、現在では明確な区分が失われつつあります。そもそも後者の事象を書き換える力は、我々が勝手に世界を術式で捉え捻じ曲げる行為と考えられ、魔法使いの間では『邪法』と呼ばれて忌み嫌われることが一般的です」
「だから、エルの名前を学院で出しちゃいけないんですか?」
厳命されたこと、その三。学院でエル……と言うより普段は呼ばない『ナサニエル』の名前を出してはいけない。これは今の今まで理由が分かっていなかったけれど、フィニアス師の話を総合すれば、そうなるのかもしれないと少し悲しくなる。
「概ね、それが理由だと考えてよろしいですよ。君の父君が専門としている錬金術は、世界を術式化することそのものに重点を置いておりますので、邪法中の邪法と言えますし。もちろん、人間の馬鹿馬鹿しい勘違いでしかないのでしょうが」
特に何とも思っていない表情で言い切ったフィニアス師は、小さく息を吐いて逸れてしまった話を戻した。
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