08 祭灯と静寂 ④
私がもう一度「ピューイッ」と鳴らせば、私に気付いた母さんは翼を傾けて降りてくると、何回か羽ばたいてゆったりと太い木の枝に着地した。
《メクトゥシ!》
私が母さんの首に抱きついてぐりぐりと頭をすりつければ、なんとなくイヤそうに喉を鳴らすから首を傾げた。
《リア……アンタ、いま最高に獣臭いよ》
どこかげんなりした感じの表情のメクトゥシに、私は思わず笑ってしまった。
《オロケウ達と一緒に狩りしてきたとこだから。今日はね、褒めてもらってこんなにおっきなシカ肉くれたんだ!あ、シカちょっと食べる?》
《いや、朝ご飯にハトを食べてきたばっかりだから、遠慮しとくよ。それに折角アンタが狩ったやつだろ。あの魔法使いに食べさせておやり》
私は頷いて、身を屈めてくれたメクトゥシにぴょいっと飛び乗った。私がしっかりつかまったのを確認するといつものように飛び立つ力強い翼に、グンッとお腹の底に重い力を感じた。でも、それもホントに一瞬のことで、すぐに風を切る気持ちよさに取ってかわる。
《ハトって茶色い方?》
《いや、白っぽい方さね》
それは多分シラコバトだ。茶色い方がキジバトで、こっちがおいしいのは分かるけど。
《え、あれっておいしいの》
《まあ、そこそこいけるよ。ムクドリの方が味はいいけどね……ありゃオヤツだね》
《へぇえ……》
お肉は奥が深い。長く生きて大体何でも狩れるメクトゥシは、私の知らないものを沢山食べてるから、いつも『そんなもの食べられるんだ』って話を聞かせてくれる。もちろん、中には人間が食べられないものもあって失敗したこともあるけど。
《でも、あのハトあんまり降りてこないから、捕まえられないね》
《そりゃ、羽があるやつには、それなりの戦い方があるからね》
少し得意そうなメクトゥシに、そう言えばとオロケウの言葉を思い出す。
《オロケウがね、私もオロケウみたいなキバと、メクトゥシみたいなツメを手に入れられるかもって。そういう道具があるんだって!》
メクトゥシはそれを聞いて、ちょっとだけ言葉を詰まらせた。
《また、あの狼は余計なことを……ま、でもアンタもそういう年か。野生の獣で言えば遅すぎるくらいだ》
しみじみと言いながら、少し悲しそうなメクトゥシに、何か悪いことを言ってしまったのかと首を傾げる。
《メクトゥシ、悲しいの?》
《いや、少し昔のことを思い出してただけだよ。まあ、その道具なら私にも心当たりがある。あの魔法使いなら使い方だって良く知ってるだろ……まあ、森での狩りの仕方なら私らが教えてやれるがね》
《うん、楽しみ!》
やっと、みんなと一緒に狩りが出来るんだってワクワクしてると、メクトゥシが真剣な感じで私に言葉を伝えた。
《リア、力を手に入れても、使い方を間違えるんじゃないよ》
《え……うん》
ポカン、としながらどうやると間違えたことになるんだろうと思うけど、メクトゥシに怒られるようなことはしないつもりだから頷いておく。そんな私の感情が伝わったのか、メクトゥシもふっと空気をやわらかくして、喉の奥で笑った。
《ま、アンタにそんな心配はいらないか。そんだけ大きな力を持ってても、おいた一つしやしないんだから》
《むー、そんなに大きいって言われても、私にはよく分からないんだけど》
私がむくれても、メクトゥシは笑うばっかりでそれ以上は答えてくれなかった。
《ただ、人の世での理は、ちゃんとお前の『父親』から教わっとくんだよ。人間の方のね》
《うん。でも、エルなら『シアに教わるといい』とか言いそうだけど》
《……まあ、あの魔法使いは思いっきり人の世から離れたトコで生きてるからねぇ》
私達はくつくつと笑い合うと、これから本題、という感じで気持ちを切り替えた。
《メクトゥシ、話って?》
《ああ、気付いてるかもしれないけど、森全体が騒がしいからウラシトゥムの爺様の所に行ってきたんだよ》
ウラシトゥムは、森のことなら何でも知ってるワシミミズクだ。この森の誰よりも長生きで、実際の所どれくらい生きてるのか誰も知らないらしい。普段は寝てばっかりで、あんまり外にも出て来ないから、狩りとかどうしてるんだろうってみんな不思議に思ってる。
そんな彼も、森に危険が迫っている時は起き出してきて、いつも真っ先に異変に気付くメクトゥシが危険の正体を聞きにいく。それがこの森のルールだった。
《起きてたんだ、爺様》
《ああ、それがただ『黒き呪いの気配を感じる』って言ってさ。珍しく詳しいことは教えちゃくれないんだ……まあ、森に直接危害が及ぶってのは無さそうなんだけどね》
黒き呪い。その言葉に、私は内心でゾクリとして、メクトゥシにその感情が伝わらなかったかどうか心配になったけど、特に不審には思われていないみたいだった。
私はその言葉に聞き覚えがあった。今よりずっと小さい時、オロケウに連れられて爺様……ウラシトゥムの所を訪ねたことがある。森に二年以上住む動物は、一度はウラシトゥムに会わなくちゃいけないとかで、高い木をオロケウに見守られてよじ登って。
たどり着いた大きく深い木のウロの底で、にぶく光っていた金色の瞳を忘れることができない。ウラシトゥムに会ったのは、その時のたった一回だけだったのに。




