08 祭灯と静寂 ③
オロケウが低く唸って南東の方角にみんなを引き連れていって、その場で全員を散開させる。ロロ兄さんは頷いて水場の方へと音もなく駆けて行った。自分の立てた作戦が使われるときって、すごくドキドキする。それでも、この森の中なら読み間違えることはない。
《いま!》
「ウオオオォォォンッ」
お腹の底に響くみたいなオロケウのハウリングと同時に、狩りが始まった。一斉に駆け出した群れの先陣を切って、私を乗せたオロケウが走る。
森を突き抜けて開けた場所に飛び出すと、オロケウの遠吠えに追い立てられたシカ達が「ピャッ」「ピヤッ」と鳴き交わしながら、真っ直ぐに駆け出していくのが見えた。メスの群れだ。それを見てから、ちゃんと群れの種類も聞いておくんだったと反省する。
まあ、今回の作戦に問題はないけど、いつだって狩りの時にはオロケウからテストされてるんだと思って気を引きしめなおす。
「「アオォォォンッ」」
シカ達の行く手から、オロケウの声にこたえるようにセドゥルとアイシャが吠えて飛び出してくる。キバをむき出して、ものすごい勢いで自分達に迫ってくる姿に恐れをなしたのか、シカ達がはさみ打ちから逃れるように方向転換した。予想通り水場の方へと向かっていくシカ達に、群れのみんなも慌てずに自分の仕事をキッチリこなす。
「グルルルルッ」
気配を殺して待ち伏せしていたロロが姿を現して、シカ達の前に立ちふさがる。怯えたシカ達の一瞬の足のゆるみで、追いついてきたセドゥルとアイシャに飛びつかれ、二頭のシカが喉を噛みちぎられて倒れた。その他に逃げ遅れた子ジカと、見捨てられた年寄りのシカがそれぞれ一撃で仕留められる。合わせて四頭……大勝利だった。
喜びに吠えながら、みんないつも通りオロケウによる解体を待つ。私はスルリとオロケウの背中から降りると、大人しく群れから少し離れた所に座った。食事が始まると長くなる。でも今日は一度に四頭も狩れたからか、オロケウも三頭は腹を切り裂いただけでさっさと群れの他のメンバーに譲ってしまって、みんな喜んでそれぞれの獲物に群がっていく。
最後の一頭の腹も切り裂いてしまうと、こぼれる血も気にとめずに爪先で器用にシカの背中の一番上等な肉をざっくりと大きく切り取った。
「ワフッ」
オロケウに呼ばれた私が慌てて駆けていくと、彼は私を引き寄せて額をすり合わせた。
《お前の取り分だ》
《えっ、でもこんな大きくておいしい部分、もらえないよっ》
今までも分け前をくれることはあったけど、こんなにハッキリ分かりやすい『ごほうび』をくれることなんてなかった。私が戸惑っていると、オロケウは真剣な表情で言葉を続けた。
《お前の風読みと作戦のおかげで、今回の狩りは上手く行った。他にも功労者はいるが、彼らには既に分配してある。お前だけに渡さない訳には行かん》
オロケウの視線をたどると、確かにシカのうち一頭ずつ中心になって食べているのはセドゥルとアイシャとロロだった。それでも私が迷っていると、オロケウは少し厳しい感じで私に感情を伝えてきた。
《己の力を安売りするな。皆、お前がこの取り分に相応しい働きをした、と思っているから黙っている。それとも群れの長である私からの褒賞を受け取れないとでも?》
その言葉に私はパッと飛び退いて目を逸らし、腰を低くして頭を垂れた。群れのリーダーであるオロケウの言葉は絶対だ。私が即座に服従を示すと、オロケウは満足したように喉で笑って私の頭をやわらかい毛皮の頬で撫でた。
《分かれば良い。お前にはお前の力があるのだと言う事を……早くそっちの川で洗って来い。ヒトは悪くなった肉を食べられないのだろう。そうしたら、メクトゥシを呼んで帰るといい。今日はこの後、昼から用があったな?》
《うん!ありがと、オロケウ》
感謝をこめて彼の鼻面にキスを落とすと、お砂糖みたいに甘いシカの血の味がして、ちょっとだけおかしかった。
取り分、と言ってもらったお肉は今までで一番ズッシリとして重かった。それを抱えて近くの川まで走ると、キチンと血を洗い流していく。ひんやりと冷たい水が、狩りの興奮でほてった身体に気持ちよかった。
こんなごちそう、どんなお料理になるんだろうって今から考えるだけでワクワクしてくる。大きい葉っぱに包めば、エルへのおみやげの出来上がりだ。
少し開けた場所へと駆けて行って、スルスルと木に登っていく。今日は片手に重い荷物だからちょっと難しいけど、何年も森で生きている意地を見せて太い枝までたどりつく。
「ピューイッ」
高い音で指笛を鳴らせば、空高く音が響いていく。
「ピィーウッ」
少し離れた所から鳴き声が届いて、私は少しずつまぶしくなってきた空に手をかざして、その時を待った。見上げた高く青い空に、大きな黒い影が舞う。母さんだ。
森の王者って言われてる『母さん』メクトゥシは一応イヌワシの仲間らしいんだけど、魔力が強いから長生きしているうちに、鳥ではありえないくらい大きくなっちゃったらしい。きっと、大きい魔力に合わせて身体が大きくなったんじゃないかな。私を背中に乗せて飛べるのは母さんだけで、それでももう少し私が重くなったら乗せられないんだとか。




