06 大空をこいねがう ⑥
何かの種を持ってきて僕に渡したかと思うと、目の前でそれを成長させてキレイな青い花を咲かせてくれた時には、僕が感動して泣いちゃったけど。だって、自分の手の中で生命が芽吹いていく感覚なんて、きっと一生巡り会えない体験だ。
そういう不思議なことがなくたって、リアと一緒にいる時間はいつだって新鮮な気分で世界を見る事が出来る。とうの昔に見飽きたと思っていたはずの、この小さな村の代わり映えしない景色だって、風にそよぐ緑も、陽の光を浴びて燦めく小川も、今までは見向きもしなかった星のように白くて小さな花々も、何もかもが美しくて素敵なものに見えてくる。
きっと、僕だって初めて見た時は、こんな風に世界は輝いて見えていたはずだった。いつから、なんてハッキリした事は分からないけど、僕が『大切なもの』を失って、僕にとっては長い長い時間の中で少しずつ何もかもが薄れていって。それを大人になる、なんて言葉で片付けたくはなかった。今ならそれが正しかったんだと分かる。
守りたいものがあるだけで、大切な人が隣にいるだけで、世界はこんなにも穏やかで優しい。時間は飛ぶように過ぎて、それでも明日があると信じていられるから、その速度も怖くはない。
「ユーリ!」
くいくい、と僕の袖を引いて、リアがこちらを見上げていた。
ほめてほめて、と言わんばかりに目をキラキラさせているリアに、僕は自分が彼女を置いてけぼりでボンヤリ考え事をしていた事に気付いた。
「ごめんね、リア……ありがとう」
「えへへー」
そっと柔らかな髪をなでると、嬉しそうにニパリと笑う。その子供っぽい笑顔を見ると、何だか安心する。
「……そうだね。君といれば、毎日こんな風にビックリするような事が起きるし、明日ここに来てもちゃんと君はいるんだ」
「ユーリ?」
彼女を抱き締めて呟けば、僕の声に何かを感じ取ったのか、リアが僕の名前を呼ぶ。
「ううん、何でもない。嬉しいけど、あんまり無理はしちゃダメだよ?僕との約束」
「あい!」
コツリと額を合わせると、自信たっぷりに元気な返事が返ってくるから、思わず笑ってしまう。リアはまだあまり言葉を繋げて話せないから、大した会話を交わせるワケじゃないけど、こうやってちゃんと分かってるみたいな返事をくれるから面白いと思う。
どれくらい君には伝わってるのかな、と思いながら、もしもリアが大きくなった時に僕の話したことの何もかもを覚えていたら、それはそれで凄く恥ずかしいだろうと考える。
折角リアが雪をどかしてくれた地面の上に座ると、想像してたよりずっと暖かくてびっくりする。それどころか座ってるうちに、自分の熱と今日の天気の良さでますますあったかくなっていく。目を見開いてリアを見ると、えっへん、とでも言うように得意そうな顔をしていた。本当、よくこういうこと知ってるよなぁと感心しながら、もう一度「ありがとう」と笑った。
いつもの定位置……僕の膝の上、腕の中の特等席にすっぽりと収まって、僕が羽織ってきたケープにくるまったリアは、ふわりとした顔で笑った。
「あったかいね」
「うん、あったかい」
二人でぬくぬくしていると、僕まで眠くなって来てしまう。ただ、二人でいる時に僕が眠ってしまってはいけない、というのは頭の中に叩き込んでいるから本当に寝てしまったことはないんだけど。
「今日は何のお話をしようか」
そうは言っても、僕が話せることなんて家であったこととか、母さんとか村の語り部がしてくれる昔話か、旅商人がしてくれる世界の話くらいのもので。そんなにバリエーションがあるわけじゃないんだけど、リアはいつも楽しそうに聞いている。半分以上は子守唄がわりになってるけど。
「ドラゴン!」
「あはは、その話好きだよね……いいよ」
僕は頷くと、もう何度も話している昔話を語り始めた。
「昔々ある所に、エルダーと言う少年がいました」
それは、かつて旅商人が話してくれた、英雄エルダーの長い長い物語の一幕だった。遥か昔の時代、小さな村に生まれたエルダーは剣が得意で、剣士になって世界中を旅することを夢見ていた。彼の生まれた国は昔からドラゴンの脅威に悩まされていて、荒れ狂って人の住む場所を破壊し、不思議で強大な力で人々を支配して来た。
ある日、気まぐれのようにエルダーの住む村を襲ったドラゴンに、何もかもを破壊されたエルダーは剣を取って立ち上がり、古の言葉の力と自分の剣の腕とでそのドラゴンを打ち倒してしまう。それまで人間に倒されることなんて考えたこともなかったドラゴン達は怒り狂い、人間とドラゴンの間に大戦争が勃発する。
人間達はドラゴン殺しの英雄としてエルダーを据えると、エルダーの使った古の言葉の力でドラゴンの力を弱め、大きな損害を出しながらも遂にドラゴン達をこの世界から一掃することに成功する。




