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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第4章―真実の書― 地下迷宮篇
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幕間 ライナス・ブラッドフォードの独白

 *


 ライナス・ブラッドフォードの独白


「あぁぁ、好きだぁぁぁああ……ッ」

「だからそれ、いいかげん本人に言えば」


 酔っ払いはこれだから、と。


 そう溜め息を吐きながら、好きで面倒を見ている自分がいる。どん、と振り下ろされたジョッキをチェイサーとすり替えて、ぐびぐびと酒のように水を呑む彼女を眺める。


 いつもの時間を、いつものように。これが結構、気に入ってる。


(……肝心のネイトがいなくて寂しいって、今度本人に言ってやろ)


 きっと凄まじくイヤな顔をするんだろうと思えば、今からニコニコ笑顔が浮かんで来る。断っておくけれど、決して歪んだ性癖はない、つもりだ。


 かつては幼馴染のシアと二人だったのが、ネイトも加わって三人になって、今はまた元の二人きり。それも悪くはないし、こうして素面(しらふ)じゃ言えない想いの(たけ)をぶちまけるシアを見てるのも、まあ少しは可哀想で心苦しいけれど面白いから良しとしてる。


(それでもやっぱり、三人が良いんだよ……ネイト)


 僕がいて、シアがいて、ネイトがいて……それだけで良かった。最初から、いつかは壊れることが分かっている関係でも、そう願わずにはいられなかった。


 シアはネイトが好きで、ネイトは既に心を捧げた相手がいて、宙ぶらりんの僕だけが『僕たち』を守れたはずなのに。


「……結局なにも、出来なかった」

「アンタなら、なんだって出来るでしょぉぉおおお」

「ああ、うん。はいはい……そうだね」


 酔っ払いの謎の合いの手に、なんとなく合いの手を返しておく。


 何だって出来る、そう信じられたのなんて本当に子供の頃だけで、今は自分の限界が嫌になるくらい分かってる。僕は『あの時』ネイトを守れなかったし、大厄災の時も寄り添うことさえ出来なかったし、今だってそうだ。


 それでも僕は、胸を張って彼の『友達』だと言えるのだろうかと、時折そう思う。


(ただでさえ、ツケが溜まりすぎて返せそうにないのに……)


 思わず溜め息を吐きそうになりながら、鈍く痛む左腕の付け根をさする。


「痛むのか、ライ?」


 不意に酔いが()めたような口調で、眉を寄せるシアにポンと肩を叩けばヘニャリと崩れる……これが第一騎士団の副長様とは、彼女の部下にだけはこの現場を見られるわけにいかないなと思う。まあ誰も僕達が、こんなシケた場末の酒場にいるとは思わないだろうけど。


「大丈夫……大丈夫だよ、シア」


 昔してあげたように、まだ僕達が二人ぼっちだった頃のように、ポンポンと背中を撫でる。いつも凛とした(たたず)まいの幼馴染を見るのも誇らしいけれど、こうしてヘニャヘニャになってる姿を見るのも悪くない。


 ネイトもこれくらい気を抜いてくれたら良いのにと思うけれど、思ってみてから無理な相談だなと笑う。あれでも気を許してくれてる方なんだけどなと、未だに近所の野良猫みたいな警戒心とふてぶてしさの混在した友のことを考える。


 初めて出会った時は、こんな仲になるなんて思ってもみなかった。


 同じ近衛に配属されたとは言っても、彼はお付きの騎士で僕は裏の仕事で空けることも多く、接点も大してなかった。それが彼に興味を持つようになったのは、()しくもその何もかもが抜け落ちたかのように見える瞳が、一途に誰を追っているのかを気付いてからだ。


 この貴族社会において、誰が誰に惚れた腫れただなんて日常茶飯事のゴシップだけれど、こんな物語の中にしかないような恋心なんてそうそう転がっているものじゃなかった。誰とも言葉を交わすことなく、淡々と日々の任務に(のぞ)む男が、内に秘めた想いを知ってからと言うもの、僕はネイトにちょっかいをかけるようになった。


 そう……シアには悪いとは思いながらも、一途に想いを貫くネイトの姿をいつしか好ましく思っていたんだ。そういう男は信じられる、とも多分無意識のうちに思ってた。



「ガハッ……ゲホッゲホッ……!」

「ライナス……!」


 その頃には既に左腕が(つい)え始めていた僕は、いつの日か気が抜けていたのか血を吐くところをネイトに見られてしまった。


「お前、身体がっ」

「あれ、言ってなかったっけ」


 いつものこと、いつものように。


「もうすぐ死ぬ予定なんだよね、僕」


 ひらりと手を振って告げた瞬間の、ネイトの表情を忘れることはないだろう。


 ガッと肩を掴んだ指先の、僕の手にも負けないくらいの恐ろしい冷たさも。その瞳の奥に浮かんだ激情も、彼の喉元まで出かかった叫びも。


 その全てを彼は飲み込んで、去った……ああ、これで終わったのかななんて思った。



「これを」


 その数日後だったか、彼は一本の腕を携えて僕の元を訪れた。その時からあの金属の塊が、ネイトの心が、僕の腕になった。


 生きてくれと、彼は言った。その言葉に僕はただ一言しか、返せなかった。


「……どうやって」

「私が方法を探す……一生をかけて」


 その言葉を、彼は決して裏切らなかった。だから僕は、今日もこうして生きている。



「……幸せなんだよ」


 眠ってしまったシアの頭を撫でながら、心の底から呟いた。


「だから、君達にも幸せになって欲しいのに」


 難しいものだね、と呟いて。いつかの夜が、更けて行く――




 *







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