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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第4章―真実の書― 地下迷宮篇
244/277

03 たどり着けない場所 ①

 *



 03 たどり着けない場所


 歩き続けて、いったいどこまで来ただろう。

 この果てない道の先に、求めた答えはあるのか。

 過去から木霊する声が、ただ静かに問いかけている。



 *



 気付いた時、そこには何も残されていなかった。


 天井には巨大な風穴が空いて、眩しいくらいの青空が覗いていること以外に、そこで『何か』があったことなんて分からないようで。あんなにも絶望的に部屋を埋め尽くしていたゴーレムは影も形もなく、ただボロボロになりはてた私とシエロだけが取り残されていた。


(そうだ、シエロ……っ)


 駆け寄ろうと足に力をこめるも、身体が自分のものじゃないみたいに動かない。まるで三日三晩、夜通し森を駆けた時みたいに全身が疲れ切っていた。


「うご、けっ……」


 力ない拳を解いて、地面に爪を立てながらズルズルとシエロの元へ向かう。


 どうか、どうか――


「生き、てる」


 彼の口元に耳を寄せると、か細いながらも確かに吐息のこぼれる音が聞こえた。どこかフワフワとした夢みたいに信じられなくて心臓に耳を寄せれば、力強い鼓動が響いていて。


「生きてる――」


 その胸元に縋りつきながら、どうしてか涙があふれて止まらなかった。


 涙で視界を曇らせながらも、この生命が止まらないうちにと、魔法でシエロの身体を持ち上げようとした時だった。


(あ、れ……?)


 いつも意識すらしていなかった魔力の在り処が分からなくて、上手く回らない頭に落ち着けと言い聞かせながら、シエロの腕に肩を回して抱き起こす。


(もう少し……あと、少し……!)


 何度も浅く息を吐き出しながらジリジリと前に進み、白く遠のく世界の中で扉に手をかける。さして力をこめなくても、今度は呆気なく開いた扉の向こうで、ルビーみたいに輝く赤が見えたから。もう大丈夫だと、知らず笑みを浮かべて最後の一歩を踏み出した。


「シエロを、助けて――」


 広げられた腕の中に倒れこみながら、ついに意識を手放した。暗く沈みゆく視界の中で、優しい声が私を包んで、長く短い眠りの中へと落ちて行く。


「良く戻った、最後の魔法使いよ……新たなる時代の幕開けだ」



 *



 香ばしい匂いが鼻をついて、目を覚ます。


 焼き立ての薄いパンに、肉を挟んだやつ。いつもの光景、いつもの匂い。


 朝から豪勢なことでと思いつつ、これが最後なのだとこみ上げるものに蓋をする。以前よりは(きし)まなくなった身体を何とか支え、杖をついて立ち上がる。最初はダサいと思っていた杖だけど、今ではすっかり慣れてしまった。


「シエロ、ごめん。起こしちゃった?」


 隣室から顔を出したリアが、心配そうに瞳をまたたかせた。


「いや……どうせ、もうすぐ起きる時間だから。自分でそっち行く」

「分かった!」


 ひらりと身を(ひるがえ)してパタパタと駆けていくリアに、狭いんだから部屋の中を走るなと兄か何かのように言ってやりたくなる。窓枠にはワタリガラスが止まって、まだ眠そうに欠伸(あくび)をしていた。


 あの『試練』から、どれだけの時が経ったのか……と言うほどの時間は過ぎてはいない。けれど、あれから僕はほとんど寝たきりの生活を送っていた。ゴーレムの攻撃をモロに()らったからなのか、骨は砕けて内臓も損傷を負った目も当てられない有様だったらしい。魔法がなければ死んでいたと、マスター・リカルドに怒鳴られた。今では老人のように杖を手放せないけれど、それでも自力で歩けるようになっただけマシと言うものだろう。



 カラン、と。

「っち、くそ……」


 悪態を吐きながら、取り落とした杖を拾い上げてジリジリと前に進む。まあ、もはやこんなのも日常の一つだ。


 どちらかと言えば、心配なのはリアの方で。目が覚めた時、隣に眠る青褪(あおざ)めた彼女の横顔を見て血の気が引いた。なんでも僕を助けるために無理をしたらしく、重篤な魔力欠乏なのだと聞かされた。確かにその時のリアは、目を()らさなければ分からないほどに魔力の気配が希薄で、生きているのか死んでいるのかも判別できないくらいだった。


 いつも暴力的なほどの膨大な魔力を垂れ流している彼女が、いったい何をどうやったら『ああなる』のかだけは、誰に尋ねても一様に口を閉ざすのが不思議で。ただ一人マスター・リカルドだけが教えてくれたことによれば、曰くマスター・フィニアス並みの膨大な魔力をまとった光柱が(そび)え立ったらしく、皆がリアを畏怖し敬遠しているらしい。


 何を今更……と思いつつも、人は自分が理解できないものに出会った時、そんな風に拒否反応を示すことくらい良く知っていた。ともあれ、ある日いきなりパチリと目を覚ましたリアは、何事もなかったかのようにケロリとした顔で元のように生活を始めたのである。あの、人並み外れた魔力も健在だ。


「シエロぉ、ごはんごはん!」

「待て、もうす、ぐっ……」


 扉を開けるだけでも汗まみれになりながら、ほとんど這うようにして朝食の席へと就く。ご機嫌な顔で僕を迎えたリアは、いそいそと豪勢な食卓を整えながら口を開いた。


「本当に頑張ったよね、シエロ……でも、明日から大丈夫なの? ちゃんとご飯、一人で食べれる?」

「また母親のようなことを。いや、母様は断じてお前みたいじゃなかったけど。お前が来るまでは食堂とかも使って適当に済ましてたんだから、なんとかなるでしょ」


 まだ納得のいかなそうな顔ながらも頷くリアに、言葉を続ける。


「でも、ありがと……お前のお陰で、ここまで回復できたから。お前はお前の道を行きなよ、リア」







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