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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第1章―嘆きの旅人―
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03 病める時も健やかなる時も ③

 ドンドンドンッ


(どこのどいつだい……こんな夜更けに)


 一日の仕事をようやく終わらして、何とか子供達を寝かしつけ、自分も疲れ切った体でベッドに沈み込んだばかりだよ。タヌキ寝入りを決め込んでやろうと、薄い毛布をひっかぶって耳をふさぐ。


 ドンドンッドンドンドンドンッ


(……いや、分かってたさね。こんなボロ毛布じゃ、ロクに音なんかふせげやしないよ)


 戸を叩く音は、最初よりもずっと切羽詰まって激しかった。どうやらタダ事じゃないらしいし、放っておいたら寝かしつけた悪ガキ達が揃って起きちまいそうだ。仕方なく起き出して、ギシギシ床を軋ませながら冷えた夜の戸口に立つ。


「誰だい」


 思い切り不機嫌さを声に出して扉の向こうに叩きつける。


『私だっ……ナサニエルだ。塔に住む、魔法使いの』


 この村じゃ滅多に耳にすることのない、低いながらも明らかに若い男の声にギョッとしながら、更にその名乗られた名前にギョッとする。大魔法使い様が何の用だと思いながらも、彼が相手では扉なんてあってないようなものだと諦める。あの『塔』を一夜にして建てるような魔法使いが、このあばら家の扉なんざその気になれば()()みじんなんだろうから、閉めて用心なんて意味がない。


 頼むから面倒事には巻きこまないでおくれ、と祈るような気持ちで恐る恐る扉を開けば、そこには真っ青な顔で我が子を抱えた一人の父親の姿があった。


「頼む、助けて欲しい。リアが熱を……どうしたら良いか、分からなくて。あなたを」


 とっさの時に思い出してもらえるなんざ、随分となつかれたもんだと思いながら、私は眠気が吹き飛んでいくのを感じていた。好きこのんで自分で焼いた世話だ。責任はキッチリ取らなくちゃならない。ましてや命がかかっているなら、なおさら。


「入りな。ドア閉めて」


 我が家にひとつだけしかないテーブルの上に毛布を敷き、その上にリアを寝かせて汗を浮かべた額に触れる。


「っ……こりゃ、ひどい」


 それこそ燃えるような、っていう言葉がピッタリなくらいの熱で。いや、正直笑い事じゃないんだけどね。生きてるのが不思議なくらいの熱を抱えて、リアは苦しそうな息を小さい口から懸命に吐き出していた。きちんと息が出来てるうちは、まだ大丈夫だ。大丈夫だと、信じる他にない。


 頭の中で小さい病人を看病する時の手順を思い起こしながら、いずれにせよこの若い大魔法使い様に何とかしてもらうしかないんだが、と重い息を吐く。私らに出来るのは、せいぜい傍らに付いていて薬師(くすし)だの祈祷師だのが治療してくれるまで、病気を悪化させないように世話を焼くか祈るくらいのもんだ。


 ただ、私の知る限り一人でこの村にやって来て、ずっと一人でいるこの魔法使いはもしかしなくても小さい身内が病気で苦しむのを見るのなんて初めてなのかもしれなかった。どうやら血の繋がりもないらしいこの娘を、本気で自分の娘だと思って育てているようだし、と横目に見上げる。


 どう考えても見た目は若造のくせに、どんな状況に直面しても動じた素振り一つ見せたことのなかった魔法使いは、本気でどうしたら良いのか分からないとでも言うような青い顔で黙りこくっていた。


 バンッ


「っ、なにをっ」


 いきなり私に背中を叩かれて、居眠りこいてた犬が蹴り起こされたみたいな情けない表情を浮かべた男に、こいつも『恐ろしい魔法使い』ってだけじゃなくてちゃんと人間だったのかと、こんな時だってのに笑っちまいそうになる。


「アンタがしっかりしないでどうすんだい。この村にはマトモな薬師はいないし、アンタが来てから祈祷師の治療なんざ気休めにしかならないんだってことも薄々気付いちゃいるんだよ。父親であるアンタにしか、その子は助けてやれない。アンタが薬作ってる間は看といてやるけど、それ以外は元よりアンタの仕事だよ。魔法使いさん」


 私に揺さぶられて、男の表情が少しずつ落ち着いて来る。


「……流行(はや)(やまい)ならば、適切な診断、適切な処置があれば必ず助かる」


 小さく息を吸い込んで、いつもの淡々とした声で言葉を落とした魔法使いに、私は満足して頷いた。


「そうだよ。アンタがいつも、言ってることだろ」


 こんなちっぽけな村の何者でもないババアにオロオロと縋っている姿よりも、いっそ清々しいくらいに自信過剰で頼もしい姿の方が、ずっとアンタらしいよ。


 魔法使いの男は、そんな事を考えている私にはもはや見向きもしないで、真剣な表情で娘であるリアと向き合っていた。その眼はとっくに子を心配する父親のものなんかじゃなくて、目の前の『もの』を分析し正しさを追求するための冷たい瞳になっていた。


「身体は一時体温が低下したが、急な発熱があった。咳や喉の腫れは無し、症状は一貫して高熱のみ。単なる風邪、ではないだろう……症状に該当する病の候補がある。食中毒の可能性は除外。他者とは触れ合わせていない故に、私もしくはラスからの感染。ここ数日で診た患者の中で、潜伏期間が存在し子供に感染すると症状が悪化するもの……」


 男はブツブツと呟いた後に、結論が出たのか顔を上げて宣言した。


「スコール熱だな」


 耳覚えのない病名に首を傾げとくけど、そもそも私の知ってる病気なんてたかが知れている。熱が出りゃ、何だって『風邪』だ。


「元々はディプルと言う毒蛾が感染源だが、あまり知られていない故にスコール熱と名付けられた。スコールのように前触れなく発熱し、呆気なく生命を押し流していくから、だそうだ」

「……そりゃ、ロクでもないネーミングだね」


 私の言葉には特に反応することもなく、男は淡々とやるべき事を弾き出していく。




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― 新着の感想 ―
[良い点]  先ず最初に、描写が繊細にして詳細である部分が美点としてあげられます。「これはどういう事なのか」「どういう場面なのか」と首を捻ることなく情景を思い浮かべることができました。  さり気無い日…
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