なるみん
―やはり、そう簡単にはいかなった。
隣で何度もチャイムをピンポーンと押しては、声を出している泉がいた。
「なるみん、いないのかな?」
「だからそう簡単じゃないって言っただろ」
俺たちは学校が終わって帰る準備をすると真っ直ぐに、金城の家の前へと来た。金城の家は中級家庭と言っていいほど小さくも大きくもない家で、俺たちが立っている門から家までは少し距離がある。庭もそれなりの大きさである。
「……誰もいないのか」
目を細め、泉は中の様子を伺おうとする。
けれど、窓はすべてカーテンで閉じられており、中を伺うことはできそうにない。庭には洗濯物が干してあるため、住人が住んでいることは間違いない。
「それか、居留守を使ってる場合もあるよな」
「居留守?」
「ああ。もしかしたらチャイムについてるカメラで俺たちを見て、出たくない可能性も」
「でも、それはなくない?」
「どうしてそう思うんだ?」
「だって、なるみんとあたしたちって友達じゃん」
泉はそういうと首を傾げた。
友達だから中に入れてくれる、そう思っているのだろう。
謎理論である。
俺は不登校になった人間が、そんな理由で開けてくれるとは思わない。
「じゃあ、泉はなる―金城が開けてくれないというか、出てくれないのは家にいないからって思うのか?」
「うーん、そう思うしかないかな」
こいつの友達理論が理解できない。
どうしたものかと俺はため息をついた。
「そこのカップルどいてっ!」
と。
俺と泉が突っ立っていると、横から一つ年下ぐらいに見える少年が走ってきてチャイムの前に立った。
「あたしたち、カップル違うから!」
「いや、男女が一緒にいたらカップルでしょ?」
「え、何そのカップル理論っ!」
泉はむっ、とこっちを見向きもせずにチャイムのボタンを押す少年を睨みつける。
何か言ってやってよ! と俺に話を振ってきたが、この少年のカップル理論もおかしいと思うが、お前の友達理論もおかしいぞと火に油を注ぐようなことしか今は出てこない。だが、泉とカップルと扱うのはやめてほしい。
―ピンポーン
チャイムが鳴る。
「あれ、なんでチャイム押したの?」
泉は不思議そうな顔をして少年を見た。
「なんでって、成美に用が―」
「「「あ」」」
少年は振り向き、俺たちに顔を見せたかと思うと、お互いに声を出してしまう。俺が言うが先に泉は言葉を発する。
「蚕くん!? 蚕くんだよね!?」
「泉先輩に、空真先輩じゃないすか!」
俺も声にはしないものの、驚いた顔で少年―三田蚕の顔を見た。
少し声変わりしていたせいか蚕だと気づかなかったものの、よくよく顔を見ると成長した蚕だった。髪は少し茶髪でショートヘア、目はキリっとしているものの顔は幼く童顔であり、中三にしては体は細身で身長も平均身長より少々小さいように見える。蚕は小学生の時に一緒にバドミントン部でダブルスを組んでおり、泉はその補佐役だったのだ。
だが、蚕とは俺が中学校に入ってからバトミントン部に入らなかったこともあり、それ以来会うことも話をすることもなかった。小学生時代はダブルス二人で県大会に行くこともあった。汗をかいて動いては二人で改善点を話し合ったり、お互いに休日部活で学校に来てはバドミントン関係なしに話をしたことも。蚕は頬をかいた。
「いや~小学校ぶりっすね」
「そうだな」
嬉しそうに、えへへ、と子犬のように笑う。
「あ、でも。さっきはカップルって言っちゃってすみません……」
「そのことか? 別に気にしてないぞ」
「気にしてない? え、まさか本当にカップルじゃ―泉先輩すみませんっす!」
蚕のいいように、泉は鬼のように睨みつけた。さすがの蚕も苦笑いで謝った。
「それにしても、どうして先輩たちバドミントン部入らなかったんすか? 俺、入学初日の部活動紹介のバドミントン部に先輩たちの姿が見当たらなくて先生たちに聞いたら、先輩たち無所属だとか……」
会って早々癇に障ることを聞いてきた。俺はどう答えようかと頭を掻いた。
「入らなかった……それに、理由なんかあるか?」
「でも、先輩たちとは県大会までいった仲だったじゃないすか! また、先輩とダブルス組めるかと思ってたのに」
「っ」
蚕は暗い顔をし、俺は歯をかみしめる。
俺だって、お前と……。
「はいはい、そこまでっ!」
俺が言葉を発する前に、泉が間に割って入ってきた。
「はいはいって、泉先輩もっすよ! 何でバドミントン部に入らんかったんすか!?」
「あたしは……。そーちゃんが入らなかったから」
「空真先輩が入らなかった、それだけの理由でっすか? 泉先輩サポートが上手い上に可愛いって言われて、他のチームからスカウト沢山されてたのにっすか?」
「だって、あたしはそーちゃんと、蚕くんのサポートをするのが好きだったから」
「そんな、理由で―いっ、痛い!」
「お前は俺と泉の機嫌を損ねるためにいるのか?」
ぐいっと蚕の右耳を引っ張る。蚕は悪かったっすから! と言い、俺の手を払った。
「その話はまた今度でいいから」
「今度って、絶対っすからね?」
どうしてこんなにも蚕は俺がバドミントン部に入らなかった理由を求めるのかはわからなかった。だが、そのうち分かってくるだろう。
「っと、門開いたっすね」
かちっと音がしたかと思うと、蚕は目の前で開いた門を見た。慣れた手つきで門を押す。
「この門、自動で開くのか」
「あれ、先輩たち知らないんすか?」
「前は自動じゃなかった、はず」
泉も不思議に思ったのか首を傾げた。
確か、小学生の頃は自分で手押しして入っていた気がする。そんな俺たちを横目に、蚕はドアの前まで行く。
「てかお前、金城とそんなに仲がいいのか? 泉が何度もチャイム押しても門すら開けてくれなかったぞ?」
「仲がいいっていうか、しいて言うなら従者的な感じが強いっすね」
「従者?」
「まあ、いろいろと」
蚕はそういうとドアをこんこんこんっとノックをした。隣にいる泉は、金城との友達理論が崩れたことにショックを受けているのか、ぶすくれた顔をしている。
「ところで、先輩たちも成美に用すっか?」
「ああ。先生に一学期分の教材やら運ぶよう頼まれて。……そういうお前も成美に用が?」
「用っていうか……」
俺たちに聞こえない声でぶつぶつと言う。成美に関して聞くと、何故だかとても曖昧な返事を返してくる気がする。
「蚕くん、用事もないのになるみんの家に? なるみんと友達であるあたしでも門を開けてくれなかったのに?」
後ろから凄い殺意を感じた。その殺意をすぐさま察知した蚕はびくっと体を震わせた。
「あー……ええっとー……」
「あたしたちのことカップルとかふざけたこと言ってたけど、もしかして蚕くんとなるみんデキてるんじゃ―」
「それは絶対誤解っす!!!!」
負のオーラを感じさせる泉に、蚕は顔を青ざめて手を横にぶんぶんと振った。声がでかい。
「それ、なる……金城が聞いたら怒りそうだよな」
誰だってさすがに頑固拒否されたら傷つくはずだ。
と。
バタンッ
俺たちがこうしてわちゃわちゃと話していると、目の前のドアが勢いよく開き蚕の頭にぶつかった。
「いた!」
頭がぶつかった衝動で俺たちと同じくらいの位置に飛ばされた蚕は少々涙目でぶつかったところを片手で抑える。そんな蚕などお構いなしに、俺と泉は開いたドアの中に目を向けた。
「ごちゃごちゃうるさいな~」
おっとりした可愛らしい声が庭に広がる。ドアの中には声のようにおっとりとした、ツインテールにパジャマ姿の小学生体型の少女があくびをしながら立っていた。
俺と泉はその姿を捉えると、小学生の頃とさほど変わらない体型と顔に、すぐさま金城成美であると認識する。
「なるみん、だよね?」
泉は再確認すべく金城に話しかけた。俺はごくりと唾を飲む。
「ん……? っ」
あくびをし、ゆっくりとこちらに体ごと顔を向け俺たちを捉えとびくっと体を震わせた。
「いずみと、そーま……?」
金城は信じられないとばかりに伸び切った袖で目をごしごしする。眠たそうな瞳に俺たちが映り込む。
「なんで……?」
瞬きもせず、威嚇するように俺たちを見た。
俺は沈黙を壊して金城に話す。
「なんでって……ほら、これ」
俺が持っている重たい箱を金城に見せる。金城はその箱を冷たい目でじっと見た。
「いらない」
と。
四文字の言葉を冷たく言い放つ。その言葉によって一瞬世界が凍り付いたような錯覚に陥る。俺と泉は困惑した顔で金城を見る。
「いらないってお前、不登校のままじゃ」
「いらないってったらいらないの」
ゴミを見るかのような目で答える。
あまりにも小学生体型であってもこう冷たくされると、どう対処すればいいのか困ってしまう。
「ね、なるみん。いらないってどうして?」
ここで、泉が金城に話を振った。
「いらない、に理由は必要?」
「必要だよ」
「私は必要ない」
さすがの泉でも、自分から友達と語っていたくせに友達未満の関係の話になっている。これでは、異性相手の俺では到底敵いっこない。
「その段ボールの中身、一学期分の教材だよね~?」
「そう、だけど」
「じゃあ、後は先生に返すなり燃やすなり私の代わりにしてくれない? あ、代わりでもないか」
完全にあっちのペースに持ってかれてしまっている。
何か言わなければと思っても何も言うことができない俺が随分な臆病者だ。
「なるみん、何でも何事にも理由は絶対あるんだよ」
泉はペースに飲まれぬよう、逆に自分のペースに持っていくように見えた。
「でも、私は―」
「だからね、不登校になったのだって理由があるんだよね?」
「っ」
金城は泉の言葉に動揺する。
が、おっとりした性格を自分を保ち、バタンッと開いたドアを閉めてしまった。
「ちょっ、金城!」
「うるさいうるさいうるさいっ!」
ドアを隔てているのにも関わらず、頭に響くくらいの声を立てた。
「泉たちには分からないよっ! ほっといてよっ!」
そう金城の叫び声が聞こえると、二階へと上がったのか外にまで聞こえる物音を立てて俺たちのそばから気配がしなくなった。あまりにも乱暴だった金城に、泉はショックだったのか目に涙を浮かべていた。
「泉?」
「あたし、何か間違ったことしちゃったのかな……」
コンクリートにそのまま力が抜けたようにぺたっと座り込んだ。
俺はその様子にどう声をかけてやればいいのか分からない。泉からしてみれば泉の存在は金城にとって友達以下の存在として認識されていると知った状態に加え、あまりにも乱暴だった金城に怯えているに違いない。俺は頭でも撫でてやろうかと髪に触れようとした。
「ったく、成美は怖いっすね」
触れようとした手をすぐさま引っ込め、俺たちの後ろで金城とのやり取りの様子を見ていた蚕はやれやれという顔をした。