夢の少女に似ている
結局、泉とは昔のことを話すこともせず家に帰ってきてしまった。
唯一話したと言えば、夢の話だった。
「……はぁ」
俺は自宅へ着くなりおかえりと言う母の声を無視し、自室へ入り自分のベットに倒れこんだ。
同じ夢 他人と、すぐさまスマホで検索をかけようとしたが、スマホを破損したことを思い出し、余計に溜息を着く。
―一体、あの夢は何なんだ。
もう見たくない。
けど、あの夢の真相を知りたい。
俺の矛盾した思いに、自分でも腹が立つほど怒りを覚えた。
だが、真相を知るにはやはり夢が、あの何者かが消えた瞬間から動き出さなければ知ることができないだろう。
「……動き出さないんだとしても、寝る以外方法はないよな」
俺はこの状態のまま目を閉じた。
泉と久しぶりの下校で思いがけないデジャヴでまだ寝れる状況ではなかったが、俺は寝ると思えば寝れる体質なので、何の心配もなく瞬く間に夢の世界へと入った。
―。
……まただ。
ベチャッ、という音とともに、銀髪の少女の左胸に鎌が貫通した。
慣れたかのように思えた目の前の光景に、前と同じように胃がきりきりしだし、嗚咽を吐きそうになる。
少女の左胸から鎌が抜かれ、またしてもトマトが潰れたかのような赤い液体が飛び散る。
少女は赤い液の中に倒れ、綺麗な銀髪が赤で染まってゆく。
「っ」
またしても、また、同じ夢を見て終わってしまうのだろうか。
俺は何とか商機を保とうとする。
「お前、はっ……」
足を一歩前、一歩前へと、鎌を持った何者かに体を近づけさせる。
俺の声と足音に気付いた何者かは、以前のように去りもせずに俺を待っているかのようにその場に立っていた。
「お前はっ、何者、なんだ?」
必死に何者かに問いかける。
前は少女を殺す理由を聞いた。今は何者かの正体を聞いている。
そんな何者かは、俺の姿を見て苦笑する。
「貴女に、私は何者に見えますか?」
質問を質問で返してくる。
何を面白がっているのか。
「質問に答えろ」
「君の質問に答える義理はないですよ。こっちが質問をしているんです」
何者かは深くフードを被り直し、俺の方に近づいて行き、自分の顔を俺の顔に近づけてきた。
「さあ、何者に見えますか?」
悔しいが、何者かは鎌を持っているため、この後口ごたえすれば殺されるかもしれない。
俺は少し考えたのち、
「暗殺者」
と、答えた。
「暗殺者、ですか」
何者かは俺の顔から遠ざけると、フード越しから笑みを浮かべていた。
「―君は面白いですね」
「……ーま」
上から声が聞こえる。
「そーま」
少女の可愛らしい、鈴の音のような声が聞こえる。
……少女?
俺は疑問に思い、重たい瞼を動かした。
と。
目に入ってくる光景に、
「―は?」
と、目を疑ってしまった。
「やっと起きましたね!」
そこには、見知らぬ少女が四つん這いになって俺の体を包囲し、俺の顔面を覗き込んでいる姿が映っていた。
あまりにも衝撃的な、寝起きにして恥ずかしくなってしまう光景に、俺は慌てて少女の顔を避けて起き上がる。
「な、何してんだよ!」
そんな少女に対し、俺は耳元まで顔を赤くし、大声を出した。
少女は満更でもなさそうな顔をする。
「起こしてただけですよ?」
「いやいや! 起こした方おかしいだろ!」
「そうですかね?」
「そうだよッ!」
少女は何故大声を出されているのか理解していないようだった。
「ところで、お前は、」
俺は話に入ろうと、少女の容姿を全体的に見る。
―一瞬時が止まったような気がした。
「……嘘だろ」
その少女は、銀色の絹のような、腰までの長い髪をしていた。目はエメラルドグリーンのような緑色の宝石の、ぱっちりとした印象が残る目をしている。服装は近場では見られないであろう少しコスプレじみた緑色のミニワンピ―スを着ており、腰を大きめのベルトで絞め、袖とスカート袖には十分なほどのフリルが施されていた。
「どうしたんですか?」
少女は俺の姿に可愛らしく首をかしげる。
俺は口元を右手で覆い、なんとか夢の出来事を思い出さないように必死に堪えた。
「な、何でもない……」
なぜだ、あまりにも夢の少女に似ている。
髪の毛、顔、目。
夢で見た少女そのものだった。
俺は夢での出来事を思い出さないよう、少女から目線を外した。
「……お前は、誰なんだ?」
何者かに聞いた時のようにストレートに問う。
「私、ですか?」
少女はそういうと一泊置いたのち、
「あやめです」
と答えた。
「あやめ?」
「はい、花の名前が由来だとか!」
「そ、そうか……」
あやめ、か。
俺はその名前に、何故か胸を締め付けられた。
「そういえば、どうして俺の名前を?」
あやめを目にしてから疑問があった。
少女―あやめは、俺を起こすときに俺の名前を呼んでいた。俺とあやめは赤の他人のはずなのだ。それなのに、どうしてこんなにも呼びなれた感じなのか。
と、あやめは俺の質問に対し首を傾げた。
「何ででしょうね」
「は?」
俺はあやめの言葉に気づいたら秒で言葉を返していた。
「自分でも、どうしてそーまの名前を知ってるのか分からないです」
「分からないって……」
「あ、でも、しいて言うならそーまの顔見た瞬間にそーまだと思ったから? ですかね!」
……話にならない。
あやめの言っていることがよく分からず、俺は頭を抱える。
「俺とあやめ、どこかで顔を合わせたことなんてないよな?」
「ないですね」
あやめは真顔で即答で答える。
あやめとの会話でどうにか夢の出来事を思い出すという行為を忘れている俺は、再びあやめの姿を捉えた。
「……顔も合わせたことがない相手の顔を見て名前を言えるとか、ある意味すごいなお前」
俺は関心というよりか、少々引き気味に言った。
「じゃ、じゃあ、一番聞きたいことがあるんだけど」
「何ですか?」
「どうしてこの場所にいるんだ?」
「この場所……?」
「俺の家だよッ!」
俺はあやめと向き合う。
「わ、わかりませんっ!」
あやめは顔を真っ赤にしたかと思うと、焦り口調で言う。
「目が覚めて気づいたらここにいて! そーまが寝てて!」
見ててもおこがましいほどの嘘だか本当だかわからないあやめの言い分に、返す返事が出てこない。この文面からすれば、俺はやましい人間だ。自分は記憶がないだけで、もしかしたら寝ている間に勝手に外に出て赤の他人を家に連れ込んで、やましいことをしてしまっていたなら―。
ごくり、と唾を飲む。
俺は周りの視線ですらすぐに感じて緊張してしまうのに、何かしらの風の噂で泉に伝わり、学校全体にでも広がったりしたら即不登校になるだろう。そして、その噂のレッテルを貼られたままの残酷な人生になる未来しか見えない。
―謝ろう。
俺は自分の意見に翻弄されるがまま、あやめに謝った。
「ごめん」
「え?」
「もしかしたら、お前に―」
やましいことしたかもしれない。
と、言いたいのに。喉が熱くなる感じがし、次の言葉が出てこない。
急に謝り、無言になった俺をあやめは不思議そうな顔をしてみる。
「やましいこと、」
何とか声を絞り出す。
あぁ。ここで謝ったところで自分の犯した罪は消えない。もう勢いだ。
俺は意を決して、早口であやめに言う。
「やましいことしたかもしれな―」
「空真~! 夕飯で来たわよ!」
「っ~!」
途中で、下から母さんの声が聞こえた。
まずい。凄くまずい。
玄関にはおそらくあやめの靴があるだろうし、あやめが俺と一緒でなくても下に降りでもすればすぐにあやめについて問い詰めるに違いない。
「そーま? 下から声がしたんですけど」
「あー……えっとだな……」
弱弱しい声を吐く。
二階から逃がすという考えもなくはないが、二階から派手にはしごをかけるわけにもいかないし、ましてやあやめの靴を玄関に置いていくわけにもいかない。
「空真~! 聞こえてるの~! 夕飯できてるわよ!」
追い打ちをかけるかのように母さんの声がした。
せめて、靴の存在さえなくせば。
靴の存在を……?
「あやめ」
「何ですか?」
「俺が下で夕飯を食べてる間、音を立てないように俺の部屋から真っ直ぐ下に行って、玄関で靴を履いて家から出てってくれないか?」
「家を出てけばいいってことですか?」
「ああ。家を出て、あやめの自宅へ帰ってくれ」
そうだ、簡単なことじゃないか。靴の存在よりも何よりも、ただ単純に俺たちが夕飯を食べてる好きに家から出ればいいだけの話だ。
どこに恐れる話があるのだろうか。
「今日ここであった記憶は全て忘れてくれ。じゃあな」
これでいい。
あやめは同じ学校にいないが、万が一あやめが口が軽くてうっかり言ってしまい、他校にまで広がることがないよう万全はつくした。
俺は立ち上がり、部屋を出ようとする。
「あ、あの!」
と。あやめは焦った顔で俺を見た。
……嫌な予感しかしない。
「私、帰るところがないんです」
嫌な予感は当たった。