~出会い~
安土桃山時代、戦乱の時代。数々の征伐にて、様々な大名が天下統一を試みた。尚、この信濃国も上記の戦の戦場であった。そして、あの大規模な乱から幾年が過ぎ……。
令制国西部の田舎道に当たる山窟にて。
昇る朝日が辺りの森を一礼し、洞窟の中まで照らした。昨夜の夜雨が木々の梢に輝く一層を残した。
一囀りで、その洞窟に雨宿りしていたような橙茶色の髪の毛と珍しい狐耳の少女が目を覚ました。
少女は寝ぼけ気味に自らの周囲を見回していた。すると、二つの事に気付いた。
一つ、自分が着ていた大きめの桃色の着物は、開いていたままであった事。
二つ、自分の下敷きには、着古しの服を着ていた清潔感の悪そうな男がいた事。
彼女は跳ね下がり、鼻を塞いだ。
その臭ぁいおじさんに日差しがやんわりと当たった。彼は寝ぼけたままで少しだけ瞼を開き、不満そうに喘ぎながら日差しを避けて転がった……。
そこで、少女は昨夜の出来事を思い出した。雨が激しく降っていて、洞窟に雨宿りした所で、この男も同じ目的で入ってきたのだった。
男は出ていた旅や世界の事を語っていた。
やがて、夜雨の寒さを感じ始め、旅人の男は、当気温だと、濡れた衣服を脱衣した方が健康的なのだと、そう教えてくれた、と――。
他の事は今思い出せず、当期の彼女は眠すぎたのだろう……。
その旅人は、半刻後、ゆっくりと起き、苦々しい欠伸をしていた。彼は洞窟の入り口に一向きした――が、またすぐ光から身を逸らしたのだった……。
そのざまを少女は不快な気持ちを抱き、当人を古くて穴の開いた用無しの袋と、呆れて見た。
溜息をつき、彼女は帯をちゃんと締めようとしたら「臭っ!」と声を漏らし、顔をしかめていた。
「んん……?」
男は狐へ振り向き――、水筒から飲みをしていた――。その飲み物は明らかに水ではなかった――。
「何だと……?」
彼は再び水筒を上げ、勢いで一飲みをし、古びた布巾の姿をしてきた袖で口を拭いた――。
狐は再び自分の服のにおいを嗅いだ。
幸い、おじさんの臭いはしなかった。しかしながら、別の臭いはしていた。言わば、酒の臭い――。
「昨日……何があったの……?」
と、上戸に躊躇いつつ聞いてみる彼女だった。
「俺を下敷きに扱って寝てたみたいだな」
彼は立ち上がり、刀を帯に着け出口の、太陽の方向に数歩を歩いた――。
数回の瞬きをしてから、視界が鮮明になり、実年齢より若い姿をしたようの狐が彼にはっきりと見えてきたのだった――。
その答えでは、体を大事にしていた少女は如何にも満足出来なかった。
しかし、案を適切に表現する言葉も中々見付けずにいる彼女だった。
「お兄さん、もっと自粛した方がいいんじゃない?」
そのお兄さんは溜息をついた。
「子供相手に手ぇ出す訳ないだろ……」
外の光に出て、また身を伸ばした――。
実に素晴らしい光景であった――。
目の前の曖昧に使われていた道路の向こう側には割と急峻な下り坂――。連れて、濃い山林の広い風景の拝見が出来たのだ――。
木々が、未だに止みあがった雨に因り濡れていて、暖かな朝焼けに輝いていた――。
男の発言で若い狐がどれ程安心したとしても、『子供相手』と呼ばれた事をよしとするのは彼女にとってはし難いものだった。
「何だって――『ぐ~』っ」
腹の鳴りに、結構な間に何も食っていない事を思い出した狐は、少し前かがみになった。
旅人も、音を聞いたら、自分の腹に手を当ててしまったのだ――。
「お前も腹減ったか……? 辺りの村までは遠くないはずだ……」
「村ならあるけど……」
彼女の経験だと、集落には食料がそう簡単に手に入らない物だった。森で狩りをした方が容易いのだろうかと。
その思考を読んでいたようで、男は白目を向いた。
「金、持ってるぞ……」
そして酒の水筒を狐に投げてあげた――。
「ちょい飲め、少しはよくなる……」
すると、少女はある一種の既視感に襲われた。
しかし、それを止むを得ずにいて、水筒を受け取った。
随分と一飲みをした。すると、彼女は既に薄く火照ってきたのだ。
「でー、その辺に村があるなけどぉ。道案内してあげる代わりにー、ご飯を奢ってもらうのはどうかな? あっ、それとぉ兄さん、名前ぁ何て言うの?」
「高木だ――高木紳助」
彼はさらっと下駄を叩き鳴らせて、出発を示すように、そして歩き出した――。
「それで小さな狐ちゃん、君は……?」
「古河原要よ。って小さいって言うなーっ!」
狐は声を出して、ムカッと両腕を上げていた。正に子供のような振る舞いであった。
その姿を前に、爆笑を抑えながら、紳助は嘲笑に要へ半向きした――。
「だって小さいだろ」
上機嫌の彼にとって、揶揄わざるにいられなかったのだ――。
そこに要は紳助に見上げ応酬した。
「紳助は大きすぎなだけっ!」
そう言ってから、一刻も早く飯したかったため、彼女は先に村へ走り出したのだ。
元陰陽師は追い掛けようとしなかった――、ゆっくりと、両手を背後に絡んだまま、そしてのんびりと口笛を吹きながら林道を歩いた――。
少しの間が経ってから、狐は金銭箱がついてこなかった事に気付いた。
彼女は減速し、隣に歩く事にした。付き合いはそうそう居ない事だったので、折角の時間を満喫しようと思っている彼女だった。
それに一言を残そうと、口を開いた紳助だったが――結局、静けさを破りたくなくて――ただ狐を無視している様子で空を見上げていたのだ――。






