9、悪役令嬢、対決する。中編。
デレラシンは、ひっそりと物陰に隠れ、その戦いの行方を見守っていた。
憎っくきドロシー=リーズを葬り去れば、ひとまず王太子レイから婚約者は消え、未来の王妃の座は空席となる。
空席になりさえすれば、自分がその座に座る可能性だってでてくる。
それにドロシーの葬儀が開かれれば、王太子レイがリーズ家の屋敷を訪れ、王太子に出会えるかもしれない。出会ってしまいさえすれば、色んな策略を仕掛けられる。
あの女の死は、どこからどうみても得しかない。
だから、そのためにも、まずはあのあばれ牛を葬り去ることが先決。
それが最もよいはず。
真っ暗闇の中の更に闇の物陰の隙間から、猫のようにデレラシンの両目が光り、自然と口角の片方があがる――
――が、その笑みはすぐに打ち消された。
目の前の光景が、頭の中に思い描いていた想像とまるで違っていたからだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
よーし! とドロシーはガッツポーズをした。
「ぐぁああああああああ!」と大男は叫び声をあげ石畳の上でのたうち回る。
男の体には十本近い小型の投げナイフが刺さっており、その痛みに男は悲鳴をあげていた。
「痛いでしょう? 痛いはずよ」とドロシーは笑う。「だって、そのナイフの先には毒が塗ってあるの。激痛で吐き気を催すような毒よ。大丈夫、死にはしないわ……。でもね、あんまり刺さりすぎると~~~死ぬかもしれないわよ! 時よ止まれッ!」
大男は痛みにのたうち回りながらもかろうじてドロシーの方を見た。
すると、またナイフが突然目の前に現れた。
訳が分からなかった。
さっぱり分からなかった。
そもそもさっきから不思議なことが起こり過ぎている、と大男は思った。
さっき大男は走り、何かを叫ぶドロシーに向かって右手に握った短刀を斬りつけたはずなのだ。なのに、その短刀は空を切り、ドロシーは消えた。
そしてその代わりに無数の投げナイフがまるで一斉に射られた矢のように体に突き刺さった。
大男は思った。一体何が起こっているのか、と。
大男はそれでも必死に起き上がり、何故か一瞬にして遠くに離れたドロシーへと突進していく。
ドロシーは叫んだ。
「無駄よ。無駄。何度やっても無駄。無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァアア!!」
すべてがドロシーの思い通りになっていた。