8、悪役令嬢、対決する。前編。
ドロシーは、愛の告白をしそこなったノアを尻目に夜道を歩く。
この世界に街灯など存在しない。ゆえに市場から遠ざかれば、自然と暗くなる。
今日は新月で、月明かりもなかった。
カツンカツン、と石畳を歩く自分の足音だけが聞こえていた。
首都ウェンブランは、いくつかの地区に分かれている。
商業地区。
工業地区。
貧民街。
そして貴族の屋敷が立ち並ぶ、通称【ガーデン】と呼ばれる貴族地区。
ドロシーは商業地区からガーデンに向かって歩いていた。
近頃、ドロシーは毎夜家を抜け出しては、市場をうろつき、夜道を歩いていたのだ。
「ステータス」と声をあげると、ドロシーのステータスが目の前に表示される。
レベル1 ドロシー=リーズ。
伯爵令嬢。
ちから 17
たいりょく 42
かしこさ 48
すばやさ 55
見事にドーピングの効果があらわれていた。
ちなみに元のドロシーのステータスはこんなものだった。
レベル1 ドロシー=リーズ。
伯爵令嬢。
ちから 7
たいりょく 12
かしこさ 19
すばやさ 18
ちなみに一般男性のステータスはこんなもの。
レベル3 一般男性。
一般男性。
ちから 21
たいりょく 22
かしこさ 10
すばやさ 20
(レベル3としたのはどんな人間であっても、経験値をつみレベル3程度にはなっている、という意味。逆に言えばドロシーのレベル1こそ異常)
たねの効果により、ドロシーは正面から戦ったとしても一般男性程度であれば余裕で倒すことができる能力を既に身につけていた。
だからこそ、ドロシーは三夜連続夜道を歩いていた。
三夜も連続で……だ。
このステータスと自分のスキルを組み合わせて使えば、一般男性程度なら余裕で勝てる自信があるからだ。
だが、周りはそんなことを知らない。
女の独り歩き、というだけで襲いたくなるはずだ。
特に、デレラシンならば絶対にそう思うはず。
デレラシンは住み込みで働いているから、ドロシーの不在に気づきやすい。
というより、あのデレラシンが、この行動に気づかないわけがない。
更に今日は新月。
すでにデレラシンが男を落とし、コントロール下に置いているなら……。
このタイミングでデレラシンは動くはず。
そう、絶対に……そのはず……。
のそ……、のそ……。
足音が近づいてきた。
ゆったりとした足音だ。
来た! と思い振り返る。
暗くて見えずらいが、男だ。自分より一回り大きな男が、30mほど離れたところからまるで獲物を追いかけるようにこちらに近づいてくる。
ドロシーは再び前を向き、ゆっくり歩き始める。足音は遠ざからず、同じ距離を保ったまま近づいてくるようだった。
心臓の鼓動が早くなり、恐怖で手のひらがビショビショに濡れた。
問題は、どちらか、ということ。
①デレラシンに操られた男。
②女を犯そうと思っている単なる変態。
①②どちらなのかはわからない。けど、もしも②であったとしても、めっちゃくちゃにしてぶっ倒してやるわ、と思っていた。
そう。ようは、思いっきりぶっ倒せばいい話!
そう思ったとき、急に男の足音が早くなった。
男が走って一気に近づいてきたのだ。
ドロシーは歯を食いしばり、振り返る。
もちろん、今まで戦ったことなどない。剣の振り方だって知らない。辛うじて自信があるのは、前世で得意だったダーツぐらい。狙った場所は絶対に外さない自信があった。
だからこそ、さっき、ダーツによく似た投げナイフはないかと探していたのだ。
このために。
やってやる。そうよ。やってやるわ。
あの日誓ったじゃないの。この運命に抗ってみせる。
そうでしょうドロシー?
あなたならやれる。
そうよ詩織! このゲームを何百回もプレイしたあなたならやれる!
そう、絶対に負けない。
負けてたまるもんですか!
ドロシーは、走ってこちらに向かってくる男に向かって叫んだ。
しっかり相手の目を見て、叫んだ。
「時よ止まれッ!」