4、悪役令嬢、乙女ゲームの主役と対面する。
ドロシーが部屋の扉をあけると「あ、出てきた」という小声が聞こえた。
召使いたちの声。
どうせなら聞こえないように喋ればいいのに。
ドロシーは後手で自分の部屋の扉を閉め、階段を下りてゆく。今度は踏み外さないようにゆっくりと。
すると、階段の終わりに一人の女性が見えた。
女性は立ち止まったまま、こちらを見上げていた。
カチューシャに白いフリル。真っ黒なワンピースの上に真っ白なエプロンのメイド服を上下に纏い。艶のある美しい黒髪は左右に編込まれ、後ろでまとめられていた。
ドロシーが階段をゆっくり降り近づいてゆくと、その女性は礼をした。
その所作からも品をうかがわせる。そして何より、一部の隙もないようにドロシーには見えた。
恐ろしいほど美しく。召使いだ、と名乗らなければ、貴族の身分をもつ才女に見られてもおかしくない。そんな表と裏の顔を使い分ける乙女ゲームのプレイヤーの分身こそが――デレラシンだった。
「どうして、階段の下でわたくしを待っていたのかしら? デレラシン」
デレラシンは顔をあげ、その理由を答えた。
「お嬢様の歩き方を見ただけで、すぐに外へ行きたいのだな、と分かりました。ですので、外向きの着付けをするためにここに待機しておりました」
「……あら、そう?」とドロシーは言ったが、内心ビクビクしていた。
デレラシンは勘もするどい。
だから、これからどこに行くか絶対に知られてはならない。
「では、着付けをして頂戴」ドロシーは着付け部屋に入り、鏡の前にたち、デレラシンはその周りをきびきび動く。まず、着ていた服を脱がせ、次にコルセットを腰にまき、動きやすいドレスをドロシーに着せてゆく。
この服選び一つとっても恐ろしい、とドロシーは感じていた。
だから、ドロシーはジッと見ていた。
デレラシンを鏡越しにジッと……。
その視線を感じたのか、デレラシンは笑顔で「どうしましたお嬢様?」と尋ねてきた。
鏡越しに二人の目が交錯する。
それはほんの一瞬だった。
でも、それだけでドロシーには分かってしまった。
デレラシンの瞳の奥がどこまでも暗い闇に侵されていることに。
ドロシーは「いや、別に」と言い、その場を何とかやり過ごす。
ドクン、ドクン、と心臓が鳴っていた。
この女と命のやりとりをしなければならない。この女と……。
そう思えば思うほど、なかなか心臓の鼓動が鳴りやまなかった。