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16、悪役令嬢、ハインリヒを誘惑する。前編。




 日光が辺りを照らし、青い空が視界一杯に広がっていた。



「貴族の恋人……。恋人ねぇ」



 ドロシーは、ガーデン(貴族地区)の中に設置された白いベンチに座りながら、そう呟いた。デレラシンが恋人にしようとする候補を頭の中に思い描いていたからである。



「えーー!? 恋人を作るおつもりですか!? 王太子様がおられるのに!?」と隣に座るケイトが驚いた。



 しまった。つい、隣にケイトが座っていることを忘れてしまった。



「馬鹿、わたくしの話じゃないわ」



「え? じゃあ誰の話です?」



「誰でもいいでしょう?」



「えー、気になるじゃないですか」



「黙りなさい! ケイト黙るのよ!」



「ええ、この忠実なケイトめは黙りますとも。お嬢様が恋人を作ろうとしていると、王太子様にバレなければよろしいのですよね? 心得ております。ケイトは絶対に誰にも喋りません」



「そうじゃない! そうじゃないわ。ああ、もう本当に……」



 ドロシーは、ケイトの顔面に蹴りを入れてやりたくなった。



 そして、それと同時に心底ケイトの立場を羨ましく思った。



 だって、ケイトにはこの日常が本当に普通のただの日常なんですもの。



 あまりにも自分の生活と違う。



 羨ましい……。



 できるなら、わたくしもケイトのように、何も考えず、人の噂話をベラベラ喋って生きていたかった……。



 ……。



「行くわよケイト!」と言ってドロシーはベンチから立ち上がる。



「あれ? 何か怒ってますか? ドロシーお嬢様」



「別に」と言ってしかめっ面のままドロシーは綺麗に掃除された石畳の上を歩く。



「あぁん、待ってくださいお嬢様ぁ」



 いつのようにドロシーが先を行き、追いすがるようにケイトがついてゆく。



「どこに向かっているのですか?」とケイトが強張った顔で聞いてくる「まさか! またローエングラム市場!?」



「ふふふ、さぁどこかしら。もっと遠くかも」とニヒルな笑みをドロシーは作った。



 ケイトは青ざめた顔をする。



 まるで、この世の終わりのような顔。



 ドロシーはそんな顔が面白くて微笑んだ。



 もちろん、嘘。本当はもう家に帰るだけ。



 でもケイトだけが幸せそうだから、ほんの少し意地悪をしたくなったのだ。



 ふふふ。



 そして、数分後、家に戻るとホッとしたようにケイトはうなだれた。



「もう、本当にお嬢様は人が悪い? ん? お嬢様?」



 ドロシーは玄関をあけた時、すでに顔が強張っていた。



 玄関には靴があった。



 男物の靴。



 弟のものでも、お父様のものでもない。



 となると、たぶん、この靴の持ち主は――




「あ、お帰りになったのですね」と、我が家の廊下を歩く男の子が声をかけてきた。



 ドロシーは顔をあげた。



 その男の子の風貌がよく見えた。



 茶色のくせっけ。猫目に、もちもちした白い肌にやせ型の体形のイケメン。



 弟の友人のハインリヒ=クラフト。



 ドロシーは17歳。ユーリは12歳。そういえばハインリヒは今年14歳になったばかりだった。



 ハインリヒ=クラフトは数少ない我が家に気軽にやってくる貴族で、尚且つ、デレラシンにほのかな思いを抱いている設定だった。



 もしも、王太子の晩餐会に出席するなら、彼を落とすのが手っ取り早く。また【 乙女の策略 】でもそれが常道とされていた。いわゆる鉄板ルートである。



 なぜ彼の攻略が鉄板ルートになるかというと、召使い、という身分では単独で他家に赴くことはできないからだ。できたとしても、基本的に門前払いされる。



 デレラシンの意志で誰かに会いたいと思っても、それはかなわないのである。



 ただし、リーズ家の用事であれば別。



 例えば、リーズ伯爵の手紙を他家に届ける、などのイベントだ。



 そういうリーズ家の用事で他家に赴き、他家の貴族と仲良くなるのである。少なくとも【 乙女の策略 】では、それが常道ともいえるやり方だった。



 だからこそ、リーズ家に自らの足でやってきて頻繁に対面できるハインリヒは、プレイヤーにとって貴重な存在なのだ。



 ドロシーはしっかりとハインリヒを見つめる。



「ごきげんよう、ハインリヒ」



 後ろからケイトが顔をだす。



「これはハインリヒ様。ご機嫌麗しゅうございます」



「ケイトさんも一緒でしたか。あ、今ちょうどユーリとトランプをしていたところなのですが、皆さんもやりますか? 彼、結構強いんですよ」



 ドロシーとケイトは顔を見合わせ、同じタイミングで噴き出した。



「いいえやめとくわ。わたくしが加わるとユーリが怒りそうだし。ね? ケイト」



「ですね。お嬢様。私たちは二階にあがりましょう」



 ドロシーとケイトはそそくさと二階にあがってゆく。



 そして、ドロシーの部屋にケイトが入ってから、ドロシーは用心深く扉をしめた。



 そのドロシーの行動に違和感を感じ取ったケイトは「お嬢様?」と声をかけてきた。



 ドロシーは人差し指を口にあて、シー、というとケイトの顔に自分の顔を近づけた。



「何ですか、お嬢様?」



「さっきの恋人の話、覚えているかしら?」



「ええ、まぁ」



「ハインリヒなんてどう?」



「ぇえ!?? 年下ですか?」



「そうよ。誘惑できるかしら?」



「誘惑って……積極的ですね。しかし、お嬢様が年下趣味とは知りませんでした。あ、でもご安心ください。私の友人には、もっと10歳ぐらい年下もOKと言ってるつわものがおりますし。全然お嬢様は常識的な範囲内ですわ」



「…………なにを言っているの?」



「何って、お嬢様がハインリヒ様を誘惑なさるのでしょう?」



「違う!」とドロシーは言った。「あなたよ、あなた! ケイト、あなたがハインリヒを誘惑するの!」


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