10、悪役令嬢、対決する。後編。
完全にドロシーの狙いがハマった。
やっぱり、投げナイフとスキル【時よ止まれッ!】は相性が良い。
【時よ止まれッ!】は5秒間時間を止めることができる。
その間にナイフを投げ、自分は敵と距離をとる。敵が近づいてきたら、また【時よ止まれッ!】を発動し、投げナイフを投擲し、また距離をとる。
この無限ループ。
たったこれだけで、ほとんど勝負がついてしまった。
「痛てぇぇえええ、痛てぇええよぉ!!」と大男が鳴き声をあげ、石畳の上を這う。もう大男は立てないようだった。
やっぱりこの作戦を選んでよかった、とドロシーは思った。
今回の「デモンストレーション作戦」を。
デモンストレーション作戦とは、つまり、わざと襲われやすい隙を作り、襲ってきた敵に圧倒的に勝ち、その姿をデレラシンに見せつける。
そうすることで、暗殺という手段ではドロシーを王太子の婚約者の座から引きずり下ろすことはできない、とデレラシンに悟らせる作戦だった。
ドロシーは両頬をつりあげ、不敵に笑う。
――どう? デレラシン。わたくし、こんなに強いのよ。圧倒的なの。どこかで見てるんでしょう? デレラシン。さぁわたくしを見なさいデレラシン。このわたくしの強さに恐れをなすのよ!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
デレラシンは暗闇の中で眉間にしわをよせ、人差し指の爪を噛んだ。
強い、と思った。これほどあのあばれ牛が強いとは知らなかった。
どんなスキルを有しているのか分からないけど、これだけは分かる。
対人戦闘に関して、あの女は何故か無敵に近い能力を有している。
デレラシンの体が怒りで震え歯ぎしりも強くなる。
「おのれおのれおのれおのれ、あのクソあばれ牛。私の幸せを邪魔しやがってぇぇぇえええええええ」と声を押し殺しながらデレラシンは叫んだ。
すると、視界の中のドロシーが不思議なことを叫び始めた。
「どこの変態だかしらないけど、このぐらいにしておいてあげるわ! わたくしの強さが十分に分かったでしょう? もう、これに懲りて、こんな変態行為はやめることね!」
助かった、とデレラシンは思った。もしも「わたくしを襲うようにあなたに指示したのは誰?」と追及される方がよほど嫌だった。
変態! とか大男をさんざん罵ったあとにドロシーは暗闇の中に消えていった。
足音が完全に去ったのを確認すると、黒い頭巾をかぶったデレラシンは大男に近づきしゃがみ込む。大男はデレラシンに許しを請う。
「す、すまない愛しのデレラ。あの女は強すぎた。お、俺程度の男では到底太刀打ちできなかった。すまない。君の思った通りにできなかった」
デレラシンは冷めた目で男を見下すと「ええ、そうみたいね」と他人事のように言った。
「す、すまない。今度こそは」と大男が言いかけると、デレラシンは首を横に振り「もういいの。次の計画に移ることにするわ。流石にあれは無理ね。強すぎるもの。だから、もういいの。あなたの役目はもう終わり」
「役目?」
「私も今後は派手な行動は慎むわ。だって、私に関わりのある人々が死んだり消えてばかりだと、流石に私もいろいろな意味で疑われるでしょう? だから消えるのはあなたで最後にしなくちゃね」
「な、なにを言ってるデレラ。お、俺が消える? なんの話だ? 俺で最後?」
「愛の奴隷に命ずる。この街から消え、皆の知らないところでひっそりと死になさい。だから、この街から消えるのよ。今すぐに」
「何を言っているんだ。俺の鍛冶屋で君も一緒に暮らそう。すぐに妻と子供は追い出すから。なぁ一緒に暮らそうデレラシン!」
デレラシンは返事をしなかった。
大男は立ち上がり、歩き始める。
「な、なんだ。脚が勝手に……、デレラシン! 俺は……俺は……」
大男はそれ以上何も言わずに黙々と郊外に向かって歩き始めた。
これでいい。
デレラシンの頭から既に大男のことは消え失せていた。
さぁ次はどうしようかしら。
デレラシンの策略は次の舞台に移る。
もっと込み入った手も必要かもしれない。
殺すなんていう単純な手口ではなく、もっと複雑で陰湿な手口も必要かもしれない。
さてと、次はもう少し頭を使おうかしら。
デレラシンは知らないうちに微笑む自分に気が付いた。
たぶん、あの女との戦いが楽しくなってきていたのだ。