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08話 伝えられなかったこと

 



 「・・・あれ、私なんでベッドに・・・?」


 翌朝、リリーは自室のベッドの上で目覚めた。

 昨日青年の腕の包帯を交換し終えたところまでは覚えているのだが・・・どうやら、作業の途中で眠ってしまっていたようである。


 「エルがここまで運んでくれたのかな・・・」


 一緒に生活を始めてからというもの、エルには色々と迷惑をかけっぱなしだ。

 家事もほとんどまかせっきりだし、大抵のことは頼めば快く引き受けてくれる。


 おまけにこうやって常にリリーのことを気遣ってくれているのだ。


 「当たり前です。それが私の使命ですから」


 この話になるとエルは決まってこう言うのだが、いくら使命だとしても相当の苦労を掛けてしまっていることに変わりはない。リリーには、エルを自分の都合よく使ってしまっている、という自覚があった。


 「ごめんねエル・・・もう少しの辛抱だから・・・」


 リリーはこの王国の中でもかなりの知名度を誇る、凄腕の魔法医である。

 瀕死の山口を救ったように、これまでに何人もの患者を命の危機から救っていた。


 ————山口が落ちてくるほんの数日だっただろうか。

 数多の功績が王国政府に認められ、リリーは宮廷から直々の手紙で「王国お抱えの宮廷医になってほしい」と勧誘されていたのである。


 リリーは決して今の生活に不満がある訳ではなかったが、前述のエルへの負い目といつまでもエルをここに拘束する訳にもいかないとの思いから、その誘いを受けることにしたのだった。


 しかし、当のエルには未だにこの決断を打ち明けられずにいた。

 というのも、エルがこのことを知れば必ず引き留めると思ったからだ。


 ————リリーは、エルの悲しむ顔を見たくなかった。


 「今言わなかったとしても、どうせいつかはバレちゃうのに・・・何考えてんだろ、私」


 宮廷から与えられた準備期間は六十日。

 ちょうど最終日の正午に、宮廷騎士による迎えがやってくる手はずになっている。


 エルに打ち明けられないままに、その期限は刻一刻と迫っていた――――




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 山口の検診を行うために病室を訪れると、包帯だらけの男の上に少女が馬乗りなっているという異様な光景が広がっていた。自然とリリーの歩みが止まる。


 「ほら口開けろ、グッサン」

 「おう・・・・・ぶぅっっっ!!!」

 「うわっ何噴き出してんだよ!もったいないだろ!」


 扉のそばで固まっているリリーの姿に気付いた山口は、思わず口の中のシチューをエルにぶちまけた。

 白濁した液体がエルの顔を滴る。


 「全くお前って奴は、シチューもまともに飲み込めないのか?」

 「・・・君はッ!」

 「あん?お前何言って・・・あっ」


 山口の視線を辿って、エルも硬直したリリーに気付いた。

 エルの顔がみるみる青ざめていく。


 「あのぅ・・・シスター?こいつに言われて仕方なく、ですね・・・」


 うわこいつ、俺になすり付けやがったぞ・・・やめろよ!マジで!

 これじゃ俺が幼女に命令して騎乗位接待させた変態みたいじゃないか!


 ・・・ほらあの目見ろよ、あれ絶対怒ってるじゃん!

 この状況で「怪我治してくれてありがとね」とか言えねぇよ!


 どうしてくれんだ!


 「————グッサン、というのですね。あなたのお名前」

 「・・・はっ、はい!」

 「意識がお戻りになって本当に良かったです、グッサン」


 そう言ってシスターは微笑んだ。あれ?全然怒ってない・・・のか?

 怒ってないなら、感謝の気持ちを伝えるのに何の問題も無いじゃないか。


 善は急げ、である。


 「その・・・シスター、でいいか?」

 「ええ」

 「シスター。ありがとう、俺なんかの命を救ってくれて・・・君は恩人だよ」

 「当然のことをしたまで、ですよ。私これでも医者ですから」


 照れくさそうに頭を掻くシスター。

 俺の中で久しぶりに芽生えた純粋な感謝の気持ちは、どうやらしっかりと彼女に届いたようであった。


 「よかった、怒ってない・・・」


 シスターを見るや否や即座にベッドの影へ隠れ、俺とシスターのやり取りを聞いていたエルがコソッと呟く。


 バカ!今それを言うんじゃ


 「————それはそれとして。さっきのアレは、一体どういうことですか?エル、グッサン」

 「「えぇっと・・・その・・・」」


 言わんこっちゃない・・・


 その後一時間、俺とエルはこっぴどく説教を食らった。





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