07話 ルールを守って居候
「ほら、食事を持ってきたぞ」
「ありがとう。ええと・・・」
「エルでいい」
「・・・ありがとう、エル」
相変わらず無表情のまま、その少女————エルは食事を運んできてくれた。
「自分で食べられる?」
「そう見えるか?」
「・・・まぁ、そうだよね」
エルはそう言って盆をベッドの脇に置き、なに食わぬ顔で俺の上に馬乗りになってからパンを千切り始めた。
おいおい、そうやって食わせる気なのかよ・・・
俺の視線に気付いたのか、とっさにエルは「仕方ないだろ、こうしないと届かないんだから」と弁明した。
それにしたってなぁ、いい年こいた男の上に幼女が馬乗りってのはどうも・・・絵面がまずい気がする。
「文句があるなら食べさせないぞ」
「何でもないです」
背に腹は代えられん。
そのうちに、パンとスープの食事が次々に口へと運ばれてきた。
「食べながら聞いてくれ。これから、お前をここにいさせてやる上でのルールをいくつか話す」
ルール、か。随分かしこまってるな。
まあ人様の家に住まわせてもらうんだから、それくらい甘んじて受け入れよう。
「一つ。傷が完治したらここを出ていくこと」
いきなりのお邪魔宣言。悲しい。
「二つ。シスターの部屋には極力近づかないこと」
まあ女性の部屋なんだから当たり前だろうな。
シスターか・・・そういえば彼女にまだ「ありがとう」と言えてなかったな。
「三つ。できることは自分でやって。家事もなるべく手伝うこと。働かない者に食わせる飯はない」
オーケー、ある程度動けるようになったらじゃんじゃん働くぜ。
「最後だ。どんな緊急事態が起きたとしても、いざとなったら自分の身の安全だけを考えること。以上」
緊急事態?それって地震とか火事とかのこと?
俺がいる間に限ってまさか。そんなこと起こるわけないだろ。
ルールはおおむね予想通りの内容だった。この程度のルールなら楽勝だな。
俺は口の中のパンを咀嚼し終えてから口を開いた。
「それだけか?なら余裕だぜ、任せてくれ。後ご馳走様でした」
「お粗末様。ちゃんと守らないと・・・ふあぁ」
言い終わらない内に、エルの口から大きなあくびが漏れた。
無理もない。夜もすっかり更け、子供には起きているのもつらい時間帯である。
「そろそろ寝たらどうだ?昼間は出かけてたんだろ、疲れてるはずだぜ」
「うん・・・もう寝る・・・」
食器を手早くまとめて、眠そうにフラフラで歩きながら部屋を出ていくエル。
・・・なんか微笑ましいな、こういうの。
「妙に大人びた話し方するからどんな奴なのかと思ったが、こういうとこはちゃんと子供なんだな・・・」
「————おい、聞こえてるぞ」
「まだいたのかよ!早く行け!子供はもう寝ろ!」
「はいはい・・・じゃあ・・・」
扉をバタンと閉める音がして、エルの足音が段々と遠ざかっていく。
やっと一息つけるぜ・・・ふぅ。
エルと話をつけ、何とか傷が治るまではここに置いてもらえることになった。
まぁ始まり方はなんとも酷いもんだったが、これで異世界での生活もやっと本来の軌道に乗り始めた・・・ような気がする。
何にせよ今は怪我を治すことに集中しなければならない。それは確実だ。
「あぁ・・・ねむ・・・」
俺の口からもあくびが漏れる。
安心したら急に眠くなってきたみたいだ。
今日はもう寝るか。色々あって疲れたしな・・・
俺は目を閉じると、その強烈な眠気に身を任せて一気に意識を手放した。