06話 ピンチに好かれる男
ベッドに寝たきりだとやることがない。
というかできることが何もないのですごく暇だ。
こんな時にお得意の睡眠で時間を潰せればいいんだが、何日か意識不明のまま昏睡していたおかげで目がギンギンに冴えていて、とても寝られそうにない。
ふいに窓を見ると、外の景色はすっかり夜の装いになっている。この世界にもちゃんと月はあるようで、どこも欠けることなく空に浮かんでいた。
静かな夜である。
しばらく月の周りを流れる雲を目で追っていると、キィィー、と蚊の鳴くような音が聞こえ部屋の扉が開いた。
「・・・?」
扉の方に目をやると、さっきの金髪少女が足音を一切立てずにこっちへ近づいてきている。
「あぁ、君はさっきの」
と言いかけたが、少女の右手に握られている物に視線を奪われ、思わず言葉が詰まる。
「ど・・・どうしたんだよ、ナイフなんか————」
「黙って。」
少女は一見無表情に見えるが、目ではしっかりとこちらを睨みつけていた。
年齢が二桁もいっていないような少女に凄まれ、この少女が決しておふざけとかではなく本気で行動していることを理解した。これマジのやつだわ・・・
何する気だよ・・・まさか・・・
ビビった俺が何も言えずにいると、そいつはベッドの脇までやって来て————
俺の右足を思い切り平手打ちした。
「いっでえええぇええぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
もちろん傷口はまだ治っていない。砕けた骨もそのままだ。
鋭い激痛が右足を襲い、痛みで下半身全体が痙攣する。
「どうやらわざと動けないふりしてる、って訳じゃないみたいだな」
「当たり前だ・・・どうして俺が・・・そんなこと・・・」
うまく声が出てこない。とにかく、痛い。
いきなりなんて真似しやがるんだ・・・しかも、俺がわざと動けないふりしてるだって?
あのなぁ、俺だって好きで何日も寝込んでる訳じゃないんだよ!
悶絶している俺に対し、少女は間髪入れずに次のアクションを起こす。
急に少女の顔が目の前へ現れたかと思えば、首筋に冷たい感触。
・・・どうやら手加減してくれる気はさらさら無いらしい。
「今から私のする質問だけに答えろ。余計なことは言うな・・・分かったら返事を」
「お、おう・・・」
「まず最初に、お前は一体どこから来た?」
「うーん・・・空の上から・・・かな?」
ナイフが首を圧迫する力が強くなる。
「う、嘘じゃないって!それより前のことは覚えてないんだ!」
異世界から転生してきちゃいました、てへぺろ☆
・・・なんて言えるわけないだろ。
「————もういい。次の質問だ。お前の身分と職業を教えろ」
「身分は、一般市民?・・・で、職業は————」
会社員ってこの世界にもいるのか?
いや、実際に存在していようといまいと関係ない。今はこいつに怪しまれないことを最優先に考えるべきだ。
この世界にも確実に存在する職業から適当に・・・そうだ!
「————役人をやっていた。今はもう退職していて無職だが」
「貴族でもないのに役人を?・・・もしかしてお前、しゅ・・・いや。なんでもない、最後の質問だ」
一瞬怪しまれたかと思ったが、何とかバレずに済んだようだ。
それにしてもこいつ、今なんか言いかけなかったか?しゅ、とか何とか・・・
俺に疑問を持たせる隙も与えず、少女は最後の質問を投げかける。
「————お前は『何の目的があって』ここへ落ちてきたんだ?」
今までよりもさらに語気を強め、真剣な様子で問う少女。
そのすさまじい緊張感に、思わず冷や汗が頬を流れた。
目的だって?なぜそんなことを聞くんだ?
まるでここへやってくる者は全員『共通の目的』を持ってる、みたいな・・・
いや、そんなことはどうだっていい。
この世界へやって来たその瞬間から、確固たる目的が俺にはあるじゃないか。
俺は残った気力を振り絞り、口を開いた。
「『生きるため』だ。それ以上でもそれ以下でもない。俺はただ生きるために、ここへやって来た」
「・・・」
少しの沈黙が流れた。
唐突に微笑んだかと思うと、「フフッ」と笑ってから小慣れた手つきでナイフをしまう少女。
「私の早とちりだったか————」
「・・・?」
「脅すような真似をして悪かった」
「いや、いいんだよ。気にするな」
「済まないな、この通りだ」
そう言ってペコリと頭を下げる。
その様子からは、先程のような殺気は全く感じられなくなっていた。
ふぅ、何とか山場は超えたか・・・
一時はどうなることかと思ったが、分かってくれたようで良かったぜ。