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05話 始まりは痛みと共に

 


 ふぅ、と一息ついて額の汗を拭う。


 「これで頼まれた分は一通り揃ったかな」


 流石のエルも、この強い日差しの中を休み無しで町中駆けずり回ったので、相当に疲れたようである。


 「・・・よいしょっと」


 リリーに頼まれた買い物のほとんどを完了させ、少し休もうと木陰のある丘へやってきた。大きく膨れた買い物袋を下ろし、大木の木陰に座り込む。


 この丘からは町中を見渡すことが出来る。

 もちろんエルたちの住む教会も、町はずれの森から顔を出すようにして小さく見えている。


 エルは時折心地良い風が吹いてくるこの場所がお気に入りで、リリーから用事を頼まれた時はいつもこっそりここへやって来ては、美しい景色を眺めながらパンをかじっているのだった。


 しかし今日はどうかというと、気持ちよく涼んでいるはずのエルの表情はひどく曇っていた。


 正確には「眉の間に少しだけしわができている」程度のもので、初対面の人にはただの無表情にしか見えないほどわずかな変化である。だがエルは確実にいつもとは違う表情をしていた。


 「あのお人よし・・・いつか体を壊しますよ」


 視線の先には、リリーのいる教会があった————いや、いるのはリリーだけではない。

 一人の忌々しい客人も一緒だ。


 人の心配をよそに死にかけの青年を治療し看病をすること丸三日、その間リリーは外出していないだけでなく、ほとんど睡眠を取らずに付きっきりで介抱をしている。


 青年に恨みがあるわけではないが、リリーの極端にお人よしな性格をいやほど知っているエルはそれでも青年のことを恨めしく思ってしまったのだ。


 「あいつさえ落ちてこなければ・・・そもそも落ちてくるってどういうことなんだよ」


 彼が「落ちてきた」おかげで納屋は全壊、そこに蓄えてあった食料をほとんどダメにして、おまけに今の今までエルの主人を教会に軟禁状態にしているなんて、お客様にしては大層な手土産をよこしてくれたもんである。


 エルの青年に対する第一印象は、最悪の一言に尽きた。


 「あいつ、歩けるようになったらすぐに追い出してやる」


 そう悪態をつくと、エルは手に持っていたパンを飲み込むようにして食べ、残りの買い物を片付けようと立ち上がった。その場でリリーからもらった紙を広げる。


 リリーから受け取った買い物リストは品物のほとんどにバツ印がつけられているが、その中に一つだけ印のないものがある。その品物は特殊な素材を特殊な方法で加工した品であり、町中にあるような普通の店ではまず買うことは出来ない。


 その品物の文字を見て、エルは再び憤りを感じる。


 「全くあの人は・・・どれだけ自分の身を削れば気が済むのやら・・・」


 そうしてエルはまた一つ悪態をついてから、品物を求めて歩き始めた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 「うっ・・・痛ぇ・・・そこら中が痛ぇ・・・」


 そりゃあ身体中傷だらけなんだから当たり前である。

 むしろあの状態から良く生き延びたもんだよ。自分を褒めてあげたいくらいだ。


 「すー、すー、すー・・・・・」


 まあ自分なんかよりも先に、褒めてあげるというか死ぬほど感謝しなくてはいけない人がいるようだがな。


 俺の太ももの上で静かに寝息を立てているこの女性。


 見た感じ俺と同い年か、ひょっとして年下くらいだろうか。修道服のようなものを着ているが、シスターにありがちなあの被り物はしておらず、綺麗な黒い長髪は流しっぱなしだ。


 おそらくこの人が俺を介抱してくれたんだろう。患者の懐で寝落ちしてしまうほど、かなりの苦労をさせてしまったらしい。


 ごめんな。


 さっき目を覚ました時からずっとこの状況のまま、ゆっくりと時間だけが進んでいる。


 こんなところで寝たら風邪ひくぞ、と彼女を起こそうにも、身体中が痛んでピクリとも動かすことが出来ないので起こせずじまいだ。


 そりゃ大声出せば起こしてやれるだろうが、下品だし何より彼女を驚かせてしまう。恩人にそんな真似できるはずがない。


 なによりこの人、とても気持ち良さそうに寝ている。

 別に俺の太ももが気持ちいいからだぜーとか言うつもりは毛頭ないが、とにかく、気持ちよく寝ている人を起こすことは決して許されない行為なのだ。


 それは俺が一番よく知っている————



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 そうしてしばらく時が経ち、暗くなっていく空を眺めるのもそろそろ飽きてきた頃になって、唐突に玄関が開けられる音が聞こえた。どうやら彼女の他にも住人がいたみたいだ。


 「ただいま帰りました。シスター?」と、まだ幼い少女の声で呼びかけられる。シスターというのはおそらくこの黒髪ロングの姉ちゃんのことだろう。


 とりあえずこれでやっと彼女をベッドで寝かしてやれる。

 いくら気持ち良さそうでも、風邪をひいてしまったら元も子もないしな。


 ・・・おこがましい気もするが、彼女を起こしてもらうついでに食べ物もお願いしよう。一体何日寝てたのかは知らんがさっきから腹が鳴って仕方ない・・・。


 声の主と思われる少女が部屋の扉を開けた。金髪が肩にかかる、可愛らしい少女だ。


 「あ、シスター、やっぱりここにいたん・・・ッ!?」


 金髪少女は俺と目が合うと急に口をつぐんだ。心なしか眉が痙攣している気もする。


 少女はしばらくその場で立ち止まっていたが、俺が何も言わずにいると急に無表情のままこちらに近づいてきた。


 ・・・なんか人見知りっぽいな、この子。

 こっちから話しかけるか。


 「あぁ、この人俺を看てるうちに寝ちゃったみたいなんだ。済まないけどベッドに連れて行ってあげてくれないかな?生憎俺はこの体だからさ」


 そう言って照れ笑いをした。


 人とコミュニケーションをとるのは得意とは言えないが、相手が年端も行かぬ少女ならこれで何とかなるだろう。


 こっちは精一杯愛想よくしたぜ、さあ返事を聞かせてくれ!


 「・・・・・・・・・・・・」


 少女は無言のまま、彼女————もといシスターを抱え、部屋を立ち去ろうと扉に手をかけ・・・


 ・・・って、え?


 「ちょっと待って!」


 俺は必死に少女を引き留めようと声を上げた。


 「ごはん恵んで欲しいんだけど!ねぇ君!!聞こえてるよね!!!」


 俺の情けない叫びはあっけなく少女に無視され、そのまま部屋を出ていかれてしまった。


 「もしかして俺、嫌われちゃった・・・のか?」


 体に残った鈍い痛みが、苦難の異世界生活の始まりを告げていた。


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