17話 魔力査定③
————山口直紀、享年26歳。
好きなもの、睡眠。
嫌いなもの————注射。
俺は注射が何よりも嫌いだ。
睡眠を邪魔されることよりも、である。
小、中、高、大それぞれの定期健診、そして社会人になってからも会社の健康診断で————注射があるたびに騒ぐもんだから同僚や同級生には散々迷惑をかけたものである。
だって嫌いなものは仕方ないだろ!
・・・といっても、最後には観念して大人しく注射されるんだがな。
「するんだな。注射を」
「しますね」
あまりにも無慈悲な宣言。
そんな時、俺は決まって言うのだ。
「痛くしないでね・・・」
————こう言って、実際は痛くなかった記憶が無いというのも、俺の注射嫌いを加速させる要因である。
あれ絶対わざと痛くしてるだろ。
「嫌いなんですか?注射」
「むしろ嫌いじゃない奴がいるのかよ」
「注射嫌いな人は大体そう言いますよね・・・ま、いいです。腕出してください」
言われるがままに右腕を差し出すと、グリスが俺の上腕辺りにきつく紐を結んでいった。
————白状すると、この時グリスのお胸様が右腕にガッツリ触れていたのだが、注射の恐怖で頭がいっぱいだった俺にそんなことを気にしている余裕は無かったんだ。本当だよ?
「・・・でさ、なんで注射するんだったっけ」
「さっき言ったのに聞いてなかったんですか?」
「ごめん、頭が真っ白になってて・・・」
「しょうがないですね。もう一度説明すると————」
グリス曰く、生物の魔力というのはその個体の血液に多く含まれているそうで、その血液を取り出し鑑定することで魔力適性を測ることができるとのこと。
つまりこの「魔力査定」は属性魔法の適性だけが分かるという限定的なものらしい。
「そりゃそうですよ。属性魔法の組み合わせである発展魔法は別として、倍加魔法や精霊魔法は素質や訓練によるものが大きいんですから。純粋な魔力だけで適性を判断するのは難しいですよ」
だってさ。
難しいこと言ってるようだが、要するに「天才しか使えない魔法を凡人の魔力から査定出来る訳ないだろ」ということらしい。確かにそうですわ。
「いっ!」
「我慢してくださいね、すぐ終わりますから」
「はぁ・・・憂鬱だ」
自分の皮膚に刺さった針を見ないように横を向く。
ああ・・・血の気が引くぜ・・・
「————はい、終わりましたよ」
「やっとか」
針が抜かれる感触がして、注射器から解放される俺。
「あれ、ガーゼはどこにあるんだ?」
傷口を抑えるのにいるはずだが・・・
「ガーゼ?そんなもの使わなくても————」
突然グリスが傷口をなぞったかと思うと、チクッとした痛みがして出血が止まる。
「おぉ!魔法使ったのか!」
「そんなに興奮しなくても・・・傷口を焼いて止血しただけですよ」
「なるほど、そういう使い方も出来るのか」
「こんなの医療魔法の基本です。シスターだってもっと複雑な魔法であなたを治したんですよ」
勉強になるなぁと俺が感心していると、注射器の中の血液を試験管のようなものに移し始めるグリス。
「何してるんだ?」
「この石英管に入れた血液を魔石の粉末と反応させるんですよ。その反応で適性を判断するんです」
・・・なんかすごいサイエンスチックだな。
「その・・・石英管?に入れるのには何か理由があるのか?」
まさか実験っぽくしたいから、とか?
「石英が魔力を通さない性質を持っているからです。血液に溶けた魔力はすぐに空気中に逃げてしまうので、それを防止するためですね」
「へぇ」
ちゃんとした理由があったんだな・・・
グリスは計7本の石英管に血を入れ終わると、次にその中へ魔石の粉末を入れていった。
順番に、火、水、地、風、光、闇、精神の魔石だ。
「これが火の魔石、水の魔石、地の魔石————」
という風に左から順にラベリングしていくグリス。
うん、大事だよねラベリング。
ちなみになぜ魔石そのものではなく粉末を使うのか、というのも聞いてみたんだが、「単純にめっちゃ高いから」なんだと。
より大きい結晶の方が反応しやすいらしいんだが、予算の関係でギルド上層部から「魔石は粉末を使うように」と指示があったようだ。世知辛いな。
「という訳で粉末は反応が悪いのでしばらくかかります。寝ててもいいですよ、起こしますから」
「あ、そう?じゃあおやすみ————」
「————はやっ!」
俺はグリスの言葉に甘えるままソファーの上で横になり、数秒で意識をぶん投げて夢の世界へ旅立った。