01話 何言ってんのか分かんない
いきなりで済まないが愚痴を聞いて欲しい。
君は自分が気持ちよく寝ているところで、体を揺さぶられ耳元で大声を出されて、無理矢理に起こされたりしたらどんな気持ちになるだろうか。
・・・そう、その通りだ。ムカつくよな!
君がまともな感性の持ち主で嬉しいよ。うん。言うまでもなく俺もそんな奴は大嫌いだ。
あー後さ、何となくなんだけどそういう人って女性のイメージあるよね。
なんでだろ?
・・・あぁ分かった!
俺達を起こしに来る人ってそれ大体母親だからだわ!
「あのぉ・・・もしもし?」
おっと済まない、話が逸れたな。
例えお母さんであれお父さんであれ、たまーに会うと「大きくなったから」とかいう意味不明な理由を事付けて小遣いをたんまりくれる親戚のおばちゃんであれ、清らかかつ安らかな俺の眠りを妨げる事は何人たりとも許されるべき行為ではないのである。
「・・・聞こえてるのかなぁ」
そのように卑劣で残忍な行為に及んだ者がいたとして、その行為に対する報復に俺は一切の妥協を許さない。
当然だ。
なぜなら、睡眠は俺の人生の中で一、二を争うほどの楽しみなのだから————
「あのさぁ!そろそろ起きてくれないかしら!?」
「うっるせぇよさっきから!どこの誰か知らんが俺の睡眠を妨害した礼は高くつくぞ!華奢な姉ちゃんだからって容赦は・・・」
しつこく起こされたおかげで頭痛のする頭を抱えて声の方向に目をやると、小柄な体の少女が俺の顔を覗き込んでいる。
俺は、地味目な服の下ではちきれんばかりに主張する彼女の二つの果実————より先に、辺りの風景にあっけを取っられた。
・・・ここどこ?
————そこは見渡す限りの白原であった。
空も、地面も、何から何まで見渡す限りの白。地平線はその概念ごと投げ捨てられ、一体どこに存在しどこからどこまで続いているのか理解すらできない、そんな不思議な空間である。
そんな中、怒りに任せて立ち上がってみたものの、何から何まで真っ白なこの空間では自分がどこに立っているのかすらよく分からなくなってきて・・・
まずいな、さっきからの頭痛も相まって気分が悪くなってきた。
いったん座るか。
青い顔で倒れるようにその場に座り込んだ俺を、地味子が支える。
「だっ大丈夫!?」
「・・・なんとか。強いていえば少し吐き気がするくらいだよ」
「ごめんなさい、眠ってる人なんて初めてだったから・・・どうしたらいいのかよく分からなくて」
「そうですかい・・・次からはぜひ起こさないでくれると助かるよ」
「・・・?」
不思議そうな顔をして俺の顔を覗き込む。
こいつの第一印象は地味そのものだったが、よく見てみると意外とかわいい顔をしているな・・・
てかこいつが着てるのジャージじゃないか?髪もあまり整えてないようだし、そりゃあ地味に見えるわけだ。せっかくいい素材を持っているのにもったいないぜ。
ここがどこなのか、というかこの嬢ちゃんは一体何者なのか、そしてさっきから腕に感じているこの柔らかい感触は果たして本物なのか否か、ふらつく頭の中に疑問が絶えることは無い、のだが————
こいつの胸に抱かれていると感じるなんとも言い難い安心感の前では、そんなことは些細な疑問のように思われる。
なんかいい匂いもするしな。
さて、さっき見損ねた二つのたわわの感触を楽しみながらもうひと眠りしますか・・・と瞼を閉じかけるも、再び俺の体が激しく揺さぶれられた。
「ちょっと!さっきの今でまた寝ないでよ!せっかく起こしたんだから!」
先程の申し訳なさそうな態度どこへやら、険しい表情で俺を睨みつける地味子。
「こっちも貴重な休み削って来てんのよ?ほらシャキッとしなさい!」
生まれたての小鹿のようにフラフラな俺を無理矢理立たせ、でかい溜息を一つつくとそっぽを向いてジャージの中から何かを取り出した。
そのまま地味子は謎の作業をし始める。
「ゴニョゴニョ————私より上位だからって————仕事しろ————あのバカ女————ゴニョゴニョ————」
その間、仕事の愚痴と思しき独り言が地味子の口から漏れる。しばらく聞いていると、どうやらこいつもどうしようもない上司を持っているようであった。この世はどこもかしこも世知辛いみたいだ。
分かるよ。上司が使えないと色々大変だよな。
「ちょっとあんた、さっきから地味子地味子ってうるさいわよ」
「・・・え?」
「私にもちゃんとアイレーンって名前があるの。そう呼んでくれる?」
「は・・・はぁ・・・」
こいつ、もしかして俺の思考を・・・
俺の記憶が確かならば、俺は考えたことを全部口に出してしまうようなドジっ子ちゃんではなかったはずだ。冗談でもそんな間抜けなことはしないぞ・・・
この地味子ちゃん、読心術でも使えるのか?
「だから地味子じゃないって言ってるでしょ!アイレーンだってば!ほら言ってみなさい!」
「ア・・・アイレーン・・・」
「あーやっぱ様もつけて。これでも一応神なんだから」
「・・・何だって?」
「ほら言いなさい!」
「はいはい、アイレーン様・・・これで満足か?」
「それでいいわ。ホント最近残業ばっかで神の威厳も何もあったもんじゃない・・・少しくらい人間に崇められないとやってられないわ」
「・・・ちょっとタンマ」
あ・・・この子そういう子なの?自分のこと神とか魔王とか選ばれた者とか言っちゃう系の子なんですか?
「呆れた・・・何も分かってないのね。そういえば寝てたのか・・・」
え?なに?どういうこと?