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代償ケーキ  作者: 美佑氏シイバ
第一章
7/17

幸せは隠せない

 冬の寒さが和らぎ、梅が咲き始めるころ、悠斗たちの住む街で、商業祭が行われた。

 この街のお店や企業が自分たちの販売する商品を知ってもらおうと、企画するものだ。

 地元のパン屋さんや和菓子屋さんが、春に向けての新商品を出したり、ラーメン屋さんやお好み焼き屋さんが屋台を出したり、ファンシーショップも普段店に縁のないお客さんを捕まえようと、あれこれと商品を持ち出してきたりと、店側からすれば、かなり力の入る催し物だ。 

 毎年行われるその祭りは、街の中の公園や広場や河原などを借りて、そこにテントを設営することになっている。

 悠斗の勤める会社も、この祭りに参加することになっていた。

 悠斗の会社では、紙皿と紙ナプキンを作った。紙ナプキンは一般のものと大差ないが、紙皿はちょっと面白い。紙皿の縁を、二種類のいろ紙をねじったものをぐるりと縁取り、多少重いものを載せても紙皿が曲がらないようにしてある。この縁の二種類の色を変えたものを10パターン程考えてある。

 今回、この紙皿を試食用の皿や、コップの下にひくコースターなどに使ってもらおうと考えている。

 使ってもらえそうなお店の店主と打ち合わせをして、皿のサイズを考えた。色も、10パターンの内から、好きなものを選んでもらっている。

 特に和菓子のお店には喜んでもらえた。紫と緑、薄紅色と赤などの組み合わせで、和菓子が映えるお皿を作ることができたからだ。

 この店からは、これ以降も注文が望めるのではないかと期待している。

 その他にも、パン屋さんの試食用の皿、お茶屋さんのコースターなどを作らせてもらった。

 そして、もちろん、この街の商店街のニューホープ、ドルチェもこのお祭りに参加が決まっていて、悠斗の会社の紙ナプキンと試食用皿を使ってもらう事になった。

 速水さんはこのお祭りで、店舗ブースに食事用の席を設けたいと息巻いていた。お客さんの反応を間近で見るというかねてからの夢を実現させる為だ。

 店舗ブースの広さは決まっているので、椅子やテーブルの数はかなり少なくなる。下手したら、一組、二組のお客様しか座ることができなくなるだろう。

 「そんなんじゃあ足りない!もっと沢山のお客さんに座って欲しい!何とかできないかなあ……」

 速水さんはそう言って、うんうんと唸っていた。

 ちなみに、これは、悠斗が夕食に食べに行った三間屋食堂で速水さんとばったり偶然に会った時に聞いた話だ。

 悠斗の半ストーカー生活は順調に続いており、週に一度から二度ほど、速水さんと「ばったり」会い、食事を共にするという機会に恵まれている。

 ドルチェ通いも続いていて、最近はなんとか週二日で我慢が出来ていた。バレンタインも恥も外聞も投げ捨てて、一人でドルチェ特製のチョコレートケーキを買いに行った。二月のドルチェの店内はハートのオーナメントで一杯で、女性たちは小学生から主婦層までその可愛らしさに大喜びしていた。

 ビターなチョコレートで作ってあるケーキがものすごく美味しかった。

 体重は食事を気にし始めてからは増えることは無くなったが、減ることは無く、一度、社長からそれとなく体調の良し悪しを聞かれた。悠斗は正直に、近くにできたケーキ屋さんが美味しくて、最近食べ過ぎました、と話した。

 ドルチェの人気を知っていた社長は納得したようで、それ以上は聞いてこなかった。

 「まあ、水池君はもともと痩せ気味だったしねえ。少しふっくらして、最近なんだか幸せそうだしねえ」

 と言って、笑った。

 「幸せそう」という言葉には驚いた。

 そんなに顔に出ていたのだろうか?

 工場のアルバイトのおばさん達にまで、「最近、太ったって?もしかして、幸せ太りってやつじゃないの?」「料理上手な素敵な彼女ができたんじゃないの?」と無い腹を探られてしまった。 


 梅がほころび始めた三月の下旬、商業祭の日がやって来た。

 悠斗にとっては、その前日までに、各店舗に注文の品を届けるまでが本番で、お祭り当日は、自社の製品に不備がないことを祈るばかりというのが、毎年の事だった。

 しかし、今年はもうひと仕事残っていた。

 男手が足りないという話を聞き、ドルチェに応援に行くことになったのだ。

 速水さんは熟考の末、テーブル席を用意するのではなく、当日、ベンチや草地に座って食事をするであろう人たちのところへ行って、ケーキを試食してもらう「売り子」方式を採ることにしたそうだ。

 「ほら、野球の試合の売り子さんみたいに、ケーキの試食の入った箱を胸にぶら下げてお客さんたちの間を歩けばいいんだよ」

 速水さんがそう言いだしたところ、アルバイトの女性たちから待ったがかかった。

 速水さんがお客さん達にケーキの試食を勧めるのは良いとしても、野球場の売り子姿はダメだというのだ。

 この可愛らしく、女性の心をくすぐる店舗に相応しい売り子スタイルで責めるべきだと女性たちは熱くプレゼンした。

 その結果が今、悠斗の目の前にある。

 「黒のエプロンって初めて着ましたよ。似合いますか?」

 速水さんが白シャツに黒の丈の長いエプロンと言うギャルソン姿で、ドルチェのテントスぺ―スに現れると、ドルチェの女性スタッフはもちろん、両隣にいた店舗の女性たちからも黄色い歓声が飛んだ。

 「すごく似合います!」

 「格好良い、店長!」

 「その格好で、お客さんの心を掴んできてください。今日は売り切れ御免の札を用意しましたので」

 悠斗も同意見だった。

 口では一言「良く似合っています」と言い、心の中では写真を撮りたくて仕方ないのを我慢していた。

 速水さんは女性たちの声に、「頑張ります」と笑顔を返した。

 速水さんは、基本、このテントの近くで道行くお客さんに試食を進めるが、お客さんたちがベンチや広場で座りだしたら、そこにも出張することにしている。

 手には銀のトレーを持ち、そこに、試食品をピラミッド状に載せる。今日一押しで売るのは3月から新商品として出している紅茶のクッキーと、イチゴのタルトだ。

 悠斗は既にお店で売られているものを食べている。どちらもとても美味しいのだ。

 試食はほんのちょこっとだ。美味しいと言ったお客さんには、是非とも買って食べていただく方をお勧めしたい。その方が、もっと味わって食べられる。

 悠斗がケーキとクッキーの味を思い出していると、ドルチェの女性スタッフが紙袋を差し出してきた。

 「はい、これ。水池さんも着替えてください」

 「え?」

 悠斗は紙袋を受け取り、中を見る。白シャツと黒いズボン、黒いエプロンが入っていた。

 「あそこに停まってるバンの中でどうぞ」

 「え、ちょっと待ってください、僕は荷物運びって聞いたんですけど……」

 「そうですよ。速水さんが出張する時に後ろから商品を持ってついて行ってほしいんです。その場で買いたいっていうお客さんもいらっしゃるでしょうからね。うちの商品を運ぶんだから、当然、この格好ですよ」

 女性はそう言って、バンを指さす。

 着替えて来いと言う意味だろう。

 何となく女性に逆らえず、また、手伝うと言ったからには格好も大事だろうと思い、悠斗はバンの中でギャルソン服に着替えた。

 悠斗が出て行くと、女性スタッフたちがお愛想で「素敵です!」「背が高いから似合うわねえ」と言ってくれた。

 速水さんも「水池さん、似合いますねえ」と言ってくれた。

 お愛想でも嬉しいものだ。   

 しかし、女性スタッフの次の言葉には驚いた。

 「それじゃあ、出張の時間まで水池さんも、これ持ってお客さんに呼び込んでくださいね」

 そう言って、銀のトレーを差し出されたのだった。


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