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代償ケーキ  作者: 美佑氏シイバ
第一章
4/17

ケーキの甘さは貴方自身

 多々良中華飯店へ行く前に、買ったものをドルチェの二階の速水さんの自宅の冷蔵庫に置いてもらえることになった。

 自分の家に一旦戻るつもりだったのだが、「帰りもうちの前を通りますよね?それなら、いかがです?スペースはありますよ」と速水さんが申し出てくれたのだ。

 とてもありがたい申し出だったのだが、自宅へ招かれるという突然の事態に、悠斗は胃がひっくり返る思いがした。

 「いやいや、そんなご迷惑は……」と、大げさに固辞しようとする悠斗は、速水さんの目には、大げさすぎるほど遠慮がちな人間と映っただろう。

 速水さんに「迷惑だなんて……そんなことないですよ」と苦笑され、「もし、帰りに取りに行くのを忘れても、水池さんならお店でお渡しもできますしね」と悪戯っぽく微笑まれ、「実は、友人をこの家に上げるの初めてなんです。なんだか嬉しいなあ」と喜ばれてやっと踏ん切りがついた。

 そこまで喜ばれたら、応えたいと思ってしまった。いや、速水さんの甘い香りがすぐ近くで漂っていたせいで、酔ってぼおっとなってしまったからかもしれない。イタリア帰りのせいなのか、ボティタッチが割と多いのも、悠斗の頭を混乱させた。

 肩に手を置かれるのはまだいいとしても、自転車を避けるために、腰を抱かれた時はどうしようかと思った。

 (ドルチェの生クリームが食べたい……)

 速水さんの家にお邪魔しながら、悠斗はそんな事を考えていた。

 自分から誘い出すようなことをしたとはいえ、事態の急展開にひどく心が乱されている。この乱れを落ち着けるためにも、ドルチェのケーキが必要だ。特に、あの、甘さ控えめの生クリームが良い。カスタードでもいい。たっぷりと口に含み、飲み込めば、この混乱も収まるのではないだろうか?

 (いや……逆かな?)

 余計に求めてしまうだろうか?

 速水さんの手作りケーキをもってして、抑え込んでいた欲求が、こんなにも速水さんの近くへと行くことができて、もっともっとと……

 そんな事をぼおっと考えながら、速水さんのお宅に上がり、できるだけ周りを見ないようにしながら冷蔵庫を間借りし、逃げるように出てきた。息も止めていたかもしれない。

 速足で外に出て、「腹ペコなので、急ぎましょう!」などと口にして、速水さんを急かし、多々良中華反転へと急ぐ。

 速水さんは悠斗の言葉を疑うでもなく、「行きましょう!」と楽しそうに頷いた。

 

 多々良中華飯店は、仕事帰りのお客でほぼ客席が埋まっていた。

 「いらっしゃい!おやケーキ屋さん!いらっしゃい」

 「あらあ、速水さん、いらっしゃい」

 多々良の御主人と女将さんが、速水さんの顔を見て笑顔になる。速水さんも笑顔で「こんばんは」と挨拶を返していた。

 カウンター席にちょうど二人分の席を見つけ、二人並んで腰かける。店内が狭い上にほぼ満席状態なので、窮屈に感じる。

 窮屈すぎて、隣に座る速水さんと肩や膝が触れ合ってしまう。

 それを意識してしまって椅子の上で身を縮めてしまう悠斗とは違い、速水さんは楽しそうに料理を注文し始めた。

 「おかみさん!餡かけ中華麺を二つにとビールも二つお願いします!あ、餃子も!餃子は一皿で」

 「はいよ!」

 女将さんは小気味良く答え、すぐに瓶ビールを二つ持ってきてくれた。

 狭いテーブルの上で栓を抜き、乾杯する。

 キッチンの中では、ご主人と大学生らしきアルバイトの青年がフライパンを振るっていた。

 「うーん……麻婆豆腐も美味しそうですねえ……チャーハンも……」

 速水さんがキッチンから漂ってくる、麻婆豆腐のピリリとした香りを嗅ぎ、呟いた。チャーハンは速水の隣のお客が食べているのが見えたのだろう。

 「いや、でも、エビチリも食べたいし、しめのラーメンは必須だし……ああ、どうしよう……」

 (……餡かけ中華麺とビールと餃子を食べる前提での発言なんだろうか?)

 悠斗は真剣に悩む速水さんを見ながら首を傾げた。

 速水さんが悩んでいる間に、餃子がやって来た。

 「水池さんもどうぞ。ここの餃子食べたことありますか?ニンニクたっぷりなので、次の日がちょっと怖いですけど……」

 「わかります。以前ランチに食べて後悔しました」

 ニンニクたっぷりの餃子を分けてもらい、じゅわっと肉汁があふれ出るそれを、ビールで流し込む。

 一瞬だけ速水さんのことも、ドルチェのケーキの事も忘れた。

 (ああ……美味い……)

 自分ももう一皿追加しようか?と考えた時、隣から視線を感じた。

 見ると、速水さんがニコニコしながら悠斗を見ていた。

 「水池さん、美味しそうに食べますねえ」

 「そ、そうですか?」

 「はい、とっても幸せそうでした。私の作ったケーキもそんなふうに食べるんですか?」

 「…………さ、さあ、どうでしょう……」

 返事に困っていると、おかみさんが餡かけ中華麺を持ってきてくれた。

 「あ、おかみさん、麻婆豆腐とエビチリ追加で!」

 速水さんが追加注文をする。本気で食べる気らしい。

 「はいよ!相変わらずよく食べるねえ。そんなに細い体して」

 おかみさんが笑いながらそう言った。

 その後ろでご主人がアルバイトに冷蔵庫の在庫をチェックしておけという指示が飛んでいた。

 どうやら速水さんはそのほっそりとした見た目に反し、かなり食べる人らしい。

 さっそく、餡かけ中華麺に箸を落とし、豪快に食べ始めた。

 その勢いに飲まれたのかはわからないが、悠斗ももう少し食べたくなった。

 「僕も餃子ください」

 「はいよ!」

 女将さんの威勢のいい声が響き、速水さんがニコニコと嬉しそうにビールのグラスを傾けていた。


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