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真・家賃1万2千円風呂共用幽霊付き駅まで縮地2回  作者: タクティカル
真・第一部 シンプルなタイトル編
6/29

大家さん

「トホホ……警官ちゃん可愛いのに職質はキツイキツイなんだから……あーあ、どうにかして警官ちゃんの職質グイグイをやさしくて気持ちいものにしてもらえないかな~」


『美少女空手家女子高生VS肉屋のオッサン』というクソ映画レビュー待ったなしのB級テイスト全開のバトル鑑賞から、トラブルを聞きつけて後にやってきた冷酷無慈悲な警察官ちゃんへの釈明を「それでも俺はやってない」という言葉のみでゴリ押しした俺は、やっとアパートに敷地内に足を踏み入れた。精神的疲労感がハンパじゃない。


 このアパートに越してきてもう半年近く。すっかりこの住処に慣れ切ったせいで、こうやって帰ってくるととっても落ち着く。さっきの思い出しただけで気が滅入る圧迫職質の思い出もジワジワと薄れていった。


「ふぅ……やはり故郷はいい」


 心に宿る平穏から思わず、某ディアボロさんのセリフが出てしまったが、ここはもう第二の故郷と言っても過言ではない。

 本当に心地がいい場所だ。

 多分、地形補正とかが適用されて、ステータスが10%くらい上昇している気がする。


 そんな第二の故郷であるアパートの庭を見渡す。


「……うーん、大家さんいないな」


 いつも大学から帰ると、結構な確率で掃除とか庭弄りをしてる大家さんとエンカウントするが、今日は見当たらない。

 残念だ。できれば会いたかった。会ってどうでもいい雑談をしたかった。

 いつも夏の向日葵みたいに元気な大家さんと話すことで、少しでもオラに元気を分けてほしかった。 


「はぁ……」


 何せ……家に帰ってしまえば、誰もいないのだ。

 自分以外誰もいないガランとした部屋……考えるだけでも胸がキューっと苦しくなる。何かが足りないような喪失感。

 その心のスキマを少しでも埋める為に、大家さんとお話したかったんだがしょうがない。こういう事もある。


「……ん?」

 

 そんな事を思っていたら、トントンと肩を叩かれた。

 反射的に振り向くと、頬に何やらすべすべした物が押し付けられる。

 ほっそりとした――人差し指。


「えっへっへー、引っかかりましたね一ノ瀬さん」


 そう言って悪戯っぽい顔で笑うのは、先ほどまで会いたくて会いたくて震えていた大家さんだった。

 買い物帰りなのか、片手にビニール袋をぶら下げて、俺の頬を突くためにグッと背伸びをしていた。


 大家さんの背伸びってば癒されるぅ~。お願いだから、このまま成長しないで欲しい。マジで頼むから。何でもするから。腎臓1つくらいなら捧げてもいいから、邪神系の神様お願い!


「なにやってんですか大家さん」


「ふふふっ。お買い物から帰ってきたらアパートの入口で一ノ瀬さんがぼんやり立っていたんでつい悪戯心がムクムクと……えへへ♪」


 あざとく舌をペロリと出す大家さん。

 全くこの人は……よい、もっとやりなさい、余が許す。そういう悪戯心わんぱく俺だーいすき! その悪戯心、これからも健やかにー伸びやかにー育ててほしい。

 最終的に俺を驚かせる為にビキニメイド姿で布団の中に隠れるとかいいと思いまーす。


「むにむに……ほほぅ、一ノ瀬さんの頬っぺた、なかなか柔らかいですね。これは……ずばり私の耳たぶくらいの柔らかさですね!」


「人の頬で遊ばないでくださいよ」


 当たり前だが俺はツンデレなので、言葉とは裏腹にもっと遊んでほしい。

 遊び疲れてそのまま頬を枕にお昼寝して欲しい。


 それはそれとしていい情報を聞いた。俺の頬っぺたが大家さんの耳たぶくらいってことは……自分の頬っぺたを使ってアレすれば大家さんの耳たぶを使ってアレするのと同じってこと……まあ、問題はどう頑張っても自分の頬っぺたでアレ出来ないってことだが。アレアレうるせーな。アレアレ星人かよ。

 

「あははー、ごめんなさーい」


 素直になれない俺は自分の心を曝け出せず、大家さんの指が頬から離れてしまった。

 頬に残る仄かな温かさに、何だか悲しくなってしまう。


「お帰りなさい一ノ瀬さん。今日もいいお天気ですねー」


 改めて大家さんを見る。

 何が楽しいのかいつも通り満面の笑みを浮かべている。恰好はいつもの和服だ。……いや、ちょっといつもの和服と違う気がする。具体的な違和感を説明出来ないが。

 俺の胸元くらいしかない小柄な身長のせいで、持っているビニール袋がとても大きく見えてしまう。こういう時に取るべき行動は実家にいた頃、某妹様せつなちゃんにイヤってほど調教されている。


 手を差し出す。


「あんまり距離ないですけど、袋持ちますよ」


「え? いいんですか? じゃあ、お願いします。……えへへ、今の大家さん的に結構キュンと来ましたよ」


 そう言ってはにかむ大家さんの表情に俺もキュンと来たので、これが正しい意味でのWIN×WINなんだろう。

 大家さんからビニール袋を受け取るが、思っていたより重い。中を見ると野菜やら魚がギッシリ詰まっていた。

 思わず重いと言ってしまいそうだったが、女性から買い物袋を受け取った時とおんぶをした時に絶対に言ってはいけない禁止ワードなので頑張って平気な顔をした。


 一緒に庭を歩いていると、大家さんが思い出したかのように口を開く。


「あ、そうだ。今日の朝ごはんはどうでした? お口に合いました?」


「いや、口に合うも何も……滅茶苦茶美味かったです」


 俺は素直な意見を述べた。

 1人で食べる寂しさはあったものの、料理は非常に美味だった。

 電子レンジで温めてあの美味しさなら、出来立てはもっと美味しいのだろう。美味すぎて口とか目からビームが出るかもしれない。もしくは何やかんやでダルシムになって地球温暖化から世界を救うクソがかった展開になるかも。

 俺の感想に大家さんは目を細め「んふふ♪」と満足気な微笑みを浮かべた。

 次いで和服の裾で口を隠し、何やらこしょこしょ呟く。


「……フフフ、順調、順調ですよ。こうやって一ノ瀬さんの胃をグワシと掴み、私のご飯無しではいられなくする……あとは野となれ山となれ……見える、見えますよ、私の望み通りの体形になったふくよかな一ノ瀬さんとちょっとお腹が大きくなった私が一緒に映る一枚絵が……ああ、エンディング曲まで聞こえます、うふふ……」


「大家さん?」


「はいー? どうしました?」


 どうもこうもいきなり口元隠してブツブツ呟いてやら気になるだろ。

 まあ、ここは突っ込まない方が吉か。


「あ、お口に合ったのなら、今日もご飯持っていきますねー。ていうか、そう思って多めに材料買ってきたわけですし」


 それでこの大きさか。

 今日も大家さんのご飯が食べられる、それは嬉しい。つーかそれが無いと、今日何も食べる物がない。

 だが、同じくらい申し訳ない。


「でも、いつも作ってもらって申し訳ないし、一食くらい――」


「ダメです!」


 ちょっと眉を寄せ、ピッと人差し指を立てた大家さんが食い気味に言った。


「一食くらい、なんですか? 一食くらいカップラーメンでもいいと思ってます? ダメです、ダメのダメです! このアパートに住んでる以上、そんな不健康な食事は許しませんよ!」


「いや、あの……」


「だめったらだーめです! 今日もごはんを作りに行きます! 決定です! ここでは私がルールです! 大家さんは絶対なんですからね! ……ていうか、エリちゃんがいない今がチャンスなんです、この機を逃しませんよ……! 一気に畳み掛けますよ……!」


 まーた、最後の方ボソボソ言ってる。

 つーか不健康云々を大家さんに説かれてもなぁ。新作ゲームの発売日0時にゲームショップ行ってそこから不眠不休でそのゲームクリアして目に隈作ってる姿がしょっちゅう目撃されてる大家さんェ……。

 そもそも一食くらい抜いてもって言おうとしたんだけどな。家にカップラーメン無いし。何だったら実家にいた頃から雪菜ちゃんの禁止されてたからカップラーメンとか食べたことないし、作り方も分からんし。


「というわけで大人しく、私のごはんを食べてくださいねー」


「はぁ……ルールなら」


 ルールなら従う他ない。子供の頃は校則ルールに拘束されるのとか真っ平ゴメンだよ!的な反骨精神を人並に持っていた俺だが、もう半ば大人になってしまった俺は社会のルールに組み込まれてしまいそんな反骨精神はない。何だったらルールに『縛られる』って語感でちょっと気持ちよくなってしまう今日この頃。大人になるって悲しいことね……。


「あ、だったらちょっとお願いがあるんですけど」


「なんです?」


「大家さんがよかったらなんですけど……ウチでご飯食べません?」


 大家さんはエリザがいなくなってから、こまめにご飯を持ってきてくれるが、そのままいそいそと帰ってしまう。

 出来ることなら一緒に食べたい。

 1人で食べるのって正直、かなりキツイ。

 お腹は満たされても心が満たされない。


「へ……い、一ノ瀬さんのお部屋で? ……ふ、二人で?」


 ああ……でも、どうだろう。これ結構キモい事言ってしまったかも。大家さんは大家としての責務で俺にご飯を届けてくれていたが、実際男の部屋で2人きりで食べるっていうのは……どうなんだコレ。やっちゃったか?


『ちょっとそれは流石に……え、ていうか何かごめんなさい。もしかして勘違いさせちゃいました? ……いやぁ、一緒に食べて住人さん達に噂とかされると恥ずかしいですし……』


 みたいな事をドン引き顔で言われたら俺は、ショックで伝説の木の下に穴掘ってセルフ埋葬する。

 今ならまだ間に合う! さっきのは無かったことに――



「……あの……えっと、その……はい。お、お邪魔させていただきます……ご、ご迷惑にならないように……ど、努力しますです」



 しようと思ったが、何やら大家さんが顔を真っ赤にして口を震わせながら肯定したもんだから、無かったことにはできなかった。

 あれ? 普通にオッケー出た。

 まあ、よく考えたら俺、普通に大家さんの部屋に遊びに行った事あるし、今更か? 

  

 大家さんは髪の毛を弄ったり、地面の土を草履でザリザリしたり、何だか落ち着かない様子だ。


「え、大丈夫ですか大家さん?」


「はい!? だ、大丈夫ですけど!? ぜんっぜん大丈夫ですけども!? アパートの……大家さん?してるんですけど!?」


「マジでどうしたんですか?」

 

 動揺……してんのか?

 初めて俺しかいない時の部屋に招いたから、とか? いやー大家さんの性格上、それくらいでここまで動揺するか? どうよ?

 暫く落ち着かない様子だった大家さんだが、徐々にいつもの大家さんに戻って行った。


「ふ、ふぅ……じゃ、じゃあ後で行きますね。い、一緒に……ごはんを食べましょう、その……二人で。ふ、二人っきりで!」


「はい待ってます」


「じゃ、じゃあ色々準備していきますね! ……ごはんの! ごはんのですよ!? それ以外の何があるんですか、もうっ!」


 目を『><』←こんな感じにしてパシパシ俺の方を叩いてくる。

 やっぱ変だな大家さん。

 普段からちょっと変な人だけど、今日はいつにも増して変だ。家庭菜園でヤバイもんでも育てて、知らない内にヤバイ粉でも吸ってんのか?

 それはそれとして、今日の夕食は1人じゃなくて嬉しい。

 今までは何とか寂しさを和らげようと、スマホに知り合いの写真――遠藤寺とか美咲ちゃん、雪菜ちゃん……あと二次元だけどク〇リちゃんとか神〇小鳥ちゃん、山〇美希ちゃん、紅緒〇ずさちゃん、スパイディやロールシャッハちゃんの画像を表示させて疑似的に誰かと食べる状況を作り出してたから。正直、かなりきつかった。食べてる時はいいけど、素面に戻った時の死にたくなる度がハンパなかった。


「そ、それにしても……ふぅ、あついあつい。今日はあっついですねー……あうぅ、顔がまだ熱いです……一ノ瀬さん、いっつも不意打ちするんですから……もうもうっ」


 頬を上気させた大家さんが、パタパタと顔を扇ぐ。

 確かに今日は暑い。

 さっきから汗が止まらないし、そのせいでシャツがびしょびしょだ。

 今だって額から流れる汗をハンカチ……は持ってくるのを忘れたので、シャツの裾で拭う。

 シャツ一枚に七分丈のズボンの俺がこれくらい暑いんだから、和服を着こんでる大家さんはもっと暑いだろう。


「はー暑い暑い。……ふぅ、ようやく落ち着きました。……がんばれわたしー今夜が勝負どころだぞー、おおやふぁいおー」 


 何やらこっそりガッツポーズをとっている大家さんも汗を……かいてない。

 あれだけ暑そうな恰好をしているのに、額に全く汗が浮かんでいない。


「いきなりお部屋に誘われるとか流石に動揺しちゃいましたね……ふむむ、部屋に帰ったらやることが山のように……お気に入りのアレに着替えて、今日みたいな日の為に買ったアレも着けて……あ、あれも用意しないと。い、一応! 一応ね! 私的にはアリなんですけど、ほら! 一ノ瀬さんまだ学生ですし!」


 額以外に露出している肌にも、まったく汗が浮かんでいない。

 これはおかしくないか?

 こんな暑いのに、汗の一つもかかないとか……。


「大家さん、何か……全然汗かいてないですね」


「はい? 汗?」


 例によって裾に口元を隠して何やら呟いていた大家さんだが、俺の声かけに顔を上げて自分の体を見下ろした。


「和服って暑そうですよね。でも大家さん、まったく汗かいてないですよね。どうなってるんですか?」


「……はー、そ、それは……ほら、大家さんですから」


 なるほどなー、大家だからかー……と納得できるほど俺はバカじゃない。

 この暑さで汗の一つもかいてないとか、物理法則に反している。

 おかしい……そして怪しい……。

 正直、いつもなら『へー。そうなんですかぁ』と流せる事案が気になって仕方がない。

 恐らく、普段から遠藤手が呪詛の様に呟いている


『少しでも気になることがあれば――疑うんだ。それが日常、非日常、関わらずどんな状況でも。そうやって自分の直観力を養うことが、探偵への第一歩になる。君には直観力を鍛えてもらう必要がある、ボクとの将来に備えてね』


 って言葉のせいだ。その言葉が頭をリフレインする。軽い呪いレベルだ。

 このままこの違和感を無視して家に帰ってもいいが、正直それじゃ気持ちが悪い。気になって夜も眠れないだろう。

 まだ時間もちょっと早いし、この違和感の正体を確かめよう。


「いいですか一ノ瀬さん。大家さんっていうのは、たとえ火の中、水の中、あの子のスカートの中……どんな場所、時間、状況であっても住民の皆さんのお役に立てるように、鍛えているんです。それはもう、皆さんが見ていない場所で、鍛錬に鍛錬を重ね、これくらいの暑さじゃ汗をかかないくらいバリバリ鍛えているんです。ふっふっふ……ちょっとは大家さんを尊敬しちゃいましたか?」


 大家さんが何か言ってるが、ここは一旦聞き流しておこう。漫画やアニメで出て来る大家さんやメイドさんは無敵超人みたいな扱いをされる事があるが、ここは現実だ。

 メイドさんだって暑かったら汗をかくし、何だったら風邪もひいて、お見舞いイベントも起こる。つーか起こって欲しい。……何の話だっけ?


 とにかく推理だ、推理をさせろ!

 

 さて、推理のやり方は普段から遠藤寺にレクチャーを受けている。

 全ての五感をフルに活用し、そこから見出した違和感を突き詰めていくのだ。推理を止めない限り、その先に真実はあるからよ……!


 では早速――シンキングタイム。


 まずは――視覚だな。

 自分がいかにして無敵な存在になったかを悦に浸りながら語る大家さん。ギアナ高地での修行を経て云々の話は気になるが、今は何よりも観察だ。

 ジッと大家さんを見つめる。

 汗のかきやすい額や首回りにもやはり汗はかいていない。

 

 だったら次は――嗅覚だ。

 思い切り息を吸い込む。


「――おえぇぇッ!」


「ど、どうしたんですか一ノ瀬さん!?」


 思い切り息を吸い込んだ結果、自分がかいた汗のくっさいくっさい臭いを思い切り吸い込んでしまった。

 盛大に嘔吐いてしまった俺を心配した大家さんが、ギュッと手を握ってくれた。

 チャンスとばかりに大家さんの匂いを吸収する。

 うーん、いい匂いだ。フローラルな香りがする。汗の匂いもしないし、最早俺と同じ人類とは思えない。


「大丈夫ですか? 気分でも悪いんですか?」


「いや、ちょっと咽せただけで……」


「そ、それならいいんですけど。落ち着くまで手を握ってますね。……ふふっ、役得役得」


 せっかく手を握ってくれているので、そのまま――触覚を確かめる。

 相変わらず小さな手だ。こんな小さな体でアパートの掃除や修繕をしたり、庭の手入れをしたり、こうやって料理まで作ってくれたり……正直頭が上がらない。

 大変な仕事だろうに、手には豆や手荒れも全くない、スベスベな肌触りだ。触ってるだけで気付いたら2~3日経ってそのまま餓死る、何てことになりそうな魅惑の触感。

 そしてやはり、視覚でも確認したがその手には汗をかいていなかった。


 残るは――味覚か。

 この状況から味覚を確かめる方法が浮かばない。何の違和感も与えず、大家さんの肌をペロペロする方法……うーん。

 欧米のハグ文化のように、コミニケーションにお互いの頬をペロペロする文化を今この瞬間俺が生み出して布教すれば……いや、歴史的下地が薄すぎる。文化ってのはその土地に根付いた価値観や風土を元に生まれるわけだし、今思いついたくらいの浅い歴史じゃきっと広まらないだろう。クソッ、タイムマシンさえあれば100年くらい前に飛んで頬ペロ文化を広めておけたのに……! おのれプルコギド――じゃなかったタイムマシンさえ……! タイムマシンさえ完成していれば……!

 まあ、無い物は仕方がない。気を取り直しつつ、この後悔を生かして今からでも将来に間に合うエッチ系文化の発足を目指すとしよう。


 で、最後は――聴覚か。

 正直、汗をかかない事に対する原因を調べるとに、聴覚は役に立たないと思う。

 だけど、仲間外れにするにも可哀そうだし、張角ちゃんにも少し働いてもらおう。

 今もすぐ近くで手をニギニギしてくれている大家さんに、耳を傾ける。


 ――ブブブブブブ


 何かが聞こえた。

 人間が発する、心拍音やお腹が鳴る音、関節の軋み、そういった物とは全く違う音。人工的な音だ。


 ――ブブブブブブブブブ


 これは……モーター音?

 何で大家さんの体からモーター音が? え? 大家さんってもしかしてロボットなの? だったら汗かかない理由とか、何なら超ロリである理由も確定されてしまうわけだけど。

 いや、ロボットって。ロリで大家で高濃度オタク、その上性格は天使とか……ただでさえ属性モリモリなのに、これ以上ロボ属性なんて……現実問題、1人の人間にこれだけの属性を詰め込むバカがいるか? ……何か編集者みたいな視点になってるけど。

 無い無い。ロボはない。つーか、ロボ娘的な伏線無かったし。部屋にオイルがあったり、ハリソ〇フォードに追われてたり、腕からロールケーキを出したり、くしゃみの後に『ロボ』って言葉が出てしまったり。伏線が無いのにいきなりそんな設定出されても、俺は認めませんからね!

 じゃあ、この音はなんだ?


『ふむ、成程のう』


 シルバちゃん、何か分かったのか?

 流石長生きしてるだけあるー!


『歳の事は言うな。……ふむ、音は何やら太もも、それも付け根の方から聞こえる。そんな場所から機械のモーター音。これはいわゆる一種の露出プレイじゃな。つまりその機械とやらの正体は、ローター――』


 思考シャットアウトッ! 俺は即座にシルバちゃんとの思考リンクを切断した。テレビの電源を切ったみたいにシルバちゃんの声が途切れる。やったことないけど、何か出来た。

 全く……何をいきなり言い出すんだ、あの褐色ロリババアは。欲求不満なんじゃないの? あんな所(つーか俺の心だけど)に籠って本ばっかり読んでるから。

 清純かつ天使な大家さんがローター仕込んで露出プレイに耽ってるとか、ありえないでしょうが! ……まあ、設定としては有能なので、今晩のオカズに使ってやってもいいよ。

 

 いつもとちょっと違う服、汗をかかない大家さん、何かの機械音。

 もう少しで……何かが分かりそうなんだけど。遠藤寺ならこれくらいの証拠で、完全に推理を成功させるんだろうが、俺にはまだ無理だ。


 これ以上考えても仕方がない。逆転〇判に倣って、ここはブラフを張るとしよう。


「大家さん」


「はいー?」


「大家さん、服の下に何か仕込んでますよね?」


 流石にいきなりボロを出すとは思わないが、少しは動揺なりするはず。


「――は?」


 大家さんの笑顔で固まった。


「な、ななななな、なにをいきなり……そ、そんな、まさか……ねぇ? ふ、服の下に何かって……あははっ、何のことでしょうか?」


 想像の10倍くらいボロを出してきたわ。

 大家さんは言い逃れ出来ない証拠を突き付けられた犯人のように、分かりやすく狼狽しだした。


「いや、さっきから機械音が……」


「ち、違うんです……そ、そうじゃないんです……! こ、これは違うんです……!」


 狼狽えっぷりがハンパじゃない。

 首を振りながら、ジリジリ後退していく。

 見える……崖が見える……あと船越栄〇郎も幻視みえる……。


「それに何か、いつもと服もちょっと違うし……涼しむ為に、何かしてるんじゃないですか?」


「ひぃ!? な、なんて洞察力……! ……それはそれとして、服の違いとかをちゃんと見てくれてる一ノ瀬さんに、ちょっと嬉しくなっちゃう大家ちゃんなのでした」


 追い詰められながらニヤニヤする大家さん。器用だな。

 やはり、何か服の下に仕込んでいるらしい。

 それもこのクソ暑さを逃れられる、素敵な何かだ。ここは是非、ご相伴に預かりたいものだ。


「何仕込んでるんです? 俺にも教えてくださいよー。涼を味わうための素敵なサムシング、隠してるんでしょう? ねえねえ?」


「うぅ……いつになく一ノ瀬さんがグイグイ来る……こ、これはこれで……むふふ」


 何で追及されてるのに嬉しそうなんだこの人。

 そりゃグイグイも行くわ。もう暑いのイヤなんだよ! 自分のくっさい汗の臭いで吐きそうになるのはゴメンなんだよ! この暑さから逃れられるんだったら、悪魔に魂を売ってもいい、それくらいだ。


「うぅ……わ、分かりましたから。仕方ないですねぇ……」


「え、教えてくれるんですか」


 諦めたように言う大家さん。言ってみるもんだな!

 

「じゃ、じゃあ……ちょっとこっちに来てください」


 そのまま俺の手を引いて、アパートの裏手に連れて行こうとする。


「え、ここじゃダメなんですか?」


「だ、だめに決まってるじゃないですか! 何考えてるんですか、もうっ」


 大家さんが顔を真っ赤にしながら言った。

 え、アパートの裏で何すんの? 別に、この場で大家さんが涼しんでる方法と手段を耳打ちしてくれるだけでいいのに。


 俺は釈然としないものを抱えながら、大家さんに引っ張られるのだった。

 その先に何が待っているかも知らず――。





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