エリザ! 大家の! 昼食! 万歳!
お料理回準備編です。
俺、一ノ瀨辰巳が住むアパート、一二三荘に嵐が来ていた。
闘争の嵐――バトルタイフーンが。
2人の少女が巻き起こすには、大きすぎる嵐が――部屋を吹き荒らしていた。
「私がお昼ご飯を作ります!」
「わたし! ぜっっったいにわたしが作るの! 大家ちゃんはゆっくりしててッ!」
どうして争いは起こってしまうのだろう。
2人は仲がいいのに。いがみ合う必要なんて決してないのに。
なのにどうして――どうして人は争うの? それが人のSAGAなんだろうか。
「むぅー!」
「うにゃー!」
だとしたら、俺は見届けなければならない。
この作品で俺はいわゆる傍観者――パプテマス。シ〇ッコ的存在だ。
故に、俺は2人の争いを最後まで見届けるのだ。
その果てに何が待っていたとしても。
争いの果てに泥んこキャットファイトで2人がくんずほぐれつのヌルヌルで映像ではお見せ出来ない展開になったとしても……俺だけは、俺だけはその光景を記憶しておかなければ――傍観者として。後でいい感じに映像を編集して、嘘字幕を入れて脳内SNSにアップして脳内いいねを貰うのだ。
「こうなったら――」
大家さんがエリザに人差し指を突き付ける。
それは騎士道における手袋を投げる行為と等しい――宣戦布告の合図ッ!
「勝負ですエリちゃんッ!」
こうしてエリザと大家さんの料理バトルが幕を――
「勝負の内容は――パック開封デスマッチ! 今からお互いにパックを開封していって、よりレアを引いた数が多い方が勝ち!」
「受けて立つよ!」
「負けた方はここに用意した石膏プールに飛び込んで――後世にその美しさを伝える彫刻になる罰ゲームッ!」
「勝っても負けても恨みっこなしだよ! ふんす!」
あれ? 何か展開違くない?
つーかなにその世紀末な罰ゲーム。
「エッエッエリチャンッ! さあ――勝負ですッ!」
■■■
「ハッ!? ゆ、夢か……」
びっくりした。
何だ今脳裏に浮かんだ光景は……すっげえリアルだった。白昼夢ってヤツか?
うん、大丈夫。今目の前ではエリザVS大家さんの料理バトルが幕を開けようとしてる。間違っても石化フェチだけしか勝たんマイノリティバトルは起こってない。だったらさっきのは――
『ん? おお、すまん。なんか暇だったんで、隣の世界を覗いとった。その光景が妾を通じて、お主の眼にも映ったんじゃな。カカカッ、笑って許せ』
ほんとにもー。シルバちゃんったら、テレビのチャンネルを変える感覚で平行世界を観測する~。マジで勘弁してくれ。ほんとに。
唐突に別の世界の映像が脳内に溢れるとか、マジで怖いんだよ。ぱられ〇んるん物語かよ。
「お料理バトルですよエリちゃん!」
「ま、負けないんだから! ふんすふんす!」
パック開封デスマッチとかいう謎のバトルが始まる平行世界はおいといて、この世界ではお料理バトルが始まろうとしていた。
うーん、健全健全。やっぱり美少女同士のバトルはこうでなくっちゃ。
「フフフ……料理歴=彼氏いない歴の私に勝てるでしょうか?」
「むむっ、で、でもっ、辰巳君の好みはわたしが一番わかってるんだから! 大家ちゃん相手でも負けないよ!」
「その意気やよしです!」
腕を組み強者のオーラを放つ大家さんに対して、挑戦者の体であるエリザ。
実際、お互いの料理スキルにはかなりの差があるはずだ。
エリザが料理を始めたのは、俺がこの部屋に越してきてからだ。春に越してきて、今は夏。ほんのわずかな期間。
それに対して大家さんの料理歴は彼氏いない歴とイコール。大家さんに彼氏がいたとしたら俺はブチ切れてCD割ったり漫画を裂いたりしちゃうので、いないとして――かなり長い! この差を埋めるのは難しい。当たり前だが料理の技術は料理の美味さにつながる。
だが――料理の美味しさというのは、なにも料理技術だけで決まるわけじゃない。数多の料理マンガを読んだから知ってる。
『ほー。料理の技術以外にどんな要素が関わるのじゃ? 妾、見当もつかんな』
ま、シルバちゃんみたいに人の精気食って生きてる人には分からんだろうな。
それはズバリ! ……まあ、ね。いわゆるその……愛情、とか? うん、そんな感じ。えへへ。
『愛(笑)』
シルバちゃんむっかつく~! 愛の何が悪いのよ! ふん! これだから人外長寿の生き物は……愛の重要性を理解してないから困る。
愛ってのは凄いんだぞ? 愛で世界を救った事例もあるし、反対に愛で世界が滅ぼされたこともあるんだぞ? 愛はラスボスを狂わせるし、愛ゆえに人は苦しまなきゃならないし――とにかく愛は重要なの! 愛は絶対勝つんだよ!ぜぇーったい!ってはぁと様も言ってたもん!
『あいあいあいあい喧しいのぅ……猿か』
ウキキー!
「さあ、料理バトル開始ッ! ――と言いたいところなんですけど……お昼ご飯を作る担当を決める為に料理バトルするって、手段と目的が同じになっちゃってますねー……」
まあ、確かに。
結局最終的にみんなで作ったご飯をみんなで食べることになるんだから、勝ってもありがたみがない。
「うーん、勝っても旨みがないんですよねぇ-……料理だけに」
「ぷふっ」
可愛いから辛うじて許されるレベルのドヤ顔クソダジャレを聞いたエリザが、両手で口を押えて噴き出した。
「せっかくだから勝って、美味しい思いをしたいんですよねぇ……料理だけに」
「ヒグッ、りょ、料理だけに美味しい思い……ぷふっ、ぷふふっ……お、お腹痛い……」
エリちゃんの笑いの沸点ってクソ低いんだよね。
自分が世界に通用するコメディアンになったんじゃないかって錯覚するくらいには低い。子供用プールくらい浅い。
「くふっ、フフフッ……!」
「え、何ですかこの可愛チョロな生物。欲しいんですけど」
気持ちは分かるんですけど、その子非売品なんですよ。
「……え、えっと何でしたっけ。あ、そうだそうだ。せっかくの料理バトルなのに賞品の一つもないとか、盛り上がらないですよねぇ――あ、そうだ」
大家さんがチラリと俺を見た。
お、ちょっと悪い顔だ。何か托卵する小悪魔っぽい顔。これはこれでキュート。
大家さんは悪そうな顔のまま、両の人差し指を立てた。
「勝った方が――一ノ瀬さんになんでも1つだけお願いを聞いてもらえるということで!」
「え、ほんとに!? なんでも!?」
「もちろん常識の範囲内ですよ? ね、一ノ瀬さん♡」
可愛らしく首を傾げて、にっこり笑う大家さん。
傍観者ポジの俺を巻き込むとかルールで禁止スよね。
「ほ、ほんとにいーの? 辰巳君?」
そしてキラキラした目で俺を見つめるエリザ。
ここで俺は次元〇介みたく『俺は降りるぜ』的な選択肢もあるが、そんなことをしたら2人の期待を裏切って、笑顔を曇らせ、最終的に雨が降る。そんな雨で育った野菜を食べても……ビタミンはとれんわな。俺はビタミンをとるんだったら健やかな心でとりたい。
「……たくっ。俺に出来る範囲ですからね」
やれやれと言いながら、正直俺は『賞品は――俺ェ!』的な展開に憧れていたので、ウェルカムだった。俺は神龍みたいにケチじゃないから、俺の力を超えようがなんでも叶えちゃう。願われたら大統領だって殴ってみせらぁ。でも、今更ぼっちになれってだけは勘弁な。もう……1人ぼっちは嫌だもん。
「やったぁ、それでこそ一ノ瀨さん!」
大家さんがぴょんと跳ねて、俺にハイタッチしてくる。
「わーい! 辰巳君だいすきー!」
「エッ!? あっ、ちょっ――私も好きですっ! 一ノ瀬さん! い、いや、変な意味じゃなくてですよ!? ――え? エリちゃん、普段からこんなノリでアイラブユーしちゃうタイプの人? 欧米? そ、そういえば……エリちゃん、どう見ても外国の方でした。そ、それとも……も、もしかして盤外戦術ってヤツですか? 勝負は既に始まってる? 料理バトルで圧勝してエリちゃんをこちら側に取り込んで一ノ瀬さんの外堀をせっせと埋める作戦が――クッ、これは……想像以上に強敵ですね……」
大家さんは相変わらずこそこそブツブツ言ってるな。メル〇ラの琥〇さんのしゃがみモーション放置みたい(誰が分かるんだこのネタ)
「けふんけふん。――じゃあ……取り合えず、一ノ瀬さん。今、食べたいものはありますか? 私とエリちゃんがそれを作って、賞品である一ノ瀨さん的によりグッドな方が勝ちってことで。シンプルに行きましょう」
「え、食べたいもの……って言われても」
いきなり言われても困る。言われた瞬間、親子丼とか女体盛って単語が頭をよぎったけど、そんなことを言った日には大家さんから蔑んだ目で見られちゃう(エリザは多分意味を知らないから無邪気な瞳で『それってどういう料理ー?』って聞いてくるからセーブ&ロード出来るならその選択肢もありなのか? いや、でも現実的にそんなゲームじゃないんだから、セーブとかロードどか出来ないんだよ、人生は。そうなんだよ。過去の選択肢を悔いながら、それでも歩んでいく――それが人間なんだ。人生はロードできない。だからこそ尊く、そして儚い。故に閃光のように一瞬一瞬を生きていくんだよ!)
『ほー、なるほど。女体盛を選択したら……なるほど、ああなるのか』
セーブ&ロードどころかリアルタイムで別ルート観測できる存在おったわ。
すぐ側どころか俺の中にいたわ。
正直、そっちルートを選んだ俺の顛末は気になるが、さっき『閃光のように!』って格好いい独白した以上は聞けない。でも、やっぱり気になるからテキスト化して後で提出ヨロ。
「さあさあ、一ノ瀬さん! たべたい物はなんですか!?」
「頑張るよ! むん!」
そうだそうだ。食べたい物だよな。つーかいきなり言われてもなぁ。
辛い物か、甘い物か、酸っぱい物か。
野菜か、魚か、肉か。
洋風和風中華風ぬふぅ。
いや、ここはシンプルに行こう。無駄なことを考えるな。あんま考えすぎると脳内で日本一ノ瀨とか中国一ノ瀨、イギリス一ノ瀨、ブルガリア一ノ瀨達がつかみ合いの大ゲンカをする脳内国際会議が開かれるからな……。
シンプルシンプル。
肉か魚か、二者択一で決めよう。
1か0かイエスかノーか男か女って事だよな? 男か女だったらやっぱり女を選びたい……。
「鯖の味噌煮」
女女……あれ!?
「なるほど、サバの味噌煮、ですか」
「辰巳君好きだよねー」
俺まだ考えてる最中だったのに先に言葉が出たッ!
凌駕したッ! 言葉が心を凌駕したッ! ……こ、これは一体?
いや、落ち着け。こんなん原因は決まってる。
シルバちゃん! これはシルバちゃんの仕業だな!?
『妾、今日は鯖の味噌煮たべたーい』
だからって人の言語野支配するとか……もう、メッでしょ! ぷんすこ!
『やっといてなんじゃが軽っ』
次勝手に言語野乗っ取ったら、俺の脳内に封印した黒歴史書籍を延々朗読するからな。
『わ、わかった……もう2度とせん』
言っといてなんだが、そんなに効果あんの? たかが中学生の時に書いた自分主人公の伝記小説だぞ?
まあ、いいや。
うん、サバの味噌煮。鯖の味噌煮! わぁい! たつみさばみそだぁいすき!
サバの味噌煮1か月生活を余裕で出来るくらいには好物だ。居酒屋行ってメニューに鯖味噌が入ったら取り合えず生感覚で取り合えず鯖しちゃうくらい。なんだったら納豆が好きすぎて納豆風呂に入った少年に習って鯖の味噌煮風呂に入ってもいいくらいには鯖の奴隷だ。実家にいた頃も、良く雪菜ちゃんに作ってもらってたっけ。
だから正直味には厳しいが――まあ、この2人なら大丈夫だろう。
さてさて、2人がどんな鯖味噌を繰り出してくるか……楽しみだ。
「それにしても鯖の味噌煮ですかぁ」
大家さんがうむむと困り顔をした。
「え? 何かマズかったですか?」
「いや、マズイというか……鯖がないんですよね」
「うん、ないよー」
エリザが冷蔵庫を開けながら言った。
そりゃそうだ。勢いで料理バトル展開になったが、材料はまた別だ。
食べたい物って言われたから鯖の味噌煮を挙げたけど、そもそも魚屋じゃないんだから鯖なんて常備してるはずがない。
「最初から、お題を決めないで、冷蔵庫の中にある物を使った料理バトル……とかの方がよかったんじゃないですか?」
「……えへへ♡ 料理バトルって言葉への憧れが強すぎて……てへり」
大家さんが照れながらはにかんだ。
俺達は知った。勢いで料理バトル展開に持って行ったところで、上手くはいかない、と。
アニメや漫画でよくみる料理バトルは事前の準備をしっかりしているからこそ、自然に進行しているのだ、と。ラブコメ漫画の人達も苦労してるんだね。
それが分かっただけでも重畳だ。
「じゃあとりあえずは……お買い物ですね!」
「お買い物? わーい、大家ちゃんとお買い物! あ、手繋いでいこー!」
「ふふふ。いーですよ。一緒に手を繋いで行きましょうね」
「ぎゅー♪」
「私もぎゅぎゅー♪」
仲良さげに手を繋いで部屋を出る2人。
お互い、小さな小さな手をギュッと握りあう。
小さな手で、お互いの存在を離さないように。
2人の少女が手を握っている。たったそれだけの光景だ。ありふれた光景。
そんなありふれた光景が、俺の部屋で繰り広げられている。
俺はもうその光景だけで……腹ァ、いっぱいだぁ……。
だって尊過ぎる。尊過ぎて目が潰れそうだ。こんな光景――心が洗われざるをえない。例えばだけど、はじめ〇のおつかいに出た姉妹が途中でちょっと喧嘩してからの仲直りして手を繋ぐ――それを見た父親の心情、みたいな? バックで流れるBGMもいいから俺、涙……イイッスか?
「あぁ……」
俺の心は浄化された。今この瞬間、俺は限りなく聖人に近い。無垢で穢れの無い存在だ。
そうだ――みんな、この瞬間、今の俺に全ての悪意や憎しみ、悲しみ妬みを預けてくれ。それと一緒に俺は……消える。今、やるんだな!? ここで!? ――ああ、やる! 辰巳レクイエムを!
この暖かさの中でなら世界中の闇を抱えて行ける。世界が平和でありますように!
世界中の皆! オラに悪意をわけてくれ-!
「む。何やってるんですか一ノ瀬さん。行きますよ」
「こういう時、男の人は荷物持ちするって、テレビで見たよ! 辰巳君、頑張ってね!」
「え? 俺も……?」
玄関で手を繋いだまま、空いた手を俺に差し伸ばす2人。
開かれた玄関の扉。そこから差し込んだ光が2人を照らす。
だって、そんな……美少女2人が手を繋いで出かけるのに……俺が……?
「オデモ……イッショニ……?」
思わず心優しいバケモノのような口調になってしまう。
いい、のか……。
俺なんかが一緒に行って。
だって、こんなん百合NTR同人誌によくいる『俺も混ぜてくれよ』的な竿役ポジションじゃん。なにより誰より、俺が嫌っていたポジションじゃん。
2人の買い物を邪魔するなんて……。
「もー。早くいきましょう! ぼんやりしてると、お昼ご飯が夕飯になっちゃいますよ!」
「あ、そうだ。ついでにお夕飯のお買い物もしよっ! 大家ちゃんも一緒に食べるよね!」
いい、のかな。
俺……2人と一緒に行って、いいのかな?
美少女二人のはじめてのおつかいを邪魔をする罪深さもヤバイけど、単純に職質とかされない?
仮に俺がこの2人を侍らせてる人間を見たらまず間違いなく通報するんだが。
あ、でもエリザは普通の人には見えないのか。
つまり傍目から見れば、俺と大家さんが2人で買い物をしてるだけか。
だったら大丈夫だな!
■■■
結果的に報告すると――大丈夫じゃなかった。
「今日もいいお天気でよかったねー」
「ですねぇ。あ、エリちゃん。日焼け止め使います?」
「えへへっ、わたしゆーれいだから! ぜんっぜん焼けないんだー」
「わっ、いいですねー! うむむ、羨ましい……しみ一つないお肌……ぷにぷに」
「く、くすぐったいよぉ。大家ちゃんもえいえい!」
「ひんやり!」
俺を中心に大家さんとエリザが微笑ましいやり取りをしている。
左手に大家さん、右手にエリザを伴った俺は商店街へ向けて歩いていた。
大家さんの暖かい、エリザのは幽霊特有のひんやりさを左右の手に抱えた俺は――まるで六大軍団長フレイザ〇ドになった気分で商店街を歩く。
とても……とても幸せな気分だった。
「一ノ瀬さんの手は温かいですねぇ。……そして、結構ゴツゴツしてる。やっぱり男の子なんですねぇ」
「あ、おかーさん指にちっちゃい傷があるよ! 帰ったらお薬塗ろうね!」
左右からサラウンドでウハウーハーな声が聞こえる幸せ。
この幸せを皆達にも分けてあげたいくらいだぜ! ……あ、やっぱ嘘。あげたくない。
そんな幸せいっぱいで歩いていた俺。順当に魚屋さんに寄って、サバを買う。
大家さんが繋いだ手を引っ張って「これ美味しそうですね!」と笑う。
反対の手を引っ張るエリザが「こっちの方がいいよ。だって目がキラキラしてるもん!」と笑う。
「……チッ」と舌打ちする魚屋のおじさん。
次いで八百屋に寄る。
大根を見たエリザと大家さんが立派やら太いとかワードを連呼して、八百屋の主人が頬を染める。で、そのあと俺を本部の守護キャラ発言にキレた範〇勇次郎みたいな表情で睨みつけて来た。
その後、商店街を必要な物を買いつつ歩いたが、何やら嫌な視線をびんびん感じた。殺意的な物も。なんだろう……今日は妙に殺気立ってるなここ。今にも一戦始まりそうな……今日って商店街いきいきデーか?
ここまではいい。
まるでラブコメ漫画の主人公みたいな経験をさせてもらった。
大家さんが突然「ここの下着屋さん可愛いの多いんですよー。せっかくだし、エリちゃんも一緒にお買い物しちゃいましょう!」とか言ってエリ大コンビが仲良く店に入って、男の俺は外で待つ……ここまでもよかった。キャッキャウフフと店の中で楽しむ2人を眺める俺。
いい。実にいい。サイコーに楽しい。
下着を選びながら、チラチラこちらに視線を向けて来る2人がこそこそ何やら話してるのも、色々想像が膨らんで……俺今日死ぬのか?
そう思っちゃうくらい、楽しい時間だった。
でもまあ、楽しい時間は続かないわけで。
幸せが訪れた分、不幸も来るのがこの世の中の常だ。
大家さんが『もうちょっとだけ!』と言いたげに手を振ってくるので、苦笑いしながら振り返すララブコメ主人公の鏡な俺。
次の瞬間、全身を何か袋的な物で包まれ、視界が消失する。
膝裏を蹴り抜かれ、コンクリートの地面に倒れる。
「『草食系』! てめぇは足持て!」
「はい『ぬめぬメン』! さっさとずらかりましょう!」
阿吽の呼吸で足と上半身を抱えられ、宙に浮く。
突然拉致をされるといった経験がなくもないが、いつもは意識を飛ばされるのでやっぱり経験的には浅い俺は助けを呼ぶといった考えも浮かばず、ただただ恐怖に震え、ただ運ばれていった。
い、いかん! 全く事態が飲みこめないが……このままじゃヤバイことだけは分かる!
落ち着け。落ち着くんだ俺。
そうだ、遠藤寺が言っていた。探偵ってのは例え自分がどんな状況に置かれても、冷静にその時得ることが出来る情報を集める。その情報が自分を助け、たとえ自分が動けない状況でも誰かがその情報を拾うこともある、と。
冷静に情報を集めよう。
これは間違いなく拉致だ。
俺の視界を奪い、そして運んだ手腕といい――プロの手口だ。
犯人は――男二人。多分。どう聞いても男声だけど、ボイチェンでなんとでもなる。ただ俺を掴む腕、そこから薫る臭いは――おっさんのそれ。更に言うなら上半身を抱えている男はなんだか生臭い。そして下半身からは土っぽい臭いがする。
よし、いいぞ! いいじゃん俺! ちゃんと探偵出来てる!
あとはこの連中の目的を知って、交渉もしくは懐柔する。
白昼堂々人を拉致したからには突発的な行動ではないはず。そこには必ず何か目的がある。金か……考えたくはないが、俺の若い肉体か……それとも別の何かか。
それが分かれば相手の望む物が見え、そして――同時にウィークポイントも分かるはず。
やっべえな。俺、この状況で覚醒したかもしれない。
土壇場で能力が覚醒するとか、やっぱり俺……主人公なのか?
「で、どこに連れていきます?」
「裏山の近くに小さい土地持ってんだ。ツレには内緒だけどな。そこ行くぞ」
「山か。それはいい」
山がいい?
どういうことだ……山の近く……山菜、山の幸……。
もしかして、サプライズパーティーか? あ、ありえるんじゃ? 大家さん、そういうの好きそうだし。俺がアパートに引っ越してきた歓迎会とかされた記憶ないし、このオッサンたちに協力してもらって……とかっ?
だったら突然の下着屋も分かる。あれは……時間稼ぎだな。会場準備の。俺を確保しやすい位置にくぎ付けにしつつ、女性特有の長い買い物で時間稼ぎ。やるねー。
すげぇな……冷静になって考えてみれば……全てがつながる。これが――推理か。
「始末した後、すぐに埋められるな! ハハッ!」
「で、あの裏山は僕の土地。誰も……入らないから発見もされない。やりますねぇ『ぬめぬメン』! 序列21位は考えることが違うなァ!」
「このガキときたら大家ちゃんのアパートに住んでるだけでも罪深いのに、今日はて、て、手を! おててを! 手なんて繋ぎやがって! もうな!?」
「わかる。ギルティ。パーフェクトギルティ。山にある僕の畑の肥料にしてやります」
「いいねぇ! あ、半分は俺がもらうからな! おさかなちゃん達の餌にするつもりだからよォ!」
「あ、でしたら! それで育った魚と野菜で……鍋でもどうです!?」
「たまんねぁオイ! オイ! オイオイオイ!」
「キヒヒヒッ!」
「ハハハハッ!」
うーん、多分、俺をビビらせてからの……じゃーんドッキリでしたー! みたいな展開かな?
うん。
うんうん。
うん。
もしかしたら、次回が最終回かもしれんな。




