灰とヒッコリーのバット
野球回です。
夏休みのとある日。
俺は部屋の窓から太陽をぼんやり眺めつつ、物思いに耽っていた。
「……ふぅ」
吐いた息で窓ガラスが曇る。
背後ではエリザが何やら楽しそうに鼻歌を歌いながら、台所で何かを作っている。
甘い匂いがするから、多分お菓子だろう。
今日はかなり暑い。
朝見たニュースによると、恐らくこの夏一番の暑さになるだろうとのことだ。
こんな暑い日に出かけたら、ネズミのスタンドにやられた承り太郎みたく、体がドロドロに溶けてしまう。
故に今日、俺はどこにも出かけず、家でダラダラしていた。
今日は遠藤寺やデス子先輩との予定もない。最近知り合いになったメイド狐ことタマさんから鬼のようにライン通知が来てそれにタマに返答するくらいしか、やることが無い。あの人……狐? あの狐マジでなんなんだろう。食べた昼飯とか今日遠藤寺と出かけた場所の写真とかこまめに送ってくるんだけど……。
「……ふぅーむ」
ぶっちゃけかなり暇だった。
夏休みに入ったら、積んでたゲームやアニメ、漫画を崩したり、やろうと思っていたことは色々あったけど……早々に終わってしまった。思っていた以上に夏休みの大学生は暇だ。バイトでもしていれば話は別だろうけど……今のところ、その予定もない。一番時間を要するだろうラン〇シリーズを初代からぶっ通しでプレイする試みも、エリザがいるから出来ないし。いや、やろうと思えばできるんだけど、俺がゲームしてるとエリザが近くに寄って来て興味深そうに見学するんだ。で、ウフフ♡なシーンになると顔を真っ赤にして『あわわ』とか『ひゃわぁ……』とか初心な反応してるんだけど、その内『うん。うん……そっかぁ、こうやるんだ』『すごい体勢……うん、がんばる!』『こ、こんなこと……あ、わたしいける。幽霊だからこれいける』みたいに架空の眼鏡をクイクイしながら頷くエリザちゃんマジ勉強家。その手の知識をエロゲ―で学ぶことのリスクは高すぎるので、エリザの前ではやならないようにしてる。エリザの性知識に壁尻とか地球姦とかがインストールされたら、俺、罪悪感で自害しちゃうよ……。
というわけで、暇だ。
無為に時間が過ぎていく。こういう時、意識高い系の人は自分磨きの為に勉強したり、体を鍛えたりするんだろうけど……俺みたいなデリケートな人間が急に自分磨きとかしちゃうと悪い意味で覚醒して、急にインドにヒッチハイク旅行とかに行っちゃうんだ。んで、プラーナだけ摂取して生活する仙人みたいなヤベー人になるんだ、知ってる。
「うーん、ごろごろ」
太陽の光が当たって温かくなった畳に寝転がる。
ごろごろで思い出したけど……最近、4文字系のタイトルの漫画とか減ったよな。けい〇んとか、そふて〇とか、が〇ぐるみたいな。一時期は多すぎて食傷気味だったけど……いざ無くなってみれば寂しい。勝手な言い分だけど。
あれ、4文字だけで内容をある程度想起させるタイトルだから、結構センスとかいるんだよな。今が逆にクッソ長文タイトルで内容を説明するみたいな風潮だから、逆に短いのが恋しい。でも、ブームってループするもんだから、その内また4文字系のタイトルブームがくるかもしれない。
「ごろごろ!」
うん、なかなか語呂がいい。ゴロゴロだけに語呂がいい。勝手なイメージだけど、4文字系のタイトルって女子高生がなんやかんやする話が多いと思う。ごろごろ……そうだな、ただごろごろするだけの部活をテーマにした4コマはどうだろう。やまもオチもない。部活存続の危機!とか大会!みたいなピリッとした展開もいらない。ただ女子高生(女子中学生でも可)が部活でごろごろするだけの話。読者も同じようにごろごろしながら何も考えずによめるそんな漫画……でも百合はある。当然だよな。まあ、百合値は匂わす程度かガッツリ(作中に男が存在しない。なんなら両親ともに女)系かどうかは作者に任せる。なんなら青春過〇シスターズみたく、女性キャラ同士が結婚する展開も許可するッ! そんな百合日常物を――
「たつみくーん。クッキーできたよっ。はい、あーん」
「あーん」
チョコクッキーか。美味い。この間食べたヤツがちょっと甘すぎたけど、今回のはほどよくてよい。エリザさん、日常の中で成長してるわ……!
「……よし! これくらいの甘さがいいんだ。よしよし……えへへっ」
えっと何考えてたんだっけ。クッキー? クッキー☆?
それにしても今日は暑いな。エリザがいるからまだ部屋の中は少し涼しいけど……外は地獄だ。暑すぎて外の景色歪んでるし。
こんな暑い中、外で働いてる人がいるんだよな。マジで頭が下がる。将来俺も就職したら、仕事によってはこの暑い中をスーツ着て歩き回ることに……いや、やめよう。考えるだけで気が滅入る。
でも仕事でもないのに、この暑い中で歩いている人がいたら、その人は間違いなく狂人だな。子供だって遊んでない。目に見える範囲に麦わらロリとそのパパが日にビニールプールで遊んでるけど、あれはノーカンだな。パパのブーメラン水着の角度えぐいな……。
麦わらロリの白ワンピース水着よりも目が行くパパのえっぐい角度の水着に注目していると、突然目の前の窓が開いた。
「はーい一ノ瀬さん!」
ガラっと窓が開き、ムワッとした熱気が入って来た。
次いで出てきたのは大家さんの顔。
「いっちのせさーん! 野球しよーぜ!」
狂人がここにいた。
このクソ暑い中、いつも着てる和服に野球帽を被って、バット(先端にグローブ)を持ってる大家さんの姿は間違いなく狂人にしか見えなかった。
「お、大家さん……このクソ暑い中、何やってるんですか?」
「野球ですよ野球! 野球やりましょう! 一緒に甲子園を目指しましょう!」
「大家さん、この暑さで頭が……」
「レッツベースボール!」
可愛そうな大家さん。全ては夏の暑さのせいだ。
お の れ な つ !
「さあさあ! やきうの時間ですよおおおお! 一ノ瀬さんがキャッチャーで私がピッチャーです! いわゆるバッテリーってやつですね。あ、ちなみにバッテリーって夫婦に例えられるらしいですね! ……言ってて恥ずかしくなってきましたよ! もうもうっ!」
と言いながら、バットをブンブン振り回す大家さん。
顔は真っ赤だし、目がグルグル目になっているからこれは間違いなくヤバイ。
狂人! 無敵! 最強!
そんな2文字×3行を背負っている――!
「あ、大家ちゃんだ。おはにゃー」
フワッと俺の横までやってきたエリザが両の手を猫っぽくして挨拶をした。
「あ、エリちゃん! おはにゃーでーす!」
対する大家さんも奇しくも同じ構え……! かーわーいーい! 何それ流行ってんの?
「エリちゃん! エリちゃんも野球をトウギャザーしませんか!? エンジョイベースボールッ! カモンカモンッ」
「え、えっとぉ……た、たつみくぅん……」
尋常でない大家さんの様子に、縋るような視線を向けて来るエリザ。
確かに怖い。繁華街とかに居たら、間違いなくその道を迂回しちゃう感じのヤバイ人だ。
だからと言って放っておくわけには行かない。
「エリザ」
「う、うん!」
「水持ってきて」
「りょ、りょーかい!」
■■■
「……ご迷惑をおかけしました」
エリザのお陰で涼しい部屋の中、髪の毛から水を滴らせた大家さんが綺麗な土下座を決めていた。
俺が水をぶっかけた結果、正気に戻ったのだ。いつもお世話になっている人に水をぶっかけるととかご無体な行為に拒否感は働いたが、大家さんの命の為、、そしてぶっかけという稀有な行為に対する希少さのお陰で何とかクリアすることが出来た。
「いや、ほんと。自分でも何であんな凶行に走ったのか……部屋を出たところまでは覚えてるんですけど、出てから暫くしたら頭がボーっとして……」
「暑いですからね、今日」
この暑さだ。
若さゆえの過ち――ならぬ暑さ故の過ちに走る人がいてもおかしくはない。
「ごめんなさい……あぅぅ、恥ずかしい。穴があったら入りたいです……」
「も、もういいよぉ! 頭上げて! はいゴシゴシするから!」
「エ、エリちゃんっ、じ、自分でできますからっ!」
大家さんの背後に回ったエリザがタオルで大家さんの頭を拭う。
恥ずかしいのか体を捩る大家さん。
「もうっ、ジッとして! 風邪引いちゃうよ!」
「エリちゃぁん……一ノ瀬さんの前で恥ずかしいよぉ……」
「だーめ!」
「あぅ……く、くすぐったいです……くふふっ」
「んもうっ、動いちゃだーめ!」
「にゃっ!? え、エリちゃんっ、そ、そこは拭かなくていいからぁ……」
母性全開のエリザに対して、大家さんはモジモジ。そんな光景を近距離パワー型の射程距離で眺める俺はアラアラ。いいですわぞぉ~。実にいい光景ですわ! あぁ~寿命が延びる~。
百合の花粉が舞って舞って……このままじゃ花粉症になっちゃいますわ!
『病気か?』
病気じゃい! 百合厨の病気じゃい! 不治の病じゃがなんか文句あんのか!? ええおい!?
『い、いや……ない。お、お大事にの……』
茶々を入れて来るシルバちゃんを撃退したところで、大家さんの髪を乾かしきったエリザが大家さんから離れる。クソッ延長はいくら払えばいいんですの!?
「で、大家さん。一体どうしたんですか? 野球がどうとかって」
夏の暑さにとち狂っておチームメイトにでもなりにきたのか。
それとも今回野球回なのか? 水着回や温泉回の前に野球回がくるとか……大丈夫かこの作品。確かに呪術回戦やハルヒ、angelbeat、サムチャン、イカ娘みたいな名作には野球回は付き物だけど……。
「いやぁ、朝から家で名作野球漫画を読んでたんですけどね。読み終わったら、こう……ぶわぁっと胸の内から出てきたんですよ」
タオルを干したエリザが割り込んでくる。
「ぶわぁ? 胸から? ……エイリアン?」
「エリちゃん違う。フェイスハガーじゃないよ」
「……トレマーズ? それともグリード? あ! サメだ! シャーク! しゃぁーく!」
両手をサメっぽくパクパクするエリザ。
「ううん違う。違うよエリちゃん。大家ちゃんの胸からそんなの出ないよ? ちょっと静かにしててね」
「うん分かった。お茶入れて来るね。冷たいの」
そう言ってエリザはフワッと台所に向かった。
大家さんエリザに対しては真面目に年上ぶるんだよな……。
それにしても美少女同士の会話とは思えん会話だったな……。
「で! ですよ! 胸の内から出てきたんです! ……うわぁ野球がしたい! 白球を追いかけて、汗を流して、メイツと絆を深めたい、と! あの暑い夏! 仲間たちと駆け抜ける日々! ……一ノ瀬さんならこの気持ち、わかってくれますよね?」
熱く語っていた大家さんだが、途中で不安そうな表情で上目遣いに見てくる。
大家さんの言っていることだが、正直――分かる。分からざるをえない。
漫画やアニメに没頭した後に、まだまだその世界感に浸りたいという気持ち。大いに理解できる。異能バトル系の作品で、もし自分が能力者だったら……とかな。大きな声では言えないが、実家の押し入れの中にはその手の自作設定本がいくらでもある。ああ、制約と誓約ガチガチにした特殊条件下ツヨツヨ能力を考えるのは楽しんじゃ~。ほんと楽しいんだわ。今は呪術廻戦でオリジナル術式主人公考えてるとこ。何歳になってもやめられねぇ~とまらねぇ~。でも気を付けないと、最強主人公作ったはずなのに、途中で原作主人公がチート気味にツヨツヨになって方針転換せざるをえないこともあるから二次創作の作者さんは注意ね。……ネギくん、きみのことだよ。
という心の内を発するには時間がないので、シンプルに。
「まあ、めっちゃ分かります」
「ですよねー。一ノ瀨さんならそう言ってくれると思ってました! もうっ、嬉しくってぎゅーってしちゃいます!」
よっぽど嬉しいのか、腕に抱き着いてくる大家さん。
半袖だから露出した俺の腕に大家さんの汗でしっとりとなった服とかその下にある柔らかい物体が押し付けられて……その部分の感覚を覚えとく為に皮膚を敏感にしたから、そこだけ明日筋肉痛になるわ。
『化け物かな?』
「んんっ。それにしてもそこまで大家さんを熱中させるなんて……何て漫画ですか? 正直気になります」
ここまで熱中するからには相当な名作漫画なんだろう。
タ〇チとかおおきく〇りかぶって、ダイヤの〇、MA〇ORみたいな王道メジャー漫画だろうか。それともちょっとマイナーな忘却バ〇ッテリー、駆け〇大空とか? 個人的にはちょっと邪道かもしれないけど、湯神〇んとかはじ〇ての甲子園とかもアリだ。ちょい古いけどあ〇さんとか逆境〇インとか……うーん、読めない。大家さんをそこまで燃えさせた作品……この一ノ瀬の眼を持ってしても見抜けぬ!
「ドラ〇ースです」
読めんわ。いや、いい作品だけども。エーモ〇ドとか好きだったけども。
「ポコえ〇んの生きざまには憧れましたよね~」
「そうですか」
「そういうわけで読み終わって野球熱に侵されて部屋を飛び出たら夏の暑さにやられてあんなご無体を……えへへ。ごめんにゃん!」
クソ! 許す!
だって可愛いもん! 猫謝り可愛いもん! 多分
『一ノ瀨さんの家燃やしちゃった。……ごめんにゃん!』
って言われても許しちゃう! それくらい可愛いもん! くっそ、可愛いってマジで正義だなオイ! 俺も生まれ変わったら可愛くなりてーなぁ! 『一ノ瀬・C(可愛い)・辰巳』って名乗りてえよねぁ! 美少女であることを盾に無双したぇねぉ!?
『どういう発音?』
めっちゃ舌巻く感じで。あと美少女になり切って。
「で、野球しません?」
「正気に戻ってもまだ言うんですか……」
どんだけ影響受けてるんだこの人。
「い、いやいや誤解しないでください! 私だって流石にこの暑い中、外で野球をしようなんて言いませんよ、もうっ!」
「はぁ。じゃあ、何ですか? 野球盤でもしようって言うんですか?」
「それも考えたですけど……じゃーん!」
そう言って大家さんが取り出したのは……ゴーグル。
「VRですよ一ノ瀬さん! VR野球で……エンジョイベースボールです!」
この後、めっちゃVRをエンジョイした。
■■■
「いやぁ……楽しかったですねぇ」
「うん! 凄かったよー! ドーンって! カキーンって! ファーって!」
「VRのゲーム初めてしたけど……想像以上に凄かった」
いやぁ、臨場感ハンパねーわ。正直舐めてた。テレビとかで芸能人がVRゲームの体験してワーキャーするの見て鼻で笑ってたけど……実際凄いわ。画質とか色々気になる所はあるけど……ゲームの新時代って感じがした。こりゃ、これから先、VRゲームが覇権をとるな、間違いない。世は正にVR時代って感じだわ。時代の分岐点にいる、そんな感じ――。
「ふぅ……何やかんやで体も動かしたし、腹減ったな」
時計を見ると既に時間は12時だった。そりゃ腹も減る。
「わっ、もうこんな時間だ! わたし、ごはんの用意するね!」
ゴーグルを外したエリザが台所へ向かおうとする。
「おっとエリちゃん。ストップです。今日は私が作りますよ。お邪魔しといてただ遊ぶってのもアレですからねー。今日は大家さんが腕のよりをかけてお昼ご飯を作っちゃいます!」
エリザを引き留めた大家さんが腕まくりをしつつ、ウインク。
「んーん。大家ちゃんお客さんだもん。ゆっくりしてて!」
「いやいや。普段、エリちゃんは一ノ瀬さんのごはんを作ってるんですから。今日くらいは私に任せちゃってください!」
「そういうわけにはいかないよ。辰巳君のごはん作るのはわたしの仕事だもん!」
「仕事かぁ。仕事ならしょうがないかぁ……なんて納得する私じゃないです! エ、エリちゃん? ほら、年功序列って知ってます? ここは私――いわゆる年上であるところの私の言うことを聞くのも社会の常じゃないかと、大家さん的にはそう思うんですよ?」
「えぇ……でも大家ちゃん――歳でしょ? わたしの年齢生きてた時と合わせたら……えっと、あれ? この場合、どっちが年上なの?」
「もぎゃああああああ!? い、今! わ、私の年齢! い、一ノ瀬さん!? 聞いてないですよね!? いや聞いてたら一ノ瀨さんの記憶を何とかして消して私に都合のいい存在しない記憶を埋め込みますけど!?」
大家さんが何らかの術式でで俺の記憶を消しそうで怖い。実際聞こえてなかったので、首を横に振る。
どうやら大家さんのリアル年齢を聞くのはタブーらしい。いや、エリザは知ってたようだし……俺に知られるのがまずいのか?
「と、と――とにかく! 今日のお昼は私が作ります! これは大家さん命令です!」
「えー! そんなのズルい! だ、だめだよ! 辰巳君のごはん作るのはわたしの特権だもん! わたしだけの特権なんだもん! とっけんとっけん!」
「特権か。とっけんなら仕方ないかぁ……って納得する私じゃないんですよ! ていうか、こういう時しか私の家事スキルをアピールできないんです! エリちゃんといえど、ここは譲れません!」
「む、むむー!」
「ぐ、ぐぬぬー!」
ウフフ、美少女同士の争いって何でこんなに尊いんだろ。
飛び散る視線の火花をオカズにごはんがススムくん♪
「きしゃー!」
「ぐにゃー!」
ウフフフフ……顔突き合って威嚇しあうのかーわいい。
それ行け! もうちょっと近づけ! そーれキッス! キッス! キッスから始まる恋もある♪ 芽吹けや芽吹け百合の花♪
「ぐるるるる!」
「うにゃにゃー!」
……おや?
「私が作るんです!」
「わたしが作るの!」
……んん?
「私です!」
「わたし!」
……あれ?
これ、どうやって収拾付けるの? 何か、微笑ましい視点で見てたけどこれ……収まる様子ないな。想像したくないけど……ガチな喧嘩になりそう。いやじゃいやじゃ! こちとらアイドルアニメのメンバーの仲が深まる為の前座としての喧嘩すらいやなんじゃい!
あれか? 定石通り『じゃあ俺が』って出ればいいのか? 『どーぞどーぞ』ってなるか? いや、それで済む状況じゃねーなこれ。
昼飯を作る役とかいう小さな火種だけど……いつの間にか大火事になってる。このまま燃え広がれば……2人の間に咲いてる百合の花が――燃える!
「あわわ……」
ど、どうすればいいんだ? ここで俺に出来ることは一体なんだ……。
あれか? 2人の間に燃えてる炎に飛び込んで自らを捧げよとか、そういうブッダ的エピソードに習うべきか? でも喧嘩に対して宗教的要素を持ちだすと更に燃え上がりそうだし……困ったぞ!?
「ぐ、ぐぬぬ……エリちゃん……!」
「むぅ……大家ちゃん!」
い、いかーん! このままじゃ! 伊〇誠の二の舞になってしまう!
アニメ版はクリスマスシーズンに流れるし、2人のバトルはミニゲームになっちゃうし、擦られまくっちゃう!
こ、こうなったら――2人の争いを止める為の舞いを奉納するしかないのか!? クロネコさんもシロネコさんもみんな毛並みはイロイロだけど素敵なんだ! けんかはやめて、あらそわないで! みんな素敵じゃダメなの!?
「エリちゃん!」
「大家ちゃん!」
だ、だめだ! このままじゃこの部屋に――血の雨が降る!
俺に出来ることといったら、2人が出来るだけ物理的な怪我をしないように、ローションをぶちまけることくらい……。べ、別にキャットファイトを盛り上げようとしてるんじゃないぞ!?
「エリちゃんッ!」
「大家ちゃんッ!」
くそっ、どうしてこうなったんだ……俺はただ、仲のいい2人の少女を眺めていたかっただけなのに……畜生!
今まさに掴みかからんとするとする2人の少女。
それをただ眺めることしか出来ない1人の無力な男。
無力な男はただ、カメラを構えていることしか出来ない。
「エリちゃんッッ!」
「大家ちゃんッッ!」
ぶつかりあう2つの魂――あとは流れでよろしくお願いします。
大家さんが気迫を込めた表情でエリザを見つめる。
対するエリザもその強い視線を受け止める。
「住民同士のマジ切れはご法度。こうなったら――料理バトルで決着をつけるしかないですね!」
「負けないんだから!」
何か分からんが、そういうことになった。
……いや、そうはならんやろ。
次回は料理回です。




