何が狐だよ! 狐ンニしろオラァァァ!
俺の更新速度がおかしいって……遅すぎるって意味だよな?
「やれやれ、昨日は酷い目にあったな」
金髪ロリメイドことタマさんの襲撃の翌日。
遠藤寺やデス子先輩との予定もなかったので、外をぶらつきながら昨日のことを思い出していた。
あれからほんと大変だった。
予定通り遠藤寺と飲み歩きにいったわけだが、タマさんのせいでボロボロになった服を着替えさせてもらえなかったから『EDJとこんな格好で街中を歩くなんて頭がフットーしそうだよおっっ』的な羞恥プレイで、周囲の視線が恥ずかしくてまともに頭上げて歩けなかった。どんな顔して明日から商店街歩けばいいわけ? もういっそ仮面でもつけて出歩くか? 一ノ瀬仮面になっちゃう?
で、羞恥プレイを終え家に帰った俺を待っていたのはエリザの質問責めだった
『おかえ――どうしたの辰巳君!?』
『ふ、服がボロボロ……風邪ひいちゃうよ!?』
『ちっちゃい傷がいっぱい!? な、何で!? かまいたち!?』
『恐怖の殺人トラックに襲われたの!?』
と、この間見たクソB級映画に出て来るマシーンに襲われたと思ってパニックになったが、金髪ロリメイドに辻斬りされたなんてとてもじゃないが言えないので、野良の河童に相撲を挑んでボコボコにされたと言ったら
『何だぁ河童さんかぁ。だったらしょうがないね』
と幽霊的に納得されたので、エリザに対して何かあっても人外ネタで押せばゴリ押し出来ることを知った。
最近、幽霊仲間やら妖怪とかに会ってるらしいしな。色々麻痺してるんだろう。
その後、ボロボロになった服を脱がされて、薄っすら傷の残った体を消毒され
『もー、辰巳君はしょうがないなぁ。男の子ってわんぱくなんだから……えへへ。なんかわたし、お母さんみたい』
とニヤニヤしながらお母さん風を吹かすエリママは、やたら可愛い絆創膏を俺の体に貼りまくって、ボロボロになった服をそのまま雑巾にリメイクし始めた。お母さんモードに入ったエリちゃんに放置されたので、仕方なく自分で服を用意しようとしたら、ノックと同時に大家さんが部屋に入って来て
『キャー!? 一ノ瀬さんのエッチ! ……いや、これはほんとに、うん。アリですね。……すいません、ちょっと創作意欲がわいてきたので、帰ります』
と言って1分ほど人を視姦した後、帰った。何しに来たのあの人。
それから雪菜ちゃんから
『忍者が出て来る漫画を教えてください。私はそちらの方には詳しくないので。本と言ったら漫画しか読まない兄さんにしか頼めないので。5分以内に返答してください』
とかメールが来たので忍者〇と極道と忍ペンま〇まるを勧めておいた。
漫画なんて読まない雪菜ちゃんが一体どういう風の吹き回しだろうか。しかも忍者一択。もしかしたらそろそろ将来の進路を考え始めたのか。でも忍者で食っていくのは大変だろうが……あ、でも現代に蘇った美人くノ一がやってる忍者ショーとか俺だったら週3ペースで見に行くな。
とまあ……そんなことがあったのだ。
ほんと大変な1日だった。
ほんと流石星座占いで12位だっただけある。
“不運”に”踊”っちまった1日だったよ、とほほ。
『金髪レズロリメイドと知り合いになれてハッピーとか思っとる癖に。何がとほほじゃ』
人がモノローグでも言ってないマジ本音を見抜かないでくれないかなシルバちゃん。
『お主のキモイ思考を常にぶちまけられる妾の方がとほほじゃ、まったく』
勝手に人の心に中に住んででその言い草。……なかなかメスガキの素質があるな。
褐色人外ロリメスガキかぁ……ええやん。
『うっ、やめい! 妾を汚らわしい思考で汚すな! ハゲを進行させるぞ!』
いい感じのセリフ! メスガキポインツ!
『こやつ無敵か……』
心の中にメスガキがいる。そう思うだけでで人生が色鮮やかになる。
一家に一人メスガキの時代が来るのも、そう早くないかもしれんね。
大メスガキ時代の到来を予感しながら歩いてると、いきなり進行方向にある電柱からにゅっと手が伸びてきた。
「……こんこんこん♪」
伸びてきた手が狐を象り、ぱくぱくと口を開く。
野生の手狐だ。初めて見た。
「ちょいとそこを歩くおにーさん。こっちこっち。おいでおいでぇ」
「えぇ……怪し過ぎ」
やり方が子供を狙う変質者のそれだし。
近づいたら下の狐見せつけて来るんでしょ? ほーらFOXだよぉみたいに。
「怪しないでぇ。なんもせんよぉ。ほぅら、こっちこっち。こんここーん♪ ええもんあげるでぇ」
「ほんとにぃ?」
「ほんとほんと。狐は嘘つかんから。だからこっちこっち」
手狐がカモンカモンしてる。
うーん上手い。まるで本当の狐みたいな動きだ。まるで狐博士だな。狐博士かマジの狐じゃないとこの動きは出来ない。
「可愛い可愛い狐さんやでぇ。コンコン♪ おいでぇ♪」
「エキノコックスとか感染らない?」
「誰が病気持ちやねん。次それ言ったらマジで殺すからな」
割とガチめに切れた様子で、手から先がにゅっと出てきた。
おおよその人が予想していた通り――タマさんだった。真の姿ではない、偽りのナイスバディ金髪メイドだ。
「んんっ。――わっちやでぇ♪ おにーさん元気ぃ?」
あざとくスカートの端をもち上げながら、これまたあざとい笑顔を向けて来るタマさん。
まさか昨日の今日で現れるとは思わなかった。もうちょっと数話空けてからくるもんだとばっかり。
タマさんが近づいてくる。
「……」
その分だけ俺は距離を離した。
「え? な、なんで離れんの?」
本気でショックを受けた顔のタマさん。
「いや、何でとかじゃないし。今度こそ俺を消しに来たか?」
改心したと思ったこれだ。ほんと妖はこれだから――ウチのエリザを見習えよな。
俺は美咲ちゃんを呼ぶ笛を構えた。昨日の晩行ったイメージトレーニングによって、笛を吹くまでの動作が0.3秒縮まった。これで無様に笛を奪われることはない――!
「ちゃ、ちゃうって! 待って待って! 誤解せーへんとって! 言ったやん! お礼しに来るって」
「お礼参りか」
「だ、だからぁっ、そういうんじゃなくてぇ」
ふらふらした足取りで近づいてくる。
「おっとそれ以上近づくな! 調伏すんぞ!?」
「ちゃ、ちゃうってばぁ……ひぐっ」
バタバタ手を振り回していたタマさんが、顔をくしゃめた。目の端に薄っすら涙が浮かぶ。
成人した女性が泣くの初めて見た。いや、中身は子供なんだけど。
<泣~かしたな~かした、いけないんじゃぁ。先生に言ってやろ~>
やめてよシルバちゃん! マジで嫌な記憶蘇るから! 終わりの会で四面楚歌はほんとにキツイ! 全員援護攻撃スキル持ちだから、ずっと向こうのターンだし! ……いかんいかん、これ以上黒歴史を思い出すと心が壊れる――。
「ほ、ほんとにぃ、お礼しにきただけやのにぃ……ぐすっ、お、お嬢さんとのこと、おにーさんのおかげでぇ……」
くっ、このままじゃ本格的に泣かれる!
信じて……いいのか? ええい!
「分かった分かった! 信じるから!」
「……ほんとぉ? わっち悪い子ちゃう?」
「いい子いい子。タマさんはよいメイド」
「……えへへ。わっちええ子」
子供のようにはにかむ。
情緒不安定だな。これだから見た目と年齢が一致しない妖怪は……実際何歳なんだこの人。
「――んんっ。はい! というわけで改めてわっちやでぇ! 元気してたおにーさん?」
メイド喫茶のメイドさんみたいに、あざとく可愛らしいポーズをとるタマさん。
「お陰様でな」
「わっちも元気やでぇ。お嬢さんともすっごい仲良うなれたしな。昨日も久しぶりに一緒にお風呂入れて……んふふ」
クッソ羨ましいなおい! 俺が幽霊だったら距離も壁も無視してその光景を目撃できたのに。尊い光景過ぎて成仏しそうだが、それはそれで素晴らしいTrueED(終焉)だわな。
「それもこれもおにーさんのお陰。ほんとありがとうなぁ」
スススと近づいてくるタマさん。
「あと服ダメにしてごめんなぁ! 今度お給金入ったらちゃんと弁償するから!」
手を伸ばせば届く距離でバッと頭を下げるタマさん。メイドだけあって綺麗な所作だ。惚れ惚れする所作とついでに胸元から豊満なおっぱいがちらりして辰巳君大勝利! 未来へレディ・ゴーッ! ……いや、待てよ。この姿はあくまで変化したものだから、この胸は偽物……でも幻じゃなくて実際の肉体ではあるからある意味本物ではあって……うーん、学会の返答待ちかな。
「弁償は別にいいよ。そんな高いものでもなかったし」
それに服の死は無駄ではなかった。新しい命として生まれ変わったんだから……。
『転生したら雑巾だった件』
いいじゃん。エリザに使われるんだし。んでボロ雑巾になるまで酷使されるとか、羨ましい限りだわ。
「で、でもぉ……」
「いいって。親友のメイドさんから金は受け取れんわ」
ここで友達の友達は友達式を用いて、親友のメイドは俺のメイド論を披露しようとしたが、失敗すれば好感度爆下げなんで自重した。分の悪い賭けは嫌いじゃないがな。
「……うぅん、ほんまおにーさん優しいなぁ。やっぱりわっちの眼に間違いなかった、うん。これはもう……決まりやな」
「何か言った?」
「なんもないでー。おっと、そうや。コンコン♪」
可愛らしい咳ではなく、鳴き声的なものをあげると、ボフンとタマさんが煙に包まれた。
煙が晴れるとそこには――金髪ロリメイドがいた。
「え、何でその姿に? いや、そっちが本当の姿だからおかしくはないんだろうけど……確かその姿って見られちゃいけないんだろ?」
そんなことを言ってたはず。狐の掟だかなんだかで、真の姿は家族にしか見せちゃいけないはず。
俺は見てしまっていたわけだが、掟的に家族以外で見せた場合、どうなるんだろう。
「うん、あかんでー。でも今、他に人おらんし」
耳がぴょこぴょこ動く。
「うん。暫く誰も通らんからな。だからえーねん」
「俺俺」
詐欺みたくなってしまったが、ここに俺がいる。小学校の時のクラスの皆達の連携技『今日一日一ノ瀨透明人間』が発動した気配はないし。
「おにーさんはええねん。あ、あとお嬢さんもな」
「遠藤寺は分かるけどさ。家族だし?」
「そうやでぇ。お嬢さんはわっちの大切な大切な家族。一緒に暮らしてるし、お風呂とかお布団もお墓にも一緒に入るちょー仲良し家族やで♪」
そのちょこちょこあるお墓アピールが怖い。つーか重い。墓石だけに。
『お主のジョークはぼちぼちといったところじゃな。墓だけに』
「で、おにーさんはぁ……んふふ♪」
「え、なに? 怖いんだけど」
くすくす笑いながら、近づいてきてぴたりと体をくっつけてくる。
そのまま手を狐にして、コンコン言いながら体を突いてくる。どういう行動?
「んふー。まあまあ、いいからいいから、気にせーへんといて。おにーさんはわっちのほんとの姿見てもセーフやねん」
「家族じゃないのに?」
「ちゃうでー。……今はな」
「何か言った?」
「言ってへんでー。ところおにーさん――異種婚ってどう思う?」
異種姦?
いきなりヤベーこと聞いてくるなこの狐メイド。
どうもこうも……大ちゅき! それ系のエロ同人ゲーでしか抜けなくなった時期があるくらいには好き!
が、そのまま返答したらドン引きだな。そもそも質問の意図が分からん。それともあれか? キツネ業界では雑談感覚でヤバめの性癖を語るのか?
狐A「俺さぁ、最近丸呑み系にハマっちゃってさぁ」
狐B「お、そっち系イける感じ? だったら寄生とかどうよ。可愛い女の子がエグい魔物に寄生されて悶えるところかさぁ」
狐A「やっぱエキノコックス持ちは言うことが違うな」
狐B「うるせー熊にでも丸呑みされてろw」
みたいな?
タマさんが恥かくの可哀そうだし、その内、人間界の常識教えてあげないとな。よっぽど仲良くないと性癖トークなんて切り出したら、縁も切られるぞって。
『いきなり縁切られるたら、えーんと泣いちゃうのぅ』
……。
『黙るでない。は、恥ずかしいじゃろ』
えっと何だっけ。異種姦の話だよな。
「どうもこうも……好きですが」
あ、やっべ。濁すつもりが、本音が……出ちゃったァ!
やっぱ好きな事は偽れないよね。
「そっかぁ。やったらよかったわぁ」
タマさんは心底嬉しそうに笑った。
狐にした手の頭に当たる部分を俺のお腹に擦り付けて来る。
「いや、ほら。何やかんや、そーいうのって受け入れられへん人も結構おるわけやん? やっぱ人は人、獣は獣、そこ踏み越えるはちょっと……みたいな? おにーさんがそっちの人やったらまあ……諦めはせーへんけど、手間が増えるなー思って。ん、でもよかった。はぁ、ほんまよかったよかった」
「これどういう話?」
「ええからええから。面倒ごとが減ってよかったって話やでー。うりうり」
さっきからくすぐったいな。つーか距離近くね。
昨日はあんだけお嬢さんから離れろーみたいに拒絶しといて、翌日にこれとか……やっぱ狐だからか。距離感が動物的なんかね。
今気づいたけど……タマさん、いい匂いするなぁって思ったら遠藤寺と同じ匂いだわ。同じシャンプー使って……つーか一緒にお風呂入ったって言ってたか。俺も遠藤寺付きのメイドになりたいなぁ。
『そこは執事では?』
いや執事とか可愛くないじゃん! 俺は可愛いメイドさんになりたいの!
それに執事は一緒にお風呂入れないし。メイドさんだったら一緒にお風呂入ったり、ごはんあーんってしたり、お布団温めときましたーって一緒に寝たりできるわけじゃん。ほんと、シルバちゃんは分かってない。ほんとダメ。ダメ褐色ロリババア。
『次わっちの所に来たら、グーで殴る』
タマさんの手狐ちゃんがちょっと俺の際どい所をグシグシしだしたところで、何かを思い出したのかタマさんが自分の懐に手を入れた。
「せやせや。お礼の品忘れとったわ。これどーぞ」
そう言って布で包まれた何かを渡された。布がデフォルメされた狐柄でちょっと可愛い。
これはもしや……。
「わっち特製のお稲荷さん♪ 残さず食べてなー……わっちの分も」
スンっとタマさんの表情に影が落ちた。……ああ、イナ禁中だからか。
好きな物を我慢すると辛いよな。わかるってばよ。
でも逆に考えれば、我慢して我慢した先に――
「ふ、ふふふ……1か月我慢して食べるお稲荷さん……どんな味なんやろうなぁ。きっと食べた瞬間に頭がバカになっちゃうんやろうなぁ……ふへへ」
フフフ、慰める必要もなかったか。
ま、助言するとしたら失禁してもいいようにお風呂場で食べなよってくらいかな。
「おっと、あかんあかん。そろそろ帰らんと。夕飯の買い物に行く途中やったわ」
気が付かなかったが、よく見ると買い物かごを持っていた。
「じゃ、わっちもう行くな。ほんとありがとうなおにーさん! あ、今度ウチ来たらわっちが腕によりをかけてごはん作るから!」
「あー……うん、楽しみ」
お稲荷さん尽くしか……もしくは見た目普通の料理で味が全部お稲荷さんか。
大穴で全部の料理をお揚げさんで包んだ料理とか。
「むむっ、今の間はなに? 言っとくけど、わっちめっちゃ料理上手いからな。あ、掃除とか洗濯もやで? あとあと! マッサージとかも上手やねんで? あとまだ勉強中やけど男の悦ばせ――」
めっちゃ軽いノリの就活?
いきなり自分の長所をアピールしだしたタマさんは、暫くアピって満足したのか去って行った。
足取りが軽く、尻尾もゆらゆらしてたから機嫌がよく見えた。
「さて、この稲荷寿司だが」
ちょうど小腹も空いたし、早速頂くことにしよう。
稲荷寿司にあそこまで執着するタマさんの手作りだ。そりゃもうさぞ美味いのだろう。
では頂きます。ぱくり。
「うん! ……うん?」
これは……うーん。
『何じゃ気になるの。わっちに味覚を貸せ』
醤油感覚で人の五感パクらないでくれます?
『こ、これは! ……うーん? うむむ……うん?』
「不味くは……ない」
『うむ。決してな。美味い。美味いが……こう、なんじゃろう』
俺とシルバちゃんは2人して首を傾げた。
こう、何というか……例えるなら、そう――
「エース用にチューンし過ぎて一般兵じゃ扱えなくなったモビルスーツみたいな味?」
『それじゃ! いや、賛同しといて何じゃが、味の表現としてはサイテーじゃなお主』
ごめん。俺はタマさんが去って行った方向に向かって頭を下げた。
多分これは俺のせいだ。俺の舌のランクが低いせいだ。いつか舌のレベルを上げてもっと気の利いた感想を言うから。
夏休みのある日、俺は誓ったのだった。
■■■
一ノ瀬辰巳が誓いを立てた頃、少し離れた電柱のてっぺんにタマはいた。
妖力で強化した視力で常人では捉えられない距離にいる一ノ瀬辰巳の姿を見ている。
「はぁ……よかったぁ。食べてくれてんなぁ……んふふ。美味しい言うてくれたかなぁ」
一ノ瀬辰巳を見つめる表情は、恋する乙女のそれだった。
「ほんま……ええ人見つけたわぁ。いや、ほんと。お嬢さんの所離れたないから、実家に戻ってコン活するのも出来へんし、つーかそもそも同族と結婚するのも嫌やったし」
狐……というより、コミニュティに籠った妖怪族特有の閉鎖的な空気が嫌いだったタマは、早くに里を飛び出していた。
子供の頃から外への憧れが強く、同族との見合い話が出たその晩、タマは家出をした。
まだ幼く、人間界に対して憧れめいた盲目さを持っていたタマは、当然のように行き倒れた。秒で行き倒れた。
そんな彼女を拾ったのがまだ幼い遠藤寺だった。彼女を拾い、上手いこと大人を言い包めて、家で雇うように仕向けたのだった。彼女の遠藤寺に対する強過ぎる愛情はそういった理由で培われたのだった。
「わっちは本当に運がええわぁ。まさかお嬢さんの親友が運命の相手やったなんて……えへへ。おにーさんに会ってええ事ばっかりやわぁ」
主に隠していた秘密がバレ、そして事も無げにそれは解決した。
お陰で本当の意味で主である遠藤寺に仕えることが出来るし、心の壁が取り払われ精神的な変化があったのか、変化の術もまた一つ上の段階に至った。具体的に言うと、肉体だけでなく、着ている物も変化させることが出来るようになった。ここ数年、変化の能力に限界を感じていたが、まさかここで新たに成長するとは思ってもいなかった。
「こんなん運命感じるしかないわぁ」
タマにとって人間は主である遠藤寺とその家族、あとなんか他人……くらいの区分しかなかったので、この出会いは衝撃的だった。
主に出来た初めての親友。今まで主の近くに現れた悪意ある人間とは違う、純粋に友人として接する人間。
そんな彼を個人的な嫉妬で攻撃し、それを事も無げに許す度量。
「しかもめっっっちゃやさしー!」
自分のことを許し、服も弁償しなくてよいと言ってのける寛大さ。
「お嬢さんからわっちのこと庇ってくれたし!」
メイドをクビにするという自分にとって死にも近しい沙汰を覆してくれた。
あの時点で既にタマの心はほぼ決まっていた。
「あと……わっちよりも強い、あんなん初めてやった」
彼は決して反撃をしてこなかった。自分の連撃を軽く捌くだけの力量がありながら、決して自分を傷つけようとしなかった。
それほどまでに実力差があったのだ。
基本的に動物であるだけに、本能的な部分で自分より強い相手に好意を抱くのは当然であった。
とまあ、色々な面が重なり好意を抱くことになったが、正直なところそれらは全ておまけであった。
仮に上記の部分を満たす相手がいても、もう一つ重要なポイントを満たしていなければ、タマにとっては他人と同じだった。
それは――
「あの! あのお嬢さんと親友! 変わり者の!」
それが全てであった。
長年連れ添った自分でさえたまにドン引きする主であるが、そんな主と親友でいられること。
それでタマの心は決まった。
よし、一ノ瀬辰巳と結婚しよう。
「わっちほんと幸せ。運命の相手がお嬢さんの親友とか……もう優勝やん」
もとより遠藤寺から離れるつもりのなかったタマは、自分の恋愛について諦めている節があった。
もし自分のそんな相手がいても、主よりも優先することは出来ない。
だが仮に主にとっての大切な人が自分の相手だったとしたら――それは両立できる。
何だったら、一緒に主を支えていくことが出来る。
「お嬢さんとおにーさんとわっち……3人で仲良く……めっちゃええわぁ」
ほわほわと頬を上気させながら、眩しい未来を夢想する。
3人で仲良く食卓を囲み、稲荷寿司を食す。なんだったらその周りに自分と彼の子供が駆け回る。
なんて素晴らしい未来――
「あー、でもお嬢さんにイイ人が出来たら邪魔やなぁ――ま、ないか。お嬢さんアレやし。ずっと独身やろ」
うんうんと頷く。
「あとはおにーさんの気持ちやけど……ま、イケるやろ。わっち可愛いし。わっちが本気出せば、おにーさんの1人や2人ちょろいちょろい」
恋愛経験皆無のタマだが、自分の容姿については理解していた。
自分の可愛さとメイドとして培った家事能力、あとは適度なボディタッチで相手は堕ちる――そう確信した。
「んふふ、おにーさんおにーさん……旦那さん、なんちゃって。あはっ、照れるわぁっ」
電柱の上で体をくねらせ、落ちそうになる。
「さーて、明日から色々忙しなるなぁ。頑張るでぇ! こんこーん♪」
空に向かって吠える。
輝かしい明日に向かって、タマは今走り出したのだった。
ところで今タマがいる電柱は、肉屋の店主が縄張りにしている場所であり、テリトリー内に入った異物を察知した店主が向かっているのだが……彼女はまだ知らない。
ひっでえサブタイトルだな。




