狐の青空に約束を――
イカちゃん、君を助けに来た――
アストラギウス銀河を二分するギルガメスとバララントの陣営は互いに軍を形成し、もはや開戦の理由など誰もわからなくなった銀河規模の戦争を100年間継続していた。
その“百年戦争”の末期、ギルガメス軍の一兵士だった主人公「キリコ・キュービィー」は、味方の基地を強襲するという不可解な作戦に参加させられる。
作戦中、キリコは「素体」と呼ばれるギルガメス軍最高機密を目にしたため軍から追われる身となり、町から町へ、星から星へと幾多の「戦場」を放浪する。
その逃走と戦いの中で、陰謀の闇を突きとめ、やがては自身の出生に関わる更なる謎の核心に迫っていく――
■■■
突然ボトムズのあらすじが流れて混乱する皆さんには悪いが、俺だって今の状況に混乱ってんだから、ちょっとでもその感情を共有したかったんだ。謝罪な。
目に映る範囲には少女が2人。
全体的にボロボロなメイド服を纏った金髪メイドロリ。
そしてすぐ目の前には知己であるゴスロリ少女。
ロリメイドは幼児退行演技でオギャッてバブってるし、ゴスロリはそんなメイドを見て羞恥やら憐憫やら情けなさをまじぇまじぇした何とも言えない表情してるし……俺は俺でタマさんに切り裂かれてボロボロになった服がスースーして恥ずかしいよぉみたいな初めて女装した男の子みたいだし……。
ンモー、俺はどうすればいいのぉ!?
■■■
「……ウチのタマさんが迷惑をかけたみたいだね。……ああ、もう」
遠藤寺が今まで見たことの無い表情――症状『照顔』『赤顔』『呼気荒』』――を見せつつ、右手で顔を覆った。
半分見える顔は真っ赤で、恥ずかしさを我慢するように下唇が噛み締められている。
とても珍しい表情だ。
というより、初めての表情だ。
その視線の先には衣服をはだけさせた金髪メイド少女が1人。
「わっちはぁ、ただのメイド~、お稲荷さんが好きなだけな普通のモブメイドやで~」
金髪メイド少女――タマさんが歌いながら、ズリズリと後退していく。向かう先は公園の出口だ。
どうやらあのまま逃げる気らしい。
「……ああ、もう。こんなはずじゃなかったのに。本当はもっとちゃんとした状況で紹介を……はぁ」
そんなタマさんを見て、左手も覆い――両の手で顔を覆う遠藤寺。
「いや、これは……ボクのせいか。君がメイドに対して並々ならぬ興味を持っていたから出来るだけ会わせないようにしていたから……はぁぁぁぁぁぁぁ」
遠藤寺が両手で顔を覆ったまま、深い深いため息を吐いた。
この溜息を小さめの小屋に貯めたら、さぞいい感じに肌が潤うサウナになるんだろうな。
「え、遠藤寺?」
「いや、すまない。本当はこんなみっともない姿を見せるつもりは無かったんだが……身内の恥というものが、思っていた以上にこう……精神的にクるものだから……」
遠藤寺は直立のまま顔を覆う。
「すまない。本当に……すまない。君には迷惑をかける。本当だったら……もっと早くタマさん、彼女に会わせるべきだったんだけど……まさかこんな事になるなんて。……んもぅ」
両手で顔を覆った遠藤寺の顔は見えない。だが覆ってない部分、耳とか頬が真っ赤に染まっていることは見て分かる。
穴があったら埋まりたい――そういったコトワッザ的な凄みを感じる!
「君が色々モノを申したいことはとても分かる、分かるんだが……その前に、彼女と話をさせてくれないか?」
「いや、まあ……うん」
「そうか。助かるよ。本当に……助かる。あぁもう……うぅぅっ……!」
やっぱ身内ネタってどんなヤツでも特効作用あるんだな。
どんな時でもクールな遠藤寺でさえ、こんなんなるんだもんな。
相も変わらず耳を真っ赤にしたまま、タマさんに近づいていく遠藤寺。
カラカラに乾いた公園の土を蹴飛ばし、タマさんに接敵する。
俺から表情は見えないが、多分きっとかなりアレな表情でタマさんを見下ろす遠藤寺。
対するタマさんは幼女スタイルでその遠藤寺を待ち受ける――。
「……タマさん」
「――ッ!?」
遠藤寺の呼びかけに対して、雷鳴に撃たれた如く体をビクつかせるタマさん。
正体がバレてないと思ってたら、いきなり名前を呼ばれたんだ。そりゃビビるわな。
「……わ、わっちはただの野良メイド! お嬢さんとは何の縁もないタダのメイドですけど!?」
「タマさん」
「あぁー! もう帰らんと! さっさと帰らんと! こっわいこわい旦那様に怒られる! 罰と称して覇〇封神演技をぶっ通しで見る罰を受けちゃう!」
そりゃキツイ罰だ。
「というわけで、わっちはすたこらサッサ――」
「タマさん!」
遂に。
遠藤寺がタマさんに対して、射程距離に到達した。
いや、スタ〇ドっぽく言ってみたけど、要するに――物理的にどうこう出来る距離に到達した。
「……だ、だからぁ……わっちはぁ……わっちはただの野良メイド――」
「……はぁ」
未だ認めないタマさんに対して、遠藤寺が溜息を吐いた。
「どれだけ姿が変わろうが――ボクがタマさんを見間違えるわけないだろう?」
「――ッ!?」
尻もちをついたままのタマさんの体がビクリと震える。
「何年一緒にいると思っているんだい? ちょっと小さくなろうが、耳や尻尾が生えたぐらいで……大切な身内を見間違えるわけないだろう」
「お、お嬢さん……」
遠藤らぁ……。
「ボクは探偵だよ。ちょっと変装したぐらいで……ボクの眼から――」
「お嬢さぁぁぁぁぁん!!」
遠藤寺のキメ台詞の途中、タマさんが縮地染みた挙動で遠藤寺に飛びついた。
「そ、そこまでわっちのこと……ふわぁぁんっ! すき! すきすき! お嬢さんだいしゅきっ! んもう! 一緒のお墓入るぅー!」
涙をボロボロ流しながら遠藤寺のお腹に顔を埋めてある意味プロポーズ的なセリフを遠藤寺のお腹に向かって垂れ流すタマさん。
今まで自分の正体を隠しながら主に仕えていた罪悪感をたった一言で浄化され、そんな自分を当たり前のように家族として扱ってくれる――そりゃ恋慕するわ。
「お嬢さん、おじょうさぁぁぁん……」
「ああ、もう――やれやれ」
狐耳ロリがゴスロリ少女の腹部に顔を埋めて泣き喚くこの光景――うむ、これを一枚絵に起こせば軽めの新興宗教は起こせそうだな。だって尊いもん! とーてーもん! 俺だったら毎月給料の3か月分をお布施するという矛盾を為しつつユニバーサル大回転エンタマの舞を奉納する! あまりにも美しい光景過ぎて、なんだったら異物の俺を作者の権限で無かったことにしたいくらいだもん! なんでここに一ノ瀬君が!?
「わっち、わっち今までお嬢さんに嘘ついて……狐だってこと内緒に……」
「いいんだ。タマさんはタマさんだ。人間だろうが狐だろうが……タマさんは、タマさんだよ。少し驚いたけど……ボクのことをずっと側で支えてくれた、辛い時も寂しい時もただ側にいてくれた――その事実に変わりはないよ」
「――キュン」
今キュンってした! ああ、キュンってしたな!
間違いない! だって目がハ―トになってるもん! 遠藤寺を見るタマさんの目がハートに! いやぁ、ハート目っていいですよねぇ。好意の表現として単純でありながら最上級じゃん? 最も上の級じゃん? アレ見るだけでタマさんの遠藤寺に対する愛情が他者に伝わるわ。まあ……ハート目もいいけどドクロ目もいいよね? 俺も夜宵ちゃんと一緒にダークをギャザリングしてえなぁ……。
「わっち、わっちわぁ……お嬢さんっ、ほんともうっ、すき!」
「フフ、くすぐったいよタマさん」
いいものを見た。素直にそう思う。
多分タマさんはずっと悩んでいたはずだ。愛する主に嘘を吐きながら側にいることに。人間ではないこと……人間である俺にはその悩みの重さは分からない。だが分かることもある。タマさんだって分かっていたはずだ。遠藤寺は――それくらいの事じゃ拒絶をしないということを。だがそれでも今まで言えなかった。もしそれでも拒絶されたら、そんなわずかな恐怖があったんだろう。人に拒絶されることは怖い。それが大切な人相手ならなおさらだ。だけどもう……タマさんは悩む必要がなくなった。変なイベントを経てだが、やっと遠藤寺に秘密を打ち明けることが出来たんだ。主従の間にあった小さな小さな氷は今――溶けた。
出会いがしらに試されたり、バトルを挑まれたり、お気に入りの服をダメージクロスにされたりとタマさんには色々されたが……あの表情を見たら、お釣りがくるくらいだ。
「わっちずっとお嬢さんの側にいるからぁ! ずっとずっとお世話するぅ!」
ああ、本当に……いいものを見た。
遠藤寺のことだから、タマさんの秘密――心の壁には気づいていただろう。だけどいくら遠藤寺でもまさか秘密が人間ではなく狐だったなんて見抜けなかったはず。これでやっと彼女たちは本音で向き合える。
「やれやれ。俺はお邪魔虫だな」
一ノ瀬辰巳はクールに去るぜ。
この後起こるであろう、わだかまりが解けた主従の本音トークを聞くほど野暮じゃない。もしかしたら主従愛が燃え上がって、あの穴がいっぱい開いてるドーム型の遊具でいけない遊戯に耽っちゃう展開もあるかもしれない。いかんいかん。ここから先は18禁版家賃1万円風呂共有駅まで縮地2回で配信される予定なので、いい子ちゃん達は今すぐバックバックゥ!
「ところでタマさん」
「なぁにお嬢さん♡」
おっと早く去らないと邪魔になってしまう。
メイドロリとゴスロリ少女の立ち合いを行司したいけど――ほら、今は密あかんし。
妄想で済ますとしましょうや。
「ボクが知らない間に、今まで色々やっていたみたいだね」
おや? 何だか空気が変わった様な……。
「はぇ?」
「ほら。ボクに近づく相手に……ね?」
タマさんをギュッと抱き締めたままその耳に囁く遠藤寺。
思い当たるフシがあるのか、蕩けた表情を強張らせるタマさん。
「そ、それは、お嬢さんを――」
「うん、わかってる。分かってるよ。ボクを守る為。分かってるよ。ボクの『遠藤寺』としての立場を利用しようとしたり、財産を狙う相手からボクを守るため……知っていたよ」
「……し、知ってたん?」
思うに俺の前にもこうやって遠藤寺に近づく相手に対して、タマさんは色々アレしていたんだろう。
俺にしたみたいに暴力的に排したり、言葉巧みに距離を置かせたり、ラジバンダリ……
話を聞くに、タマさんがこっそりしてたそれらは、遠藤寺には筒抜けだったようだ。
「た、確かにわっちが勝手にしてたけど、あいつら全員――」
「わかってる。分かってるよ。ボクを誰だと思っているんだい? タマさんが排除する前に、ボクはボクに近づく相手のことを把握していたよ。当然調べていた。だから……全部知ってるんだ。彼彼女らの素性や目的を。誰も彼も腹に一物を抱えて近づいてきたことを。そしてボクが連中を排除する前に――タマさんがボクの為を想って、ボクがかける手間を嫌ってそれを担ってくれたことに」
「お、お嬢さん……はふぅ♡」
はふぅって言ったな。ああ、言った。メロメロだわ。
「ありがとうタマさん。今まで本当にありがとう」
優しくタマさんの頭を撫でる遠藤寺。
その表情は見えないが、タマさんの顔が焼きすぎた餅みたいに蕩けてるからそれはもう慈母った表情なんだろう。
「うん……わっちお嬢さんの為に……お嬢さんが幸せになる為に……頑張ってん。だってあいつらお嬢さんの近づいて、自分はいい人ですよぉみたいな顔して裏でなお嬢さんのこと色々言ったり酷いこと計画したり」
「そうなんだね。うん分かってる。全部知ってたよ」
「お嬢さんに褒めてもらいたくて……えへへ。お嬢さんを傷づける輩、いっぱいおるから……だからなぁ」
あぁーいいですねぇ。
もうキスとかしちゃえよ。主人とメイドだろ? キスくらいアリだって。外国じゃ挨拶代わりにするくらいのお手軽コミュだよ? やっちゃえやっちゃえ! ……ん? じゃあ、何でそのカジュアルコミュの経験が俺にはないわけ? ふしぎー。
「悪いヤツらやったから、わっちが全員追い出してん。わっち悪くないよな? わっちええメイドやんな?」
「ああ、そうだね。本来ボクがやるべきことをやってくれた。それを代わりにしてくれたタマさんは……とてもいいメイドだよ」
「うへへ……」
「ただ一つ分からないんだ」
「ん?」
「――だったら何故、彼があんなにも傷ついているんだい?」
キンと空気が凍った。
「はぇ?」
「どうしたんだい? そんな呆けた表情をして? ボクはそんなに変な質問をしたかな? ただ普通に質問をしただけだよね?」
「い、いや、あの……」
「タマさん。タマさん。ねえ、タマさん。君はきっと、優秀な君はきっと調べたはずだ。今までボクに近づいた有象無象と同じように彼のことを。ああ、それは正しい。タマさんの調査能力は間違いない。タマさんが行動を起こした後に、ボクも相手のことを調べたから分かる。タマさんの調査に間違いはない。彼彼女らは全て、最終的にボクを害する為に近づいてきた――そう全員、もれなく」
「そ、そう! そうやねん! あ、あいつら全員悪いヤツで!」
「だから不思議なんだ。そんなタマさんがどうして? 間違うはずのないタマさんがどうして? 優秀で、十分に能力のある、いいメイドである君が調べたはずなのに――彼がこんなに傷づいているんだい? ねえ?」
「は、はわわっ」
はわわとか言いやがったタマさんの視線がこちらを捉えた。
その顔は先ほどの蕩けた表情とは違う、青ざめたものだった。
「ご、誤解――」
「誤解。そうか誤解か。それはよかった。……で、何が誤解で、どうなったら彼をあんな風に傷つけることになるんだい?」
改めて自分の体を見る。
服のいたるところが破けて、修正verじゃないと流せない感じになっていた。
薄っすら血も出てるし。
「調べたんだろう? 彼のことを。だったら彼のことをある程度理解したはずだ。今までボクに近づいてきた連中とは違う、ただ純粋に。純粋にボクと交友を求めてきた人間だということを。タマさんのことだ。他にも調べたんだろう? ボクが、まだ調べていない――彼に嫌われるかもしれないと思って踏み込んでいない、例えば家族の深い部分なんかも……ねぇ、タマさん」
「……ひわわぁ」
どういうセリフ?
ヒィとあわわの複合台詞? 表情からはうっかり核ミサイルのスイッチを押しちゃって怒られる偉い人的な表情しか見えないんだけど。
「ちゃんと調べたんだよね?」
「……はわわ」
「……」
「調べましたッ! 調べすぎるほど調べましたぁ!」
「それで? 彼は?」
「何の! 成果も! 得られませんでしたぁ!」
「……つまり?」
「お兄さんめっちゃいい人! もんだいなし!」
タマさんは色々限界だ。顔中から液体という液体を流しまくっている。
あれだな。顔から色々出してる美少女ってなんか……唆るな。
「そうかそうか。彼はいいヤツだ。ボクは勿論知っているけど……タマさんもそれが分かっていたと」
「いいひと! すっごいいいひと!」
ああ……タマさんの眼から何かが(多分知性|ソフィア|が失われてく)
「ああ、いい奴だ。彼はいい人。ボクにとっても凄く、いい人なんだ、色々な意味でね。うん、よく調べたね。偉いねタマさん」
「え。えへへ」
「そんなボクにとっていい人が、どうしてあんな風になっているんだい?」
「……ご、ごめんなさいッ!」
さっきから笑ったり泣いたり大変だなタマさん。
「いや、別に謝って欲しいわけじゃないんだ。不思議なだけ。ただ探偵としてね。分からないことを知りたいだけなんだよ。優秀なはずのタマさんが、どうして、何の害もない、ボクにとって大切な、そう大切な、今のところは友人の、唯一の友人であるところの彼を――どうして傷つけたのか。それが知りたいんだ」
「ちゃ、ちゃうんですっ、ちょ、ちょっと――」
「ちょっと? ちょっとなんだい? もしかして――ちょっと嫉妬しただけ、とか? 初めてボクが、何の利害関係もなく親交を深めた相手に対して、抱いてしまった感情に準じて――ただそれだけの感情に動かされて? ボクの大切な? 彼を?」
「い、いや――」
「いやいやそれはない。それはないはずだ。だって言っていたはずだしね。普段から言っていたよ。包み隠さずね。家族であるタマさんに対して、ボクは彼のことを語っていたはずだ。どれだけ大切か。どれだけ希少な存在か。ボクにとって――ああっ、言語化出来ない! この感情を! きちんと、事前に、前もって説明していたはずの彼を――彼を害した理由が。素直に知りたいんだ。あるんだろう? だってそうじゃないとおかしい。道理が通らない。理屈に合っていない。間違っている。間違っていることは――正さないといけない。そうだよね」
「い、いると思ってなかったからぁ! か、架空の! 架空の友達やと思ってぇ!」
「……すまないね。あまりボクを怒らせないで欲しいんだ。彼はそこにいるだろう。それを否定するのは――なんだろう、とても、そう……ムカつく。今の言葉は酷いよ。彼はそこにいる。ボクの大切な友人だよ? その友人をそこまで酷く言うなんて……悲しいな」
「ごめんなさい! ごめっ、ごめんなさい!」
「謝るのはボク相手じゃないよね?」
「おにっ、おにーさんごめんなさい!」
ゴスロリ少女の抱きすくめられたメイドロリが涙を流して俺に謝っている。
あまりにも未経験な状況過ぎて、気が利いたことも言えず、カクカク頷くことしかできなかった。
「まだ聞いてなかったよね。で、どうして? 何の害もないボクの友人に手を出したんだい?」
「そ、それは、それはぁ……」
「……」
「う、うぅぅ……」
「……」
「お、お嬢さんには……」
「……」
「お、お嬢さんにはわっちだけいればいいと思って! だ、だってズルいやん! い、いきなり出てきて、3か月ちょっとしか一緒におらんのに友達なって……わ、わっちの方がずっとずっとお嬢さんと一緒におったもん!」
涙を流しながらそう訴えるタマさんは、やっぱり子供だった。
ただの子供の嫉妬だ。
可愛いもんだ。
俺だってもし、遠藤寺をいきない沸いた誰かに奪われたら同じことを思うだろう。一緒にいた期間が長いタマさんはなおさらだ。
「そうか。ズルい、か。なるほど……フフフ」
タマさんの言葉を聞いた遠藤寺は、優しく笑った。
「……お嬢さん?」
「いや、すまないね。ズルい、そうか。そういう感情か。昔だったら分からなかったけど……今なら分かってしまう。きっとボクだって同じ立場になれば――」
そう言って遠藤寺はこちらを向いた。
いつもの表情だったが、どこか複雑そうな表情にも見えた。
「なるほどね。まぁ……タマさんが暴走したのも、今まで彼に会わせようとしなかった、ボクにも責任がある」
タマさんを抱き締めたまま、遠藤寺がこちらに向き直った。
身長差でタマさんが背伸びになってて……ここ好き!
「……え? わっち許された感じ?」
「許すわけないだろう? とりあえずタマさん、君はクビだ。荷物をまとめて実家に帰るといい」
「えぇぇぇぇぇぇぇ!? い、いやだって! 流れ的にわっちの可愛い所業を赦す流れやったやん!?」
「いや罪は罪だよ。彼を傷つけたことには変わりない。その罪は重いよ。タマさんにとって一番重い罪はボクから離れることだ。だからそれを為しただけだ」
「ややぁぁぁ!!! いややぁー! わっち死ぬぅ! お嬢さんに会えないとか死んじゃうぅ! やだやだぁぁっ!」
遠藤寺のハグからスポーンと抜けたタマさんが、地面に転がってゴロゴロ駄々をこねだした。
パンツやら何やらがガッツリ見えるけど……あんまり嬉しくないな。やっぱメイドさんのパンツは背けた顔を真っ赤にしながら、自分でスカートをもち上げるに限る。
「見苦しいよタマさん。ボクのメイドなら潔く罪を受け入れるんだ」
「やだやだ! 帰らへん! わっちはお嬢さんと一緒におんの! お風呂もお布団もお墓にもずっとついてくの!」
ほんとただのメスガキだな。
しかし何だか可哀そうになってきた。言ってることこそアレだが、言葉にガチさを感じる。マジで遠藤寺から引き離されたら厄介ストーカーになるか、良くてもひっそり自害するなコレ。
「な、なぁ遠藤寺」
「ああ、見苦しい物を見せてすまないね。もうすぐ終わるよ。終わらせて早く遊びに行こう」
「いや、ほら……タマさんの罪とやらなんだけど、何とか軽く……」
「おっと勿論、従者の罪はボクの罪でもある。ボクはそうだな……とりあえず髪を丸めるよ」
「「やめてっ」」
――この時、俺とタマさんの悲鳴がシンクロした。
俺達は知っていた。遠藤寺は冗談抜きでマジでガチでヤル女だと。
しかも『とりあえずレベル』で髪を丸めるわけだから、このあともっとヤバイ禊をするだろうと。
タマさんを見る。
相変わらず絶望的な表情をしていた。だが、先ほど解雇を宣告された時より、遠藤寺が髪を丸めると言った時の方がずっと絶望的だった。可愛い遠藤寺にそんなことをさせたくない――きっと俺達の心はシンクロしていた。タマさんは罪を宣告された身だ。何を進言しようが、遠藤寺には届かない。
だから俺が――
「遠藤寺ッ!」
「うわ、驚いたな。すぐ側にいるんだから、そんな大声で呼ばなくてもいいよ。……でも、君にそんな熱狂的に名前を呼ばれたのは初めてだな。何だか心臓がドキドキした」
「……髪丸めるのさ、やめない?」
「ん? しかし……いわゆる一つの命であるところの女の髪を丸める以外に、無実の君を傷つけた罰は――」
鬼畜系の主人公ならもっとこう別のアレを払ってもらうところだが、純愛系主人公の俺にはとてもとても……。
要するに、俺がタマさんにボコボコにされたのが悪いんだよな。
だったら――
「いや、俺さ。確かにタマさんに『お嬢さんから離れろー』的な恐喝はされたわけだけどさ、別に――それ以外に何もされてないぞ」
これしかない。
「……!?」
タマさんの眼が驚愕に開く。
「……いや、実際、君の体はボロボロなわけだが」
遠藤寺の視線の先には、辛うじて布が張り付いただけの俺の体。
露出多めのソシャゲキャラあるあるの布が乗ってるだけの状態がほとんどだ。
「熱ぼ――ダメージジーンズって知ってるか?」
「……知っているけど」
「それな」
「どれだ」
「いや、だからさ。この服、ダメージジーンズの従妹みたいな? 最近流行ってるんだよ。全身ダメージ加工ファッション」
「聞いたことがないけど」
「遠藤寺はファッションに疎いからなぁ」
いつもゴスロリファッションのヤツが昨今のファッション業界なんて知ってるはずない!
だからこれでいける! いけないと困る!
「……軽傷だが、体中に傷があるように見えるよ」
「家でエリザと喧嘩したんだ。んで、ポルターガイストアタック食らった。俺はき〇この山が好きなんだけど、エリザがたけのこ〇里好きとかいうからさぁ、そりゃ戦争になるわな! そこにアルフォ〇ト派の大家さんが混じってきてまさかのバトルロワイヤ――」
「分かった分かった。うん、もういいよ。……クククっ、理解した」
遠藤寺が手で口を押えながらクスクス笑った。
「うん。そうかい。君がそう言うならそうなんだろう。タマさんはただ君を脅しただけ。――タマさん、そうなんだね?」
「……ッ!」
首が取れそうな勢いで頷くタマさん。
「だったらそうだね。解雇は撤回だ」
「おじょうざぁぁぁん」
遠藤寺のお腹に飛びつくタマさん。
「ただ彼に脅しをかけたことは事実だ。その罪は受けてもらうよ。――稲荷寿司禁止1か月だ」
軽くない?
「はーい! 遺書書いときまーす!」
重いんだ。遺書用意しとくくらいには重い罪なんだ。
「じゃあタマさん、早く帰ってくれ。タマさんのせいで時間が押してるんだ」
「はいはーい。じゃ、お嬢さん。デート楽しんでなぁー」
「デッ――ま、まあそうか。確かに年の近い男女が共に遊びに行くことは……デートに違いないのか。
いや、だが一般的にデートとは、交際関係にある男女、もしくはそれに近しい関係の……待て待て。つまり今まで彼と行ってきたのは、全てデートということに――」
遠藤寺が思考の海に潜ったその隣をタマさんが駆け抜けていく。
出口に向かうその途中、俺の横を通り過ぎ
「――ありがとなおにーさん。コン度お礼するから!」
そう囁いて行った。
そのままタマさんはダボダボのメイド服を引きずりながら、俺達の前から去って行った。
その時初めて知った。
タマさん、狐だけに『コン』ってつく言葉の訛りエグいな……と。
こうして俺とタマさんの初遭遇は終わった。
この後、近いうちにタマさんの方から接触してくるが……それはまた別の話。
■■■
「じゃあ行こうか。まずは予約している店までタクシーで」
「その前に服着替えていい?」
「ファッションだろう? いや、ボクとの……デ、デートの為にそこまで気合の入った服を用意してくれるとはね。……うん、嬉しいよ。さあ行こう!」
そういうことになった。
現在進行形同窓会楽しいです^q^




