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真・家賃1万2千円風呂共用幽霊付き駅まで縮地2回  作者: タクティカル
真・第一部 シンプルなタイトル編
2/29

遠藤寺




■■■


「――では、講義はここまでとする。この講義を最後に、夏休みに入る学生諸君。あまりハメを外し過ぎないように。分かっているとは思うが、学生の本分は勉学に勤しむことであり、例え長期の休みといってもバイトや遊びにかまけることなく、勉学の時間を充分に――」


 大講義室の壇上で、初老の男性教諭が説教染みた口調で喋っている。

 だが既にほとんどの生徒は立ち上がり、近くの友人同士で固まり、興奮した様子で話し合っていた。

 ざわついた講義室の声は耳を傾けなくても、俺の耳に入ってきた。


「よっしゃあ、夏休み突入! 遊びまくり! イエァ!」


「遊びもいいけど、その前に金っしょ! 先立つものがないといかんでしょ!」


「BBQしようぜぇ!」


「お、金欲しい感じ? 俺の叔父さんがさ、夏休みの間、住み込みでバイト募集してんだけどさ、どうよ」


「なになにどんなバイトよ?」


「BBQ! BBQ!」


「何かどっかの島に、丸太とか日本刀を運んで行くって仕事なんだけど、めっちゃ儲かるんだよ。上手くやれば週で10万行けるぜ?」


「でかした! 滅茶苦茶ええやん! やるやるそのバイト!」


「BBQ! BBQ! バスターバスタークイック!」


 随分と楽しそうな夏休みの過ごし方だ。

 俺も「そろそろ混ぜろよ!」とか勢よくその輪に入って、withB(一緒にバイト)したい。

 まあ、そんなコミュ能は無いんだが。

 

 他にもバイクの免許を取るだとか、住み込みで海の家のバイトだとか、家族と一緒に避暑地で過ごす、彼女と初めてのお泊り旅行、サークルの合宿……そんな楽しそうな話が聞こえて来る。

 壇上の教授は溜息を吐いて、去って行った。

 だが仕方ない。だって夏休みだ。あー夏休み。シーソルトアイスが美味しい季節だ。


 今までの俺だったら、リア充共のリア充スケジュールを聞くだけで怨嗟の声をまき散らしていただろうが(主にネット界隈で)、今日の俺は違う。

 なにせ実家を出て初めての夏休みだ。1人暮らしを始めて最初の夏休み。

 ワクワクが止まらない。

 今までの夏休みとは違うのだ。

 え? プロローグ? 憂鬱? 言ったけどなに?

 大人は嘘つきではないのです。間違いをするだけなんだぜ? 


 ともかく夏休みだ。サマーシーズン到来!


 実家にいた頃みたいに、昼まで寝てたら雪菜ちゃんがノック無しに入って来て『兄さんは時間を無駄にすることに関しては、この世界で上位に入りますね』とか嫌味を言うためだけに部屋に居座ることもない。

 深夜まで起きてアレコレしてたら、やっぱりノック無しに入って来て『兄さんの摩擦音が五月蠅くて眠れないのですが』みたいな根も葉もない罵声を浴びせつつ、勝手に俺のベッドを占領することもない。

 時間だけは無駄にあるので、KEYとLeafの作品を最初から最新作までぶっ通しでプレイしてたら、ノーノックでインして来て『兄さんの摩擦音とカピパラの様な鳴き声がうるさいので、勉強ができません』的なディスをかましてきて、俺の部屋で宿題を初めて人のエロゲタイムを邪魔することもない。

 そこそこやり込んだネトゲで初心者の可愛い女の子キャラと仲良くなって、まあ色々催して『見抜きしてもいいですか』って尋ねたらその子が『ゲームの中でも摩擦ですか。本当に兄さんは救えませんね……』とか言い出して、俺が枕を濡らすこともない。

 あとまあ色々あるんだけど……とにかく、そういった妨害が無い、初めての夏休みなのだ。……あれ? 雪菜ちゃんって結構暇人?


 ともかく、俺にとって本当の意味で自由な夏休みを満喫できるのだ。


「フフフ……」


 何をしようか。積んでいたゲームをやるのは勿論、以前は雪菜ちゃんの目があって出来なかったラ〇スシリーズを初代から最終作までぶっ通しプレイもやりたい(リメイク含む)。大家さんの部屋にあったこ〇ち亀やミナミ〇帝王を読破するのもいいだろう。漫画やゲームだけだと教養が偏るし、小説にも挑戦してみようか。そういえば大家さんがグイン何とかって小説をオススメしてたな……。

 

「ウフフフ……」


 夏休みの予定を考えるだけで、笑みがこぼれて来る。

 なにせ大学1回生の夏休みだ。高3の時の様に受験に備える必要もないし、大学3回、4回生に訪れるであろう就職の準備をする必要もない。何のしがらみも存在しない、自由な夏休みだ。自由過ぎて、自分の背中に羽が生えているように思えてしまう。このままこの翼で大空を舞いつつ、夏休みなんて無いと嘆く就活生や社会人を優越感と共に見下す高度な遊び(高さ的な意味でも)に耽りたいものですなぁ、フハハ!



「――ふぅん。随分と機嫌が良さそうだね」

 


 夏休みに浮かれる俺を見て、隣に座る人影が喋りかけてきた。

 視線を向ける。

 そこにいたのは外を歩いたらまず間違いなく秒で熱中症になるだろうフリフリしたゴスロリを着た少女だ。

 ゴスロリ服というタダでさえ特徴ある恰好に加え、頭には結構大きななリボンを着けている。ただ似合ってはいる。ゴスロリ服とリボンの色とか模様とか? ファッションセンスに疎い俺には詳しく語れないが、リボンとゴスロリ服が互いに邪魔をしておらず、調和している。今日は黒ベースに服に紫のフリフリが付いている服だ。リボンの色もフリフリと合わせたのか、紫色だ。うーん、ナイスゥ!

 ここまで見事にリボンを着けこなせる大学生は、目の前の少女か倉田佐〇理さんくらいだろう。はちみつくまさん。


 少女はこちらを睨みつけるような視線を向けてくる。

 この見られているだけで身がすくみ1ターンお休みになるような視線を向けて来るジト女の正体は――


「そういうお前は機嫌悪そうだな。遠藤寺」


 こいつの名前は遠藤寺。趣味は推理。見ての通り美少女ゴスロリ探偵だ。

 ここだけの話、この大学での数少ない俺の友人だ。いや、ぶっちゃけ唯一の友人だ。いわゆる唯一人(神)

 遠藤寺とはこの大学に入学してから参加した新歓コンパで遭遇して以来、何やかんやあって共に行動をしている。

 その新歓コンパの内容が気になる? けれどもこれは別の物語、いつかまた別のときに話すことにしよう……。

 

 遠藤寺はいつも通りデフォルトの不機嫌な表情だが、今日は更に不機嫌そうに見えた。

 ジト度78%ってところか。ここまで高いと視線で体が湿ってくる。主に冷や汗とかで。


「不機嫌……か。まあ、そうだね。認めよう。ボクは少し苛立っている。君の言う通りだ」


 予約していた限定品を確保できなかったというメールをクソ通販サイトから受け取ったのかな?


「ふーん、何かあったのか?」


「何か、ね」


 俺の問いかけに、遠藤寺はムッとしたように唯でさえ鋭い目を細めた。かなりの鋭さだ。こんにゃくくらいは切れそう。

 遠藤寺はムッとしたままの顔を俺に近づけてきた。

 やばい、キスされる!とキス童貞を卒業する心の覚悟をしていたら、すぐ目の前で止まった。


「ボクの機嫌が悪いのは君のせいなんだけどね」


「は?」


 オレェ? 何かやっちゃいましたか?


「なんというか、君とボクの温度差がね。いや、実際君は悪くないんだ。何もしてない。だが、君のその顔を見ていたら腹が立つんだ」


 何それナゾナゾ? 俺は悪くないのに、俺のせいなの? 意味わかんない。

 あと今になって俺の顔のことは言うな。好きでこの顔に生まれたわけじゃないし。俺だって本当は竹内〇真みたいな顔に生まれたかったし。もうなんだったら竹〇力でも、竹内〇子でもいいよ。


「マジで意味が分かんないんだけど。俺、何か怒らせることしたっけ?」


「さっきも言ったが、君は何もしていない。ただね……」


 遠藤寺は溜息を吐いた。

 うーん、フローラル。チョコミントの香りがする。あ、ちなみに俺、チョコミント味のこと歯磨き粉味って言っちゃう人を見たら例外なくボコボコにするタイプの人だから、その辺踏まえて欲しい。ん? ボコボコにする方法? そりゃそいつの家に寿司やらピザの宅配地獄デリヘルですわ。本当の強者は自ら手を出さないってね。


「君は夏休みを楽しみにしている。対するボクは夏休みを迎えるのが憂鬱だ。この温度差がね……全く、夏休みなんて来なければいいのに」


 溜息を吐きつつ、遠藤寺はそんなことを言った。

 夏休みが来なければいいって……そんなセリフ、エンドレスエイトを体験した何とか団以外に吐くやついると思わなかった。

 ふぅん、そうか……。遠藤寺にもいろいろあるんだな。

 遠藤寺の人生において、夏休みというものは辛い存在なのかもしれない。


 お互い親友と呼び合っているものの、俺と遠藤寺はまだ出会って3か月ちょっとしか経っていない。

 出会って3か月って書くと何かAVのタイトルみたいだけど、それは置いといて俺はまだ遠藤寺のことを全然知らない。

 好きな食べ物がうどんであることや、案外煽り耐性が低いこと、宇宙人対策が知らんが毎日頭のリボンを変えていること、毎日体から違う果物の臭いがすること(今日はグァバ)、タマさんっていうメイドさんがいること……それくらいしか知らない。

 あとゴスロリ服で隠されてるけど、結構体つきはむっちりしている。つまりゴスロリ服は遠藤寺のむっちりとしたドスケベボディを隠すむっちりおべべということ……?


『ムッツリスケベみたいに言うな』


 脳内で老成した女賢者みたいな声に突っ込まれてしまった。

 このツッコミの主の名前はシルバちゃん。俺の頭? 心? よく分からないけど、その辺に在住している妖精的存在だ。

 老成した女賢者の声が分からない? 俺も分からん。ヴィクトリカ・〇・ブロワちゃんみたいな年齢に似合わない老婆の様なしわがれた声だと思えばいいんじゃないですかね。

 脳内で囁くゴーストちゃんことシルバちゃんについては後ほど語るとしよう。1話だしね。初めて読む人の為にキャラ紹介も兼ねてるんだ。何言ってるか分からんけど。


 とにかく遠藤寺は夏休みに対して、あまりよくない感情を持っているようだ。

 対する俺は初めての1人夏休み、一夏ワンサマーを心待ちにしている。Yeah!めっちゃサマーデイだ。

 この温度差、そりゃ不機嫌になるだろう。


 しかし、遠藤寺に何があったのだろうか。

 夏休みを嫌いになるなんて、相当な理由があるはずだ。夏休みに親でも殺されたのか?


「夏休みなんて来なければいいってお前……何かあったのか?」


 夏休みを讃える歓喜の声でざわめく教室の中、俺は遠藤寺に問いかけた。

 遠藤寺の顔が近いからか、そんなに大きな声は出さずとも、お互いの会話は聞こえた。

 俺の声が遠藤寺の前髪を揺らす。


「何かあったかと聞かれれば……無いんだ。無いことに気が滅入っている」


 ちょっと誰かが背中を押せば唇と唇が緊急ミーティングしてしまう距離の中、遠藤寺は囁くように言った。



「夏休み中は……講義が無いんだ」



 と。

 てっきり過去の夏休みで経験した苦い経験でも語られるかと思いきや、そんなことを言われたので俺は気が抜けてしまった。

 そりゃそうだろうと。

 だって夏休みなんだもの。夏休み中の集中講義みたいな例外はあるものの、基本的に夏休み中に講義はない。

 そんな当たり前のことを、何を残念がっているのか。

 まあ、遠藤寺さんは知識の探求人的な存在だから、知識を欲する場であるところの講義が無くなるのはちょっと悲しいのかもしれない。俺には分からんけど。


「そして講義が無くなるということは、大学に行く必要がないということだよ」


「お、おう」


 どうやら話はまだ続くようだ。確かに講義が無い以上、大学に行く必要はない。サークルとか同好会に入っていたら別だが、遠藤寺はどこにも所属していないはずだ。


 遠藤寺は変わらず、俺の顔をジッと見ていた。俺は恥ずかしさとか照れくささとか面映ゆさとか、一纏めに出来ちゃう感情で結構な頻度で目を逸らしちゃうけど、その間も遠藤寺はずっと俺を見ていた。最初からずっと。


「大学に行く必要が無いということ、それはつまり――」


 遠藤寺の特徴的なジト目にばかり気が向いていたが、少し引いてみるとよくよく見れば、薄っすらと頬が赤くなっていた。

 遠藤寺の口から零れると息もどこか熱っぽい。

 そんな熱っぽい吐息を乗せた言葉が――



「――君に会えないということだ」



 そう言って遠藤寺は顔を離した。

 

「そういうことだったのか」


 どういうことだったのか。

 整理してみる。

 遠藤寺は夏休みが来ることにムカついてる。それは講義が無いから。講義が無いと学校に来る必要がない。

 学校に来ないと……俺に会えない。


 結論――一ノ瀬君に会えないから、夏休みってちょームカつくー。


「君に会えなくなる。そう考えただけで……ボクの心は張り裂けそうだ。冗談抜きでね。この3か月、君とはほぼ毎日顔を合わせていた。君と朝の挨拶を交わし、共に講義を受け、食事を共にし、たまに酒を飲む……それが無くなる。最早ボクの生活の一部であったその流れが失われてしまう、君という重要なファクターが無ければ」


 遠藤寺は興奮からか薄っすら頬を染めた以外は、いつも通りの口調で続けた。


「ボクの生活において、君は無くてはならないものなんだ。朝君と顔を会わせればそれまでざわついていた心が落ち着く。講義を受けながら見る君の寝顔はどんな名作映画より有意義な時間だ。君と共にする食事はそれが粗末なジャンクフードであっても忘れられない味になってしまう」


「ちょ、ちょっと待って遠藤寺。よし、ここでセーブをしよう」


 俺はこの状況を一旦保留する為にステータスメニューを呼び出した。

 しかしメニューは出ない。心の中でステータス!(ブルータス的な発音)と叫ぶが、やはり出ない。

 これはもう運営案件だろう。

 ん? メニューが出ないってことは、もしかしてこの世界は……デスゲームなのか? リスポーン無し? ザンキゼロ?


 俺が前世(β版)の知識を動員してこの状況を打破しようとしたが、どうやら前世の俺も非リア充であったらしく俺の口からは「はわわわ……」という可愛らしい声しか出なかった。


「そして……君と一緒に酒を酌み交わす。それが何よりの……何よりの楽しみだ。ボクはかなり早い年齢から酒を覚えていたが、正直祖父の言うお酒の楽しさは理解していなかった。あくまで嗜好品としての飲酒、それ以外のなにものでもなかった。だが君と一緒に酒を飲んで祖父の言葉が分かった。君と世界にとっては益の無いくだらない会話をしながら普段飲んでいる物の十分の一にも見たない安酒を飲む行為は……うん、すまない。この感情は言葉にすることが出来ない。ただそれを極限まで簡易化した言葉は……愉しい。そう、愉しいんだ。君と話して、食事をして、酒を飲む、それはそう、何というか……世界が彩るんだ。……世界が彩る? どういう意味だ?」


「それ俺に聞いちゃうの?」


 美少女ゴスロリ名探偵である遠藤寺に分からないんだから、俺に分かるわけないじゃん。

 俺がぽかんとしていると、遠藤寺は咳払いをしつつ続けた。


「……んん! とにかく。夏休みに入ると君に会えなくなる。それがボクにとってどうしようもなく耐え難い。まだ夏休みになってもいないのに、想像だけで溜息が出てしまう。――あ、今夏休み中の自分の姿が見えたよ。うわ……家の書斎に引きこもりながら、君と一緒に撮った写真を見ながらワインを飲んでいる……何だこれ?」


「だから何でそれ俺に聞いちゃうの?」


 ていうかここまで聞いて分かったけど、遠藤寺のそれって完全に、夏休みに入っていつも遊んでる友達と会えなくなって寂しい小学生症候群じゃん。いや、俺には経験無いけどさ。

 

「はぁ……辛い。朝、君と会ってから君の表情や体調を見て前日にボクと別れてからの過ごし方や睡眠時間を推理したり、口臭から食事を推察したり、会って最初にボクの体のどの部分に視線を向けるか賭けをする……それが楽しみだったのに……」


 なに? 朝俺と会うだけでそんな過密な情報戦が発生してたの? 知らんかったわ。つーか知らなくて良かった類の情報だなこれ。

 なるほど。


「そんな事で悩んでたのか遠藤寺……」


「ああ、君にとってはそんな事だろうね。いくらボクが君に会えなくて辛かろうと君は違う。夏休みの間ボクに会えなくてなっても何も感じていない。はは、ははは……あ、その事実って結構辛いねこれ。胸がチクチクする。あれ? なぜか、目の奥が熱くなってきたんだけど、目から何か液体のようなものが出そうだ……生まれて初めての経験だ」


 このままじゃ遠藤寺は初めて悲しみという感情を持ったアンドロイドのような経験をしてしまう。

 つーか、遠藤寺、本当にしょうもないことで悩んでんのな。


「いや、つーかさ。普通に夏休み中にも会えばいいじゃん」


 これだけの話だろ。

 俺の言葉に遠藤寺は心底意味が分からないというように、首を傾げた。


「すまない。少し……意味が分からないんだが。夏休み中にも……会う? どういう意味だい?」


「その意味が分からないっていうのが分からんわ。だから、普通に夏休み中にも会えばいいじゃん、遊ぶ為に。飯食ったり、酒飲んだり」


「んん? 夏休み中に? 遊ぶ? ……ふむ」


 俺が発したワード達を噛み締めるように、推理モードに入る遠藤寺。

 そもそも推理モードに入るような案件ではないので、先ほど聞いたモブ達の夏休み中の予定を引用してみる。


「夏休みは……遊ぶもの?」


「まあ、一応足りない単位取る為の講義とか将来役立つセミナーとか? あと自分を高める為に海外に勉強留学行ったり? インドに行って悟りを開いたり? そういう過ごし方もあるらしいけど、普通は……遊ぶもんだぞ?」


 これはあくまで一ノ瀬辰巳個人の意見であるので、学生とはこうあるべし的な批判は受け付けません。

 思想は自由なのだ。雨の中、傘を差さずに踊る人間がいてもいい。自由とは、そういうことなんだぜ? だから個人の靴箱が存在する大学があっても、それは自由なんだ。何の話だっけ?


「そうか、普通か……普通、普通……ふむ……」


 遠藤寺が考え込んでしまった。

 やる事がないので『普通普通って……膝が痛いのかな?』『そりゃ痛風じゃ』というどうでもいいやり取りをシルバちゃんとしてたら、何やらすっきりした表情の遠藤寺が顔をあげていた。


「なるほど。普通の、一般的な大学生は夏休み中は遊ぶものなのか。知らなかったよ」


「大学生っていうか、小学生も中学生も高校生も基本的には遊んでると思うぞ」


 あくまで基本的に、だ。受験勉強をしてたり、部活に打ち込んでたり、憧れな先輩を助ける為にサマーなウォーズに挑んだり、死体を探しに友達と冒険したり、部室に現れたタイムマシンをしょうもない事に使ったり、シンクロナイズに挑んだり、隣に越してきた不治の病の男の子と遊んだり、武勇伝がマジでパネエ叔父さん達と夏の休日を過ごしたり、花火を上から見たり下から見たり……色々な過ごし方があると思うが、ほとんどの人間は、ダラダラ遊ぶものだ。何の生産性もない、ただの暑いだけの夏を過ごすのだ。


「そうか。遊ぶのか……遊んですごす夏休みというものに、まったく縁が無かったからね。思いもしなかったよ」


 遠藤寺はふざけているわけでもなく、本当に感心したといった表情で呟いた。


「逆にお前が今までどんな夏休みを過ごしたか気になるわ」


「ん? ボクの夏休みかい? 基本的には探偵として必要な知識を充実させるための勉強か、もしくはどんな状況でも冷静に推理が出来るように、特殊状況下での訓練に費やしていたね」  

  

 特殊状況下での訓練……どんなんだろ。

 偶然居合わせた小学生に麻酔銃打ち込まれても、眠らずに耐えつつ推理するとか? 超有名な祖父の名前を盾に場を仕切ろうとする探偵を圧倒する胆力とか? ブレードチルドレンとガチバトルしたり? 

 想像が付かない。


「別に大したものじゃないよ。南極に全裸で放置されそこで起こった殺人事件を推理したり、沈みゆく豪華客船の中で起こった連続殺人事件に挑んだり、10人しか存在しないはずの宇宙船の中で招かれざる11人目の犯人を暴いたり……その程度さ」


 基本的に遠藤寺は冗談を言わないタイプの人間なので、上記の状況は現実に起こったものだろう。

 つーか普通に大気圏突破してますね。無重力推理とか、結構気になるわ。いや待て待て。インパクトのある後編に気が向いたけど、一番最初にもっと気になる要素があったような……。


「しかし、そうか……普通の大学生は遊んで過ごすのか」


「基本的にはな」


「つまり、その、なんだ……」


 先ほどまで感心したように頷いた遠藤寺だが、ここに来て何か言い辛そうに言葉を噤んだ。


「君が先ほど言った言葉を拾い上げるなら……その、夏休み中も、今までの生活と同じように、普通にボクと会ってくれる、という意味として理解してもいいのかな?」


「さっきからそう言ってんじゃん」


 つーか逆に。流石の俺も大学で出来た唯一の友人(美少女)を放って、ただ一人で家に籠って過ごすような寂しい夏休みは過ごしたくない。

 何の縛りプレイなのか。

 俺別に縛りプレイで生じる達成感とかに興味ないし。序盤で強武器手に入るなら、平気でキューソネコカミ入手するし、ブラッドファームもモリモリするし。


 俺の言葉に、遠藤寺は落ち着かない様子でちょっと椅子からお尻を浮かせたり、髪の毛を弄ったりした。


「そ、そうか。夏休み中も……君と一緒に過ごせるのか。それは、とても……ふふ、嬉しいな。何だ、ずっと悩んでいたのがバカみたいだな、ふふっ」


 つーかアレか。遠藤寺、夏休み中は普通にずっと自分の用事だけに費やそうとしていたのか。

 何気に危なかったな。

 ここでちゃんと説明しておかないと、俺も夏休み中はずっと家に小森霧コース確定だったな。

 ゲームとかアニメとか色々やりたい事はあるけど、だからと言ってずっと家に籠ってたら気が滅入るからな。適度に外に出ないと。

 ずっと外に出ないとどうなるかは……自分でもよく知ってるからな。


「そうかぁ……ふふふっ、夏休みか。――夏休み……思ってた以上に楽しくなりそうだ……ふふ」


 一瞬、遠藤寺がいつもの皮肉気な表情ではなく、普通の少女のように笑ったように見えた。

 実際それは気のせいだったんだろう。俺が瞬きをした後、いつもの表情に戻っていた。


「さて、じゃあ……夏休み中の予定を決めておこうか」


「ん、そうだな」


 今日はこの後、デス子先輩にも会わないといけないからな。

 ジュルスケ帳は用意してるぜ。

 遠藤寺がいつもの「ふむ」と言って顎に手を当てる。


「申し訳ないが、高校生の頃から夏休み中、毎週木曜日は依頼を受けるようにしている。だから木曜日に会うことは出来ない」


「うん」


 木曜日は会えない、と。


「だからそれ以外の月火水飛んで金土日は……取り合えず朝の9時にいつもの場所で集合で、いいかな?」


「うん、よくない♪」


 俺の返した言葉に遠藤寺が眉を顰める。


「すまない。よくない♪というのはどういう意味かな? 夏休み中も会ってくれると、今君が言ったばかりだが」


「だからって何で夏休み中に毎日会うんだよ」


「ん? さっきも言ったが木曜日はボクの都合で……」


「そうですね! だからって何で毎日夏休み中に木曜日除いた全部の日に会わないといけないんだよ! お前極端すぎ!」


 確かに夏休み中も遠藤寺に会いたい。そう思う。だからって毎日会いたいかって言うとそれはまた違う。

 何が好きで家族以外の人間と毎日(木曜除く)顔を合わせないといけないんだよ。

 つーかなんだっただら大学休みの土日も含まれてる分、今より会ってる回数多いし。

 

 せっかくの夏休みなんだし、何もない日が欲しいんだよ。何の予定もない日がよ。

 実家にいたころは、何の予定もない日ってのが無かったからな。たまには昼過ぎに起きて2度寝したら次の日だった……みたいな都市伝説を体験してみたい。

 

 そういった自らの願望を込めて、遠藤寺に伝えた。


「そういう、ものなのか。ふむ。ボクとしては毎日会うのは非常に喜ばしいことなんだけど……でも、君が言うなら仕方がない」


 さっすが~、遠藤寺さんは話がわかるッ!


「では木曜日以外の……週5日でどうかな」


「それ今と同じじゃん! 週2日」


「週2って君……流石にそれは困る。少なすぎるな。下手をすればボクが死んでしまう。君欠乏症でね。君、ボクを殺す気かい?」


 遠藤寺はニヤニヤとした笑みを浮かべながら、どこか試すような口調で喋る。

 何だよ俺欠乏症って。初めて聞いたわ。欠乏するとどうなるの? 頭がおかしくなってエン-ドウジ回路とか作っちゃうの? いらねえ!


「今の自分のメンタル、バイタルから推測するに、最低でも週3日会わないと……ふふ」


 それ何の笑い?


「じゃあ……週3日」


「ふむ、週5日」


「変わってないじゃん! 週5日って今と一緒じゃねーか!」


 遠藤寺のことは好きだが、ぶっちゃけ夏休み中に週5日ペースで会うのはキツイ。

 今でこそ遠藤寺のアレな振る舞いには慣れたものの、それでもインターバルがいる。

 

「あのさぁ、週5日ってさっきも言ったけど、今と同じ頻度じゃん? 夏休みってのはさぁ」


「なるほど、週4日だ」


「ん? まあ、それなら」


 と、突然遠藤寺が日数を下げてきたので、反射的に返答してしまった。

 まあ週4日ならいいか。

 月換算したら16日だ。

 半分以上だなこれ……まあ、うん。たった半分だ。

 逆に残りの半分を完全フリーで使えると考えたら……逆に多すぎるな。もっと遠藤寺に割いてもよかったかもしれない。

 

「ふふふ……そうか、夏休み中も君と一緒か。ということは毎年恒例のアレも君と一緒ということか……ふむ、それならその前に一度、家に招いておかないといけないな」


 遠藤寺は嬉しそうに、マイ手帳に自らのスケジュールを書き込んでいる。

 俺も慌てて書き込んだ。

 真っ白なスケジュール帳に、予定が書きこまれていく。


 ……今までに無い経験だ。


 今まではあっても、ゲームの発売日とか近所のゲームショップで開催されるカードゲームの大会(見るだけ)、推しの声優のイベントくらいしか書いてなかった手帳が埋まっていく。

 それを見ていると、何だか頬が緩んでしまう。理由は分からないけど。


 



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