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真・家賃1万2千円風呂共用幽霊付き駅まで縮地2回  作者: タクティカル
真・第二部 パロディ頼りなタイトル編
15/29

妹、お借りします

何とか2月中に更新出来ました。

 卓袱台を挟んで、雪菜ちゃんと近況報告などをする。

 

 久しぶりに会ったので、それなりに話すことは色々あった。

 俺の学校のこと、雪菜ちゃんの学校のこと、母親は相変わらずブイブイ言わせてること、消息不明の父親から連絡があったこと。

 特に雪菜ちゃんが学校でどうしているかは個人的に気になっていたので、興味深かった。

 例によって猫を被りながら周りと良好なコミニケーションをとりつつ、相手の心を掌握し、中学生の時と同じくジワジワと学校を裏から支配しているらしい。教師ですら彼女の手の内にあり、何が恐ろしいって本人たちは自分たちが支配下に置かれているなんて理解していないところだ。何でそんな魔王ライフを送るのか、以前聞いたことがあるが平然とした顔で『趣味ですね。あくまでライフスタイルの一種です』と言い放ったので、ライフスタイルの一環で掌握される学校側に一同涙……!


「まあ将来的には政界を裏から牛耳り、椅子に座って電話を1本かけるだけで法律を変える立場になりたいと思っているので――その為の予行演習でもあります」


 普通の人が言ったら誇大妄想も甚だしい発言だが、この妹に関していえばマジでやっちまいそうで怖い。やるって言ったからにはやる有言実行を擬人化したのがウチの妹だ。

 雪菜ちゃんが将来どんな法律をどう変えるかは知らないが、その時はおこぼれを貰って、俺もいい感じに法律をエッチに捻じ曲げたい。 

 さて、学校支配中の雪菜ちゃんが、その道程を妨げる面倒臭い面子が集まる面倒臭い空手部に面倒臭いクラスメイトが所属していてとにかく面倒臭い……という話を溜息を吐きながら愚痴り終わり――


「少し、喋り過ぎましたね。こういった話は兄さん以外に出来ないので……さて」


 と言って立ち上がった。

 そのままこの部屋と廊下を遮る扉を見た。


「兄さん、少し台所を借ります」


「え、何で?」


「喉が渇きました。お茶を淹れて来るので、兄さんは座っていて下さい」


「おう。……んん!? いや、待って待って!」


 廊下に向かおうとする雪菜ちゃんを慌てて引き留める。

 だって今、エリザが台所使ってるし。雪菜ちゃん、エリザ自体は見えてないけど、台所で何か色々してる所に遭遇したら……雪菜ちゃん的にはどう見えるんだ?

 料理中だったら包丁とか皿が浮いて見えるのか? ディズニーの王様〇剣みたいに? 

 分からん。分からんけど……いい予感はしない。

 仮に皿が浮いてる摩訶不思議な現象を雪菜ちゃんが目撃したら……鋭い雪菜ちゃんのことだ、そこから逆算して部屋にちょっと露出癖のある美少女洋ロリ幽霊が住んでると見抜く可能性もないとは言えない。考えうるリスクは避けるべきだ。


「いやいや俺が行くから! ほら、せ、雪菜ちゃんお客さんだし! 座っててくれぃ!」


「は? わざわざここまで来て、なぜ兄さんが淹れた工業廃液以下のドブ水を摂取しないといけないんですか? 罰ゲームですか?」


「酷い!」


 ほんと酷い。

 兄チャマがせっかく、妹を労わってお茶を淹れてあげようって言ってるのにこの発言……! 工場廃液以下って……いくら俺が不器用でも、それは酷過ぎる。異議アリ! 


「いえ酷くありません。昔、私が風邪をひいた時に兄さんが用意した飲み物……私は忘れていませんから。というわけで座っておくのは兄さんの方です。兄さんも、私が淹れたお茶が恋しいでしょう? 振舞ってあげると言っているんですから、大人しく待っていてください。――兄さん、お座り」


 兄をワンコ扱いする妹に文句を言いたいところだが、実際雪菜ちゃんの調教もあって俺の体は正直だなグヘヘ。大人しく座りまーす。座ったままで文句言いまーす。


「いやね、俺だって成長してるんだよ。お茶の一つくらい淹れれるように――ん?」


「どうしました兄さん? ――これは?」


 いつの間にか――卓袱台の上にお茶が用意されていた。

 俺と雪菜ちゃん、2人分のお茶が。

 雪菜ちゃんを止めるのに必死で気が付かなかったが、すぐ側にお盆を持ったエリザが立っていた。

 

「お客さんが来たのに、お茶出すの忘れてたよー、ごめんね?」


 お盆を胸の前で抱え、舌をぺろっと出すエリザ。

 常人がやったら顔面パンチを入れたくなるあざとい行為だが、エリザなら……ウフフ、オッケー☆

 もっともっとあざとい行為希望。


 これで雪菜ちゃんが台所に行く必要は無くなった。

 だが問題は――


「これは……兄さんが淹れたんですか? いつの間に?」


 まあ、そうなるわな。

 だってさっきまで、卓袱台の上には何も無かったもん。

 いきなりお茶が発生したら、誰だって疑問を持つだろう……まあ、以前の俺は特に疑問を持たずに突然現れたお茶とか飯を摂取していたんだけど。


 困惑した表情の雪菜ちゃんに、俺は真顔で答えた。


「さっき」


「さっき、とは?」


「さっきはさっきだよ。雪菜ちゃんがぼんやりしてる間に、パパっと」


 俺の答えに、雪菜ちゃんは眉を寄せた。


「ぼんやりなんてしていませんが。そもそもこの部屋に入ってから、押し入れを覗いた時以外、兄さんから1度も目を離していないのですけど」


「じゃあその時に淹れたんじゃないですかねぇ?」


「……どうして他人事なんです? それに今の今まで、お茶なんてありませんでした」


「いや、あったあった。ほら、卓袱台と湯飲みの色……似てるだろ? 保護色になってて、今まで気づかなかったんだよ」


 どんだけ疑われようが、俺には論理的に説明することなんて出来ない。

 この線で押す以外、雪菜ちゃんの目を盗んでお茶を用意する方法なんて浮かばない。


「…………………」


 雪菜ちゃんがジッと、俺の瞳を見つめる。俺の心の内を見透かすように。

 その視線の鋭さときたら、その筋の職人が丹念に研いだ包丁のようで、これ以上見つめられたらストレスで顔にある穴という穴から血を噴き出しそう。

 だが、辛うじてそうはならなかった。


「……………まあ、いいでしょう。兄さんが私の目を盗んで、機敏にお茶を淹れ、ここに持ってきた、納得は出来ませんが……実際目の前にお茶がある以上、もう何も言いません」


「そうそう。ほら、熱い内にどうぞ」


 ふぅ、何とか乗り切ったか。

 それはそれとして、エリザが緊張した表情で感想を聞きたがってるから、忌憚のない意見を述べてほしい。


「これを兄さんが? ……ふぅん。見た目と……香りは問題ありませんね。味は――あ、美味しい」


「だらぁ?」


 俺がドヤ顔でそう言うと、雪菜ちゃんは咳払いをした。


「……んんっ。まあ……そうですね。私が淹れた物には及びませんが、素直に美味しいと思います。点数を付けるなら……70、いえ80点というところでしょうか」


「やたっ! 80点だって辰巳くん!」


 嬉しそうに小さく飛び跳ねるエリザ。

 よかったね。雪菜ちゃんこういう事で嘘は言わないから、素直にその評価を受け取っていいぞ。

 しかし凄いなエリザ。俺が雪菜ちゃんに貰った最高得点が78点で内容は『風呂の時に使うシャンプーの量がほどほどによい』みたいなイマイチぴんと来ないもんだったからな。


「どうしました兄さん。珍しく私が兄さんを褒めているのに、少しは嬉しそうな顔をしたらどうです?」


「いや、凄い喜んでるよ本人も。ぴょんぴょん飛び跳ねてるし」


「……微動だにしていないように見えるのですが」


 いかんいかん、喜ぶエリザに見惚れて雑な返答をしてしまった。

 俺は笑顔で『今日はとっても嬉しいゾイ』的なポーズをとった。

 だが雪菜ちゃん、見てない……!


「これを本当に兄さんが……? いや、家を出て3か月、その間お茶を淹れることだけに全ての時間を費やしたとすれば――例え不器用な兄さんでもこの域にギリギリ至る、いや……どうでしょうか……」


 お茶を淹れるだけの人生とかヤ・ダ・よ。

 アニメ見たりマンガ読んだり、ネットの掲示板で煽りあったり、他にやることなんて山ほどあるんだよ。スマホゲーのガチャを回す前に捧げる祈祷ダンスを踊り狂ったりな。


 そのあと「食事を用意するので、台所を借ります」と台所に向かおうとした雪菜ちゃんを止めていると、エリザが食事を乗せたお盆を持ってくる姿が見えたので、慌てて雪菜ちゃんの視線を窓の先に誘導した。


「何ですか? 窓の外に何があるんですか?」


「いや、ほら……ここからの光景を雪菜ちゃんにも見てもらいたくて」


「壁と物干し竿しかありませんが?」


「いい……壁と物干し竿だろ?」


 という謎のやり取りの後、食卓に戻ると食卓の上にはさきほどエリザが作っていた食事が並んでいた。

 

「これは、いつの間に……」


 と疑惑の視線がそろそろ面倒臭くなってきたので、さっきさっきと魔法の呪文を連呼して食卓前に座らせた。


「いや、流石にこれを兄さんが用意したと言われても、信じられないのですが……」


「だよなぁ」


「だからどうしてそんな他人事なんです? そういえばこの肉じゃが、部屋に入った時、台所で用意してあったような……兄さんの家に手料理が存在するわけないので、てっきり幻でも見たかと。……現実に存在していたんですね」


 流石にこれを俺が作ったって堂々と答えることは出来ない。

 作ってくれたエリザに申し訳ないってのもあるけど、こんな上等な手料理、純粋に俺が人生を20回くらいやり直したとしても、用意するのは不可能だ。強くて×30ニューゲームをしようが、絶対に無理のムリムリ。

 雪菜ちゃんもそれが分かっている。


「この料理は……そのぉ……」


 だから、こう、上手い事さっきみたいに何かそれっぽく納得して欲しい。

 俺には思い浮かばないから、雪菜ちゃん、頼む。


 ジッと料理を見つめていた雪菜ちゃんが顔を上げた。


「これはもしかして……出前、ですか?」


「そうそれ! 出前出前! 便利だよなー出前」


「そうですか。わざわざ出前なんてしなくても、私が食事を用意するつもりだったんですが……最近の出前は妙に家庭的なんですね」


 もしかしたら世の中にはこんな風に、家庭料理をそのままデリバリーしてくれる出前もあるかもしれない。

 需要はいくらでもあるんだし、絶対無いなんてことはないからな。


 お茶と同じく、冷める前に……と頂く。

 相変わらずすぐ隣には、ハラハラした様子のエリザが立っている。


「お、お口に合うか分かりませんが……どきどき」


 その辺、俺は心配していない。

 だってエリザの料理は美味しいし。これを不味いとか言うヤツがいたら、そいつん家突き止めて庭にミントばら撒いてやる。


 雪菜ちゃんが箸を手に取り、肉じゃがの十分に味が染み込んだジャガイモを口に入れる。

 ゆっくりと咀嚼し……嚥下する。


「――なるほど」


「ど、どうかな妹ちゃん……?」


「50点、といったところでしょうか」


 は? 厳しくない? 

 もしかしてエリザにしては珍しく味付けをミスったのかなと思い、俺も食べてみる。


 もぐもぐもぐ。

 

 うん、やっぱり旨い。

 この甘めの味付けがまた……デリシャスデース。ご飯も進むわ。もぐもぐ。


「いや美味いだろコレ。あ、もしかして50点満点だったり?」


「いえ、100点満点中ですが。……まあ、出前ならこんなものでしょう」


 そう言いながら箸を進める雪菜ちゃん。

 どうやら雪菜ちゃんの口には合わなかったようだ。

 まあ、相手は辛口批評が趣味な雪菜ちゃんだし、気にする必要はないとエリザに声をかける。


「なあ、エリザ」


「うぅ……わたし、まだまだだぁ。もっと頑張らないと! もっとお料理上手くなって、立派なお嫁さんになるっ! それでいつか妹ちゃんが『うまいぞー!』って目とか口からビームだしたりするくらい美味しいの作る!」


 どうやら心配はいらなかったようだ。

 エリザは逆境〇のスキル持ちらしい。しかし、これ以上料理が美味くなったら、マジでエリザから離れられないな……。

 エリザには頑張って、雪菜ちゃんの顔面からビームを出させたり全裸にさせるような料理を作ってもらいたい。雪菜ちゃんのそんなリアクション見たいし。


「……50点。50点ですが……この味付け、兄さんからしたら100点のこれは……これは――私がこの味付けを生み出すまでにどれだけ……」


 50点の料理が気に入らないのか、何だか悔しそうな表情の雪菜ちゃん。

 しかし最後まで米粒も残さず完食していた。

 もちろん俺はお代わりをした。



■■■



 食後、雪菜ちゃんがトイレに行ったので、ちょっとだけ精神的休息中。


「ふぅ……」


 雪菜ちゃんが部屋にいるだけで、アレだけ心地よかったこの空間に緊張感が満ち満ちている。

 こんな緊張感、半日も続いたら胃に穴が開いてしまう。

 こういう時はエリザを見て心を穏やかにしたいが、肝心の彼女は『妹ちゃんに出すおやつの材料がー!』と言って、窓から飛び出してしまった。

 癒しが欲しい……。

 この荒れ果てた砂漠のようなメンタルを潤すオアシスは無いものだろうか。

 今の内にわた〇んでも見て潤いを補給するか……。

 そんな事を考えながら、テレビを付けようとする。

 と……


「――いっちのっせさーん! あーそびーましょー!」


「はーい」


 元気な声が外から聞こえた。

 オアシス的存在がカミングしたので、反射的に返事をしてしまう。

 玄関の扉が開く音。そしてペタペタという足音。

 廊下から現れたのは……


「えへへっ、お邪魔しまーす」


 向日葵の様な笑顔が眩しい、大家さんだった。

 うーん、この笑顔見てるだけで心が潤うんじゃ~。 


「……って、大家さん!?」


「ですよー、大家さんでーす。おや、エリちゃんはいないみたいですねー。じゃ、2人で遊びましょー」


「いや、大家さんちょっと待って待って」


 うっかり呼び込んでしまったが、今はマズい。

 大家さんは立派な社会人(?)だが、見た目は〇学校に通ってる和服ロリだ。

 雪菜ちゃんがトイレから出てきて、こんな和ロリを目撃したら……


『ああ……やっぱり、ですか。こんな事だと、思っていました』


 と侮蔑の表情から幼児愛好家の烙印をポンされて実家に強制送還だろう。

 俺の性癖を治すという名目のもと、熟女物のAVを24時間強制的に見させられる、そんな恐ろしい罰を強要される。そうに違いない。実際、以前それに近いことをされたことがある。


 何やらテレビに機械を繋ぎつつ、嬉しそうにバズーカのような物を見せて来る大家さん。


「あ、これ見てください。何だと思います? 懐かしいでしょー? ネットオークションでほぼ新品の物が手に入ったんです! もう、はやく一ノ瀬さんとプレイしたくて、走って来ちゃいました♪」


「え、何すかコレ」


「スーパース〇ープですよ! ……え? ご存知ないんですか!? ほ、ほらアレですよ、ヨッシーのロ〇ドハンティングとかスペース〇ズーカとか……マリオとルイージがCMに出てた――知ってますよね!?」


「いや、マジで知りません。……あ、スマ〇ラで見たような」


「ジェ、ジェネレーションギャップッ! 略してGG! う、うぅ……こんなところでGG味わうとは……で、でも面白いですから! ね、レッツスコープ!」


 バズーカ的なものを俺に向けてボタンを連射する大家さん。

 非常に盛り上がっているところ悪いが、大家さんにはお帰り願わないと。


「ごめんなさい大家さん。今はちょっとアレなんで……またの機会に」


「えぇー!? な、なんでそんな事言うんですか!? せ、せっかく他の住人さんから笑われながら、走って来たのにー!」


 不満をぶつけるように、ボタンを連射する大家さん。

 そりゃ、和服ロリがこんなバズーカもって走ってたら俺だって笑うわ。


「ちょっとアレって何ですか? 私とスコープする以上に大切な理由があるんですかっ」


「その、来客が……」


――ジャー……ガチャン。


 さて、今廊下から聞こえた音はなんでしょう。

 水が流れる音、扉が開く音。

 そして……こちらに近づいてくる足音。


「い、いかーん! 大家さん! 窓から出て行ってください! 速やかにナウ!」


「え、えぇっ!? な、何ですかいきなり……そんな浮気現場に踏み込まれたみたいな」


「いいから! 早く! 間に合わなくてなっても知らんぞ――」


 言い終わる前に、襖が開いてしまった。

 

「トイレも綺麗でした。そういえばウォシュレットを最大にする癖、まだ治っていないんですね。何だか懐かしくて――あら」


 雪菜ちゃんの視線が大家さん、そして俺を捉える。

 その目がスッと細くなり、俺を睨みつけた。

 はい、終わった。終わり―、終了ー。


 雪菜ちゃんが部屋に1歩足を踏み入れ――穏やかな笑みを浮かべた。


「えっと……兄さん? そちらの女の子は? お友達ですか? いつも兄がお世話になっています」


 スッと丁寧なお辞儀をする雪菜ちゃん。

 上げた顔に浮かんだ表情は、俺の前では決して見せない――『にこにこ』という擬音が見えそうなくらい愛嬌のある笑顔だった。


「あ、あのぉ一ノ瀬さん? この可愛すぎる美少女は一体……」


 大家さんが俺の袖をクイクイ引っ張ってくる。

 何とか説明しようと口を開くが、舌とか唇がブルブル震えて声にならない。


「どうしたんですか兄さん? その子が誰か……紹介してくれないんですか?」


「だ、大丈夫ですか一ノ瀬さん? 凄い汗ですけど……拭きますね?」


 金魚みたいなに口をパクパクさせる俺の額を、大家さんがいい匂いのするハンカチで拭ってくれる。


「……随分と、仲がいいようですね。私、お二人の関係が、とても、気になるのですけど……ねぇ兄さん? どうしてそんなに震えているんですか? ねぇ……フフフ」


 誰もが好感を抱くだろう愛嬌のある笑顔。その口元が一瞬だけ歪んだのを俺は見た。


「あ、あわわ……泡わわ……」


 あ~あ、出会っちまったか。ふぅ……精神的ストレスで泡吹いて倒れそう。

 いや倒れたい。とりあえず倒れてさえしまえば、この場は乗り切れるだろう。

 だが、俺のメンタルちゃんは中途半端に我慢強い子なので、こんな状況でも踏ん張ってくれるのだった。



■■■



「こっちは俺の妹の雪菜ちゃん。で、こっちはこのアパートの大家さん」

 

 で、こっちは冷や汗ダラダラでお尻までびっしょりなタツミ! よろしくね!

 よし、何とか紹介できたぞ。


 卓袱台を挟んで座る雪菜ちゃんと大家さん。

 紹介も済ませたので、後は若い者だけでどうぞー……と俺はその場を去ろうとしたが、卓袱台の下から加えられた2つの力によって服を拘束され、逃げ出すことが出来なかった。


 2つの力――俺から見て左に座る雪菜ちゃんの方がグイに引っ張られる。


「……兄さん? ちゃんと説明してくれなきゃ分かりませんよ。もう、いつも兄さんは説明不足なんですから。私、困っちゃいます」


 『むー』と不満げな表情を浮かべる雪菜ちゃん。

 さっきまでの冷酷激ヤバな雪菜ちゃんとの違いに、俺が平行世界に迷い込んでしまったと思ったそこのあなた。

 残念だがそれは違う。世界線は変わっていない。

 ただ雪菜ちゃんが『オーバーザキャット(猫を被る)』しただけだ。

 このモードに入った雪菜ちゃんは、ダメな兄を持つ世話焼きな妹を演じるのだ。

 第三者がいる時は基本このモードで、人当たりのいい世話焼きな妹を演じてくれる。

 俺としては精神的にも穏やかないい感じの時間なんだが……このモードが長ければ長いほど、演じるストレスの反動か知らないが、あとあと元に戻った彼女の言動や振る舞いがキツくなるのでいわゆる諸刃ブレードってやつだ。もちろんブレードザクザクでイタイタイの対象は俺。


「いや、だから言ったじゃん。アパートの大家さん。色々世話焼いてくれてんの。……じょ、常識の範囲内でね」


「もう、兄さんったら冗談ばっかり。ふふっ、それでこの子は? 大家さんの娘さんですか?」


「だ、だから大家さん本人――」


「もう、兄さんったら冗談ばっかり。ふふふっ」


「あの――」


「ふふふっ」


 笑顔の圧が凄い。『さっさと白状しなさい』そんな圧をヒシヒシ感じる。

 いかんな。真相を説明するまで延々と質問を繰り返してくるヤツだ。入口にいる村人かよ。

 いや、真相って言ってもマジで大家さんは大家さんだし。

 見た目こんなんだから子供に見えるけど、ちゃんと大家さんだし。ちゃんと大家さんってのもよく分からんけど……大家さんは大家さんだしな。説明のしようがない。


「だからさぁ――」


「まあまあ一ノ瀬さん」


 ここで大家さんが『任せて下さい』とウインクをしてきた。


「私こんなんだから、よくこういう反応されるんですよね。こういう時は……これです」


 大家さんが自分の懐辺りをモゾモゾ手探りし何かを取り出した。

 カードのようなものだ。この状況を説明するカード?

 あ、もしかして――


「じゃーん、めーんきょーしょーう! はい、私こういうものです」


「……はぁ」


 雪菜ちゃんが大家さんから免許証を受け取る。

 困った様な表情で免許証に目を通し――


「は? ……んんっ! ――ええーっ!?」


 一瞬素を出した後に、ちょっとワザとらしい驚愕の声をあげた。

 

「ま、そういう事です、えへへ」


「これ、本当に……えぇ……う、うそみたーい。――本当に、嘘でしょう?」


 雪菜ちゃんの視線が手元の免許証とニコニコ笑顔を浮かべる大家さんとを行ったり来たりする。

 言葉の最後の方、素が出てたな。あの雪菜ちゃんが一瞬とはいえボロを出しちゃう免許証……。

 気になる。あのカード一枚に大家さんの生年月日やら所持資格が掲載されてるんだよなぁ……見たい。


「おっと、ダメダメダメでーす。一ノ瀬さんはダメですよー」


「えー何でですか? 俺にも見せてくださいよ」


 身を乗り出して覗こうとしたが、大家さんに袖をグイと引っ張られデフォルト位置に戻ってしまった。


「むーん、乙女の秘密でーす。乙女の秘密を覗くためには、大家さんポイントが4000点足りませーん」


「乙女の秘密ならしゃーない」


 だって乙女の秘密だもんな。下手に暴こうとすれば必ず痛い目を見る。

 つーか大家さんポイントとか初めて聞いたけど何よ。どこのカード使って支払いすればポイント付与されんの? 欲すぅい。


 雪菜ちゃんが大家さんに免許証を返還する。


「ありがとうございました。それから……その、失礼しました。まさか年上とは思わず……」


「いえいえいいんですよー。慣れてますからねー、ウフフ」


 全く気にしてない様子の大家さん。そんな大家さんに謝った後、マジマジと顔を見つめてしまう雪菜ちゃん。

 結構失礼な行為だけど、それに気づかないくらい衝撃を受けているのだろう。

 いやマジで大家さん……何歳なんだろう。知りたい……でも秘密のままであって欲しい。そんな相反する感情を胸の中で持て余すのは正直結構楽しい。いつか大家さんの口から真相が語られるまで、この不安定な感情を楽しむとしよう。

 今度はそんな大家さんから服をクイクイ引っ張られる。

 

「じゃあ次の私の番ですね。この可愛い制服美少女は誰です?」


「いや説明した通りですけど」


「一ノ瀨さんの妹?」


「分かってるじゃないですか」


 まあ、大家さんならすぐにわかってくれるだろう。前に妹がいるって話したことあったし。


「そうですかぁ、一ノ瀬さんの妹ちゃんですかぁ」


 大家さんがうんうん頷きながら、雪菜ちゃんの顔と俺の顔を行き来する。


「……レンタルのヤツですか?」


「何を言ってるんですか」


「ほらレンタル彼女ってあるじゃないですか。その……妹版? みたいな?」


「いや、ノーレンタルですよ。リアルなヤツですよ。非売品ですよ」


「で、ですよね! あははっ」


 同意しながら、再び俺の顔と雪菜ちゃんの顔を往復。

 何かを確かめるように。何かを比較するように。


「……あ、あのー1時間3万円くらいのヤツじゃないですよね? 電話したら来てくれる、みたいな? ほらオプションで『お兄ちゃん』って呼んでくれたり、あと制服も着てるじゃないですか! いわゆるデリ――」


「大家」


 俺は初めて大家さんを呼び捨てにした。

 でも正しい判断だったと思う。あれ以上言わせてたら、大家さんの株が下がってしまう。人気投票にも影響が出そうだしな。こうやって他人のフォローが出来る俺って優しい……票集まっちゃうかもな。まあ、別に票が欲しくてやったわけじゃないけど、もらえる物は病気以外もらっとけって祖父ちゃんが言ってたから、投じられた票は貰っとくよ、ありがとな皆!


「だ、だってだって! に、似てないですもん! 失礼だと思うんですけど、ですけどぉ! 本当に失礼だと分かってるんですけど……血が繋がってるとは思えないですよぉ! みんなもそう言ってくれます絶対!」


「誰だよみんな」


 なぜか半泣きの大家さん。

 どうにも俺と雪菜ちゃんが兄妹関係にあるとは認めたくないようだ。 


「あ、分かった! 義理ですか! 義理の妹ってヤツですね? なら納得です……はぁーこれが義理の妹。実在してたんだ……エッチなゲームの中でしか存在しないと思ってました……」


「勝手に事実を捏造して勝手に納得しないでくれません?」


 俺は溜息を吐いた。

 まさか大家さんが信じてくれないなんて。……そんなに似てないかな。よく見たら歯並びとか似てるって言われるし(歯医者さんに)


「だからぁ――」


「まあまあ兄さん」


 ここで成り行きを見守っていた雪菜ちゃんが、割り込んできた。

 ん? 何かこの流れ、どっかで見たような。


「兄さんがこんなですから、こういう状況には慣れてます。こういう時は……これです」


 雪菜ちゃんがスカートのポケットから財布を取り出す。年季の入ったマジックテープがバリバリするダサイ財布だ。まだ使ってたのかアレ。

 で、その財布から取り出したのはカード。

 やっぱりこの流れ……。

 

「はい。学生証です。これを見て頂ければ分かると」


「はー……どれどれ」


 やっぱりさっき見たわこの流れ。


「一ノ瀨、雪菜――えぇぇぇぇぇぇ!? ほ、本当に一ノ瀬さんの妹ちゃんなんですか!? うそー!」


「ふふふ、よく言われます」


 よく言われんのかよ。大家さんは分かるけど、雪菜ちゃんもこの流れよくやってんのかよ。知らんかったわ。

 え、なに? 俺のせいなの? 俺が似てなさすぎるから悪いの? 俺のせいで雪菜ちゃんがこの面倒臭いやりとりやってんの?


「でも本当に……はぁー……失礼ですけど、ほんとに似てないですねー」


「ふふ、よく言われます」


「うーん、突然変異って感じですね! ……失礼ですけど」


「よく言われます、ふふっ」


 失礼ですけどって付けたら何でも言っていいわけじゃないんだよ、大家さん。

 あと突然変異ってよく言われんのかよ。何か申し訳ないわ。生まれてきて申し訳なくなってきたわ。

 

 しかし雪菜ちゃんの学生証か。

 どんな顔で映ってるんだろうなぁ。見たい。


「ダメですよ兄さん。兄さんには見せません」


「えぇ、何で? 別に兄妹なんだから学生証くらい……」


「ダメです。乙女の秘密です」


「そうですよー一ノ瀬さん、乙女の秘密ですよー、ふふふっ」


 『ねー』と2人で笑い合う雪菜ちゃんと大家さん。

 何だ。仲良くなれそうじゃん。俺の心配は杞憂だってことか。そりゃそうだよな、雪菜ちゃんだって学校では普通に友達とかいるもんな。俺への制裁は心配しなくてよさそうだ。

 今度こそ、あとは若い2人で……と立ち上がろうとする――が、雪菜ちゃんの方から、さきほどとは比べ物にならない力を加えられ、その場から動けなかった。


 雪菜ちゃんが俺の顔を正面で見つめる。

 その顔は大家さんからは見えてない。


「それで兄さん。――どういうご関係なんでしょうか。よく遊びに来られるみたいで……私、とても気になります」


 至近距離から向けられた絶対零度のそれは、服を掴まれてるとか関係なしに俺の体を硬直させ、逃げることは出来なかった。


 蛇に睨まれた蛙――今の俺を表すにはぴったりの言葉だった。


 俺たちの関係を大家さんには空気を読んだ上で説明して欲しかったが


「……ふふ、ふふふ。まさか一ノ瀬さんの妹ちゃんに会えるなんて……。ここで妹ちゃんに優しくして私という存在をアピールしておくと……家に帰った妹ちゃんは親御さんに私のことを『可愛くて優しい女の子とお友達になったんだー』と食事の場で話すでしょう。もしかしたらもうちょっと飛躍して『あ~あ、あんな素敵な人がお姉ちゃんだったらなぁ。あ、そうだ! 大家さんがお兄ちゃんと結婚すれば――』あ、勝った。勝っちゃいました私。えー、こんな簡単に勝っちゃっていいんですかね、いやー、まさかこんな風に一ノ瀬さんルートに突入出来るなんて。えっへっへ……『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』昔の人はいいことを言いましたねー。一ノ瀬さんをゲットした上に、可愛い妹ちゃんまで付いてくる……最高にナイスな展開じゃないですか! くふふっ、くふふふふっ」


 と例によって袖に顔を隠しつつ、ブツブツ呟いでたのでこの人マジで使えねーわ。

大家と妹が交差する時、物語が始まる――(次回エピローグ)

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