この妹、生来幽霊が見えぬ!!!
文章量が多すぎたので、大家さんが出るところまで行けませんでした。
次出ます。
「――中には誰もいませんね」
見当が違った、そんな表情で俺を見つめる雪菜ちゃん。
そこに誰かが隠れていると確信していたが、誰もいなかった……そんな困惑の表情。
ふむ……なるほど。
どうやらエリザは空気を読んで、上手い事別の場所に隠れてくれたらしい。
お陰で首の皮一枚繋がった。もしここでエリザが見つかっていたら問答無用で一ノ瀬辰巳断首パーティー決行だったからな。
ほんと、エリザにはいつもサンキュー感謝している。
可愛い上に家事も出来て空気も読めてその上可愛くて幽霊だから一生ロリ……究極生物(カ〇ズさま)以上じゃねえか……。
本当にエリザが押し入れの中にいなくてよかった。
「だからさぁ、誰もいないって言ったじゃーん」
俺は安堵の笑顔を噛み殺しながら、面倒臭そうに溜息を吐きつつ、雪菜ちゃんの隣に並んだ。
雪菜ちゃんの視線は未だ発見できない何かを疑うように押し入れの中に向かっている。
ぷぷぷ、そこには誰もいないのに……www 一ノ瀨雪菜探検隊乙www
雪菜ちゃんが押し入れの中に手を伸ばす。
「誰もいませんが、まるで……誰かが寝泊まりをしていたような形跡がありますね」
雪菜ちゃんがそんな事を言うであろうことをこの俺は予想していました。
「それはね。うぷぷぷっ……ほら、俺って男の子だからさ。なんていうの? 男の夢、的な? 秘密基地? みたいな? そういう暗くて、狭い別荘的な場所が欲しくなるんですよ。男の子ってのはそういうもんなんですよ」
我ながら即興とは思えないほど、完璧な言い訳が出来た。
キレキレだ……今の俺、最っ高に切れてる……。完全に証拠が揃った殺人事件の容疑者に挙げられても切り抜けられる、そんな勢いを感じる……! 風なんだろう、吹いてる、着実に俺の方に……!
実際この押し入れはエリザちゃんのプライべートルームなんだよななぁ。
「そういうもの、なんですか」
俺の完璧なアリバイにあまり納得がいかない様子の雪菜ちゃん。
でも、そこには誰もいないしね! 俺の説明に納得せざるをえないんだよなぁ!
ほんとエリザ、ありがとう! 今どこに隠れてるか分からないけど、グラッチェ! エリザ! 雪菜ちゃんが帰った後、何でも言うこと聞いちゃう! 神龍みたく『神の力を超える願いは叶えられない』的なケチな事は言わないぜ! これを乗り切ることが出来たらマジで命かけて自分の力以上に願い叶えてあげちゃう。
「そう、ですか。秘密基地……そういうもの、ですか。何分、女子高に通ってるせいか、あまり男性のそういった常識に疎いもので。……しかしこのスペース……いや、私がどうこう言うものではない、と。分かっているのですけど……少し趣味が……」
「男の子だぞ? 雪菜ちゃんみたいな女の子には分からないちょっとした変わった趣味の一つや二つあるんだよなぁ? フォッフォッフォ……」
俺は宇宙忍者っぽく笑いながら、雪菜ちゃんの肩に手を置いた。
理解できない状況に困惑した彼女を宥めるように。
まさか、こんな風にマウントをとれる日が来るなんて思わなかった。いつだって雪菜ちゃんは上で、俺は下だった。俺は見下ろされる立場だった。でもこの瞬間は――俺が上にいる。ポル〇レフを見下ろすデ〇オのように、圧倒的な上下関係がある……ッ!
俺はドヤ顔を浮かべながら、秘密基地――もといエリザの寝場を覗きこんだ。
「たまにさぁ。都会の喧騒から離れてみたい時が男の子にはあるわけ。何ていうか……遺伝子に刻まれた狩人だった頃の血が疼く? みたいな? そういう時はこうやって少しでも文明から離れた場所で寝泊まりをしたくなる、獣を追って火を起こし狩猟の成果を持ち帰る……そんな記憶が――なんじゃこりゃぁ!」
押し入れを覗き込んだ俺の目に入ってきたもの。
布団。枕。掛け布団。あとあんまり見ない方がいいだろう日記。
そして天井に貼られた――等身大一ノ瀬辰巳ポスター。
等身大の、俺の、ポスター。
「オレェ?」
なんだァ? これェ……。
いや、見たことはある。こういう感じのポスター。乙女ゲーとかBLゲーとかはよく分からんけど、男の子が頬を染めて映ってる等身大のヤツ。よく抱き枕とかに印刷されてる、裏返したらもっと過激なヤツ。表は普通に寝転がってるイラストだけど、裏返した顔は発情したそれで、ほぼ全裸、みたいな? それの俺バージョン。俺が見たこともない爽やかな笑顔で視線の先にいる誰かを抱き締めるかのように手を伸ばしている、そういうヤツ。
断っておくが俺は自分の容姿があんまり好きじゃないし、間違っても自分の等身大ポスターを作るナルシスト狂人じゃないので、このポスターは無許可で作成された物と思われる。
これ……エリザが作ったのか? 確かに手先は器用だけど、イラストまで書けたのか……? クオリティ高すぎないか? それともプロのイラストレーターさんをどっかから引っ張って来たのか?
「秘密基地で、自分の等身大写真を見ながら眠る……そう、ですか。一般的な男性はそういう……度し難い性癖を……持っているものなんですか?」
「うん」
一般的な男性には悪いが、俺はその二文字しか言えなかった。
自分の等身大ポスターを見ながら、そう言わざるをえなかった。
でも違うとは言えないもん。言ったら『こ~こはだ~れの押し入れじゃ?』みたいな追及が来るもん。
だから申し訳ないけど、皆様には一般的な男性は自分の等身大ポスターを貼った狭い秘密基地的な空間に入りたくなる――そういう性癖があるという常識を発信してもらいたい。俺の為に。いいじゃん、別に、見られて困る押し入れなんてないでしょ? お願いだから……広告料3千円までなら払うから……SNSを通じてこの常識を一般的にして下ちぃ……何ならローカルな地域向けのポスターでもいいから……お頼み申す……申すぅぅぅ!!!! 死にたくないんですぅ!
「よく見れば壁の方には……兄さんの写真が貼られて……自分のポスター、自分の写真――何でしょう、この部屋からは兄さんの闇を感じます。……兄さん、何か悩みでもあるんですか? 今から一緒に最寄りの病院に行きませんか?」
割とマジなトーンで言ってくる雪菜ちゃん。
いや、押し入れの中に自分の等身大ポスターや自撮り写真を壁にベタベタ貼ってるからっていくらなんでもそれは俺だって病院に連れていく。誰だってそうする。俺だってそうする。
ただ実際、この部屋はエリザの物なのでエリザが寝転びながら俺のポスター見てだらしない笑みを浮かべたり、楽しそうに俺の写真を貼ってるところを想像すると……
「うふふっ」
「兄さん、本当に大丈夫ですか? ここは照れくさそうに微笑む場面ではありませんが」
俺から一歩引き、口元を若干震わせる雪菜ちゃん。
いわゆるドン引きってヤツだ。
雪菜ちゃんは基本的に何があっても動じない鋼のメンタルを持っているので、こういうリアクションは珍しい。俺が軽く病んでると思われたかもしれないが、このレアな表情を見ることが出来たのでプラスマイナスゼロだろう。いや……鼻差でマイナスか。
しかし……エリザの部屋がこんな風になってたなんて。つーか、俺の寝顔とか外で庭で大家さんと話してる写真とかもあるけど、いつどうやって撮ったんだろ。何なら俺が大学で不真面目に講義を受けてる瞬間みたいな、物理的に撮影不可能な写真もある。……念写かな? 毎回、ポラロイドカメラを1台ダメにしてるのかな?
エリザ「ねーんねんしゃかねねんねーん♪(ポラロイドカメラを壊しつつ)」
そんな光景が浮かんだ。
エリザが満面の笑みを浮かべつつ、新品のポラロイドカメラをチョップで破壊する光景が浮かんでしまった。
撮影の状況を詳しく聞いてみたいが……そもそもエリザはどこに行ったんだ?
確か壁とかすり抜けたりは出来るけど、部屋から出る時は玄関の扉か窓を通らないといけないって制約があったはず。
「……ん?」
インパクトがあり過ぎるポスターや写真に目が行っていたが、よくよく布団が敷かれた押し入れの中を見れば……何だか盛り上がってる場所があった。
まるで小さな女の子がタオルケットに包まって隠れている、そんな感じの膨らみがあった(文章から『小さな女の子』『膨らみ』という言葉だけ抽出したら何だかエロスを感じる)
もっとよく見れば、その膨らみはもぞもぞ蠢いてるし、何だったらタオルケットがちょっと小さいのか下半身が出てしまっている。タオルケットにスカートが巻き込まれ、薄ピンクのパンツとそこから伸びる白い足。頭隠して尻隠さず……うーん、ことわざの状況が目の前に。
つーか。
「おるやん!」
「いきなり何ですか兄さん? 唾が飛んで不快なので50デシベル以上の大きさで喋る時は事前に申告してください」
刑務所かな?
いや、雪菜ちゃんには悪いけど……そりゃ、大声も出しちゃうよ。
だって普通にエリザいるもん。てっきりどっか別の場所に隠れてると思ったら、普通におったわ。
「しかし妙ですね。生活の痕跡はありますが……人間がいた痕跡がない。匂いや体毛が一切ない。……兄さんの物も」
雪菜ちゃんが何やらぶつぶつ呟きながら、敷布団を調べている。
何かを探しているようだが、俺はそんな雪菜ちゃんの行動に心臓が今にも爆発しそうだった。
だってさっきから雪菜ちゃんの手がぺしぺしエリザに当たっている。
未知との遭遇を今まさに目撃している……!
「あぅ……た、辰巳くん? ひゃっ、お、お尻触っちゃダメだよっ……! もう、えっちぃ! ……あれ? もう出てもいいのかな?」
ストップザエリザを宣言する前に、エリザがタオルケットから顔を出してしまった。亀の様ににょきりと。
当然、布団を弄る雪菜ちゃんと目が合う。
「……」
「……」
メトメガアウ~なんてBGMが流れた。
雪菜ちゃんの黒水晶の様な瞳、そしてエリザの穢れの無い湖畔の様な澄んだ視線が交差する。
先に口を開いたのは……エリザ。
「わぁっ、かわいいっ! うわぁ……はわっ!?」
一瞬、雪菜ちゃんに目を奪われたエリザだが、今の状況を思い出して慌てて布団に潜り込む。
エリザが見惚れるのも仕方がない。それくらい雪菜ちゃんの容姿は整っている。身内である俺は慣れているが、普通の人間は雪菜ちゃんを見たら最低でも2~3秒はその美しさに体が停止してしまう。APP22以上、その容姿の美しさは人間以外の生物すら魅了する……今更だが何で俺の妹なんだろ。アレか? 前世の雪菜ちゃんが傾国っぽい事やってその罰ゲームで俺の妹にされたのか? だったら納得だわ。
「だ、だいじょぶだいじょぶ……まだバレてない……セーフセーフ……!」
タオルケットに包まり、ぶるぶる震えるエリザ。
残念ながらアウトだ。だって完全にエリザと雪菜ちゃん、majiでkissする5秒前くらいの距離だったもん。
はいバレたー。エリザの正体バレで雪菜ちゃんのお仕置き確実ぅ!
「もういいです」
雪菜ちゃんが押し入れに背を向ける。
俺は可能な限り雪菜ちゃんに温情を頂けるよう、自ら両の手を差し出した。いつ手錠をかけられてもいい、その覚悟を見せることで少しでも雪菜ちゃんの同情心を仰ぐ打算的な行為だ。それでもダメなら床に転がって腹を丸出しにする。犬畜生にまで身分を堕とすことで、更なる同情を頂く手法だ。それでもダメなら……切腹でもするか? 流石の雪菜ちゃんも兄が目の間で腹切ろうとしてたら……ああ、いや『見ててあげますからどうぞ』とか言いそう。動画撮りながら。
「何ですか兄さん。手なんか差し出して……ふぅ」
雪菜ちゃんは小さく溜息を吐いて、スススと俺の横を通り抜け、卓袱台の前に座った。
慌てて俺も正面に座る。
「認めるのは癪ですが……どうやら、この部屋には誰もいないようですね」
「え」
「一応、先ほどから聞き耳を立てていますが、何者かの吐息、衣擦れ、心音……全く聞こえません。兄さん以外の匂いもない、と」
雪菜ちゃんは、例えるならそう……苦虫を噛みつぶしたような、そんな表情をしていた。
俺が初めて見る表情だ。悔しい、苛立ち、困惑、そんな複雑な表情。
え……どういう事だ?
もしかして、もしかするのか?
未だ開け放たれている押し入れを見る。
タオルケットに潜り込んだせいで顔が赤くなったエリザが、襖から半分顔を出すようにして心配そうにこっちを見ていた。
「あ、あのぉ……雪菜ちゃん?」
「何ですか兄さん」
「一応聞くけど……あそこに何か見える?」
押し入れから顔を出すエリザを指さす。
俺の発言に改めて、押し入れを振り返る雪菜ちゃん。
この瞬間、確実に――両者の視線は交差した。
だが――
「……何ですか? 何も見えませんが。……ああ、ごめんなさい。押し入れを開けっぱなしにしていました」
エリザは雪菜ちゃんを見ていた。
だが……雪菜ちゃんはエリザを認識していない。
完全に一方通行だった。
■■■
信じられないが、どうやら雪菜ちゃんにエリザは見えていないらしい。
あの文武両道、容姿端麗、初めてする事でもすぐその道のプロを凌駕する……あの雪菜ちゃんが。
――幽霊を『視る』ことができない。
正直信じられない。だって雪菜ちゃんなんだぜ? その気になれば人間だろうが、霊的な存在だろうが関係なく『ただし真っ二つだぞ』出来そうなあの雪菜ちゃんが。
ちょっと透けてるだけでふわふわ浮いたカワイイ女の子を認識できないとか――
「ふわぁ……ほんとに可愛い……お目目パッチリしてて、睫毛もながーい! うわわぁ……た、辰巳くん! 妹ちゃんすっごく、すっっっごく可愛いよ!? テレビに出てるアイドルみたい!」
「兄さん。大学の方はどうなんですか? 単位は問題ありませんか? ちゃんと真面目に講義を受けていますか?」
「イモ〇ちゃんよりずっと可愛い……わわわぁ……お肌もスベスベ~」
認識……出来てないんだよなぁ。
だってエリザがふわふわ浮きながら、至近距離で興奮した口調で捲し立てても無反応なんだもん。
雪菜ちゃんに見られないと分かって調子こいたエリザが、ベッタリ側にくっ付いてても何の反応もしないんだもん。
「うわぁ、髪の毛もきれーい! 黒くて艶々でスベスベで――はぁ……ね、ねえねぇ、こ、こんなに可愛いのに、すっごくすっっっっごく可愛いのに! ……ほ、本当に辰巳くんの妹ちゃんなの?」
「し・つ・れ・い」
「……む、兄さんの癖に生意気ですね。そう、ですか。問題ないようならいいんです。もし勉強についていけないなら、受験の時の様に一緒に……と思ったのですが」
エリザに対してつい返答してしまったが、奇跡的に雪菜ちゃんとのコミニケーションが成立した。
エリザちゃんマジで失礼だな。俺だって雪菜ちゃんが自分の妹かどうか、高校1年生くらいの時には疑って何やかんやあってDNA検査したんだぞ? その道は既に俺が通ってる。間違いなく雪菜ちゃんは俺の妹だ。
しかしさっきの雪菜ちゃん、はっきり聞き取れなかったが……ちょっと落ち込んでた?
「どうかした雪菜ちゃん? 何か……体調悪い?」
「いえ別に体調は問題ありません。ただ……」
雪菜ちゃんが俺を見る。
ジッと、観察するように。それ自体はいつもの視線だが、そこに迷いがあった。
「……兄さんの嘘くらい簡単に見抜けると思っていたのに、実際は私の見当違いで……少し、ショックを受けています」
まあ、実際は雪菜ちゃんの見当は完全に正解だったんだけどな。
エリザさえ認識出来ていれば、今頃、俺は雪菜ちゃんに確保されて警察に通報されていたはず。最悪、世間体を考えて可能な限り証拠が残らない手段でinドラム缶、to東京湾、out現世って展開も無かったとはいえない。
「兄さんの事は誰よりも理解できている……そう思っていたのに」
「雪菜ちゃん……」
「少しでも兄さんの生活に乱れがあれば、問答無用で気絶させて家に連れ帰ろう……そう思っていたのに」
「雪菜ちゃん……?」
予想はしていたが衝撃の事実を語る雪菜ちゃん、
その展開にならなくてよかった。
もうマジでエリザに感謝。今度母親に感謝しがちなラッパー並みに感謝の言葉を捧げるわ。
暫くエリザの言うこと何でも聞いちゃう! エリザが望んだら……きゃー! はずかしィィけど、もうあげちゃうわッ、俺のボクサーパンツ!
「……? ……えへへ」
親指を立てた俺に対して、ピースを返してくるエリザ。
完全に雪菜ちゃんの顔を遮ってるせいで、今、雪菜ちゃんがどんな表情をしてるか分からない。
でも……何やかんや雪菜ちゃんは色々理由を付けつつ、俺がちゃんと1人暮らし出来てるか心配して来てくれたんだよな。
だったら……安心させてやろう。
そしてボロが出る前に、さっさと帰ってもらう。いくら見えていないとはいえ、エリザと雪菜ちゃんが同じ空間にいるこの状況に、俺の心臓は未だに悲鳴をあげている。
「なあ、平気だよ雪菜ちゃん。俺はこれからも1人で頑張って行くから。雪菜ちゃんは心配しなくていいよ」
雪菜ちゃんを安心させる為に、笑みを浮かべる。
勿論、イメージは例の背中で語る弓兵だ。あのCGを見たときの『信じられない、男の子に泣かされた……』的な衝撃を味わってほしい、そんな表情を。
「兄さん……」
「あ、そだそだ」
エリザが台所に向かってふわふわ移動する。
エリザが消えて見えた雪菜ちゃんの表情は……いつもの氷の表情だった。
「兄さんが何を勘違いしたかは知りませんが……ショックを受けたのは、あくまでこの部屋に兄さん以外の誰かが住んでいると誤認したことであって、兄さんが1人で自活出来ているとは思っていませんから」
「い、いや実際ほら……ちゃんと掃除とかできてるし」
「ええ見事に。プロの手腕ですね。『美化』という概念が存在しない兄さんでは、こんな部屋はとてもとても……放っておけば何に使ったか分からないティッシュから蒸発した何かで妊娠しかねないあの部屋で平然と暮らせる、あの、あの兄さんが……まさか、掃除に目覚めて、この部屋を? ……ありえません。ゾンビ漫画がある程度誰もが納得できる結末を迎えるくらい……ありえませんね」
分かんねーじゃん! がっこう〇らしがいい感じに終わりを迎えるかもしれないじゃん! そりゃアイアム〇ヒーローはアレだったけど……さん〇あれあはいい感じで終わったじゃん! HIGHSCHOOL OF THE DEADはもう完結しないけどさぁ……あ、ほら! ちょっと前からやってる8LDK屍の王ってやつ!……え、打ち切り? で、でもインフェ〇ションは移籍したけど頑張ってるし! そうだ……そうだよ! 初恋ゾンビがあるじゃん! ゾンヴィガーナだってマギィ超可愛いじゃん! そして漫画じゃないけど……ゾンビランドサガもある。あれのお陰でゾンビ業界は一気に盛り上がるね、そういう未来が見えたもん。アイドルがいろんな意味で蔓延ってる現世だけどゾンビブームが来るもん! 手始めにゾンビ屋れ〇子の実写化辺りが来るもん! どさくさに紛れてゾンビ〇パウダーがアニメ化する可能性もあるでしょ(レベルEみたいに)。ロメロせんせぇが天国でスリラー小躍りしちゃうような『世はまさに大ゾンビ時代!!!』みたいな!!! そんないい意味で終末来るかもしれないじゃん! 《誰もが認める傑作ゾンビ映画、ただしショッピングモールが出ない》みたいなっ! 《ゾンビのあふれた世界、ただし自分だけが襲われない》みたいなっ! そういう時代がさぁ! 流行らないって……あなたは言い切れますか? たかがノストラダムスや2000年問題であんだけ騒めいたこの世の中、コンビニのバイト店員が冷凍から揚げを床でショリショリするだけで全国放送のニュースで流れるこのイカれた時代へようこそ! そんな時代だからこそゾンビものが流行るとしてもおかしくないかもしませんねぇ……(世にも奇妙な例の音楽)
ん、いかんな。ゾンビを語るとどうしても口数……いや、脳内なんだけど分量が多くなってしまう。でもしょうがない。ゾンビものほど名作傑作駄作が玉石混合してるカオスな業界はないからな。そりゃ口数も多くなる。あくまで漫画アニメで済ましたけど、本場のゾンビ映画も加えると……うん、長くなりそうなんで、どこかしらのサイトでジャンル《エッセイ》で好きなだけ語るとしよう。そんときは『常時・T・褒めろ(強制)』ってPNで活動するからよろしく。
マジで何の話だっけ。
確か……何やかんやこの部屋に同居人はいないことを認めつつも、やっぱりこの掃除のプロ具合は認めない、みたいな話だっけ。
自分の身内だからこそ言っちゃうが……クソ面倒臭いなこの妹。普段からこの性格なのか? 学校生活とか大丈夫か? 大学は何やかんやその気になれば上手い事知人を作らないでいけるけど。……高校はそうもいかんだろ。ずっと同じ教室だし。
しかもこの子、弓道部の部長かつ、生徒会長だろ。容姿もあって疎まれることもありそう。
何か心配になってきたな。このクソ面倒臭い性格のせいで、虐められたりしてないだろうか。
「……何ですか兄さんその目は? 頬を叩いて欲しいんですか?」
「参考までに聞きたいんだけど、俺どういう顔してんの?」
大丈夫か。虐められたら30倍返しするのはウチの妹だ。
つーか俺の前だからこんなんだけど、普通の人相手には猫被りまくってるし。虐めの標的にされるようなポジションも上手いこと避けてるんだろう。
で、掃除の話だっけ。
「でもさ、ほら……実際に部屋綺麗だろ? この部屋には俺しか住んでないわけだし、他に誰が……」
「世の中には家事代行サービス、というものがあるそうですね」
あ、それ知ってる。
メイド服着た美人教師が洗濯やってくれたり、コーヒー淹れてくれるんだよね。部屋に女の子連れ込んでイチャイチャしてる間も、代わりにカレー作ってくれたり。
俺も川〇先生みたいな都合のいいメチャかわ教師に会いたかった……。
「それなら納得できます。そうなんでしょう兄さん? 早く認めてしまった方が楽になりますよ?」
雪菜ちゃんから有無を言わせない圧を感じる。
まあ……雪菜ちゃんがそれで納得するならいいか。下手に反論してエリザの存在を嗅ぎ取られたら面倒だし。
俺は気まずそうな表情を作って頷いた。
「うん、実は……雪菜ちゃんの言う通りなんだ。定期的に掃除サービスの人を呼んでる」
「そうでしょうね。私が修学旅行に行っている間に部屋を足の踏み場もない悪辣な環境にするくらいですから……そんな兄さんが急に掃除に目覚めるなんて、ありえませんから」
俺の答えに雪菜ちゃんは何だか満足そうに頷いた。
「しかし……流石はプロですね。ここまで綺麗に掃除をするとは……これならお金を払ってもいいと思えます」
雪菜ちゃんが人を褒めることってほとんど無いから、この部屋の綺麗さはマジで一線級なんだろう。
エリザってば凄い。一ノ瀬辰巳はもっとエリザに感謝するべき。
「ですが……あまり安いものでもないんでしょう?」
「え? ああ……うん、まあ。そこそこかな?」
実際家事代行サービスの相場なんて知らんし。1時間いくらくらいなんだろ。
仮に俺が美少女メイドだとして、オッサンの1人暮らしの糞汚い家を掃除するってなったら……3万は欲しいな。掃除している間もオッサンにいやらしい視線向けられるんだろ? それくらいは貰わないと。
「兄さんの事ですから、今後もそのサービスを利用し続けるんでしょう。この綺麗な部屋を知ってしまった今、汚れた部屋で暮らすのは我慢できないでしょうし。考えなしの兄さんはきっと、お金が底をついた場合、闇金融を利用してでもサービスを利用する……そんな未来が見えます」
「闇金に手出すほど住にこだわってないんだけど」
「――ですので」
雪菜ちゃんが薄く微笑む。
おや、何だか嫌な予感がするぞ。
「これからは定期的に私が掃除をしに来ます」
「はぁ? いや……いやいやいや! いきなり何言ってんの!?」
「何か変ですか? 部屋が綺麗になる、兄さんは不要な出費を抑えられる、問題ないのでは?」
逆に問題だらけだ。雪菜ちゃんが定期的にウチに来るとか……恐ろしい。
雪菜ちゃんが来ることに怯えながら暮らすとか、心臓ちゃんが休む暇なくて死んじゃう!
「や、ほら! 悪いし! わざわざ電車乗り継いで来てもらうとか、申し訳ないから!」
「お気になさらず。ここは高校に向かう途中の駅なので、金銭的な負担もありません。それに掃除だって多少は面倒ですが……今更です。今まで兄さんの部屋は私が掃除をしていたんですから、その日課が再開するだけなので」
お、何か埋まってく音がするぞ? そうか、これは……外堀が埋まる音か。
「そして一番の目的。……定期的に来訪することで、煩悩に塗れた兄さんが人の道を踏み外そうとしたその時に止めることができます。兄さんの事ですから、いつか可愛らしい幼女の1人や2人を部屋に連れ込んで監禁したい、そんな機会を虎視眈々と狙っているんでしょう? そんな愚行を犯して世間様に恥を晒す、それを止めるのは妹である私の役目ですから」
冗談っぽく小馬鹿にした口調で言う雪菜ちゃん。
俺は半笑いのまま、背中当たりにびっしょり汗をかいた。
だっているもん。幼女じゃないけど、銀髪ロリが……今、この部屋に。
「で、でもなぁ……」
断る為のワードが頭に浮かんでは消えていく。
どの言葉も雪菜ちゃんを納得させるだけの説得力がない。
この状況。雪菜ちゃんが俺の部屋に定期的に来る理由を作ってしまった時点で俺の負けだ。俺は失敗した。
最初からこうなるだろうことを想定しながら、言葉を選ばなければならなかった。
「うぅ……」
「ふふっ」
雪菜ちゃんがサディスティックな笑みを浮かべた。
俺が困ってると彼女はいつもこんな顔をする。
今、どんな心境なんだろうか。兄を論破して何を思うのか。……いや、あんまり知りたくないな。




