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真・家賃1万2千円風呂共用幽霊付き駅まで縮地2回  作者: タクティカル
真・第二部 パロディ頼りなタイトル編
13/29

雪菜ちゃんはね、せっちゃんって呼ばれたいんだ、ほんとはね。だけど恥ずかしいから自分こと雪菜ちゃんって呼ばせるんだよ。可愛いね。せっちゃん。

皆様の評価や感想のお陰で更新できています。

本当にありがとうございます。

適当な性格の自分が7年も続けられたのは、応援してくれる皆様のお陰です。

 ――遂に開かれてしまった地獄の窯。

 

 窯の向こうにあるのは、パンドラの箱。

 箱から溢れるのは希望か、それとも絶望か……俺は9割9分絶望だと思う。

 だってこの後に訪れる展開、絶対俺にとってプラスには働かないと思うもん。

 箱の中身……雪菜ちゃんなんだぜ?

 なんでミミックだって分かってる宝箱開けなくちゃいけないわけ? 


「うぅ……どうしてこうなった……」


 手で顔を覆いながら嘆く。

 どこで選択肢を間違ったんだろう。数多在る平行世界には、こんな風に雪菜ちゃんが電撃訪問してくることのない世界もあるんだろう。その世界と俺の世界、何が違ったんだ。何をどうすれば、この展開を避けられたのか。カオス理論的に言えば本当に些細な選択が後に多大な影響を与えるわけだし、例えば数日前の朝に、その日のパンツをトランクスにするかボクサーパンツにするかで分岐していたのかもしれない。今いる世界はボクサー世界の俺。きっとトランクス世界の俺は今日も平凡な日常を過ごしているはず。羨ましい。どうしても俺はトランクスじゃないのか。あの日の選択を悔やむ。……やむ。


『妾、お主が言う平行世界とやらも認識できるが……トランクスを履いたお主、朝から痴漢の冤罪で豚箱にぶち込まれとるぞ』


 マジっすか。

 ボクサーパンツでよかった! トランクスとかダサイし、全部捨てちゃう!

 つーかシルバちゃん、平行世界とか見れるんだ……。

 平行世界って無数にあるんだよな……ということは、俺が異世界に召喚されてエルフとかスライム娘とイチャイチャしながら冒険するノクターンな世界も存在しちゃったり?


『うむ、一つだけあるのう』


 すげー!

 そのルートにはどうやって行くんです!?


『む? そうじゃのう、立てるべきふらぐは多いが……まず最初に卵子に向かう途中、他の精子を800体以上倒してから――』


 分岐はえーわ。物心つく前の前じゃねーか。 

 そうかぁ、異世界で無双する為には生まれる前から無双しなくちゃいけないんだなぁ……大変だ。

 これからは異世界無双ものディスるのはほどほどにしとこ。オムツライオンってよく見れば可愛いよね。キュート♡


 どうやら俺は、この世界で生きて行かなくちゃいけないらしい。

 どれだけ苦難が待っていようが、それでも俺の世界はここだけなんだ。


「……よし」 


 俺は前を向いた。

 人生で何度か訪れるであろう、山場が目の前にある。

 選択を誤れば、一気にどん底に落ちてしまうだろうエベレスト級の山場だ。

 逆に言えばこの状況を乗り切ってしまえば、多少の山場は難なく乗り越えられるはず。

 うん、前向きに行こう。後ろには何も無いしな。哀〇潤さんが言ってた。 


 俺は深く息を吐きつつ、玄関のチェーンを外した。

 そして鍵も開ける。

 鉄で出来た鍵が、いつもよりずっと冷たく感じた。


 ――カチャン。


 これで俺の部屋は完全に無防備だ。誰だって入ることが出来る。当部屋は誰だってウェルカム……!

 何のセキュリティも存在しない、裸の玄関。

 N〇Kだって宗教の勧誘だって『オカズ作り過ぎちゃって』みたいな女子大学生だってドンと来い!


「ふぅ……っ」


 俺はそんな玄関扉をゆっくり押した。


 ギィィと音を立てて、開かれる玄関。

 玄関内に真夏の太陽が差し込むと同時に、ゆっくり現れる外の景色。

 いい天気だ。雲一つない、雨が降る心配なんて全くない天気。

 そんなピーカン晴れの外に。


 1人の少女が立っていた。


 見覚えのある少女だ。

 ずっと、物心ついた時から俺の側にいた少女。

 俺の目の前で、ゆっくり一段一段階段を上るように成長してきた少女。

 いつからか、気が付けば自分の手の届かない存在になってしまった少女。

 天に輝く星のように、遠く、そして一番近くにある星――一ノ瀨雪菜。

 

 俺の妹がそこに立っていた。



「――2、1、0。……へぇ、驚きました。時間にルーズな兄さんが、ちょうど約束通りの時間に扉を開けるなんて……」



 口元を歪ませ、両の手を合わせる雪菜ちゃん。

 相変わらず目が笑っていない。口元は酷薄な笑みを浮かべ、俺を見つめている。

 体つきや顔、浮かべる表情は昔と変わったが……黒水晶のような瞳だけは変わっていない。


「よく出来ました兄さん。時間通り行動できるなんて偉いですね、ふふふ」


「そりゃどうも。待たせて悪かったな。……じゃあ、どうぞ」


 大きく開かれた扉をくぐり、雪菜ちゃんが玄関に入ってくる。

 雪菜ちゃんが玄関に入りきった瞬間、室内の温度が少し下がった気がした。


「お邪魔します。……へぇ、玄関は綺麗にしていますね」


 靴を脱ぎながら、目ざとく周囲を見渡す雪菜ちゃん。


「……ふぅん、土汚れもないですね」


 靴を脱ぎながら同時に玄関の汚れもチェックしてくる。

 だが無駄だ。エリザはその辺、ばっちりだからな。

 普通の人は見ない靴箱だって綺麗に掃除されてる。


「では、お邪魔させていただきます」


 俺の目の前で、靴を脱いだ雪菜ちゃんが廊下に足を踏み入れる。

 俺とエリザ、2人だけの領域に、初めて雪菜ちゃんが足を踏み入れる。

 踏み入れてしまった。


 ああ、雪菜ちゃんが部屋に……来てしまった。


 胸の内から溢れる途方もない後悔と不安。

 雪菜ちゃんという恐ろしい存在を自分の部屋――最後の聖域に招き入れてしまった。

 いつ爆発してもおかしくない、爆弾を飲みこんでしまったような絶望。

 全裸で南極大陸を横断しろと強要されたような無理感。

 全身を銀で武装したハンターと棺桶で同衾する吸血鬼の気持ち。

 発情期のオークの巣穴に全裸で媚薬を体中に塗りたくった状態で――ともかく、絶望的な状況だ。セーブもしてないから当然ロードもできない。


 いや、絶望していても仕方がない。

 部屋に入れてしまった以上、何も起こらないように祈りつつ、穏便に帰ってもらうしかない。

 何の目的で来たかは分からないけど、問題さえなければ、普通に帰宅するはずだ。

 

「ええっと、じゃあ……居間に行こうか」


 雪菜ちゃんに背を向け、居間へ向かう。

 ひんやりとした廊下を1歩歩き――背後から何かに抱き着かれた。


「え、な、なにっ!?」


「……兄さん」


 うなじ付近から雪菜ちゃんの囁く様な声が聞こえる。

 俺の脇下から伸ばされ、胸の前でクロスされているか細い手は……間違いなく、雪菜ちゃんの物だ。彼女の名前の通り、真っ白な腕。

 背中に雪菜ちゃんの体温を感じる。

 どうやら、雪菜ちゃんが俺に抱き着いているらしい。


「なるほど……え!? どういうこと!? なになに!?」


「兄さん。少し……ジッとしてて下さい」


 慌てる俺に反して、いつも通り落ち着いた声で囁く雪菜ちゃん。

 突然の奇行に、頭が追い付かない。

 何の目的で雪菜ちゃんが俺に抱き着いているのか。

 やっぱり待たされたことに怒っていて、俺をこの場で鯖折りで締め上げるつもりなのか(鯖だけに)

 いくら俺だ鯖好きだって、鯖折りはちょっと勘弁願いたい。


「……」


 だが、暫く待っても俺の肋骨がへし折られることはなかった。

 ただジッと、抱き締めてくるだけ。


「あ、あの、雪菜ちゃん……?」


「何度も言わせないで下さい。黙って、動かないで……もう少しだけ、ですから」


「……う、うん」


 雪菜ちゃんの思考と行動が理解できない。

 まるで電車に乗り込もうとする恋人を後ろから抱きすくめるような、この行動。


 いや……これはもしかすると、アレなのか?


 この状況、世間一般的に考えれば、久しぶりに兄に会ったことで、気付かない内に積もっていた感情――寂しさが爆発して、衝動的に行動に移してしまった。

 そういう状況ではないだろうか。

 でも……雪菜ちゃんだぞ? あの雪菜ちゃんが、おれを害が無いから駆除せず放置しているゴキブリとしか思ってない雪菜ちゃんが……ありえるか?

 

 ううん、よく考えてみよう。

 雪菜ちゃんだって同じ人間なんだ。いくら性格がアレでも、同じ母親の胎内から生まれたとは思えないほど高いスペックを持っていようが……実際、生まれた瞬間を見てるし、実の妹なんだ。正当な分娩を経てこの世に生まれた種族:人間だ。

 普段の振る舞いや言動やその他のアレやコレやで気が付けば別次元の上位者みたいな扱いをしてたけど……家族であることには間違いないんだ。ご飯だって食べるし、睡眠もとる。トイレだって……いや、トイレ行ってるところは見たことないな……けど、同じ人間なんだ! そうだ! 人間なんだよ! 我々は人間だ!

 人間だから感情もある。ずっと一緒に暮らしていた兄と3か月も離れた生活して、久しぶりに対面したことで……無意識に貯めこんでいた寂しさが爆発することだってあるんだ。感情に任せて、幼い少女のように、兄に甘える――それが人間なんだ。

  

 俺は……今まで何をしていたんだろう。

 彼女を怖がって、恐れて、避けて……兄として最低のことをしていた。

 1人暮らしを始めて、1度も家に帰らず、顔も見せず……何て酷い兄なんだ。妹をほったらかして。ダメな兄だ。ダメ兄、略して駄兄、いやもっと略してダニ、俺はダニ! ダニーちゃん! ダニーちゃんの馬鹿! バカバカ! もう知らない! 情けな過ぎて焼却炉に飛び込みたい! 


「雪菜ちゃん……」


 そっと、雪菜ちゃんの手に触れる。

 小さな手だ。普通の、女子高生の小さな手。何の変哲もない、人間の手だ。 


 俺……変わるよ。これからはいいお兄ちゃんになる。

 3か月会えなくて寂しさのあまり抱き着いてくる可愛い妹、実家に帰ってこないから心配になって様子を見にきた(だろう)優しい妹、いつも俺のことを想ってメールしてくれる兄想いの妹――彼女の為に、いいお兄ーちゃんになる。略していーちゃんになる! OVAにだって出る! クビシメ〇マンチストはまだですかね。


 雪菜ちゃんの手に置いた俺の手を、彼女がギュッと握った。

 やっと捕まえた――そんな風に。

 冷たいと思っていた彼女の手は、人間の持つ温かさがあった。


「――兄さん」


「雪菜ちゃん。ごめん、俺、今まで……」


「何度言わせるつもりですか? 黙って、ジッとしていて、と言いました。どうして出来ないんですか? 隣の家で飼ってる犬の方が1度言い聞かせれば理解する分、兄さんよりずっと賢いですよ。犬以下の兄さん、次はありませんよ? あと、どこを触ったかも分からない汚い手で触らないでください」


「えぇ……」


 あれ? お、おかしいなぁ……流れ的に今まであった壁が取り払われて、兄と妹の絆が深まる展開だったんじゃないの?

 雪菜ちゃん、いつも通りじゃん。いつも通りの平坦で無感情な声じゃん。寂しさとか微塵も感じないんですけど。


 え、だったらこの行為なんなの?

 何のために俺は抱き締められてるの? シルバちゃん分かる?


『くぅ、ぐぅ……むにゃむにゃ……犬か猫じゃと? 妾は……猫じゃな……犬は品が無いから嫌いじゃ、上目使いでシッポを振ればエサを貰えると思ってる……ぐぅ』


 くそ、昼寝中か。何だその寝言。

 シルバちゃんがお休み中なら、自分で考えなければいけない。


「……なるほど。これは、確かに……」


 雪菜ちゃんが俺の体に手を回したまま、何かを呟いている。

 そして動きが無かった手が、もそもそと動き出した。

 右手が俺の肩、左手が腰辺りを這い回る。


「うん、これは……そうですか」


「おふっ、な、何が!? さっきから何してんの!?」


「チッ。だから黙って下さいと……まあ、いいです。見ての通り、触診ですよ」


 触診、だと?

 触診って……文字通り、触って診るってことだよな?


「今、兄さんの体を調べているところです。やっぱり送ってきた写真だけではちゃんとダイエットが出来たかどうかの信憑性が薄いですから。こうやって実際に目で見て、触れて見ないことには、確実に成功したと判断できないので」


 くそっ、やっぱり難癖つけて俺を連れ戻すつもりだったか。

 正直、写真を送った時点でこういう展開を予想はしていた。予想はしていたが……まさか、こんな風に直接的な手段に打って出るとは……。


 ふん、だがいいさ。いくら難癖を付けようが、今の俺をいくら叩いても埃は出ない。

 今日だって朝に体重計って問題なかったし。調べるだけ調べればいい。


「……やっぱり、肉付き、肌の艶共に問題ない健康体……いや、下手をすれば実家にいた頃、私が管理していた頃よりも……ぐぬぅ」


 すぐ後ろからギリリと歯ぎしりする音が聞こえる。怖い。


「……いい、でしょう。はい、問題はないようです」


「だ、だろう? これで満足した? だったらほら、雪菜ちゃんも忙しいだろうし――」


 家に帰ったら? そう言おうとした。

 だが雪菜ちゃんの次のセリフがそれを遮った。


「では兄さん。次は――服を脱いでください」


「は?」


「服ですよ、服。直接体を見ます。体重を落とす為に臓器を摘出した縫合跡があるかもしれませんし」


 雪菜ちゃんはマジのトーンで言った。

 冗談とかではなく、普通の日常会話と同じ口調で言った。

 マジでこの妹、俺がダイエットの為に臓器をいくつか売り払った可能性を想定しているらしい。

 ンモー、雪菜ちゃんったらぁ……。


「――ン、拒否するぅ!」


 何が好きで妹に裸体を晒さないといけないわけ? そういう性癖ないし。仮にこれを機に開花しちゃったら色々面倒だし……露出癖ってコスパ悪そうだもん。

 それにこんな廊下で妹と裸でなんて……誰かに目撃されたら、ヨスガってると思われるじゃん! 心中はノー!

 この作品は健全、いいね?


 よし逃げよう。こうなったらそれしかない。


 作戦はこうだ。雪菜ちゃんの拘束から逃れる為に暴れる。拘束が緩んだ瞬間、前方にダッシュ。廊下と居間を隔てる襖を無敵時間付のタックルで吹き飛ばし、ジャンプ! 卓袱台に着地し、勢いそのまま2回目のジャンプ! 空中で体を丸め飛鳥文化アタックの要領で窓に突撃、最後の窓ガラスをぶち破れ! あとはひたすら全力でダッシュ。もちろん雪菜ちゃんが追ってくるだろう。だがここは俺のホーム。地の利は得ているぞ! コーナーで差を付け、大家さんの『とっとと行けぇぇぇぇ(cv緑川)』という言葉に背中を押され外へ。あとは適当にバナナとか緑甲羅を背後に撒きつつ、遠藤寺のマンションへ。あとは遠藤寺のマンションでほとぼりが冷めるまで、遠藤寺やメイドさんとダラダラ過ごしつつ、大学の単位もとる――これが『我が逃走経路』だッ! うーわ、こりゃ完璧すぎてアンチも黙るわ。

 

 では早速実行に移そう。

 俺は雪菜ちゃんの拘束が逃れる為、体を捩った。美咲ちゃんとのジョギングで鍛えた体幹を活かしまくった。

 所詮は女子よ。男の力には勝てぬ!


「……っ、面倒な。大人しく自分で脱げばいいものを……全く、いつも私の手を煩わせて。兄さん――動かないでください」


「オッゴッ!?」


 雪菜ちゃんが俺の背中をグッと指で押した。

 体がビリっとして……身動きがとれなくなった。

 なにこれ?

 

「3分ほどですが、体が動かなくなるツボを押しました。声も出せないので……ああ、最初からこうすればよかったですね」


 そんなんチートや! 喋れないので目で訴える。

 そんな俺を見て雪菜ちゃんがクスリと笑い、ゆっくり俺の服に手をかけた――



■■■



「……くそ……いっそ殺せ……ぐすん」


 3分後、自由の身となった俺は廊下の隅で汚された女騎士のように、服をかき抱いていた。

 

「肌の艶や血色の良さから予想はしていましたが……メスを入れた形跡はないですね。内臓を売り払った様子もない、と。UFOにアブダクションされた形跡もない、と……そうですか」


 サメザメと泣く俺を涼しい目のまま淡々と分析する雪菜ちゃん。

 兄を裸にしておいて、微塵も罪悪感や羞恥を感じていないこの、この妹、マジで……マジでこの妹……やっぱり上位次元から人間を観察に来た高位存在じゃない?

 人間が文明を食い潰す害虫か、それとも宇宙まで発展する可能性のある進化的存在か、それを見極める為にやってきた監察官的な? ほら『幼年期の〇わり』でいたじゃん。


「ということは、本当に健全なダイエットをした……この兄さんが? 本当に?」


「こんだけしといてまだ疑うの? 将来探偵にでもなんの?」

 

 全てを疑え、遠藤寺が言ってた。そう言う意味ではウチの妹、探偵にぴったりかもしれない。


「探偵? いえ、今のところその予定はありませんが。……兄さん、いつまでそんな恰好でいるんですか。それとも妹に裸を見せて喜ぶ性癖でもあるんですか?」


 軽い軽蔑(重複)の視線を向けて来る雪菜ちゃん。

 自分で剥んむいといてその発言……逆に尊敬するわ。そんな性癖無いわ! ……とさっきまでの俺ならはっきり言っていたが、実際こうして雪菜ちゃんに裸見られて軽蔑の視線向けられてたら……何か開花しちゃいそう。さっきので満開ゲージが4つくらい溜まったわ。


 いそいそと服を着込む。


「そんなだらしない体を見せつけられる私の気持ちも……はぅ……」


「ん?」


 途中で言葉を止めた雪菜ちゃんを見る。

 着替え中の俺の体を少し驚いた表情で見ていた。


「……その、少しですが、家にいた頃より引き締まっているような……」


「あーうん。ほらジョギングしてるって言っただろ? それでかな」


「そう、ですか……へぇ、ジョギング、ですか……はぁ……」


 いつもの無表情でなおも俺の体を見て来る。

 気のせいか、ほんの少しだけ頬が薄っすら赤い気がする。


「……」


「あの、あんまり見られてると……着替えにくいんだけど」


「……え? ああ、はい。そう、ですね。……では向こうを向いているので、早く服を着てください」


 驚くほど素直に背中を向ける雪菜ちゃん。

 ちょっとびっくりした。こんなまるで、年ごとの乙女みたいな反応するなんて。

 だがこの反応も恐らくは俺を油断させる為の作戦に違いないぜ。



■■■



 俺と雪菜ちゃんは居間にいた。

 卓袱台を挟んで座っている。


「おっともうこんな時間か。雪菜ちゃん? そろそろ帰った方がいいんじゃないか?」


「いえ。まだ部屋に入ってから10分も経っていませんが」


「嘘でしょ?」


 イカちゃんの触手が針になってる壁掛け時計を見ると、雪菜ちゃんの言う通りまだ10分も経っていなかった。

 俺の中では2時間は経過していたんだが。

 遠藤寺とか大家さんと過ごしてるとあっという間に時間が過ぎるのに、雪菜ちゃん相手だとこれだ。時間の相対性を身をもって知ることになるとは。


「そもそも本来の目的を済ませていないので、まだ帰るわけにはいきません」


「本来の目的って……人の体あんだけ弄っといて、ストリップだってさせたのにふざけんなよっ!」


「あの、人が聞いたら勘違いしそうなことを言わないでくれませんか?」


 くっ、人の性癖を八分咲きにしといて無責任な……!

 性癖だけ開発しといて、あとは放っておくなんて……酷い、酷いよぉ……最後まで責任取ってよ!


「んで? 本来の目的って?」


「はい。それは――」


 雪菜ちゃんがぐるりと周囲を見る。鋭い瞳で。まるで遠藤寺が犯人に繋がる手がかりを探している時のような眼で。


「この部屋に兄さん以外の人間が住んでいるのか――それを確かめに」


「……」


「どうしました兄さん? 汗を……かいてますね?」


「あ、暑いからなー、ほら夏だし」


 なるほど。それが本来の目的、か。

 分かる。分かるさ。本来、1人で生活できない俺が、こうやって3か月生活した上で、更に健全なダイエットを経て今に至る――長年俺を見ていた雪菜ちゃんには信じられないだろう。

 実際、その疑惑は当然であり、正解だからな。


 だが――大丈夫だ。疑惑の元だるエリザは押し入れに隠れている。

 俺が下手を打たない限り、エリザの存在は絶対にバレない。

 動揺するな……心穏やかに……凪の様に……冬のナマズのように……。


「ま、前にも言ったけど、この部屋には誰もいないぞ? 1人暮らしだって」


「部屋がとても綺麗ですね。しっかり隅の方まで掃除が出来ています。普通なら見逃しがちな場所の汚れもありません。……これは兄さんが?」


「そ、そりゃ……ほら、1人暮らしだし」


「それはそれは……実家にいた頃は1度も掃除をしたことがない、あの兄さんが……ここまで完璧な掃除を……? 点数を付けるなら120点を付けざるをえない。正直部屋を見てその仕事ぶりに密かに溜息が出てしまいました。これを兄さんが?」


 雪菜ちゃんは嘘を吐かない。謙遜もおべっかも言わない。これは雪菜ちゃんの心から出た真の賛辞だ。


「そ、そっすねー。はい、まあ……1人暮らしなんて……俺以外にやる人はいないですよねー」


 そんな賛辞を素直に受け取れない俺。だって俺の手柄じゃないもん。エリザのだし。

 

 ん?

 雪菜ちゃんの背後、エリザが隠れた押し入れが少しだけ開いていた。

 よく見るとエリザがこっそりこちらを覗いて、ガッツポーズをとっていた。


「正直に言ってしまうと、部屋に入って少しでも汚れが目に入れば文句を付けるつもりでした。ですが……はっきり言って文句の付けようがありません。癪ですがこの見事な手際……尊敬の念を禁じえません」


 エリザがダブルガッツポーズをとった。

 照れくさそうにはにかみながら、喜んでいる。可愛い。「そ、それほどでもー、えへへー」みたいな心の声が聞こえる。

 それはそれとして、雪菜ちゃんに目撃されたらヤバイので、押し入れ閉めて!とジェスチャーする。


「兄さん? 何をやっているんですか? 後ろに誰かいるんですか?」


「いないけど!? 手首の体操だけど!?」


「そうですか」


 エリザが押し入れを閉めた。

 気になるのは分かるが、自重して欲しい。


 雪菜ちゃんが卓袱台に人差し指を立て、スススとスライドさせる。

 よくドラマとかで姑さんがやるヤツだ。その指先には、当然埃はついてない。


「ふっ……本当に、掃除が行き届いていますね。で? この掃除は誰がしたんですか?」


「いや、だから俺――」


「――嘘ですね」


 雪菜ちゃんは断言した。

 黒水晶の瞳が俺の心の中まで見透かすように揺れている。

 雪菜ちゃんの瞳に迷いはない。

 確信を持っている。


「嘘ですね。兄さんは嘘を吐いています」


「う、嘘なんて――」


「はいそれも嘘。私を誰だと思っているんですか? 何年、兄さんの妹をやっていると思うんです? 兄さんが嘘を吐いているか、そうでないかくらい分かります」


 ブラフだ。

 いくら雪菜ちゃんでも、俺の言葉だけで真偽を確かめるなんて出来ない……はず。え? 出来ないよね?

 そんなんされたら、もう俺、雪菜ちゃんの前では仮面被って赤い機体だけ乗りこなす(たまに金色)ロリコンになるしかないぜ?


「兄さん。この掃除は兄さんがやったものではありませんね?」


「い、いや俺が――」


「嘘ですね。この部屋には、他に誰かが住んでいますね?」


「ずっと1人暮らし――」


「嘘。その誰かが兄さんの食事を作り、掃除をしている。そうですね?」


「ち、ちが――」


「それも嘘。その誰かは……今、この部屋にいる?」


 雪菜ちゃんは相変わらず無表情で、畳み掛ける勢いかつ平坦な口調で質問をしてくる。

 俺と雪菜ちゃんの距離は変わっていない。変わらず卓袱台を挟んだままだ。だけど……さっきより近く感じる。俺の心から漏れる真意を密着して舐め取られているような、そんな感覚

 何を言っても、見破られる。

 これ以上は不味い。

 俺の言葉から真偽を判断しているなら――黙る。正解は沈黙!


「ああ、黙っても表情から読み取るので無駄ですよ。……なるほど。今この部屋にいる、と。そうですか……ふふふ」


 詰みです。

 こんなんどうすればいいの? そ、そうだ! この状況、漫画で見たことがある! 遊〇王の、心を読むペガサスを相手した遊戯! つまり――


「あーあー! 何も見えないし、聞こえなーい! そして言えない!」


 俺を机に突っ伏し、耳を塞いだ。

 亀のように体を丸めるこの体勢こそ、無敵! 見ざる言わざる聞かざる――三猿を宿したこの完璧なスタイルこそ、完璧の防御! パーフェクトディフェンス! 最強の盾!

 やっぱ時代は玄武だよ。朱雀とか雑魚過ぎ、にらみつけるしか出来ないクソ雑魚。白虎はニアが可愛いから許す。青龍? デジモンにいたっけ? 知らん、ハイ雑魚。やっぱ玄武だわ。玄武は四神にて最強! 朱雀青龍敗北者!


「兄さんが先ほどからチラチラ見ている押し入れ……もしかして、その中に隠れているんじゃないですか?」


「ああああ! あーあー! 聞こえな―い! つーかいなーい! そこには誰もいなーい! マジでいないから立ち上がらないで押し入れに近づかないでお願いだから何でもするからマジで」


 念仏の様な俺の祈りは神に届かなかった。

 雪菜ちゃんが溜息を吐きながら立ち上がり、エリザが隠れた押し入れに近づく。

 俺は亀の体勢スタイルから、亀が頭や手足を甲羅から出す動きと居合の動きを直感的に融合させた現世にて誰も編み出していない奥義を開眼し、奥義『カタパルトタートル』を放ち、爆発的な速さで雪菜ちゃんの体に飛びついた。したら何か分からんけど、合気的なアレでポーンと投げられた。そっかぁ、雪菜ちゃん護身術も習ってたっけ。投げられた俺はセルフ壁ダァンして逆さまになりながら、雪菜ちゃんがエリザの秘密の部屋を開けるのを、ただ見守ることしか出来なかった。


 開かれる押し入れの襖。


「これは……」


 珍しく狼狽えた声の雪菜ちゃんが、押し入れの中を見つめる。

 そりゃ雪菜ちゃんだって驚くだろう。

 襖開けたら洋風銀髪ロリがいるんだぜ? 

 多分、どこで攫ってきたのかーとかどこの外国で購入したのかーとかどこのオリエ〇ト工業製なのかーとか色んな考えが頭の中をグルグルしてるはず。

 最後ならワンチャンあるけど、多分エリザにダッチ〇イフの真似は出来ないだろうしな。


 さーて、逃げる準備するか。

 エリザには悪いが幽霊特有の物理無効を上手く活かして、逃げてほしい。雪菜ちゃんが物理無効耐性持ちだったら……俺も諦めるわ。

 正当な手順を持って何年か服役することになるけど、きっといつか……何年かかってもこの部屋に戻ってくる。絶対に。無事出所した時には挿入歌付きで迎えてほしい。G線上〇魔王みたいに。


 俺は覚悟をして、雪菜ちゃんの言葉を待った。

 果たして即通報か。それとも言い訳の時間は貰えるか。デッドオア少ししてからデッド……いずれにしろ死だ。社会的な。

 

 襖に手をかけたまま雪菜ちゃんが俺を見た。




「――中には誰もいませんね」




 おや? 

 おやおやおや?

  

次回。

雪菜ちゃんVS大家さん。


――なろうの歴史がまた1ページ。

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[一言] 銀河の歴史みたいな後書きするやん……
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