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真・家賃1万2千円風呂共用幽霊付き駅まで縮地2回  作者: タクティカル
真・第二部 パロディ頼りなタイトル編
11/29

這い寄れ! 雪菜さん

 ――制限時間は残り5分。


 雪菜ちゃんが5分と言ったからには、鍵をかけていようがチェーンをしていようが、それこそ扉を溶接しようが確実に入ってくる。

 有言実行――雪菜ちゃんに備わるパッシブワードの一つだ。

 

 5分――その間に雪菜ちゃんを部屋に入れても、問題無いようにしなければならない。

 掃除は不要だ。エリザがいつも丁寧にしてくれてるから、埃一つも落ちていない。

 問題はそのエリザだ。

 幽霊とはいえロリを家に囲ってるなんて雪菜ちゃんが知ったら……ぶるぶる。

 いや、囲ってるわけじゃないし、エリザが先に住んでたわけだから俺は悪くないんだけど……雪菜ちゃんにそんな弁明をしたところで無駄だろう。

 

 さて。今からエリザを何とかしないといけないのだが……雪菜ちゃん、聞き耳とか立ててないよな?

 つーか5分間、大人しく待っててくれるのかな。


 そっと玄関のノ・ゾ・キ・ア・ナを覗き込んで、雪菜ちゃんの様子を観察する。


 暗い。真っ暗だ。外の様子が見えない。

 いや……待てよ、この暗闇、見覚えがある……。

 そう、この暗闇はいつだって俺の側にあった。正確には実家にいた頃、俺を見つめていた暗闇……究極生物だって凍り付く宇宙空間のように底知れない暗闇。俺が飯を食う時、テレビを見ている時、部屋でダラダラしてる時、風呂に入ろうと服を脱いでいる時、この暗闇は俺を見つめていた。常人なら3秒見つめられるだけで発狂しかねない、深淵の闇を湛えた――瞳。

 何やかんやSAN値が下がりそうな表現をしたが、これ、雪菜ちゃんの目だわ。覗き穴越しにこっち見てるわ。こえーわ。


「ねえ、知ってる? 玄関の覗き穴――ドアスコープって外から見ても中が視えちゃうんだよ? だから、面倒臭い新聞勧誘とかセールスマンから居留守とかを使う時はうっかり玄関に姿を見せないようにね。タツミンとの約束だよ!」


『誰に話しかけとるんじゃお主』


 分からん。分からんが、急に教育番組のお兄さんっぽく話したくなるくらいには怖かった。

 いくら見慣れた妹の目でも、ドアスコープ越しに見たら怖い。つーか雪菜ちゃん、しっかり俺の行動監視してやがる。

 ついでにドアに耳を当ててみる。


「……4分45秒、4分44秒、4分43秒」


 何て嬉しくないカウントダウンボイスなんだ……エロゲのカウントダウンボイスを見習ってほしい。


 流石に部屋の中を覗き込まれてたら身動きが取れないので、玄関にあったガムテープでドアスコープを塞ぐ。

 ドア向こうから舌打ちが聞こえたような気がした。

 これでよし、と。

 冷や汗を拭いつつ、廊下を振り向く。


「辰巳くーん、ごはんできたよー。あ、そういえばお客さん、誰だったの?」


 エプロンで手を拭きながら(女の子がするこれ好き)、近づいてくるエリザ。

 廊下に満ちる肉じゃがの香ばしい香りとエリザの幽霊っぽい匂いが混じって、不思議な感じがした。

 癖になる匂いを楽しみつつ、背後に迫る脅威を説明する。

 

「さっき来た人なんだけど……今、玄関の外で待たせてるんだ」


「え、そうなの? どうして?」


 可愛らしく首を傾げるエリザ。

 そりゃそうだよな。何で来訪者を外に待たせてるって話になるよな。

 エリザに隠し事をしても仕方がない。


「実はその……妹、なんだ」


「いも……イ〇ト? イモ〇ちゃん来てるの!?」


 急にテンションを上げ、目を輝かせるエリザ。

 エリザはかなりのテレビっ子だ。暇があればテレビを見ている。め〇ざましテレビ、サザ〇さん、UBWのテレビ版OPのじゃんけんも欠かしたことがないくらい、テレビが好きだ。

 そういうわけで贔屓にしているタレントさんは多い。特に先ほど挙げたイ〇トさんの大ファンだ。あとム〇ツヨシさんとか、温〇洋一さんとか。

 もちろん、ウチの妹は三谷幸喜と安室奈美恵が大好きな太眉タレントじゃないので、首を横に振る。


「そっかぁ……イモっちゃんじゃないんだ、残念。えっと、それじゃあ……誰? どのいもとさん? 井本隆さん?」


「何でヤクルトの井本隆さんがウチに来るんだよ。違うって、何のいもとさんでもないから。……いもうと、妹が来たんだ」


「いも……うと……?」


 エリザは目をパチクリさせて呟いた。


「えっと、妹って……辰巳くんの?」


「うん。ほら前に言っただろ。つーかその妹との約束で、家に連れ帰られそうになったよな」


「う、うん……妹……そっか、辰巳君の妹……」


 エリザはぼんやりとした表情で呟いた。

 繰り返し「妹、辰巳くんの妹」と確かめるように呟く。

 そして


「――えええええええ!? た、辰巳くんの妹ぉっ!?」


「やめて! 叫ばないで! 処されるから! 処されちゃうから!」


 驚愕の叫びをあげたエリザの口を慌てて塞いだ。

 「手を放しても叫ばないって誓うか?」「コクコク(頷き)」みたいな洋画でよくみるやりとりをして、手を口から離す。

 ちょっと手のひらが湿ってて、関係ないけど後で手のひらの匂いをゆっくり嗅ごうと思った。


「もごもごっ……ご、ごめんね、びっくりして声が大きくなっちゃった」


「頼むぜマジで」


「う、うん。そっかぁ……辰巳くんの妹ちゃんかぁ――あ!」


 こうしちゃいられん、とばかりにエリザがいそいそと自分の髪を整えだした。


「えっとえっと、どうかな? 変じゃない? 寝癖とかない? 大丈夫?」


「え、まあ……いつも通り綺麗な銀髪だけど」


「そ、そう? えへへ、ありがとっ。辰巳くんのツンツンヘアーもカッコいいよっ」


 エリザが薄っすら頬を染めてはにかみながら、この間大家さんに切ってもらったばかりの俺の髪を褒めてくれる。


「って、そうじゃなくて! 服! 服着替えないと! え、えっとこの間大家ちゃんに貰った、そう! ドレス! ドレス着て、そ、それからそれから、お掃除っ! お掃除しないとっ! お部屋綺麗にしとかないと駄目だよね!?」


「いや、いつもとおり綺麗な部屋だけど」


 俺はさっきエリザの髪を褒めたトーンで部屋の綺麗さを褒めた。

 よく考えたら結構失礼な褒め方だと思うけど、何やらてんやわんやしてるエリザは気づかなかった様子で、廊下を行ったり来たりしながらウンウン唸っていた。


「あわ、あわわ……どうしよ、どうしよっ」


「ど、どうしたんだエリザ? そんな急に慌てて」


 雪菜ちゃんが訪ねてきてエリザが慌てる理由が分からない。


「だって! 妹ちゃんだよ! た、辰巳くんのご家族が来たんだよ!? ちゃ、ちゃんと将来のお嫁さんとして挨拶しないとっ! わたしテレビで見たもん! まともに挨拶も出来ないお嫁さんはお姑さんとかから陰口言われちゃうんだよ!? ちゃんと挨拶して、お土産も用意して、あ、あとお正月にはお義母さんのお手伝いとかしないと! お義母さんとお義父さんと上手くやれないと、何か遺産がどうとか、後継ぎがどうとかっ。よく分かんないけどっ! 大変なの! ハブられちゃうの! 村八分にされちゃうんだよ! 回覧板とか飛ばされちゃうの! 旅行に行っただけで嫌味とか言われちゃうんだって! 上〇恵美子さんが言ってたっ!」


「エリザ、お前は当分テレビ禁止な」


 何だか分からんが、分かりやすくテレビの悪影響を受けているようだ。色々な情報が混ざり過ぎて情報が渋滞しちまってる。

 まあ、嫁入りした女性が旦那の家族と揉めて何やかんやで離婚になる、みたいな展開は俺もよく見かける。行〇の出来る相談事務所とか、あとネットのまとめブログに載ってる広告漫画で。


「と、とりあえずお部屋に上がってもらって、お茶! お茶出さないと!」


 あわあわ言いながら、エリザが玄関の扉開けようとする。

 慌ててエリザの肩を掴もうとするが、掴みどころのない幽霊ムーブのせいで上手く肩を掴めず、足首を掴んでしまう結果となった。


「へぐっ」


 いくら幽霊だろうが、移動の起点である下半身を抑えられては無力。

 足首を支点に、エリザの体は壊れたメトロノームの如く、順当に床に叩きつけられた。


「い、いたひ……なに、するのぉ、辰巳くん……」


「ぐぅぅ……」


 エリザが床に打ち付けた顔面を抑えながら涙目で抗議をしてくる。

 対する俺もエリザの足首を捕まえる際に床に顔を叩きつけられたので、やっぱり顔面を抑えながら立ち上がる。

  

「す、すまん……。悪いけど、挨拶はまた今度にしてくれ」


「えぇ、何で? た、辰巳くんはわたしが村八分にされてもいいの……?」


 エリザが涙目で問いかけて来る。

 泣かせてしまった罪悪感で胸が痛い。エリザの希望通り、雪菜ちゃんに挨拶をさせてあげたい。

 でも、そんな事したら間違いなく、雪菜ちゃんの素早い通報からの家宅捜索、部屋から発見される女性物の下着や衣服の数々……3年は臭い飯を食べることになりそうだ。


 現状を説明する為に、一旦エリザの手を引き居間に戻った。

 

「あのなエリザ。俺、妹……雪菜ちゃんに、エリザのこと話してないんだよ」


「う、うん。だからここでちゃんと挨拶しとかないと」


「いやいや、よく考えてくれ。1人暮らしの兄の家を訪ねたら、見たこともない女の子と一緒に暮らしてたんだぞ? 普通はどう思う?」


「えっとぉ……2人とも幸せそうだなぁ、い、いつ結婚するのかなぁ……とか? えへ、えへへへ」


 両手で頬を挟み込み、体をくねらせるエリザ。

 はいカワイイ。

 カワイイがこの状況において、その可愛さは罪だ。現状を全く理解していない。


『そもそも主よ。なぜ、主の妹が幽霊娘を「視る」事が出来る前提で話しておるんじゃ? アレか? 主の妹はいわゆる「視える人」なのか?』


 シルバちゃんの声が脳内に響いた。

 

 いや、今までの人生で雪菜ちゃんが幽霊みたいな『そういう物』を見ることが出来るとか、見た事があるとかは聞いたことない。

 でも雪菜ちゃんはエリザを視ることが出来る。そのはずだ。


『む? 何じゃ断言するの。もしかしてアレか? 妹も妾の様な特殊な力を持った眼鏡でもかけておるのか?』


 ううん、眼鏡とはかけてないな。ちなみに雪菜ちゃん、裸眼で視力9.5なんだぜ? 凄くね?


『す、凄いが現代社会に生きるうえで、その視力は必要かの……? い、いや、話が逸れとる。じゃから、妹が幽霊娘を見ることが出来る根拠は何なんじゃ? 今まで見えていた見えた話も聞かん、特殊な装備を持っているわけでもない。だのに「視える」とはっきり断言できる根拠は?』


 いや、雪菜ちゃんだし。


『は?』


 だってよ、雪菜ちゃんだぜ?


『いや、そうでなくて妾は根拠を言えと……』


 だから雪菜ちゃんだからだって。雪菜ちゃんが雪菜ちゃんだから視えるに決まってるじゃん。

 逆に雪菜ちゃんが幽霊を視れないとか……ありえないだろ。

 胸の大きさと性格のアレさ以外に欠点が存在しないパーフェクトヒューマンだぞ? よく考えれば胸の小ささも性格のアレさも人によっては全然OK、むしろアリだと思うし……あれ? 欠点ないじゃん。マジ完璧人間じゃんウチの妹。


『お主という兄を持つ、といった欠点以外はの』


 ははは! こやつ、言ってくれるわ。

 マジで凹むから、そういう事言うのやめて。


 とにかく、雪菜ちゃんは絶対にエリザを認識できる。現状のまま部屋に入ってこられたら、雪菜ちゃんから見た俺は自称嫁の西洋ロリと同棲してる変態兄貴というわけなのだ。

 8割の確率で通報される。残りの2割は雪菜ちゃん直々に私人逮捕してくる確率だ。いくらエリザが幽霊で俺より先にこの部屋に住んでいたことを説明しようが、問答無用だろう。入室するやいなや、初手正中線四連突きからの紐切り、とどめの虎王で失神したまま警官の連行される未来が視える。

 

「えへ、えへへぇ……妹、いもうとかぁ……お義姉ちゃん、とか呼ばれちゃうのかなぁー? きゃーっ」


 今だニヤニヤクネクネしてるエリザの肩に手を置く。


「あのなエリザ。そんな都合のいい展開にはならないから。ウチの妹がもし、俺とエリザが同棲してることを知ったら……あの、アレだ。めちゃくちゃ怒るから。ウチの妹、めっちゃ怖いからな」


 実際は怒るどころか、笑顔で俺を去勢するまである。去勢されて蹲る俺の耳元で『これからもよろしくお願いしますね……姉さん』って囁くサイコにクールな展開も無いとは言い切れない。


「大丈夫! 義妹ちゃんにはわたしがちゃーんと説明するから。一緒にお茶しながら、2人の出逢いから今日まであったことを聞かせてあげる。わたしと辰巳くんが育んできた……あ、愛の思い出を話してあげるの。そしたら義妹ちゃんも『そうなんだー。お兄ちゃんとお義姉ちゃんラブラブ~ひゅーひゅー。私も応援するね! あーあ、将来ベールガールするのが楽しみ!』みたく上手い感じに行くから!」


「いかねーし」


 雪菜ちゃんそんな物分かりよくないし、そんなキャラじゃないし、何だったらそのひゅーひゅーは雪菜ちゃんに伸された俺の喘鳴だわ。

 

「あ、一応……ま、まだプラトニックな関係って言った方がいいかな? い、一緒のお布団で寝てるけど、まだプラトニックだよね? ど、どうかな?」


 もじもじしながら聞いてくるエリザ。

 正直、どこまですればプラトニックなのか非プラトニックなのか、一晩かけてエリザとディベートしたいところだが……マジで時間がない。

 いくら雪菜ちゃんのヤバさを説明しようが、会ったことのないエリザには今一つ伝わらないだろう。

 かくなる上は――

 

「よし分かったエリザ。ちょっと想像してみてくれ」


「え、うん」


「もし仮に、仮にだぞ? エリザにすっごく大切にしてる兄がいるとする」


 いや待てよ。兄よりは弟の方がいいか。エリザに似た西洋銀髪ショタ……こっちで間違いないな。


「いや、弟な。弟がいたと想像してくれ」


「う、うん……えっとどんな弟?」


「こんな弟だったらいいなぁ、みたいな。目に入れても痛くない、世界一愛してる弟だ」


 エリザは首を傾げ、目を瞑ったまま額に人差し指を当てた。


「えっと、えっとぉ……可愛くて、優しくて、抱き締めると気持ちよくて、面白くて、それからちょっとだらしない所もあって、あっでもそこが可愛くて! それからそれからぁ……」


 数十秒、思考に没頭する。

 エリザが目を開き、パンと両手を叩いた。


「そんな世界一大好きな弟、出来たっ! ……あ、これ辰巳くんだ。弟、辰巳くんになっちゃったけど……どうしよ」


「もうそれでいいや。じゃあ、想像してくれ。エリザと弟、2人はとても仲良く過ごしていましたが、エリザの弟はいい歳になって、家を出て1人暮らしすることになりました」


「うぅ……たっくん……行っちゃやだぁ」


 すんすん鼻を啜るエリザ。映画とか見ててもすぐ泣くし、エリザちゃんマジで感情移入するタイプだわ。


「ある日、エリザちゃんは初めて1人暮らしのたっくんを訪ねることにしました。しかもサプライズです」


「ご飯作ってあげる! たっくん家事ダメダメだから、お掃除とかお洗濯もしてあげる! 夜は久しぶりに一緒に寝よーっと」


 どっかで聞いた話だな。


「弟に会うのは久しぶりなので胸がワクワクします。チャイムを押して扉が開かれ――出てきたのは、全然知らない女の子でした」


「たっちゃんになっちゃったの!?」


「なってない」


 エリザに似た弟が性転換したら、もうそれはエリザじゃないだろうか。……逆に言えばエリザが性転換したら、たっくんになるってことか? え? たっくんて俺だよな? 俺ってエリザになる可能性があるのか……そうか、なくはないか。だって同じ人間なんだし、実際他人と自分、遺伝子的には0.1%ほどしか違いないらしいし。外人が日本人見てもあまり区別がつかないように、宇宙人から見れば俺とエリザなんて違いが分からないだろう。つまり広い宇宙からすれば俺とエリザは同一人物であるといえる。エリザだけじゃない、遠藤寺も大家さんもデス子先輩も俺なんだ。ヤバイ、俺今、何か世界を構成する真理の一つに近づいた気がする……え? 肉屋のオッサン? あれは俺的に人間じゃないからノーカン。


「えっと、何だっけ。そうだ。出てきたのは弟じゃなくて、弟と暮らしている彼女でした」


「え……か、彼女……」


「家に通されたエリザは弟から彼女を紹介されました。エリザから見た2人はそれはもう、仲睦まじかったそうな」


「う、うぅ……ぐむむ……」


 目を細め、頬をぷくりと膨らませる。

 さあ、何て言う? さっきエリザは自分で何て言った? どう思うって答えた?


「ぐ、ぐぬぅ……ふ、ふたりとも幸せそう……い、いつ結婚、け、け――みとめなーい! こんなのみとめないもん! だってわたし聞いてないもん! やだやだ! どこの馬の骨とも知らない女の人なんて認めないし! あ、そうだ! 普通、お付き合いするなら、ウチに来てちゃんと挨拶するもんだよっ、挨拶もしないでど、同棲なんて……はしたないっ! ハレンチ! え、えっとあばずれっ! ■■■! ■■■■■!」


 感情移入度が120%を超えたエリザが、俺には見えない2人に対して慣れてないのか拙い罵声を浴びせた。最後の方、多分母国語が出たんだろうけど、何て言ったんだろ……。まあ、お前の母ちゃんでべそ的な可愛らしいもんだろう。


 半泣きのエリザが俺の胸に飛び込んでくる。


「うぅ、たつみくん……たっくんが知らない女の人に取られちゃったよぉ……えぐえぐ」


「悲しいなぁ。そして腹立つだろ?」


「うん、ムカーってなった」


「それな」


 というわけで、先ほどの想像が今俺たちに置かれている状況であることを説明した。

 エリザは顔を真っ青にして「わたし……はしたないの? ■■■だったの?」みたいなことをブツブツ呟きだしたので、実際エリザに関しては幽霊であり先住者であることから想像とは少し条件が違うことを捕捉した。

 

「……うん、うん。分かった。今日は妹ちゃんへの挨拶諦める。しょうがないよね、妹ちゃんとは仲良くしたいもん。……今度、辰巳くんのおウチに連れて行ってね? その時、ちゃんと挨拶するから」


 というわけで収まるべき場所に収まったのだ。……いや、収まってるかこれ?


「え、えっとじゃあ、わたしどうすればいい?」


「そうだな。俺が呼ぶまで部屋を出ててくれ」


「分かった。じゃあ大家ちゃんの部屋に行ってるね」


 よし、これでいい。

 これで問題は解決だ。あとはエリザのいない部屋に雪菜ちゃんを上げて、上手く生活できてるアピールをすればいい。

 で、雪菜ちゃんが満足して実家に帰る。エリザが戻ってくる。

 再び、元の生活が始まる。

 

 そうして、俺の楽しく賑やかな日々はこれからも続いていくのだった。

 ずっとずっと、楽しい日々は続いていくのでした。




 ――真・家賃1万2千円風呂共用幽霊付き駅まで縮地2回――


         ――おしまい――




 完璧じゃねーか。上手く行き過ぎて何か怖いわ。


「じゃー行ってくるねー」


 エリザがふわふわ浮きながら、窓から出ようとする。


「――!」

 

 エリザが窓を出る瞬間、何だか嫌な予感がしてエリザを引き留めた。


「え、どうしたの辰巳くん?」


「ちょっと下がっててくれ」


 エリザを下がらせて窓に向かう。

 エリザが開けた窓から身を乗り出し――



「あら兄さん。どうしました?」



 窓横の壁に立っている雪菜ちゃんと目が合った。

 あまりの恐怖でそのまま窓から落ちそうになったが、エリザが足を引っ張ってくれたので何とか落ちずに済んだ。

 窓枠に腹を乗せ、物干し竿にかけた布団のような状態で雪菜ちゃんに話しかける。


「せ、雪菜ちゃんこそこんな所で何やってるのかな?」


「いえ、扉の前で待つのも少し退屈でしたので、少し散歩でも、と。……それで兄さんは?」


 キンと冷たい視線に貫かれる。


「えっと、その……換気を」


「そうですか。それはありがたいですね。兄さんの部屋はいつも変な臭いがしていたので。あれ、何の臭いなんですか? 部屋にくさやでも生えてるんですか?」


「いやぁ、どうだろ。ははは」


 よかった。あのままエリザを行かせてたら、雪菜ちゃんに捕捉されてた。

 ナイス俺。


 雪菜ちゃんが向けて来る目が、スッと鋭くなる。


「換気ですか、そうですか。私はてっきり……兄さんが逃げようとしたのかと」


「逃げ……いやいや、そんなわけ無いじゃん」


「ですよね、ふふふ。わざわざ訪ねてきた妹を置いて外に出るなんて……そんな薄情な真似をする兄さんに育てた覚えはありませんからね。でも、もし逃げるつもりだったなら……ええ、それはまだ私の教育が不足していたと。そういうことになりますね。だとしたら家に連れ帰って、やはり再教育を……」


「この一ノ瀬辰巳ッ! 逃げも隠れもせんッ!」


 そう言って窓を閉めた。自ら退路を断ってしまった。


「た、辰巳くん……?」


 後ろで心配そうに見て来るエリザ。


「やっぱりどっかに隠れててくれ。身を隠して、出来るだけ物音を立てないように静かに」


「う、うん分かった。じゃあ押し入れに隠れてるね」


 エリザが自分の部屋でもある押し入れに入って行った。

 もっと時間があればこの押し入れ全体にリタヘイワースのポスターを貼って隠蔽するんだが……とにかくもう時間が無い。

 あとは雪菜ちゃんが押し入れを調べないことを神に祈るのみだ。

 

 他にやる事は……


「そうだ」


 俺はスマホを取り出し――遠藤寺に電話をかけた。

 


 

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