43. 心の準備というものがだな
朝の日差しが部屋の中を照らしていく。
眠い目をこすりながら目を開けると、最初に目に入ったのはオレの顔を上からのぞきこむセレナの顔だった。
「あれ? セレナが何で? 夢か?」
「どっこい、これは現実だ。キミと私は同じ家に住んでるのだよ」
ベッドの上で馬乗りになるセレナは不敵な笑みを浮かべるが、その寝起き姿はしどけないもので目のやり場にこまってしまう。
とりあえずおはようというと、セレナはオレの上からおりてベッドの上で向かい合う。
「ああ、そうだったな。そうなんだよな」
「そうさ、これは夢じゃない。私もさっき起きたときは驚いてしまったがな」
しゃべっているうちに彼女は寝ぼけ気味だった目がしっかりと開いてきた。
「あー……うー……その、お、おはよう」
どうやら完全に目が覚めたことで、自分のしたことを思い出して頬を赤らめながら、視線をそらしていた。
朝からセレナといっしょにいるということに、こそばゆさを感じる。
「今日はどうする?」
「そうだな、買い物にいこう。もうすこし家具がほしい」
家はベッドとタンスぐらいなもので、特に必要と思っていなかった。
「まず、食器がない。料理するにも、包丁もまな板もない」
「そ、そうか。何しろ、誰かと一緒に住むってことがなくてな」
それから買い物にいくが、ほぼセレナの後をついていって荷物持ちをするばかりだった。
ガランとしていた家の中に物が増えていった。
「なんだか、すき間が減ってきたな」
「初めてきたときは驚いたぞ。なにしろ本当に何もないのだからな。物が多いのは嫌いか?」
「シンプルなほうが好みではあるが、こういうほうが『家』らしいのかもな」
食卓には新しく買った食器に盛られた料理が並んでいた。
「いただきます」
「どうぞ、召し上がれ」
「ふむ、家の中で料理をたべるというのは、なんだか新鮮な気分だな」
「それはよかった。私もライルのおかげで、他人のために料理をつくるっていうのは楽しいって知ることができたよ」
満足気に微笑むセレナを見ていると、こっちも嬉しくなってくる。
「こうやって一緒に生活して、お互いの初めてを交換していけるってのはいいもんだな」
「ライルはどうして、今みたいにドキリとさせることを急に言うのだろうか。その……心の準備というものだがな……」
上目づかいでチラチラとこちらを見るセレナの姿にも、こちらは惑わされっぱなしというのはわかっているのだろうか。
「しかし、ライルは本当に私でよかったのか? 私もいい年だし」
「それはだな……」
正直にいいたいが、うまい返しが思いつかない。
「すまん、妙なことを急に。答えづらいことだったよな」
申し訳なさそうな顔をするセレナを放っておくこともできず、おどけた仕草で聞き返す。
「あー、そのクエストの締め切りは?」
「できれば早めに答えてくれるとうれしいな。冒険者さん」
いたずらっぽく笑うセレナを見て、かなわないなと思いながら素直に話すことにした。
「最初は、からかわれているのかと思ったんだ……」
セレナとパーティーを組んだが、オレを男と意識しないような行動ばかりしてきて困惑したものだった。
「そんなつもりは、なかったのだがな」
セレナも困ったようにあいまいな笑みを浮かべている。
「ギルド受付のリリーから、ライルはあまり男女のことは気にしない人と聞いていたものでな」
「そういうことか……はぁ……。セレナも男女のことは特に気にしないのかと思っていたよ」
「ふふっ、なんだかんだで似たもの同士だったのかな、私達は」
食事を済ませセレナが届いた手紙を読んでいたところ、急に声をあげた。
どうしたのかと声をかけると嬉しそうにこういった。
「ライル、オルニスが近々こちらに来るかもしれないそうだ」




