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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

お伽噺の悩める乙女たち

赤ずきんのためいき

作者: さくら比古

 短編シリーズ2作目です。

 色々やっちゃったけど後悔はしない!・・・と思う。

 

「いい?おばあ様のお具合が悪いなんてよっぽどのことですからね。

 貴女が見てとても悪いようならすぐに帰って報せるのよ?」

 朝から何度も言い聞かせてくる母親に、アリアはウンザリとしながらも頷いている。

 齢5歳という幼女に身の半分ほどの大きなバスケットを預け、青の森へとおつかいに出すことについてどう考えているのだろうとは思うが、父方の祖母に会うことは月一の楽しみでもあったので藪蛇は拙いと黙って聞いていた。

 日用品を求めて週に一度は街に来ていた祖母が臥せっているらしい。勿論心配だが行って確かめた方が早いと単純に思っている。

 これ以上付き合っていると日が暮れるまでには帰れない。冷静に分析する5歳児は可及的速やかに解決策を模索し実行することにする。

 まだまだ言い足りない母親を後目に、アリアはそっと家を出るのであった。


 クリーム色のブラウスにこげ茶のスカート。ツヤツヤのショートブーツは軽やかに街を駆け抜ける。赤いフード付きコートには様々な刺繍が施され、アリアの一番のお気に入りとなった新作で、作ってくれた母親に3日は感謝の踊りを披露した逸品だ。

 元々月一の祖母宅訪問にお披露目しようとしていたものだから、止める母を振り切っておめかししてきていた。

 スキップしながら薬扱いの角を曲がると、顔見知りの少女がこちらに向かってきているのに気付いた。


「シンシア姉さま!どこに行くの~?」

 バスケットをぶん回しつつアリアが声を掛けると、その少女はぶつぶつ言っていた顔を上げアリアに気付いた様子で、軽く遠い目をしてからにこやかに返してくる。

「・・つぶつぶつ・・・・アリアちゃん?・・・相変わらずだねえ。

 どうしたの?おつかい?」

 バスケットの遠心力を動力にシンシアの下へ飛び込んでくる。

 多大なる衝撃に息が詰まるシンシアだったが、何とか口から出てきそうだった何かを飲み込みアリアを受け止める。

 けろりとした幼女はシンシアの腕の中からくるりと離れると、お披露目とばかりにフードを見せる。

「お母さんに作ってもらったの。おばあちゃまに見せに行くの。

 おばあちゃま具合が悪いんだって」

 色々な情報をぶつぶつと切って話すアリアに目を細めながら、シンシアは優しく応じる。

「そうなの。素敵なコートね。お母さん刺繍上手ねえ。

 これから森に行くの?一人で?おばあ様お具合が悪いって本当に?私洗濯もの干してきたんだけど」

 シンシアの言葉にうんうんと頷いていたアリアは、ホントだよと答えると、はてな?とばかりにシンシアに問いかける。

「姉さまはどこに行くの?

 このお時間はとー様のお店じゃなかった?」

 きゅるんと音のしそうな愛らしい上目遣いは、普段邪なモノばかり見ていた眼には清々しくシンシアは心の洗濯に勤しんだ。アリアは恐ろしく現実的な5歳児だが大人のような裏表が無いのでその言動にはあざといモノが混入しない。子供特有の媚が無い彼女は街の皆から愛されている。

「今日のお仕事はアリアちゃんのお父さんが急な商談で隣町まで行くから無くなったのよ。

 アリアちゃんだから大丈夫だろうけど気を付けていくのよ?」

「は~~~い!行ってきま~す」

 シンシアが理由を説明し隠しの携帯時計を見て時間に気付く。

 これから森に向かうのならば逆算すれば時間的に遅くなるかもしれない。

 シンシアの見送りに元気よく返事をしながら、アリアは青の森に続く道を軽快に駆けていった。

「はあ。オオカミの噂もあったけどアリアちゃんなら大丈夫よね」

 多分に呆れの混じった呟きには周囲にいたアリアに癒されていた人々にも聞こえていたが、それにツッコミを入れる人は皆無だった。

「さ、私も商業組合に行かなきゃ!」

 シンシアはアリアに背を向けて再び歩き去ってゆく。

  



 街を出る西の門を抜けると、そこはうっそうとした深い森がいきなり現れる。

 暗い森の道は白い貝殻砂と呼ばれる発光性の染料が混ぜられたレンガの道。隣町のエッカへと続く近道だ。アリアの祖母の家はその道中、森の真ん中にあった。

 時々森が切れて帯状の光が差す場所には愛らしい小花の群生地があり、昏い森と相まってまるで水族館の中を行く錯覚を起こす道だ。

 アリアはご機嫌でスキップをしながら進んで行く。

 花を摘んだり昏い森に怯えたりという風もなく、道の向こうの祖母に家に行くことが本当に楽しみだと満面の笑顔が語っている。

 大きなかごを軽々と振り回しスキップをする幼女。暗い森の中、大人の姿は無い。質の悪いものが見れば好機とばかりに踊り付くだろうこの場面で、待ったが利く人間は幸いだ。

 よく考えれば大人でさえ森に入る時はそれなりの武装をし、一人では入らない。

 狼の被害も多く、まともな親ならばこんな子供を一人でお使いにやるだろうか?

 親無し子が食うに困って森に食べる物を探しに入ったという風でもない。いかにも街の裕福な商人の娘を体現している幼女なのだ。異常だ。

 赤い頭巾は言うに及ばず、ブラウスもスカートも靴に至るまで手と金がかかったもので、そんな少女が親でなくともお付きの者が雇えない経済状況の筈が無い。

 そして、何よりも少女の振舞いの異常さが常識を超えていた。

 少女がステップを踏む度に、道に埋められているレンガが浮き上がる。人が、荷駄が、馬車が踏み固めた強固な道が、沈んでは浮き上がるを繰り返していた。

 そして、そのスキップの速さも目を疑う物だった。

 成人男性が小走りをする程度の速さ。

 森の暗がりに潜むならず者や狼たちが、一目で襲おうと思った次には回れ右をして森へと走り去ってゆく。

 ふとアリアが立ち止まり周囲を見回すが、耳に届いていた全ての気配が結構な速度で遠ざかってゆく事に首を傾げた。

「みんなどうしたのかしら?急にいなくなっちゃった」

 寂しくて怖くなったと怯える様ならば可愛いと言えるだろうが、アリアはこの時、本心からいなくなってしまった者たちの行動を不思議がっていただけだった。

 アリアに取って森は楽しい所だった。

 街のようにいつも煩くないし空気も濃くて美味しいと感じていた。何よりも大好きなお祖母さんに会えていろいろ楽しいことを教えてくれるのだ。もう少しすれば手習い所という所に行かなければならないため森に行く時間は少なくなると言われ、三日三晩泣いたのはつい最近の事だ。

 だから、今日はお祖母さんの森の家にどうしても行きたかったのだ。

 あの角を曲がればお祖母さんの家が見えるとアリアの息が跳ねた瞬間、巨きな何かが前方から飛んできた。

「あらら?」

 軽い声を可愛く上げ、アリアは身軽にそれを躱した。

 木を薙ぎ倒し土を抉って止まったそれは、人間だった。

 獣のような呻き声を上げ、涎を撒き散らしながら立ち上がった男を見たアリアは見たままそのままの感想を言う。

「あーうん、きちゃないねえ」

 泥やら草やら体中から噴き出す体液やらに塗れた男は、身形を見れば貴族階級のようだが、アリアから見ればお祖母さんが飼育している豚より汚い。

 アリアよりも大きい見知らぬ大人の男(・・・・・・・・)という存在に対して微塵の緊張感も無い。

「お前!お前だこのクソガキ!」

 アリアが男にある意味見惚れていると男がアリアに気が付いた。

「あの糞ババア!この俺を何だと思ってやがる。こうなったらこのクソガキを人質にして動けないところを殺してやる」

 不穏なセリフを吐き捨て男がアリアに手を伸ばした時、高速で男の耳を抉りとる何かが飛来した。

 一拍空けて男が聞き苦しい絶叫を上げる。

 森中に響き渡るその大音声に、アリアが迷惑とばかりに耳を塞ぐ。

「ちっ、外しちまったかい。調子が悪いったらありゃしない」

 森の暗がりからしゃがれた声が届いた。

「あばあちゃま!」

 この状況でアリアがお祖母さんに会えた嬉しさのあまり声を上げる。

「アリアかい?今日は遊びに来る日だったかね」

 アリアの祖母らしく呑気に声を上げる老婆。

 鶴のように痩せて背の高い姿勢の良いその姿に、賊と居合わせた緊張感は無い。無いというより、どう見てもこの大男を追い詰めてきたのはこの老婆だった。

「糞ババア!てめえの孫かこのガキャア!お前にやられた分こいつを縊り殺してやる」

 耳を押さえた血まみれの男が無防備なアリアに背後から迫った。絶望に顔を歪めた老婆を想像して見れば、老婆に動揺は無く静観の構えでいた。

 男はもう止まらない姿勢のまま考える。自分の巨体を軽々と吹っ飛ばした老婆の孫だという事に至ったその瞬間、男の両肩が爆ぜた。

 衝撃で吹っ飛んだ男の眼には、小さな斧を2本両手で玩び腰のベルトに収容する幼女の後ろ姿が映っていた。


「アリアよくやったと言いたい処だがね、相手の意識を飛ばすまでは獲物から目を離すんじゃないよ」

「はあい」

 手際よく男を縄で縛っていく祖母のその手元を見ながら、指摘された所を反芻するアリア。

 振り向いて攻撃するという事では無く、攻撃その後、祖母曰く残心を大切にだ。祖母の今迄の教えを実践で消化している。

 そんなアリアの様子を目を細めて見ていたお祖母さんは、そうだとアリアに再び確認する。歩きながらその肩には男を担いで危な気も無い。

「おかあさんから、おばあちゃまがごびょうきだからおみまいに行ってって」

 祖母の隣で軽やかにステップを踏みながらアリアが答える。

「ありゃあ、誰にも言わなかったのに何でバレたかね」

 思わず上げた祖母に声に、アリアはくすくす笑っている。

「肉のニックさんが言ってたって」

 腕を組んでふんすとばかりに暴露するアリア。祖母もにっこりと笑って

「そうかい。肉扱いのニックだね?そういやあ昨日肉を捕りに森に来てたね」

 一層深くなる祖母の微笑()みにアリアは無邪気に笑い返すが、事態は『ニックさん逃げて!』な方向に向かいそうだった。

「ねえねえあおばあさん!このきちゃない人はだあれ?」

 祖母のエプロンの裾を引き、気になっていたことを聞く。

 今頃な話だがここにそれを気にする人間は居ないのでそのまま話は進行する。

「ああこの馬鹿かい?あたしがぎっくり腰なんて恥ずかしいヘマしちまって家で不貞寝してたら、五月蠅くドアをドアを叩いてくるんだ。吹っ飛ばしちまったよ」

 何でもないようにさらっと言う祖母にも驚かずふんふん頷いていたアリアは、ぽんと手を打つと。

「むづかしいことはわかんないけど、悪い人なんだね?」

「まあ、全部端折りゃあそういうこった」

 男が正気付いていれば違う意見を言ったかもしれないが、きっとそれすら二人の耳には届かないだろう。

「おばあさん!マサカリ!マサカリ忘れてるよ?」

 ハッと振り返り、男の耳を抉って背後の大木に刺さったままの得物を指さす。男の背丈ほどあるような巨大なマサカリが祖母の得物だとアリアは言う。

「ああ、この馬鹿無駄に重いからあれまでは持てないさ。

 後で取りに行くからよいよ。盗って(持って)いける猛者がいりゃあそのままやっちまっても祖父さんは怒こりゃあしないよ」

 亡き夫の遺した物だというのにあっさりとしたものだが、確かに大の男3人掛かりでも持ち上げるのが精一杯な業物だ。持ち去ることなど不可能だろう。

「それにしたってこの馬鹿エリク卿なんて呼ばれていたが、兄弟揃って人迷惑な盆暗は治っちゃいなかったようだね。風の噂じゃあ兄の方はおっちん死まったようだからこの馬鹿留める奴はいないか。

 こりゃあ里帰りついでに様子を見に行かにゃあならんようだね」

 とがった顎を空いた手で撫でさすり考え事をしている祖母の、その仕草をたどたどしく真似ようとするアリア。愛らしいがその腰には血を拭われた2本の斧が見える。

「おや?その頭巾は嫁さんの新作かい?可愛いね」

 漸く祖母の視線が自分の本来の目的を言い当てて、アリアはハッとそうだったと思いだした。

 それからそぼの家までの道程を、身振り手振りを交えて母の新作の素晴しさを語るアリア。そのアリアを愛し気に目を細めて見つめる祖母。本来和むその風景に、祖母の肩に担がれる大男と頭巾の背にちらちらと見える斧の存在さえなければと、目撃した誰もが思う事だろう。



「やっぱりおばあちゃまはツヨイなあ。わたしもいつかおばあちゃまのようになりたいなあ・・・はふ」

 桃のような頬に小さな指を掛けアリアは溜息を吐く。それは決して街にいる両親は望まないことだとアリアは知らなかった。

 

 


 


実は繋がっていたりします。はい。あざと過ぎるかな?このまま何作か続きますが、アドバイスいただければありがたいです。反映できるかは私の拙い技術次第。




読んでいただき感謝感激。

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