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あの頃  作者: 若葉
3/3

その三

もうすぐ師走も半ばへ入ろうかというある週末の早朝、寝室の窓を叩く音で目が覚めた。

枕元のカーテンを開けるとまだ暗さの残る明け方の空、そして窓の向こうには何処かばつの悪そうな笑みを浮かべた佐藤君と泣きそうな顔の熊本君がいた。

この前の場所に行こう。

窓越しに佐藤君が小声で囁いていた。

マジかよ。こんな朝っぱらから何考えているんだ?

眠たい頭には困惑と微かな苛立ちがあった。

戸惑ったまま窓越しとの沈黙が続く。

佐藤君は何も言わなかった。ただ、じっと私を見詰めていた。

仕方ないか。

やがて、私にも不思議な闘志の様なものが沸き上がってきた。よし、行こうじゃないか。


真冬の早朝の空気はどこまでも冷たく、白い息を絶え間なく吐きながら私達は言葉も少なく走り続けた。とにかくあの場所の謎の建物を間近で見たい。意味などは無い。

例の一本道迄来て、家からこっそり持ってきたパンを三人で分けて食べた。

山は静寂の中でうっすら昇ってきた儚い光に照らされている。

訳もなく険しい顔付きで山に向かいだした。


流石にこんな時間にはバイクの連中も居ないだろう。祈るように緩やかな坂道を登り続ける。犬のお墓を越え、最初にエンジン音を聞いた場所を一気に通過した。バイクどころか人の子一人見当たらない。

蛇行した山道は所々無舗装の場所もあり、思いの外時間がかかった。

三人共に疲れが見えてきた頃、山の中に突如として開けた公園らしき広場が現れた。

昔はここで子供達が遊んだのだろう大きな砂場や錆びたジャングルジムやらブランコやらが、人里離れた山の中にひっそりと佇んでいる。

まるで遺跡である。

何なんだろう?何故こんな場所に?

言い知れぬ興奮を覚えていた。更なる謎である。私達にとっては大発見だった。

見上げれば建物もかなり近付いている。あと一息だ。山道は急に険しくなる。息を切らしながら走る。とにかく走る。まるで何かに憑かれた様に、走る。

そして遂に辿り着いた。

茶色い土色のその建物は、麓から見るよりずっと古く大きく立派な建築物だった。人の気配も無い割に小綺麗でもある。誰かの別荘なのだろうか。或いはどこかの会社の持ち物で時折誰かが泊まりに来る、そんな建物なのだろうか?

表札も何も無い。

窓という窓にはカーテンが閉められている。

忘れられた空間に遺された寂しい建物。

とにかくこの建物を見る為だけに息を切らし突っ走ってきたのだ。見上げながら、三人、疲労と達成感に、さながら一端の冒険家の様に口を半開きにして呆然としていた。

凄いな…。来て良かった。二人共ごめんな、無理言って連れてきて。

佐藤君は独り言のように呟いていた。

矢鱈と神妙な佐藤君の顔を、私と熊本君は無言で見つめていた。

この建物が何だろうと、そこはもうどうでも良かった。辿り着き、発見した。あの時の私達にはそれだけが全てだった。

冬の弱い木洩れ日が、白い息に肩を揺らし立ち尽くす私達を緩やかに照らし出していた。


月曜から雨の日が続き佐藤君は学校を休んだ。

佐藤君の転校が先生から知らされたのは、それから間もなくだった。確かお母さんの実家に帰るのだという事だった。


佐藤君とはそれきり会う事はなかった。

よしんば今会っても、互いに顔も判らないのではないか。正直私には自信がない。それで良いと思っている。あの頃の興奮はあの頃だけのものなのだ。


冬の黄昏時、工場の流れ作業からの帰り道、小さな川に沿って、俯きながら歩く。何も考えてはいない。ただぼんやりと歩く。

後ろから来た小学生位の子供達が賑やかに騒ぎながら自転車を走らせて、私の脇を通りすぎてゆく。

何時かの自分もその群れの中にいたのだ。小さなその背中に、懐かしさと喪失感にも似た現在への失意を覚えない訳にはいかなかった。


もうすぐ師走も半ばへ入ろうかというある週末の早朝、寝室の窓を叩く音で目が覚めた。

枕元のカーテンを開けるとまだ暗さの残る明け方の空、そして窓の向こうには何処かばつの悪そうな笑みを浮かべた佐藤君と泣きそうな顔の熊本君がいた。

この前の場所に行こう。

窓越しに佐藤君が小声で囁いていた。

マジかよ。こんな朝っぱらから何考えているんだ?

眠たい頭には困惑と微かな苛立ちがあった。

戸惑ったまま窓越しとの沈黙が続く。

佐藤君は何も言わなかった。ただ、じっと私を見詰めていた。

仕方ないか。

やがて、私にも不思議な闘志の様なものが沸き上がってきた。よし、行こうじゃないか。


真冬の早朝の空気はどこまでも冷たく、白い息を絶え間なく吐きながら私達は言葉も少なく走り続けた。とにかくあの場所の謎の建物を間近で見たい。意味などは無い。

例の一本道迄来て、家からこっそり持ってきたパンを三人で分けて食べた。

山は静寂の中でうっすら昇ってきた儚い光に照らされている。

訳もなく険しい顔付きで山に向かいだした。


流石にこんな時間にはバイクの連中も居ないだろう。祈るように緩やかな坂道を登り続ける。犬のお墓を越え、最初にエンジン音を聞いた場所を一気に通過した。バイクどころか人の子一人見当たらない。

蛇行した山道は所々無舗装の場所もあり、思いの外時間がかかった。

三人共に疲れが見えてきた頃、山の中に突如として開けた公園らしき広場が現れた。

昔はここで子供達が遊んだのだろう大きな砂場や錆びたジャングルジムやらブランコやらが、人里離れた山の中にひっそりと佇んでいる。

まるで遺跡である。

何なんだろう?何故こんな場所に?

言い知れぬ興奮を覚えていた。更なる謎である。私達にとっては大発見だった。

見上げれば建物もかなり近付いている。あと一息だ。山道は急に険しくなる。息を切らしながら走る。とにかく走る。まるで何かに憑かれた様に、走る。

そして遂に辿り着いた。

茶色い土色のその建物は、麓から見るよりずっと古く大きく立派な建築物だった。人の気配も無い割に小綺麗でもある。誰かの別荘なのだろうか。或いはどこかの会社の持ち物で時折誰かが泊まりに来る、そんな建物なのだろうか?

表札も何も無い。

窓という窓にはカーテンが閉められている。

忘れられた空間に遺された寂しい建物。

とにかくこの建物を見る為だけに息を切らし突っ走ってきたのだ。見上げながら、三人、疲労と達成感に、さながら一端の冒険家の様に口を半開きにして呆然としていた。

凄いな…。来て良かった。二人共ごめんな、無理言って連れてきて。

佐藤君は独り言のように呟いていた。

矢鱈と神妙な佐藤君の顔を、私と熊本君は無言で見つめていた。

この建物が何だろうと、そこはもうどうでも良かった。辿り着き、発見した。あの時の私達にはそれだけが全てだった。

冬の弱い木洩れ日が、白い息に肩を揺らし立ち尽くす私達を緩やかに照らし出していた。


月曜から雨の日が続き佐藤君は学校を休んだ。

佐藤君の転校が先生から知らされたのは、それから間もなくだった。確かお母さんの実家に帰るのだという事だった。


佐藤君とはそれきり会う事はなかった。

よしんば今会っても、互いに顔も判らないのではないか。正直私には自信がない。それで良いと思っている。あの頃の興奮はあの頃だけのものなのだ。


冬の黄昏時、工場の流れ作業からの帰り道、小さな川に沿って、俯きながら歩く。何も考えてはいない。ただぼんやりと歩く。

後ろから来た小学生位の子供達が賑やかに騒ぎながら自転車を走らせて、私の脇を通りすぎてゆく。

何時かの自分もその群れの中にいたのだ。小さなその背中に、懐かしさと喪失感にも似た現在への失意を覚えない訳にはいかなかった。

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