表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
緋色の魔法少女、或いは紅の魔女  作者: 水城優希
プロローグ
1/5

01:高橋さぁや


「私と契約して、魔法少女になって下さい」


そう言って伸ばされた綺麗な手を見つめて、わたしは―――




 ――――――




『……昨日夕方5時ごろから行方がわからなくなった小学生児童の―――』


暖かな日差しの差し込むダイニングルーム。

毎朝の習慣で点けられた朝のニュース番組をテレビが映す。


「…ぁむ、っむ……んぐ……」


その部屋の真ん中に置かれたテーブルに二人の女性…いや、女性と少女がついていた。


「あむっ…むぐ、はむっ……」


女性の方はすでに食事を終えたようで、ゆったりと寛いでいる。

その隣で少女は一所懸命食事を続けていた。


「はぐっ!あむっ、むっ!!」


こんがりと焼かれたトースト。その上にたっぷりと塗られたイチゴのジャムが少女の口の端を赤く彩る。


「もう、そんなに急いで食べなくてもいいでしょうに」


そう言って伸ばされた指が少女の唇から甘酸っぱいジャムを掬い取った。

窘めるような言葉とは裏腹に、その表情は深い愛情に満ちている。


「だって!……んむっ、いふぉがないと!」


口の周りが汚れるのを押して、少女は朝食を続ける。

それを見て先ほど少女の唇をなぞった女性……少女の母親は困ったように笑った。


「どんなに急いでも学校は早くは始まらないわよ?」

「そうだけど……!」


そんなやりとりが10分程続き、ついに少女は食事を終えた。

汚れた口の周りをナプキンで乱雑に拭い、玄関に向かって駆けだす。


「んしょ……っと!」


そして玄関で待ち構えていたランドセルを勢いよく背負い、靴に足を突き入れる。


「こら、かかとを踏まないの!」

「はーい!」


母親に注意され、少女は小さく舌を出して靴に手を伸ばす。

何度も踏んで歩いたせいで跡のついてしまった靴のかかとを引っ張って正しい位置に戻す。


「それじゃあお母さん」


そうして扉を開けて、少女は勢いよく振り返った。


「いってきます!」






『高橋さぁや』


市立楠小学校に通う小学三年生。

平凡な苗字とイマドキな名前をもつ、ごく普通の女の子。

三年目に入り少しくたびれ始めた赤いランドセルを背負い、家のすぐ近くの公園に向かう。

1分と経たずに見えてきたその公園には既に二人の少女の姿があった。


「……あ、」


そのうち一人がこちらに気付き、さぁやに向かって手を挙げた。


「さぁや、おはよう!」


明るい声でさぁやに呼びかけたのは親友の高梨美弥。


「さぁやさん、おはようございます」


それに対しもう一人の少女は丁寧なお辞儀を見せる。

同じくさぁやの親友で、この辺りの地主の娘である高城楓だ。


「二人ともおはようっ!」


さぁやは挨拶を返して、そのまま二人に飛びついた。

既にさぁやの行動に慣れている二人は危なげなくさぁやの身体を受け止める。


「今日から新学期だね!」


二人に抱き付いたままさぁやが楽しそうに笑う。

そう、今日から新学期だ。長く楽しかった夏が終わり、新しい季節がやってくるのだ。


「あたしはもっと夏休みが続いてほしかったよ」


長い休みを惜しむ美弥がぼやく。


「そうですか?私は学校も好きですよ」


対して楓は頬に手を当てておっとりとした調子で微笑んだ。


「そりゃあ楓は勉強が出来るから学校も楽しいだろうけどさ」


頬を少し膨らませて美弥が楓を見る。

楓はそんな美弥を何故だか嬉しそうに見つめ返していた。

そんな二人のいつものやり取りを聞きながら、さぁやは心の中で叫んだ。


(また学校が始まるんだ―――!)





全校生徒400人。

決して大きくはなく、かといってそこまで小さくもない。

そんなさぁや達の通う学校は小さな丘の上にある。

カリキュラムも年間行事も、特段変わった事のない普通の小学校。その地域の子供たちが特別な理由もなければ通う事になる公立の学校。

どこにでもあるそんな小学校だが、そこに通う児童たちにとっては世界でたった一つの特別な場所だ。

朝早くに通学し、給食を食べて放課後にはクラブ活動もある。

一日のうちの半分近くを過ごすその場所は、自宅の次に大切な場所。

さぁやはその特別な場所が大好きだった。


(早く着かないかな!)


うきうきした気分で校舎の建つ坂道を登る。

隣には二人の親友、そして前後には同じ登校班のメンバー。

さぁやは今にも学校に向かって駆けだしていきたい気分であったが、そんなことをしては皆に迷惑をかけてしまう。

代わりに心の中で走り回り、その溢れんばかりの感情を抑え込んでいるのだ。


「―――ふふっ」


ふと、隣を歩く楓が笑った。

その瞳はまっすぐにさぁやを見つめている。


「え、なになに?」


自分の顔に何かおかしなところでもあったのかと思い、さぁやは自らの顔や髪をぺたぺたと触った。

今朝はかなり慌ただしく家を飛び出してきた。もしかしたら寝ぐせでもついているのだろうか―――


「いえ、さぁやさんが今日も可愛らしくて」

「えぇ……!?」


楽しそうにしている楓。

彼女はこうして時々さぁやのわからない所で嬉しそうにすることがある。

今回もどうやら何か特別な事があったわけではないのだとさぁやは思った。

可愛いと言われてそちらに気を取られたのもある。


「確かに、さぁやは可愛い」


更に隣を歩く美弥がうんうんと頷いた。


「もう、みゃあまで……!」


みゃあというのは美弥のあだ名だ。

『美弥』だから『みゃあ』。

安直だが可愛らしいネーミングだと、言い出しっぺのさぁやは自賛している。


「これは近いうちにさぁやさんを愛でる会、第54回を開催せねばなりませんね」

「うむ、なりませんな」


美弥と楓が何やら二人で分かりあっている。

さぁや自身はそんな会の事はまるで知らないのだが……


(っていうか、回数!)


心の中のツッコミは届かず、二人は会の詳細について話し合っていた。

適当な事を言っているだけではなく、どうやら本当にやるつもりらしい。

自分の事のはずなのに、何故か置いてきぼりのような感じになってしまったさぁやは小さく唇を尖らせて前に目を向けた。

その瞳に朝の太陽の光が差し込む。

視界が白み、反射的に目を細めてからゆっくりと開いて―――


「―――あれ?」


映りこんだ光景に、思考が止まった。

見た事のない部屋……いや、部屋というよりも広間だろうか。

その壁際に並び立つ人、人。

横に目を向けるとすぐ両隣には長い金属の棒が立ち、そのてっぺんで蝋燭の炎がゆらゆらと揺れている。

そして目の前には……


「初めて、お目にかかります」


美しい女性が白いローブを身にまとい、膝をついていた。

上げた面はさぁやへと向かっており、今の言葉が彼女に向けられたものだとわかる。

その女性が、降ろしていた細い腕をゆっくりとさぁやへと伸ばし―――


「私と契約して、魔法少女になって下さい」


そう、告げた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ