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指揮者の素質

 結局、まずは二十分を千○さんの指揮シーンとか、の○めとの掛け合いを二人で見ることになった。先ほどの言葉通り、お菓子を入れた大皿とジュースを持ってきた四季風の母親は、二人で映画を見てる状況に唖然としていた。俺も、なぜか申し訳なくなってお辞儀するように謝った。そのやり取りを四季風は、画面に夢中で全く気付かなかった。

『じゃあ、そろそろ』「待てこら。名残惜しそうにドラマの方を見つめるな」

 終わったのに合わせて文章作成してる間に、次を選ぶ気配をさせてる四季風に気付いて、シャツの襟刳りを引っ張る。

『だって、見たいんだもん』

 むりやり振り向かされた四季風は、後ろ髪引かれてるような顔でその文面を見せてきたが、ただ俺をイラッとさせただけだ。

「あのなぁ、音楽観賞会じゃないんだよ。音楽練習会なんだよ。少なくとも、俺がいるうちは練習するぞ」

 四季風の頭を押さえて、打つのがまどろっこしいんで口で説教する。言語としては認識できなくても、音声としては認識できると言っていた四季風には、俺が半ギレしてるのは大いに分かってくれただろう。引き気味な表情でぶんぶんと首を縦に振ってくれてるんだから。

 ようやく練習が始まる。

『四季風、まずはお前に質問だ。

 指揮を練習するのに一番身近で、実用的な方法は何だと思う?』

でも、実践はまだしない。がむしゃらに指揮棒を振りまわすのは練習とは言わない。理論的な手段に基づいてスキルアップのステップを踏んでいく。そこは感覚派だろうと論理派だろうと変わらない。

『やっぱり、プロの演奏を見るのが一番良いんじゃないの?』

 ほとんど思考時間なしでの回答。それなりに自信があるんだろう。

『そうだ。2割正解だ。』

『的外れ!』

 でも、駄目だしを食らって、四季風が軽く俺を睨むが気にしない。

『確かに為にはなる。でも、極端な言い方をすると、指揮者志望はプロを手本にしたらアウトなんだよ。

 サッカーとかテニスで、試合映像を見て、熱闘の中で輝いたプレーに隠された技術を身につけようと真似るのはごく自然なことだよ。スポーツは確立された基本技術が存在して、そこから自分なりのスタイルを構築するものだから。』

「ちょっと一息」

 長文は目が疲れる。指がだるくなる。フリックは誤入力も頻発するから、とにかく頭が痛い。差し出されてるジュースを口に含んで休む。

『指揮者だって、その基本技術あるでしょ。参考書何冊も読みこんで覚えきったんだよ』

 休んでる間に、四季風から抗議が来る。こいつからしてみれば、今までやってきた練習法を否定されてるような気分だからだろうか。

『あるよ。指揮棒の振り方は。

でも、お前が見てきたプロは、統一されたモーションをしていたか?』

『モーション?』

「…………マジか?」

 俺の主張の要である、指揮者のアイデンティティたる所を言ったら、四季風は本気で分からないという、キョトンとした表情を見せやがった。

『お前は、プロたちが腕を大きく振ったり、大きな音が鳴るような足踏みを、ただのパフォーマンスだと思ってたのか?』

『うん』

「お前が男だったら本気でぶん殴ってるところだった」

 感情の機微がわかるということは、俺の怒りを、四季風に対して感じている非難の感情が如実に伝わっているということ。だから必要な時は声に出した方が、こいつには深く察してもらえ、自ら正そうとしてくれる。

『ったく、いいか。これから、指揮者という存在がなにかを教えるぞ。』

 四季風の返事は一切聞かないで、手早く準備を進める。こんな所で時間を食ってるわけにはいかない。

「四季風、そのケース開けろ」

 ケースを指さして、指した指を上に振り上げて「中身出せ」とジェスチャー。その間にも下準備する。

「―――」

 ジェスチャーを理解してケースを開けた四季風が、中身を見て息を呑んでいるのを横目で見た。

『紫音君、バイオリン弾けるんだ』

 その言葉には、首を振って答えた。今はスマホを動画再生に使っているから、会話媒体としては使えない。身振り手振りでやるしかない。

「……おし、覚えた」

 嵌めたイヤホンを耳から外して、本体からもジャックを引き抜く。

『四季風、完璧にとは言わない。でも全体像は把握しろ。』

 初めて出会った時のように、スマホで大音量の音楽を鳴らす。

 あの時の実力チェックとは違う。ただ、ニ○動に上がってるバイオリン弾いてみた動画の一つを流すだけ。

 三分ほど経過して演奏一回が終わる。

『把握したか?』

『あんまり上手くないね。この人』

『OK

 じゃあ、今から俺が演奏するぞ。』

 床に安置されてるバイオリンを拾い上げて、滞りなく構える。

 昨日もリハビリで軽く触れたけど、今でも感じる、顎当ての滑らかさは変わらずしっくり来て、肩にかかる重みは随分と懐かしい。

そして、昨日と同じように、懐かしさと同時に心臓が嫌に高鳴り、手のひらが汗ばんでくる。

「ワン、ツー、……」

 自分の中で拍を取って、さっき耳に叩き込んだ音を再現する。所々にある音の歪。音程外しまで。自分の技術で可能な限りを模倣で演奏していく。

 四季風は、黙って俺の演奏を聴いていた。

 音が進行していくと、四季風の表情がどんどん変わっていった。

 最初は違和感を感じたくらいで小首を傾げて、その違和感はどんどん増していったようで、最後は難しい顔で眉間にしわを寄せるにまで至った。

「ふう」

 演奏を終えた時には、一息つくほど疲労感を感じた。誰かに見せるとなると、四季風が相手でも緊張感が違う。

『言いたいことが分かったか?』

 バイオリンを一旦片づけてから聞く。答えは分かってるけど。

「………」

 と思っていたら、四季風は思想に耽っていて画面に見向きもしない。

「おい」

 四季風の目の前を通過するように手を薙いだ。異物が視界を通り過ぎて、ようやく四季風は頭を上げた。それに合わせて、画面を突き出すと、気付いて急ぎ気味に打ち込みを始めた。

『うん。音が同じになるように弾いたでしょ。

なのに、見えた物が全然違う』

『そう。それが俺の言いたかったこと。

 同じ規格の物を二つ揃えたからって、使ってる素材は完全同一じゃない。

 年輪の形が全く同じな木材は存在しない。

 同じでない素材から同じものを作るのは、実質不可能なんだよ。』

「一息」

 書くのに疲れた。四季風と初めて会った日はこれより長い量を書ききったけど、あの時はその場の勢いなど、気持ちが疲労感を感じさせなかったからだ。今はそれがないせいで、画面を注視して指を動かすのは、時間相応の疲れを感じてくる。

 言いたいことを、一息で言い切ることが難しいのはもどかしい。時間も随分消費している。でも、目の疲れは集中力にも影響するし、無理はしない方がいい。四季風に理解させる猶予の時間と思っておこう。

「再開」

『その時点で音は異なる。加えて、その日の湿度で弦の張り具合も変わるし木も膨らむ。大人数でやれば、二酸化炭素濃度上昇で空気の質も変わって、音の伝わり具合がガラッと変わる。その影響度も各楽器で同一じゃない。

 その個性の群れを手本どおりにするだけで扱おうとしても、あっちこっちに飛び散られるぞ。』

 根本的に纏まりがないなんて、吹奏楽に限らず笑止。

『プロの指揮者たちは、敢えて手本通りをしない。いわゆる場の空気を精確に見極めて、それに合った独自のパフォーマンスで、個性と観客を無理やり従えさせてるんだ。』

『従えさせる?』

『あとで同じ曲で、楽団は別の動画とか見てみな。指揮者のモーションは全然違うはずだから。

なのに、変わらずそれは絶賛される。プロの評論家さえも。

アプローチ方法――表現の感性が違えば、それは最早別の音楽。

 その違いを“瑣末事”と思わせる強制力が指揮者には求められる。奏もまだまだ青二才だけど、多少出来るぞ。』

 幼馴染でずっと見てきたから知っている。今は敵対していても認める。あいつに指揮者の才能があるのは。

『そんなので、みんながついてきてくれるの?』

 今までの説明を受けて、四季風が真っ当な質問をする。

『すまん、言いたいことを先に言わせてくれ。』

 だが返事はしない。ここで質問に応じると流れが切れる。納得できなくても飲み込んでくれと頭を下げてから再開させてもらう。

「………」

(いや、後で返事するから……)

 次の文章は量が多いから、必然的に時間がかかる。その間、四季風が退屈だから構ってというオーラを纏いつつ、頬杖を突いて仏頂面で見つめてくる。

 気まずい。冷汗が流れそう。頼むからそんな目をしないでくれと言いたくても、全面的に打つのが遅い俺が悪いのだから我慢するしかない。

『こっちでももう一度申し訳ないと書いとく。これが一連の説明の最後だから。

 指揮者は、傲岸不遜という言葉がふさわしい。

 自分の感じた世界をその一曲に表し、まずはそれを、誇りをもって楽器を奏でる演奏者たちに実践させる。やれと指図する。

 次は、それを観客に共感させる。黙って聞いとけと音で脅迫して拍手しとけと強要する。

 はっきり言う。指揮者ってのは、自分の感性を相手に押し付ける存在だ。

「これが俺の音楽だ!」というのを見せつけて、“言いたかった文句を飲み込まざるを得なくなる”ような、圧倒的な迫力と魅力で全てを圧倒する。

 これは音楽に限らず、分かりやすい所で芝居とか絵画とか、表現力という強大な才能を持つ天才たちの、必然の力だ。

 芝居がかりすぎたか?』

 思い返すと恥ずかしい気がしなくもないが、淡々としてるよりは良いかとも思いなおして、予防線だけ残して見せた。因みに、これの製作時間、十分ちょい。文章の構築時間は十五分。目と指先がかなりやばい。

 俺の言い分をゆっくりと眺めていって、四季風は考え込み始めた。目を閉じて、胸に手を当てて。

 そして、ゆっくりと目を開けて、四季風は質問する。

 自分の口で。

「紫音君から見て、私は天才なの?」

「聞こえねえ! ごめん書いて!」

 自分の声が聞こえないから、声量の加減を分かっていない。以前の大泣きは、耳がキンキンするほど張り上げたのに。

「紫音君にとって、私は天才なの!」

「今度はうるせえ!」

 書いてって言ったのに、無視してリトライされた。いや、言葉の雰囲気はわかるらしいから、聞こえなかったのだけは理解されたのか。

「聞こえた。わかった。だから三回目はいい。オーケー?」

 片手を前に突き出して場を制して、片手の人差し指を立てた状態で唇に添えて「黙れ」と伝える。そして伝わって黙ってくれる。

『そんなのわかるか。まだ公式の場に一度も出たことないんだろう。

 まずは観客を沸かして一人前。専門家からお墨付きをもらってようやくプロ。

 プロになった時点で一定の評価をもらってるから、そこで天才を名乗っていいかもしれない。でも、その先の世界までたどり着いてこそ、天才なんだと俺は思ってる。』

『その先っていうのが何なのか気になるけど、とりあえず無責任。ずいぶんと熱心に語ったくせに』

 唇を尖らせながら、非難される。気持ちは分かるけど、俺は事実と正論しか言ってないから受け止める必要はない。

『悪うございましたな。現状、お節介な半人前ですゆえ、俺が太鼓判押したって見栄にもならない。

 俺がお前にしてやることは、最低限の技術とセンスを叩き込んで、あのふざけた吹奏楽部に、お前を音楽家の一人として認めさせてやることだからな。その先までの面倒は保証できない。出来るのは友達継続くらいだな。』

 高校で別れたらそれっきり疎遠って可能性もあるけど。

 否定的な言葉で終わらせると後味が悪いから、取って付けたようなフォローの言葉を仕込んだ。それだけでしかない文章だった。

「………」

 なのに、四季風は威勢を無くして押し黙って、俯いた。

(どんだけコミュ障なんだよこいつ……)

 ニュアンスで伝わるので口には出さない。

 本当に友達がいなかったみたいだ。こんな再確認でしかない表現を真に受けるなんて、初心って言葉が相応しいな。

『嬉し恥ずかしはしてもいいけど、全然練習が進んでないことに危機感を持とうか。ここまでもう、2時間近く使ってるからな。』

 そろそろ現実に引き戻そう。ついつい語った俺自身にも宛てて。だいぶ熱が入ってたとはいえ、今度から教える予定の知識や指示内容は、予め用意してくる方が確実に良いな。

『それ、紫音君が打つの遅いからじゃ』

「お前がおかしいだけだよ! フリック出来ないガラケーでなんでそんな速いんだよ!」

 戻ってきた四季風の発言に、思わず口が出てしまった。

フォントサイズが反映されないのがもどかしい。四季風の声の大きさをそれで表現してたので。

誰か、良い方法を知ってたら教えてください

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