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GIFT-音のキャンバス-  作者: 楽団四季
プロローグ
4/25

見返すために

一つ前の話で長いと言ったな。あれよりこっちのほうが長い(ごめんなさい)

「悪かった」

 俺は机に腰掛けて、四季風は椅子に腰を下した。それから、俺は四季風に深く頭を下げて、敢えて口頭で謝った。

『いいよ。余計だったののはわかってるから』

『余計なもんか。見ぬふりは一番為にならない。

 尊敬できるよ、その折れない意志は。』

 褒めちぎったら、四季風はどう反応すればいいのか困ったように、俺を見ないよう露骨に視線を逸らした。

『けど、本当に悪かった。無意識に俺もお前を下に見てたよ。音色が見えてるなら、言葉も見えてるって考えるのが普通だったよな。』

 あの時四季風にその旨を書いた文面を見せられて、頭が冷えた。擁護の言い方を思い返すと、お前は保護者かってくらいに、随分と熟知してるような生意気さがあったように思える。ほとんど同い年のくせに。それに、最初はどうせ聞こえないと高をくくって、四季風を侮辱するような言葉を零していたことも反省しないといけない。

『言葉としては理解できないから大丈夫だよ』

『でも、あそこで引きとめたのは、心無い言い争いをしてるって分かったからだろ。声音に込もってた感情が見えるんだろ?』

『まあ、ね』

 ポーカーフェイスっぽく軽い笑みを崩さずにしてるけど、全く楽しそうにも嬉しそうにも見えない。貶しだろうと擁護だろうと、目の前で口喧嘩の原因にされてて良い思いはしないに決まってる。

『なあ四季風、言いたくないかもしれないけど聞くぞ。どうして、指揮者になりたいんだ? はっきり言うと、お前のハンデは技術的な所もあるけど、難聴者と言う肩書の所為で、世間体的に半分詰んでるようなものだぞ。』

 それを引きずっている状態で聞くのは酷だとはわかってる。でも、聞かずにはいられなかった。四季風の、自分の境遇を理解していながら諦めない指揮者への憧れを。

「………」

 四季風は、しばらく黙りこくった。軽く俯いて、携帯を握る手も固くして動かさない。

 完全に私情に入り込もうとしているんだ。誰にも言いたくない秘密なんて誰にでもある。吹奏楽の連中にも言ってないかもしれないのに、しょせん部外者でしかない俺に言うかどうか。

 でも、決意したように、四季風は携帯に指を当てて文字を打ち始めた。

『理由なんて、“なりたいから”じゃダメなの?』

『正論だけど、お前のそれにそびえる壁は巨大なんてものじゃないぞ。それをわかっていてなお、貫徹するお前の決意の強さの源は何か、それを聞きたい。』

 動機の根幹、それに対する四季風の返答は、めちゃくちゃ早かった。携帯の予測候補一文字目で出たみたいだ。

 それは、それだけ、覚えこませるほど多用してるってことで、四季風の頑なさを表しているようだ。


『G線上のアリア』


 そして、その返答は四季風がお気に入りと言った曲。

『幼心にも鮮明に残ってるの。テレビで見たあの絵を』

『絵、か。

 俺たちにはわからない感覚だな。音を見るって。』

 この感覚を、奏はキモいと言った。異質だとして。

 でも、俺からすれば羨ましい。未知の感覚、もう一つの楽しみ方。音楽を楽しみたいだけの人間と、音楽を極めたい人間とだと価値観が違うのか。

『ん? それと指揮者に何の関係が?』

 それから少し考えて、思い出と指揮者はイコールで繋がらないことに気づいて追及した。

『私にとって、音色は絵具みたいなものって言ったよね』

『おお』

『絵画には、絵筆が不可欠でしょ』

『ああ!』

 合点がいった。つまり――

『指揮者が書き手ってことか。』

『そう 

 私にとって協奏は、指揮者が書き手の、絵の制作風景。誰かが失敗すれば掠れとか色あいの誤差で歪さが生まれる。逆に、完ぺきにこなせば言いようもなく感動できる逸品になる

 私は、自分でそれがしたい』

『思い出の再現がしたいのか?』

 四季風は、それに対して首を横に振った。珍しい、動作による応答だった。


『それもあるけど、半分もないよ。

 メインは、これは私にしか出来ないことだから』


「―――。……そうか」

 最初こそ息を呑んだけど、納得できると思ったのと同時に、感動も覚えた。

 健気だと思った。自分の境遇に喘いでも、折れずに夢へ邁進するその姿勢。部内で孤立して、そのまま非難の目に遭っているのに、指摘を諦めない向上心の高さ。

 俺を含めた同年代と比較しても、二つも三つも抜きんでた一途さ。それには素直に頭が下がる思いだった。でも、四季風も分かっているはずなんだ。現状、自分の夢を叶える機会に巡り合えることは皆無だってことは。

 奏から聞いたことを参考にすると、四季風はマトモに練習させてもらえていない。それは恐らく、高校進学後も変わらない。奇跡的に恵まれても、それは恐らく本格的ではない娯楽的な部。お遊びの環境が精々。本気で取り組む環境ほど、ストイックで不安材料は取り払おうとする。実力が全く当てにならない、実績なしの難聴の指揮者なんて特に。

 このままだと、四季風の望みは空しく潰されてしまうのが、火を見るより明らかだ。

『四季風、自前のタクトは持ってるか?』

『? 持ってるけど』

『じゃあ出せ。

 一回、どれくらいのものか見てやるから。家とかで独学気味には練習してるだろ。』

「………」

 四季風は、理解が追い付いてないように目を瞬かせ、追いつきだすとオロオロし始める。

『私、そんなに上手くないよ。見様見真似とかで振ってるだけだし』

『いいから、やれ。曲は簡単なのをチョイスするから。』

 ちょっと時間かかりそうなので、肩に手を掛けて、優しく、やさぁしく微笑みかけてお願いした。

『わかったよ』

 なぜか気圧されたように、四季風は引きながら頷いてくれた。

 四季風は自分の鞄を弄って、俺にとっては随分と見覚えのある形の長方形のケースを取り出した。それが開いて見えてきたのは、黒のプラスチックの持ち手と、グラスファイバーかプラスチックで出来た棒部分で構成された指揮棒。四季風の腕と比較して長さは平均的な30cm。そこらの楽器店へ行けば1500円くらいで買える代物。

「じゃあ、曲は……これでいいかな」

 どれが良いか考えて、スマホでサクッとyoutubeから見つけ出して、音量高めにして机に置いた。

 音が流れ始めたのを俺の耳が感じたの同時に、四季風も手に持つ指揮棒を構えた。

「聞き覚えはあるだろ。毎年、新歓で吹奏楽がやってんだから」

 THE SQUARE――「宝島」 1986年に発表された楽曲で、1987年に吹奏楽をメインにしたアレンジが施された。アゴゴベルの独特な音から始まるサンバチックで、聞いてるだけで気分が乗ってくる陽気なメロディは、青春真っ盛りな中高生に人気が高く、吹奏楽部内での曲の選考には、鉄板と言っても過言じゃないほど挙がってくる名曲。

 ぶっつけでやらせるのはきついと思うが、実際に先導するわけじゃないから大丈夫だろ。実際、四季風の動きは観察出来た。練習みたいなものだから落ち着いてやっていて、知識的にはちゃんと指揮出来ているのと、感じ方は違っても動きは一緒なのが確認できた。


「くっそ下手だな」


 でも、動作的にはまるで出来てない。いきなりやらせたからと言っても、固いし教科書に載ってるのを真似ただけのようなぎこちなさも常にチラついてる。

何より、お手本通り過ぎる。

『どうだった?』

『0点』

『だから上手くないって言ったのに』

『それでもかなり酷い』

『そんなに?』

『そんなに』

『………」

 四季風は目に見えて落ち込んでいる。自分の目標の遠さを再確認させられたら、誰だって気を落とす。それは、四季風の場合は特にだろう。俺がここで高評価を出したら自信に直結しただろうが、逆に酷評受けては、自分のハンデの重さもあって挫けそうになるに決まってる。

「これは大会までに間に合うかなぁ……。いや、大会前に決着つけないといけないから、なおさら厳しいか」

 難しすぎて、頭を搔き毟る。

 これからを思うと、俺の計画があまりに無理難題な気配がして、頭を抱えたい――ってか抱えてる。

『ねえ、正直に言って』

 そこに、四季風が聞いてくる。

『私に、夢が叶えられると思う?』

「……面と向かって言って欲しいのか?」

 意地の悪い問いかけはどんな色になるのか、俺にはさっぱり分からない。でも、そういう風に見えるというのは、四季風が気まずそうに黙って、視線を逸らしたことで分かる。

 答えとしては、「無理」と言ってやるのが優しさかもしれない。

 夢を諦める苦痛はかなりクル物があるのは知っている。だけど、四季風の場合はあそこから解放されるのだから、ただ絶望を叩きつけるというわけじゃない。荷を下せと言ったところだ。

 でも――

『四季風、指揮棒貸してくれ。』

 頼むと、四季風は無言で持ち手の方を差し出してくれた。それを受取って、消えかけてる記憶を掘り起こして構えを取る。

 タクトを最後に握ったのは、二年くらい前だったか。

 もう、する機会はないだろうと思いこんでいた回想をすると同時に、握ってみて擦り傷とかの、使いこんだ証を感じ取った。独学でも、自分なりに練習している四季風の努力の積み重ねが、この細い棒に詰まっている。

 もう一度再生して、俺なりに指揮をやってみる。記録された音だから張り合いに欠けるけど、手を抜かずに音を律する。脳では薄れていても、昨日もやったようにすべきことを心に伝達する、体に刻みこまれた動きをもって。

「やっぱ、指揮は個人でやるもんじゃないな。つまらない」

 一回聞けば流れを把握できる。それで展開を先読みして指揮棒を振ればいいだけだけど、家でも楽譜見て吹けば上達するトランペットとかと違って、指揮はキチンと指揮者をしてこそ上達する。録音されたもので分かるのは形だけで、それを再現する構築法は自分なりに見出す。

 なにより、決まった流れを真似るのは面白くない。

 それでも、四季風に見せるためにやってみせた。手本として、経験者の技術を。

 およそ三分程度のモノマネを終えた。骨の髄で動きは出来ても、支える筋力は明らかに落ち込んでいて、結構腕が疲れた。

 軽く息を吐いて肩を下ろした俺に、四季風はパチパチ拍手してくれる。

『指揮やったことあるの?』

『ガキの頃にな。中学入る直前には止めたけど、少なくともお前よりは上手いのは見せつけられただろ』

『嫌味?』

『事実だろ?』

『それが既に嫌味なんだけど』

『悔しかったら上達してみろ。指揮棒の手垢に比例しない腕前見たら無理かもだけどな。』

 一笑しながら画面向けたら、四季風がむすっとして睨みつけてきた。ちょっと煽りすぎたかな。


『だから、俺がお前に教えてやるよ。出来る範囲でだけど』


 喧嘩になるかもしれなかったので、さっさと俺の本題を示した。

 ――でも、見過ごせそうになかった。無駄だとしても、徒労に終わるとしても、俺は、諦めさせることができなかった。

 四季風には、確実に才能がある。音を正確に認識できる鋭敏な感覚。そして、致命的なハンデがあっても霞まない強靭な意志。それを、理不尽なんかに踏みにじられるのは我慢ならなかった。

 だから、一端の中学生に出来ることなんてたかが知れてるとしても、音楽を心から愛する人間として、手助けしたいと思った。

「………」

 四季風は、まるで意味がわからないと、目を白黒させて画面を凝視し続けた。

『なんで。そんなことしてくれる?

 あなたはなじか私の名まえを知ってたけど、私、あなたとは初対面みたいなもになのに』

 思考が追いつくと、打ち間違いに気づかない動揺と目に見えて震えた手で、当然の疑問を示してきた。

「……ちょっと待って。今打ち込んでるから」

 答えてやりたいのは山々だが、まとめて応対しようとすると、必然的に言葉が増える。それを文字で伝えないといけないから、そんなに待たせるのも悪いので急いでフリック入力しまくる。

「待たせた」

『そういや自己紹介してなかったな。

 俺の名前は弥弦紫音(やづるしおん)

 理由か。お前のさっきの言い方で返すと、したくなったから。だけど、それじゃあ納得できないって言うんだろ? 

 奏への当てつけだな。』

(疲れるわこの量……)

 げんなりするほどの文字数を入力して、動機を示す。口で出来ないのは、こんなにも疲労感があるのを改めて思い知る。

 その間に受け止めきって落ち着けた四季風は、慌てることもなく、抜群の精度を誇る高速タイピングで次の言葉を示してくる。

『当てつけって、そんな悪い理由で?』

『動機に高潔で紳士的なのを掲げてる奴なんて、居たら見てみたいもんだ。

 結局は、なんとなくか、好きだからか、才能あるのを感じたか、名誉欲か、だろ。』

『身も蓋もないね』

 呆れの溜息をこぼされた。

『お前だって「好きだから」で、今の奏は「名誉欲」の派生だぞ。

 それを胸に秘めてタクトを握る。成果さえ出せるなら、どっちも大差はないよ。』

 動機に意味はない。それを基に発起して、実力を付けて世間的に認められれば、それは根本に関係なく評価される。金が目当てで始めても、人気が出れば不問。逆に、憧れを体現するために人生を捧げても、下手の横好きじゃ道楽止まり。結局この世はそんなもん。

『大差、あるよ。だって、部長には目的が見えてるじゃない。私は漠然とした思いだけで、上達もせずに棒を振ってるだけだもん。紫音君も、0点って言ったし』

 でも、四季風はこれを重く見てるらしい。今までの扱いからビビってるのもあるに違いないけど、自信がないんだ。屈しない勇気はあっても、立ち向かう勇気は持ってないってことだ。

 このままじゃあ、いつまで経っても埒が明かない。なだめすかしてる限り、なあなあと逃げ続けるに決まってる。

「ああ……。ああ、くそ! なんでこんな生殺しを味わう羽目になったんだろ」

 ガツンと強烈な一発をかますのが一番早いんだろうけど、それは必然的に、初対面の相手に言うような言葉じゃなくなる。でも、やるしかない。

「…………、読め」

 量に応じてかかる時間を縮める努力をしながら入力して、画面を伏せて机に置いて、四季風に手に取らせるようにした。そして、俺はそっぽを向いて四季風を直視しないようにした。

 正直、見て欲しくない。恥ずかしいから、マジで恥ずかしいから。本音は今すぐ回収して消して、なかったことにしたい。でも、それやっちゃうと振り出しに戻る。だから一時の恥として飲み込むしかない。

 四季風が、俺を訝しむようにチラ見しながらスマホを手にとって画面を見た。……やっぱ止めとくべきだったかなぁ。

「………」

 画面を見て、四季風は呆けた顔をした。それまま、その大きく見開いた眼を俺に向けてくる。

「こっち見んな。尋ねるな。何も言わずに理解しろ」

 俺が書いた内容は、こうだ。

『音を見る能力は、差別の原因じゃない。音楽に愛された証だ。俺はそうだと思ってる。

 そして、それをあの連中に認めさせるために、俺がお前を鍛えてやる。自分に自信が持てないようなら、はっきりと言ってやる、

 お前には、才能がある。』

 やってしまったけど、これからどうしよう。あんまり四季風を見たくなくなってる。

 こんなの、ある意味告白だろ。しかも、けっこう臭いセリフ。今日話をした人間を相手に書く言葉じゃない。彼女いてる歴ありならもうちょっと大人な対応が出来たかもしれない。

(どうしよっかなぁ……? 開き直って高圧的? でも泣かしそうだしなぁ。濁したら元の木阿弥で恥だけ残るし)

 悩む。覚悟はしてたが、予想以上に精神的にキてる。どう動いても裏目りそうって気がして、どれが正解の行動なのか見当がつかない。これが告白後の緊張感か。

 苦悩して、必死にこれと断言できるのを模索してる時に、それは俺の耳に入った。

「……ズズッ。……えぐっ」

(……なにこの音?)

 なんか、鼻をすする音みたいなのが聞こえてきた。それから嗚咽みたいなのも。

 恐る恐る、音の方向――四季風がいる方向を向く。

 見ると、目が潤んでるどころかもう滴が零れてて、決壊寸前なのが丸わかりな姿をしていた。

「お、おい。泣く――」

「うあぁぁぁあああああああ!!」

「うるせえ!?」

 自制もクソもないガチ泣きの超音量の声に、思わず耳をふさいだ。

 涙もボロボロと流しまくって、幼稚園児かってくらいにワンワン泣きまくる。たぶん、普段声を使うことがないから、声量の加減が理解できてないんだと思う。でも、これは加減をする気がないだろ。なんで泣きだしたかなんて全く分からないけど、どう考えても、俺のメッセージが引き金になって、感激が理性を軽く振り切った。そうとしか考えられない。ってかマジでうるさい。廊下の方まで絶対届いてる。

「ちょっと静かにしてくれ! 誰か来るとかなりめんどいから!」

 悠長に文字打ってる暇は無いって言うか、そもそもスマホ握られたままで使わせてもらえない。だから怒鳴り気味に声で伝えようとした。でも、涙を拭うために制服の袖で目を覆っている――視覚が機能していないのでまるで伝わってないに違いない。差別的な気持ちはないはずだけど、こういう時にはどうしても思ってしまう。

 耳が使えないって不都合が多すぎる!


「弥弦~、今度は泣かせたのか」


「…………おおぅ」

 よりによって、最悪の相手が来たよ。



「もう、やだ……」

 同じ日のうちに再犯かましてこってり絞られた。四季風もなかなか泣き止まないから気まずかったし、先生の視線も険しいし。なんて濃厚すぎる一日なんだよ。

『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――』

『いや、文字で見るとそれホラーだから止めてくれ。』

 疲れてる所に寒気の追い打ちは勘弁してほしい。ホラー嫌いだし。

 泣きやんで、目元を腫らして瞳も赤らんだ四季風は、自分の携帯で俺を戦かせながら、ペコペコと平謝りし続けてる。

 先生には、理性が戻った被害者自身の弁解が入ったことで解放された。でも、去り際「次は親同伴だからな」と入念に釘を刺された。それは避けたい。親呼ばれるほどの問題起こしたって噂が立つのはごめんだ。しかも女の子を嬉し泣きさせたのが原因なんかでは、その日の晩飯に赤飯でも炊かれそうだ。

「暗くなってきてるな」

 窓から見える街の光景を見て、夕日が沈みかけてる時間帯になってるのを確認する。

 言いたいことを入力して見せる。神速の速さを誇る四季風はともかく、ノーマルな俺は長文になってくると時間がかかる。そこに加えて二回連行されてる。職員室で時計見た時は六時半を回って少しくらいだった。放課後三時間なんて、あっという間に過ぎて行ったってことか。

『四季風、家どのへんだ? 

 話残ってるし、途中まで送るぞ。』

 まだやってるだろうが、今の吹奏楽部はそんなに居残ってまで活動はしない。仮に残っていたとしても、今から四季風を向かわせたところで片づけを押し付けられるだけに決まってる。だから、四季風も帰るという前提で提案した。

『ねえ、紫音君、どうしてそんなに優しくしてくれるの? 

 私なんかのために』

 でも、俺の質問を見て戸惑うような表情を見せた後、四季風は返答しないで、逆に質問してきた。

『優しく? 

 気を掛けてる自覚はあっても、そんな意識はしてないぞ。』

 女の子を傷つけるようなことはするな。紳士的にしろ――と、家で耳タコなほど言われてきたから、そういう姿勢を無意識にこなしてるのかもしれない。

『でも、何から何まで、良くしてくれてる。

 私を庇って部長と喧嘩になったり、こんなめんどくさいやり取りに嫌な顔しない』

 書かれて、思い返して、そうだったかと思った。でも、文字での会話に嫌悪感は抱かなくても、疲れるとは度々思ってる。奏に対しても、あの時は高慢ちきな態度にイラッとしたから黙らせたかっただけだし。

『比較対象がおかしいような気もするけど、お前の親だって邪険にはしないだろ?』

 親にまで蔑にされる生活送ってたら、そもそも指揮者の道を志そうとしていないだろう。何をするにしても「お前如きに」と鼻で笑われて、心を折られる。

『いや、両親にも言われたことないんだよ。

 才能がある、とは。

 それが、すごい、嬉しくて』

「―――」

 その文面と、思い返すうちにぶりかえして瞳を潤ましてる四季風の顔に、一瞬、息が詰まるような感覚がした。

 四季風は今まで誰にも認められなかった。親もはっきりとは否定しなくても、気配では叶わないと匂わせていたんだろう。

 それでも、四季風は、自分の感動を支えに励んできた。でも、ずっと心細かったに違いない。誰からも期待をかけられず、蛇蝎のように嫌われて、虐げられて。

 そこに、俺が現れた。真面目に話を聞いて、毛嫌いせず、素直に評価してくれた初めての存在。

 それを理解すると、俺は自分の成果に喜んだり愉悦を感じないで、四季風に対してどうしようもないほどの、同情を覚えた。

「四季風、安心しろ」

 自分で出来る限りの慈しみの気持ちを込めて、四季風にそっと話しかけて、俺はこう示す。

『俺は頼りない小舟しか用意できない甲斐性無しだけど、あっさり沈むような詐欺はしないつもりだ。

 あと、今は泣くな。また俺が担任に捕まる羽目になったらその時は見捨てるぞ。

 次に俺の目の前で泣いていいのは、吹奏楽部の連中に目にもの見せた時だからな。』

 俺は指導のプロじゃない。だから、四季風を指揮者として完成させる、なんて断言できない。むしろ、失敗の可能性の方がはるかに高い。

 それでも、関わったからには、諦めない。四季風を裏切る真似だけはしない。

 足掻いてもがいて喘ぎ続けても、歯を食いしばって、俺は四季風を立派な指揮者にしてやる。

『お願いします。紫音先生』

 四季風も俺の意志を理解して、目元を拭って涙を払って、やる気に満ちた表情をして師事を受け入れる返答を返した。

「おお、ドンと胸を借りるつもりで来やがれ」

携帯でのやりとりについて補足

『』内で改行してる部分は、実際に画面内でも改行されていることを表しています。


あと、この話の中で、でも―― と、――でも としている部分は、文章としてそこにワープしていることを示します。いわゆる溜めを作っているわけです。

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