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GIFT-音のキャンバス-  作者: 楽団四季
プロローグ
2/25

きっかけ

 俺は、音楽こそが人類最大の産物だと考えている。

 紀元前という遥か昔から存在するし、もしかしたら、文明というものが明確に認識される前からあったんじゃないかとも思っている。いや、実際あっただろう。地球が誕生した時から音はあったんだから。

 エジソンが蓄音器を開発するまでは、美声で名高い歌手がいても生声を聞けずに悶々とした日々を過ごす羽目になった人がかなりいたに違いない。また、当時はそれで満足だったかもしれないが、やっぱり、周辺機器を揃えるだけで結構馬鹿にならない金額まで達するくせに、レコードから流れるのがノイズだらけの音声では不満は隠せなかっただろう。安価なCDや大容量で携帯できる音楽プレイヤーもある現代に生まれてこれなかったのは同情する。

 時代の推移と共に、音楽のバリエーションはどんどん広がり、また楽曲数も人生を捧げても聞ききれないほどになっている。

 それでも、未だに名曲神曲が生まれるのは、単に人類が音楽を求めているからだ。

 需要あっての供給。聞き手が望むからこそ、作り手は応える。年月とともに新たなメロディやフレーズの探求が難しくなっていっても、当たり前のように天啓を手繰り寄せる貪欲さには、本当に頭が下がる。

 時代が変わっても音楽は新生され続けている。相も変わらず、歌手を目指すのは困難を極めて、針の穴ほどの僅かな可能性を掴み取れずに散っていく人は大勢いる。

 しかし曲が生まれることは凄まじい加速力を得た。今はインターネットによって全国各地から同士を募れる上に、V〇CALOIDの登場によって歌唱力の確保が容易になった。この二つのおかげで、プロとなるハードルは高くても、音楽活動を始めるための敷居は低くなった。毎日のように、この世界に足を踏み入れる人間が現れるようになった。

 粗製乱造。稚拙な楽曲の乱立も起こっているのは否定できないけど、才能を芽吹かせて正真正銘のプロの世界へ乗り込んだ者もいる。そういう人たちを駆け出しの頃から見守って、大成した瞬間を見届けるのは、わが子を送り出すような誇らしさを感じる。

(やっぱ、インディーズで当たりが来ると快感だ……!)

 今もそう。中古ショップを巡ってフィーリングで買ってみた物の中身が、好みにストライク送球だった。歌詞はありきたりだったけど、伴奏は激しい中でもちゃんと個々の主張がはっきりしていた。特にドラムのソロ間奏が素晴らしかった。バスドラの重音が、骨伝導イヤホン越しで脳に響き渡る。

 惜しむらくは、これの初版が八年前。ネットを探ってもこれ以後の円盤が一枚しか出ていなくて、あとはぱったりってことが非常に悔やまれる。

 スカウト共の眼は節穴か。そりゃ濃いヒゲのおっさんがジャケットを飾ってる事実は、テレビとしては顔をしかめたいのかもしれないけど、ビジュアルを第一に選ぶなよ。

 貴重な才能が散っていってしまった名残惜しさを歯噛みして、せめて足跡を見つけた人間の一人として、余すことなく堪能しよう。それが、聞き手の矜持だ。

 春休み直前の三月上旬、麗らかな日差しが差し込む三時頃。学ランに染み込んでくる温かさに心地よさを感じながら、ひたすら音楽を堪能して、日直簿に今日の授業内容や一言メモを書く。でも、ついつい聞き入って、中々紙面が埋まらない。

 時間と金の大半を音楽につぎ込む生き方。これが俺の――弥弦やづる紫音しおんの人生を謳歌する方法だ。

 使用中を胸ポケットに一つ。ジャンル分けと分担で、鞄の中にさらに二つのMP3プレイヤー。その全てが、32ギガある容量のすべてを音楽に捧げている。しかも家に帰ればまだ五つある。当然それらもフル。イヤホンは一万五千円で、さすがに葛藤はあったが欲の前には敗北した。おかげで音の高低は柔軟に対応するし、ノイズとは無縁で最高であった。

 家に帰ればパソコンにつなげた最高級サラウンドスピーカーによって部屋が音に満たされる。

 流す曲は基本的には気分。アイドルグループのポップの時もあれば、ジャンルめちゃくちゃでボ○ロをガンガン流したこともある。また、その時の心境は思い出せないが一週間ほど演歌が部屋を反響し続けてた時もあった。

 決まってるのは、睡眠には子守唄代わりにバラード調の静かな曲で耳を癒して、目覚めはアラームでセットした厳格で背筋が伸びるクラシックで脳を冴えわたらせる。

(ああ、音楽って、本当に素晴しい)

 軽くトリップしかけながら、任された日直の仕事をイヤホン両耳にこなす。

 通学路の往復で聞くのは聞くまでもない。休み時間や飯時も絶えず耳に嵌めてるし、席位置によっては頬杖で隠して片耳だけで聞いてることもザラ。俺が学校で聞かない時は、先生やクラスメイトと会話する時だけと言っても過言ではない。

 よく狂ってるとか変人とか言われるけど、歪曲すれば入れ込んでる証なので、むしろ誉れ。それにこれも冗談めかしているだけで、万人に受ける音楽の圧倒的な知識量によって、クラスでは楽曲の生き字引なんて呼ばれて、交友関係の構築にも大いに活躍してくれる。

 最早、俺にとって音楽は趣味じゃない。モテる為のステータスでもない。

 人生から切り離せない、俺という人間を形作る要素の一つ。

「書き込み終わりっと」

 ようやく書き終える。日直簿を畳んで、教室を見渡して不備はないか確認したのち、教室を出た。

 日直簿と提出予定で集めたプリントを脇に抱え込んで、反対には鞄を持って職員室へ歩き出す。当然音楽聴きながら。

「~~♪」

 今流れているメロディをハミングしながら廊下を歩く。

 さて、今日は何をしようか? 新譜漁りをしたいとは思ってるけど今月は結構買い込んで、財布の中身が寂しげになってきてる。でも止められないから目星だけでも付けに行こうか。だとしても、もうワゴンの中身を網羅してるくらいに通ってる中古ショップへは昨日行ったから、今日はチャリで隣町まで出向くか。

 これからの計画を考えながら職員室までの道のりをゆったりと歩いて、ふと顔を上げた時に、一人の女子とすれ違った。

(四季風か)

 四季風しきかぜあや。それがすれ違った女子の名前。

 クラスが一緒になったことは無い。でも、その特徴的な名前と、両耳に嵌められてるプラスチック特有の艶を出してる補聴器のことで、自然とクラスメイトとの会話で上がってくる。俺が音楽狂だからっていう対比的な意味でもよく耳にしたし、補聴器で誰かなんて聞かなくても一目で分かったから、会話したことは無くても、表面的には知っていた。

 無作法に伸ばしただけの、セミロングの茶色のかかった黒髪。ある意味制服のセーラーが似合ってる小柄で貧相寄りな体系。しかし目鼻の形は整っていてまつ毛もクッキリ。あどけなさの残ってる童顔も十分可愛いとは思うけど、別に友好を深めようとは思わない。

 音楽を楽しめない人間と会話するのは、俺には苦痛すぎる気がする。それを抜きにしても、耳が聞こえないことが口語でのコミュニケーションを難しくするため、気苦労ばかりになるだろうからそれは嫌だ。

 だから、ここも面識のない人間同士として、肩をぶつけることもなくただすれ違う――だけのはずだった。

 すれ違った直後、後ろから肩を叩かれた、というより指で突かれた。

「ん?」

 振り向くと、あの四季風と目が合う。目を合わせると四季風は、自分から接触してきたのに竦んだように顔を強張らせて固まった。

「……どうした?」

 用件を聞こうと口を開いた後で、そういえば聞こえないんだったなと思いだして、持ってるプリントの裏の白紙部分を指さして「あ」となぞって“書け”とジェスチャーしたら伝わったようで、また、俺が少なくとも邪見にはしていないのが分かって安堵したのか、四季風は自分の鞄を弄り始めた。でも、出てきて、慌てていたのか持ち損ねて落したのは、紙とペンじゃなくて携帯電話。確かに打ち込みの方が早いけど、人の目の前で使いだすのはかなり失礼だと思う。音楽聴いてる俺が言えることじゃないけど。

(にしても、今まで会話したこともないのに、四季風が俺にどんな用事があるんだ? 音楽関連? いやいや、ないない。だって――)

 そんなことを思ってた時に、聴いてる音が歪になった。

(え? まさか?)

 正確には、音が遠くなったような感覚がした。初めてのことじゃないけど、むしろ初めてじゃないから、絶望感が一気に湧き出した。

 打ち込みが終わった四季風が携帯の画面をこっちに向けたが、俺はそれどころじゃない。手で「待って」とジェスチャーして、確認を始めた。

 恐る恐るイヤホンを片方ずつ外す。……左を外すと、右は嵌めているのにシンとしていた。

「うわ、切れやがった……」

 一万五千のお高い奴で、お年玉の半分以上をつぎ込んだのに。一年も持ってくれなかった。

これからは先代の六千円の奴で我慢しないといけないのかと嘆く。あれも性能良いことは良いんだけど、これにはさすがに劣っていた。暫くは悶々とした日々を過ごすことになるのかぁ……。

 憂鬱を感じ始めた時に、目の前の四季風に引き留められている途中なのを思い出す。でも、正直落ち込んでて無視したい。でも、それはいくらなんでもやってはいけないことだ。

 渋々四季風の用件が入力された携帯の画面に視線を向けた。

「…………は?」

 その文面を見て、思考が活動を止めた。今感じている憂鬱もどこかへ吹き飛ばして。


『イヤホン、壊れかけてます』

 

画面にはそう書き込まれていたのだから。

「ちょっと、待て、よ。なんでそんなことわかった?」

 コードの捩れ方で音が断絶するとかなら末期ってわかる。でも、今のは不意打ち同然に切れたから予兆なし。そもそも、イヤホン使ってたのは俺だけであって、こいつと恋人同士がやる片耳ずつとかなんてしていない。ましてや、していた所で耳が聞こえないはずの四季風が、すれ違った一瞬だけでどうしてわかった。

「四季風、なんでわかったんだよお前」

 思わず四季風の肩を掴んで迫ってしまう。四季風は不意打ちだったから顔を赤くしてあたふたしてたけど、動揺やら興奮やらで落ち着きが全く無くてガン無視した。

「弥弦、たまたま通りすがっただけだから経緯が分からないんだが――」

 でも、後ろからの担任の野太い声はバッチリと耳に届いた。それにハッと我に帰って振り向いたけど、状況的に手遅れだった。

「――ちょっと落ち着け!」

 脳天に、重い一発が炸裂した。……いってぇ。

筆者のイヤホン断線の最速記録は約1月です。

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