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息抜き

音楽の練習に疲れたら、受験勉強で一休み


『四季風、得意な科目は?』

 横で売り棚の参考書を取っては流し読みする紫音くんを真似ていたら、不意に本との間にその文字が差し込まれた。

『ない。私、成績かなり良いよ』

『どれだけ? 個人個人には順位表渡されるだろ』

 紫音君の入力はこの二週間の間に速くなっていた。今のも十秒とかかっていない。

『132人のなかで29番。紫音くんは』

『秘密だ』

『自分だけ聞いて明かさないのはずるい』

『12番というのは秘密だ』

『嫌らしい』


『今日は参考書を買いに行くぞ。』

 春休みが終わる直前のころ、紫音くんは家に来た私にそう言った。

『指揮者か楽曲の?』

『いや、受験用の』

 円さんに受験勉強もしろと言われたらしく、特訓ばかりもさすがにどこかで弛みそうだから、息抜きと将来のためを兼ねて、今日は参考書の購入と勉強を行うことにしたそうだ。

『四季風、栄西なんて大丈夫か? この辺の最難関だぞ。』

『紫音くんと同じところに行きたい』

『すげぇ。何を思って言ってるのかわかるから全くドキッとしなかった。』

「………」

「いてぇ! ごめんつい!」

 栄西高校。紫音くんも言っているように、平均偏差値69の、全国基準でも難しい高校。しかもある理由によって、普通受験の受入数の高さを上回る競争率を持っている。

 部活動の環境が他の追随を許さないほど整っているから。一部の例外はあるけれど、アウトドア系もインドア系も、全国常連や入賞多数と、実績と実力を兼ね合わせる強豪が勢ぞろいしている。それは音楽系も例外じゃない。

 そして、特待生を多く取ることで有名だ。

 特待生は三つに分けられる。スポーツ特待生、芸術特待生、学業特待生。

 スポーツと芸術は、該当する部活の実績に応じた枠数を設け、学校関係者がスカウトする。学業は、全国模試の上位者に打診をかけ、特待用の受験を受けてもらい、基準と競争を突破すれば晴れて特待生となれる。

 どれも、自身の実績となっている分野で継続して活躍することを責任として背負うことを課されるけれど、受ける人たちは自然とそれを果たし、そして実力もさらにつけてプロとして羽ばたいていく。

 また、特待生の指名をもらえるほどの力がなくても、実績があれば普通受験に対しての補助点がもらえる。その補助点を正確に測るために、希望すれば面接を受けられるようになっている。

 だから、偏差値の高さに反して、一芸を持つ人なら敷居が低い。そして特待生になれず、普通受験で入った人たちも、優遇に油断せず努力する特待生の姿勢を模範として邁進するため、総じてレベルの高い環境を自分たちの手で作り上げていく。

『そういえば、紫音くんはどうして栄西を?』

『学歴。あると将来が楽になる。』

『それだけ?』

『悪いかよ。』

 このつっけんどんな返しに、私は言葉に詰まった。

 でも、まだ何かあるような気はする。それが何かは私にはわからないけど。

 それは、受験の参考書と言いながら、紫音君は音楽関係の本ばかり読んでいるからだろうか。それだけでは弱いとも思うけれど。

「(……ふっ、はは)」

「?」

 勝手にあれこれ考えていたら、不意に紫音君があるページで目を止めて、抑えきれない笑いを見せた。

『どうしたの?』

『いや、ちょうど俺に反省しろって言ってる文章が目に入った。よそ見するなって。目についたから手に取った本だけど、元々なにをしに来たかを考えると、返す言葉もなかった。』

 紫音君は、自分が持っているその本の背表紙を見せた。ヘルベルト・フォン・カラヤンと書いていた。

『知ってるか?』

『名前だけ。有名な指揮者でしょ』

 あとは、通称『楽団の帝王』と呼ばれていたこと。

『有名どころじゃないよ。その時代のトップだった。

 格言も色々と残してるから、精神的な部分で参考になる。勉強の息抜きにでも読むといいぞ。』

 紫音君は私に、その本を差し出した。

『お金ないよ。』

『確かに高いな。じゃあ家にある良さそうなやつを探しておく。』

 私の言葉を見た紫音君は、そのまま本を棚に戻した。

『そろそろまじめに、参考書探すとするか。

 俺は社会関係から。四季風はどうする?』

『私は、英語が心配なのでそこから』

『じゃああとで。参考書の良し悪しまでは俺もわからない。』

『わかった』

 ジャンル分けの棚が遠かったのもあって、一旦私たちは離れた。

 自分の弱い部分を思い返しながら、英語の棚まで歩く。

「⁉」

 その最中、向こうはまだ気付いていないようだったけど、見知った人の姿を見た。それを見て、咄嗟に相手の視界から外れるように、そばの列に入った。

 苦手な人だった。会うたびに私を馬鹿にするから。それも、本人はからかう程度の気持ちで言っているから、あまりムキになってはいけないのが、もどかしくて、辛くて。

 そっと様子をうかがうと、その人は通り過ぎて行った。

 でも、向かっていく方向は、紫音君がいる所だ。

ここ書き加えるまでは、受験勉強いつやってんだこいつらな状態だった。

高校受験のシーズンだった時の自分は、10月くらいまで遊んでた記憶があるなぁ……

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