電子音楽
みじかっ!
四季風はかなり順応性が高かった。変更直後こそ俺と同じ道を歩んでるが、数分もすれば安定するようになる。テンポを上げれば針の速さに意識じゃなく反射で振ろうとして、あえなく前回の感覚に引っ張られるのがほとんどのはずなのに、数分でそれに適応していて、一回の継続時間が目に見えて伸びていった。
恐らく、物を知らなすぎて、言い方は悪いけど鵜呑み状態で真面目に練習するからだろう。俺の時は多様な知識を駆使して、創意工夫を試したら逆に足引っ張った。
これなら計画自体はスムーズだなと、ほくそ笑みつつ今後のプランを練ってたら、ドアがノックされる音がして、許可する前に開けられる。
『調子はどう?』
『普通。想定以下ではない。』
入ってきた姉さんが、二人分のケーキと、三人分のティーカップとポットを載せたトレーを持って入ってきた。それをテーブルに置いた時に、進展を訊ねる紙が添えてあったのを見た。それに対しての返答は控えめにした。
『休憩にしよう。』
姉さんも入れた三人で小休止に入った。四季風に紅茶は平気か聞いて、頷いたのを見れば、流れる様な動きでカップを並べ、紅茶を注いで、次いでブラウニーケーキを目の前に置いていく。
『彩ちゃん、順調?』
「俺に聞いたのに」
「紫音は評価を低くする傾向がある」
「………」
図星だった。
『難しいです。でも、やればやるほど、頑張ろうって気になります』
後ろ向きだった俺の返答に反するように、かなり前向きな返事だった。
その言葉に反せず、表情も生き生きとしてるし、意欲は十分すぎるほどあるみたいだ。それを確認して、なら厳しめに行くかとこれからの展望に笑んで、俺は横で優雅に紅茶を口に含む。
『食べ終えたら、激励を兼ねて良いもの見せてあげるわね』
四季風に負けじと優しく柔和に微笑んで、姉さんはまたメモを机に滑らせる。
その良いものが何か、俺は知っている。というより、俺が前もって頼んだ。経験のため。スキル強化のため。未来を見据えて。
(………)
明るい顔を交わす二人を見ていることに悪い気はしない。同じ趣味を共有する人間が楽しくしているのは、見てても楽しくなれる。
その気持ちに偽りはない。別にひねくれているわけでもない。
それ以上に、胸を締め付けられる。言いようのない気持ちが喉までこみ上げてくる。それらが過ぎて、ケーキの甘さも紅茶の香りもわからなくなってる。ケーキに関しては無味無臭のスポンジを噛んでる気分で、いっそ不快だ。
(……――)
言語として成立しない思考を巡らせていると、イラつきまで芽生えてきた。
それをあの二人にはぶつけられない。ぶつけてはいけないとわかっているから、なおのこと募ってくる。
「俺、ちょっと席外すな。電話」
着信の振動でスマホを取り出した体を装って、俺は食べ残しをそのままにして立ち上がった。
「紫音」
ドアノブに手をかけたところで、姉さんに呼び止められる。
ゆっくり振り向くと、逡巡するように困った顔の姉さんと、ケーキに頬を緩ませている四季風の顔が眼に映る。
「……勝手に始めとくわね」
間を置いて、姉さんは諦めの言葉を出した。
「ゲスト優先だからね。俺は、いつでも聞こうと思えば出来るし」
こうせざるを得なかった自分を卑下するつもりで、自分へ最大の皮肉をこぼしながら部屋を出た。
いつでも聞ける。だが、その「いつ」は訪れるだろうか。
(三十分ほどでいいか)
何かの理由で四季風が部屋から出てきても困る。リビングまで出てきて、体をソファに投げだした。
ポケットからMP3プレイヤーを取り出して、耳にイヤホンを当てて電源を入れる。
浸る。電子音の世界へ。機械音声の世界へ。
逃げ込む。愛されない人間でも、均しく受け入れてくれる世界へ。