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先んじて言うと、この辺から紫音の闇が見え隠れしてきます

『好きなの選んでいいから。

 使いこんだ末の手垢やら塗装剥げで、公演では見苦しいってことで引退していったビンテージ物だ。』

 間接的に俺が壊した四季風のタクトの弁償を第一にしないと、練習もクソもない。というわけで、家の楽器保管室と化してる部屋に招き入れた。

 バイオリン用、各種管楽器用、果てはバカデカいスーザフォン専用の保管ケースがズラッと並んでいて、そのどれもに、許容限界まで楽器が保管してある。重なると擦って傷つけるから、きっちり等間隔を空けて並べて、一個一個に布を巻いてある徹底ぶり。

 そこから、タクトを収めた箱を、保管してある引き出しから出して四季風にテーブルに運んでもらう。そうして、今俺たちの目の前には、八個の箱が並んでいる。

『こんなにあるんだ。他の楽器もいっぱいあるし、紫音君の家って、音楽一家なの?』

『今まで気付かなかったのかよ。』

 バイオリン引けたり、大量のCDやら資料持ち込んだりとか。可能性の一つとして考えられる要素はいくらでもあったはずなのに。

『相手の家がどんなのかって、まったく考えてなかったから』

『ああそう。

 ご覧のとおり、弥弦家は結構な歴史を持つ、音楽の名家です。

 というわけで、どうでもいい話は置いといて、さっさと選ぼうな。』

 適当にこの話題を蹴っ飛ばして、四季風に選ぶことを促す。でも、四季風は俺の書いたことに従わず、言葉を返してきた。

『紫音君、打つの凄く速くなってるね』

『練習したからな。神速撃ちの四季風さんに褒めてもらえるとは光栄極まりない。』

『あんまり嬉しくなさそう』

『極めれば極めるほど虚しくなるからな……。

 知り合いとLI◯Eしてたって、「返事速すぎてキモい」とか「こっちが疲れるばっかでやってられない」って逃げられたりして、お前との会話以外で役立ったところが無い。

 ああ、謝んなよ。これを謝るのはお門違いってものだからな。』

 読んでる途中で携帯を構えた四季風が、最後の一文を読んだ瞬間、ビクッとして手の動きを止めた。その反応で四季風の心のなかを完璧に見抜いて、とりあえず「アホ」と言いながらデコを人差し指で小突いといた。

 ここ数日で、目に見えてフリックの精度と速度が上がってると実感する。四季風にも言われたし、メールとかで友達と連絡すると、こぞって「自重しろ」的な返事がきた。

 返事遅いって怒られたことはいくらでもあったけど、返事早いで怒られたのは初めてだった。そのおかげで、無駄スキルのために貴重な春休みの一時を費やしたと自覚して、結構落ち込んだのは内緒話だ。

 俺が思い返して少し気持ちが落ち込んでるのを他所に、四季風はタクトの選別を始めた。一つ一つ箱から出して、目で全体を見て、指でなぞって、持ち具合や振りやすさを確認。所作一つどれもを、丁寧に真剣に繰り返して、自分にとってどれが一番合うかを調べていく。

(いや、丁寧もあるけど、扱い方をわかってるって触り方だな)

 実質俺が折ったタクトも、経年劣化で避けられない痛み以外は、かなり状態が良かった。それだけ、愛着を持って、定期的に手入れしていたんだろう。

 やがて、一巡して四季風は熟考するように腕を組んで、一次選考に残った三個の箱を見つめると、そこから一つだけ選んで取った。

『決まったか?』

『うん、これが一番しっくり』

 四季風は僅かに微笑むほど、選んだタクトを気に入ったようだった。

『貸して、元持ち主に一応報告しとく必要あるから。』

 事後承諾だけどな。

「……あれ? へー」

『どうしたの?』

 俺が思わず声を漏らしたことに、四季風が気にかけてきた。

『なに、将来性抜群かなって、ここ』

 返しながら見せて、箱に書いてある型番を指差した。

『もしかして、高価な品なの。じゃあ止めとく』

 余計な発想に至って押し付けられた箱を、無言で押し返した。

『違う。老舗メーカーの高いやつではあるけど、1、2万くらいだ。

 俺が感心したのは、引退した俺の爺さんが愛用してた型番だから。』

『紫音君のお祖父さんって、指揮者だったの?』

『ああ、もう引退して、別の趣味だった剣道を楽しんでるよ。』

 老眼で譜面が読み取れなくなってきたということで、自分の指揮者生命の終わりを悟るなり、きっぱりと引退した。

『有名な人だったの?』

『残念ながら中の上くらい? サラリーマンよりは稼いだけど、決して有名ではなかった。腕は良くて固定ファンがそれなりにいたそうだから、単純に知名度の伸びが足りなかったのかな?』

 嘘を吐いている。本当は、俺の爺さんは世界規模で活躍していたほどの指揮者だったということ。それを伝えると、恐れ多くて四季風は断ろうとすることが容易に考えられたからだ。でも単純に貶すのは尊敬している爺さんを侮辱することでもあるので、知る人ぞ知る程度に濁した。

『腕の立つ人が愛用していたものを感覚で引き当てたなら、やっぱり見込みはあるってことじゃないかな?』

 型番の記録を終えて、四季風のセンスに対する賞賛を述べたスマホの画面とともに、新しい使用者を得たタクトを手渡した。

 四季風は、今後自分が使うことになるプロからのプレゼントを開いて、改めてそれを手に持った。持ちて部分の木の質感や、丁寧に使われたことで禿げと無縁でいられた棒の部分を指先で転がして、そこに宿る年季を確かめている。

『うん。一層、頑張ろうと思えてきた』

 何を感じ取ったのかは当人にしかわからない。それでも、四季風が自分を発奮させるに足る感情を得て、やる気に満ちた目を携帯の画面と合わせて俺に向けた。

「………」

 それを見て、俺は少しの間だけ言葉を失ってしまった。

『紫音くん?』

『いや、やる気を出してくれたのは幸いだって思ってた』

 この様子を不審に思った四季風を余計に心配させないよう、すぐにそれらしい返事を返した。

 確かに、こうも思っているが、俺が言葉を失った原因はそこじゃなかった。

その顔を初めて見た気がして、実際にそうだと気付いたからだった。

 今まではしょぼくれてるか泣いてるかと、雑談してる際の嬉しそうな表情だけで、自信を持っていると感じさせる表情を見せたのは初めてだったのだ。

 初めてだからこそ目立って見えて、俺に頼もしく感じさせてくれた。

 そしてそれ相応の、心の痛みを与えてくれた。

紫音の祖父は、名前を挙げれば四季風もわかるほどの有名人で、設定も練ってありましたが、読み返して「いらない」と省きました。一通り投稿が終わったあとに、没設定としてキャラ紹介のところにでも挙げようと思います。

また隠れ設定として、この祖父の影響で、紫音は嗜み程度ですが剣道の心得があります。

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